第8話 人間と共生

 ダンジョンでモンスターが暮らしていると溜まっていくDP。それがだいぶ溜まってきた。


 そろそろこれの使い道を考えないといけない。余らせておくのももったいないからな。


 とりあえず、予定としてはモンスターの上限数を増やして農作業の効率を上げて……そこから、ダンジョンを拡大するか。


 俺はダンジョンにある水晶を起動しようとした時だった。


「イビルハム様! まーた人間どもがやってきました!」


 リトルハムが急いで俺の元へとやってきた。


「人間どもって……あのジートたちか?」


「ええ。そうです。明らかに農民っぽいやつらです」


 良かった。まだ勇者一行が来たわけじゃないな。勇者が来たら俺は間違いなく勝てない。


 俺はほっとしつつ、ジートたちがいるところに向かおうとする。その途中でちょっと引っ掛かることがあった。


「なあ。リトルハム。お前さっき、やつらって言ったよな?」


「ええ。言いました」


「それって複数の人間が来たってことか?」


「ええ」


 マジかよ。ジート1人だけかと思っていたのに。でも、まあ複数人いるんだったらまとめて話を通せるのはありがたいか?


 俺はジートたちの目の前に現れた。


「よく来たな。ジート」


「イビルハム。その……俺たちをここで働かせてくれ」


 ジートたちが頭を下げる。それに対して他の農夫たちはあまりジートの行為を快く思ってない様子だ。俺をギロっと睨みつけている。明らかに敵意剥きだしである。


「ジート。本当にこいつを信用できるのか?」


「おい、イビルハムの前でなんてことを言うんだ」


 ジートが後ろにいる若者を諫めている。まあ、別に俺としてはこの農夫たちの気持ちも理解できるからなにを言われても構わない。


 貴重な食料を奪うやつは許せないという気持ちになるのは当然のことだ。


 飽食の時代の現代日本ですら、食べ物の恨みは恐ろしいという言葉が伝わっているくらいだ。食べ物が貴重な村なら余計に恨みが根深いものになってもおかしくはない。


「俺は一応ジートが心配だから来ただけだ。あんたのことを完全に信用したわけじゃない」


「そうだそうだ! ちょっとうまいパンをくれたくらいで今までのことが帳消しになると思うな!」


 ずいぶんと嫌われているようだな。でも、それで良い。俺の意識がやったことではないにしろ、非は完全にこちらにある。


「そのことに関しては本当にすまないと思っている。謝って許してもらえるようなことでもないと思う。しかし、こちらも心を入れ替えたのだ。更生の機会とやらをくれないだろうか」


 俺は人間たちに頭を下げた。するとリトルハムがあわあわとし始める。


「イ、イビルハム様! そんな人間に頭を下げるなんてやめてください。あなたはこのダンジョンの王たる存在ですのに」


「いいんだ。リトルハム。頭を下げざるを得ないことを俺たちはしたんだ」


 俺が頭を下げたら野次を飛ばしていた人間たちが一斉に黙った。まさか、俺が頭を下げるとは思っていなかったのだろう。


 その気になれば一般人程度なら軽く捻り潰すことができる俺。その俺が下手したてに出ているので農夫たちもどうしていいのかわからないのだろう。


「イビルハム。俺たちはどこで働けばいい?」


「そうだな。とりあえずは小麦畑で働いてくれ。そこは人員が足りていない」


 ブルーベリーやサトウキビを育てるのに人員を割いたので小麦の人員が足りていない状況なのだ。


 小麦はストックがあるから、多少生産量が落ちても平気ではある。が、人間たちの分のパンも確保するとなるとこれからもっといっぱい小麦が必要になるのだ。


「わかった。みんな、行こう。そして、働くんだ。村のみんなのために!」


「まあ、ジートがそこまで言うのなら……」


 農夫たちはジートの後に続き小麦畑へと向かった。


「おーおー! 人間だ! お前らなにしにきた!」


 モンスターたちがジートたちを奇異な目で見ている。ここは俺が話を通すか。


「今日からこの人間たちも一緒に畑で働くことになった。仲良くしてやってくれ。絶対に喧嘩はするなよ」


「なんだ。人間たちと一緒に働くのか? まあ、よろしくな」


 モンスターたちは割とフレンドリーに人間に接してくれている。ジートたちは毒気を抜かれながらも、農作業を開始した。


「よし、お前たち行くぞ!」


「おお!」


 ジートたちが農作業を開始する。その手際の良さは俺たちモンスターの比ではなかった。


「え……は、速……!」


 モンスターたちはジートたちの農作業の速さ、正確さに度肝を抜かれている。


 このダンジョンにいるモンスターたちはそこまで農作業に特化しているモンスターたちではなかった。


 でも、ジートたちは農作業をずっとやってきた経験がある。その経験はモンスターたちの農作業の実力を遥かに上回っていた。


「す、すご……」


「もうこいつらだけで良いんじゃないのかな?」


 モンスターたちからそんな言葉が出るくらい、ジートたちはすごかった。


「……これはチャート変更だな」


 ジートたちが助っ人に来てくれたおかげで農作業の効率がかなり良くなった。


 小麦畑はジートたちに任せていいかもしれない。そうなると、今まで小麦畑を担当していたモンスターたちが余るな。


 これはモンスターの上限数を上げるよりかは、ダンジョンの拡大してそこに農地を作る方が良いな。


 ジートたちが来てくれたおかげでより良い選択をすることができるな。


「ダンジョンの拡大をして、そこを農地として設定っと……」


【ダンジョンの拡大をします】


 ゴゴゴゴオと遠くから音が聞こえてくる。


「な、なんだ?」


 モンスターたちがダンジョンの拡大に驚いている。


「よし、農地を作ったぞ。ここに何を植えようか」


 小麦、ブルーベリー、サトウキビ。次はジャガイモでも植えるか。これも飢餓を救ってくれる優秀な植物である。


「よーし! さっきまで小麦畑を担当していたモンスターたち。こっちに来てくれ」


「はーい」


 モンスターたちが俺の元に集まってきた。ワクワクとした顔で俺の指示を待っている。


「たった今ダンジョンを拡張した。そこに農地を作ったから農作業をして欲しい」


「わかりました!」


 これで、更に効率よく食料を集めることができる。


 農場の様子を観察しながら、今後のダンジョン拡大計画を考えていると、ジートたちが俺のところにやってきた。


「イビルハム。今日の分の農作業の方は一通り終えた。俺たちはそろそろ帰らせてもらう」


「ああ。ジートたちも村での生活があるからな。気を付けて帰れよ」


「わかった。ありがとう」


 ジートたちはダンジョンから出ていった。本当に手際が良いな。こいつら。


「お前たちも適度なところで休んでいいぞ」


「はーい」


 モンスターだって生きている。労働させすぎると疲労してしまう。過労死を防ぐためにも適度に休ませる必要がある。


 モンスターも死んだら上限数になるまで勝手に沸いてくるものではあるが、過労死させるほど働かせるとDPの上昇が鈍くなってしまうのだ。


 モンスターにとってより良い環境を作り上げるのが良いダンジョンを作り上げるコツなのである。


 さて、俺もそろそろ眠るか。計画を立てて、ダンジョンの調整をしたり、みんなを監視したり、指示を出したりするのも結構疲れるからな。


 素材をクラフトしなくてもやることはいっぱいある。


 管理職も大変なものである。眠れる時に眠っておかないと俺の方が過労死してしまう。


 俺は自室に戻って眠ろうとした。しかし、頭脳労働の疲れがどうにも取れているような気がしない。


 眠るにも体力が必要なのでパっと安眠できるように、体力、精神を回復できるような何かが欲しい。


「……そうだ。温泉作るか」


 次の目標が決まった瞬間であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る