第6話 人間がやってきた
もう何度目かの収穫祭の時期がやってきた。
今まで育ててきた作物を収穫して、それが俺の元へと届けられる。
「イビルハム様! お願いします」
モンスターたちの期待の眼差しを受けて、俺は素材のアイテムをクラフトする。
「まずはサトウキビを素材にして角砂糖をクラフト!」
砂糖をクラフトすると白い固形の物体が出てきた。管理やすい形で出てくるのはありがたい。
もし粉末状ならなにか容器が必要なところだった。このダンジョン内では容器も貴重だからな。今、余っている容器も1つしかない。
人間たちから奪った瓶。なんらかの食べ物が入っていたと思われるが、今となっては何が入っていたのかも定かではない。
「おお! これが人間たちが持っていた甘い白いやつですか!」
「イビルハム様! これ食べたいです」
モンスターたちがじゅるりと涎を垂らす。しかし、本命はそんなところではない。
「甘いな。お前たち。これから俺が作るのはもっとすごいものだ。ブルーベリーと角砂糖と空瓶をクラフト! 出てこい! ブルーベリージャム!」
瓶の中にブルーベリージャムが生成された。
「お、おお! これは……! 一体何なんですか。イビルハム様!」
「砂糖の甘さは知っているだろ? これはブルーベリーに砂糖を加えて作られたものだ」
俺はドヤりながら答える。モンスターたちは「おお!」と感嘆の声をあげている。
「甘いものと甘いもの組み合わせ! そんなものうまいに決まってるじゃないですか!」
「これをパンに付けて食べる。そうすると……」
俺はパンにジャムを付けて食べてみる。
ッ! 言葉を失うくらいにうまかった。今までずっと味気のないパンでの生活だった。
それがジャムという潤いを手に入れたことにより、一気に活力がみなぎってくる。
砂漠の中に水が染みていくように俺の体に糖が吸収されていく。今ならこれを無限に食えるような気がしてきた。
パンに甘さが加わったことにより、これほどまでの破壊力になるとは。長い間、砂糖を禁じられていただけに失神するかと思うくらいにうまかった。
こんなうまいパンを独り占めしては罰が当たるだろう。俺はジャムパンをモンスターたちに差し出した。
「お前らも食ってみろ。飛ぶぞ?」
「は、はい!」
モンスターたちがパンをかじる。その瞬間、モンスターたちの頬が緩んで笑顔がこぼれ始める。
中には頬だけではなくて涙腺まで緩んで泣くものまでいた。
「イビルハム様! うまい! うますぎます! なんなんですかこれ!」
「こんなおいしいものを知っているなんてさすがイビルハム様です!」
モンスターたちが手放しで俺を褒めている。なんだこれ、気持ちいいぞ。俺としては当たり前のゲーム知識を使っているだけだ。
転生前の俺はブルーベリーを育てたこともなければ、ジャムを作ったこともない。ただ、ゲームでの作り方を知っているだけにすぎない。
それなのに、こんなに持ち上げられるなんて気持ち良すぎだろ!
「ははは。そんなに褒めるなよ。ただ、俺はお前たちにうまいものを食って欲しいだけだったんだ」
「イビルハム様! 一生ついていきます!」
モンスターに餌付けをすることで忠誠心を高めることに成功した。俺が完全に調子に乗っていたら、ドタバタとリトルハムがやってきた。
「イビルハム様! 大変です! タイヘン! タイヘン!」
「どうしたリトルハム。お前もジャムパン食うか?」
「あ、それは後でいただきますけど……それよりも……! 侵入者です! 人間がこのダンジョンに入ってきました!」
「な、なんだって!」
しまった。勇者か? こんなに早くくるなんて思いもしなかった。
どうしよう。まだやつを迎撃する作戦なんて考えてないぞ。
俺は冷や汗をかいてしまう。しかし、モンスターたちはのんきである。
「ははは、イビルハムはおおげさだな。あの村の人間が俺たちにかなうはずないじゃないか」
「とんだ命知らず野郎がいたもんだぜ」
やめろ。フラグを立てるんじゃあない! それは死ぬやつが言うセリフだ。お前らの方が命知らずだろ。
「リトルハムよ。人間はどれくらい強いのだ?」
「さあ、それがまだわかりません。モンスターたちは収穫祭で浮かれていて、人間をスルーしてますから」
なにやってんだあいつら……
「まあまあ、イビルハム様。人間なんて俺らがやっつけてやりますよ」
ゴブリンの1人が腰を上げてこん棒を持ち、出陣していった。
もし、相手が勇者なら死ににいくようなもんだぞ。
ゴブリンがこの部屋から出ていこうとした時、ドタバタと足音が聞こえてきた。
「イビルハムはどこだー!」
うわあ、明らかに人間の声が聞こえてきたよ。警備がちゃんと仕事してないからまっすぐにボス部屋まで来てるよ。
「イビルハム! 覚悟しろ!」
クワを持った屈強な成人男性がやってきた。男性は左手に包帯を巻いていて、着ている服もボロボロでなんともみすぼらしい。
俺はこの人間に見覚えが――
「誰?」
なかった。いや、本当に誰だよこいつ。
「俺はお前に荒らされた村、サーショ村のジートだ!」
いや、だから誰だよ。ゲームやり込んだ俺でも知らないぞ。こんなキャラ。完全にモブキャラじゃねえか。
「俺は……お前を倒すために鍛えてきた! 食らえ!」
ジートが俺に向かってクワを振り下ろしてきた。しかし……
「えい!」
ゴブリンが先にジートの後頭部にこん棒を叩きつける。
「げぶ」
ジートはその場に倒れてしまった。ゴブリン1体にやられるとかいくらなんでも貧弱過ぎる。その屈強な体は飾りか?
「イビルハム様。こいつどうします?」
ゴブリンがやってやった感を出しながら、俺に訊いてくる。
「とりあえず、死んではいないよな?」
俺はジートの安否を確認する。手首をつかむと脈の音が聞こえる。大丈夫。生きてはいる。
「まあ、こいつも腹が減りすぎてヤケを起こしたんだろう。多分。せっかくだ、飯でも食わせてやろうじゃないか」
「えー。こいつイビルハム様の命を狙った不届き者ですぜ? こんなやつに貴重な食料をあげるんですか?」
ゴブリンは不満そうにしている。しかし、こいつが俺の命を狙ったのにも事情があると思う。
「元はと言えば、俺たちがこいつらの村を襲ったのが全ての原因だ」
「でも、今の俺たちは村を襲ってないじゃないですか! それなのにやってくるなんて八つ当たりにもほどがあります」
ゴブリンの言い分もわからないでもない。しかし……
「恨みの力というのは恐ろしいものだ。こっちが忘れていてもやられた方はいつまでも覚えているものだ。だから、俺はこいつに襲われたことはなんとも思っていない」
俺の記憶がない時にしでかしたことでも、俺に責任はあるのかもしれない。せめて話だけは聞いてやろう。
◇
「ん、んん……」
時間が経過すると倒れていたジートが目を覚ました。
「目を覚ましたか?」
「イビルハム!」
ジートは俺を恨めしい目で見てくる。だが、クワを取り上げているので武器はない。その状態で俺には勝てないと判断したのか、大人しくしている。
「まあ、なんだ。とりあえずそれ食え」
俺はジートの目の前に置いてあったパンを指さした。ジートはそれを
「なんの真似だ?」
「今までお前たちの村から食料を奪って悪かったな。それは謝罪の証だ」
「お前たちのしでかしたことの償いがこんなパン1つで足りるものか! それにこのパンに毒でも入っていたら……」
「俺はいつでもお前を殺せるような状態にあった。それなのに、どうしてわざわざ毒殺をする必要がある?」
論理的には正しい。でも、感情的には理解できないとジートはパンに手を付けようとしない。
困ったな。完全に善意のつもりなのに。どうしたものか。
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