第7話 勧誘

「ジートよ。俺たちはもうお前たち人間を襲うつもりはない」


「信じられるか! お前たちが何度俺たちの村を襲撃したことか!」


 ジートは憤慨している。パンを床にたたきつけようとしているが、食べ物は粗末にできないのか直前で踏みとどまっている。


「どうせこのパンも俺たちの村から奪ったものだろう? そんなもの渡されたところで……」


「いやいや、お前たちの村を襲ったのはどれくらい前だと思っている? それだけの時間がすぎたらパンだってカビが生えるだろう」


「む……たしかに……」


 ジートはこのパンが村から盗んだものではないことは納得してもらえた。


「それじゃあ、このパンは一体どこから?」


「ついてきてくれ」


 俺はジートを連れてダンジョンにある農場に案内した。そこにはモンスターたちが畑にある作物を収穫している光景が目に入ってくる。


「こ、これは……」


「俺たちはこのダンジョンで農業を始めた。これで食料を確保できるようになったんだ。だから、もう人間から食料を奪う必要はなくなった」


 ジートは口をあんぐりと開けてこの光景をただただボーっと見つめている。


「お、おい。このダンジョンで作った作物はどうなるんだ?」


「全部、このダンジョンに備蓄されるな。俺が必要に応じてクラフトして料理に変えている」


「じゃ、じゃあこのパンも……」


 パンを持つジートの手が震えている。


「俺たちが作ったものだ。今までの贖罪しょくざいだ。遠慮なく食って欲しい」


「だ、誰がモンスターの作ったパンなど……」


 その時、ジートの腹の虫が鳴った。ジートは頬を赤らめてうつむいてしまった。


「腹が減ったから俺たちを襲撃して食料を取り返そうとしにきたんだろ?」


「う、うるさい! 俺は人間だ。モンスターから施しなど受けん!」


「強情なやつだな。腹を空かせた人間にパンを分け与えてなにが悪い?」


 ジートはパンをじっと見つめている。なにかうずうずとしていてすごく食べたそうにしている。


「どうして、俺にパンを分け与える気になったんだ?」


「ん? それはだな。俺が腹を空かせた人間にパンを分け与ええるヒーローになりたいからだ」


「な、なんだと……モンスターがヒーローなどとおこがましいことを言うな!」


 ずいぶんとモンスターを嫌っているんだな。まあ、何度も村を襲撃したら当然か。


「腹が減ってはどんな生物でも死んでしまう。それを助ける者こそが真のヒーローではないのか?」


「じゃあ、お前たちがやっていたことはヒーローの真逆じゃないか」


 何度も食料を奪われたジートからしてみたらそうだろうな。


「ああ、だから俺は考えを改めたんだ。そのパン1つで足りなければ、いくらでもパンをやるよ。今まで奪ってきた分はきちんと返させてもらう」


 俺の言葉にジートは目をパチパチとさせていた。そして、パンを手に取りそれを口元へと持っていこうとしている。


「本当に俺がこのパンを食ってもいいのか?」


「ああ」


「後で返せとか言うなよ」


「疑り深いな。別にやるって言ってんだから食えよ」


 ジートはごくりと喉を鳴らして、そしてパンにかぶりついた。がつがつとすごい勢いでパンを咀嚼している。相当腹が減っていたんだろうか。


「あーあ。イビルハム様。ついに人間に食料を与えてしまいましたね」


 リトルハムが呆れたように俺を見ている。まあ、今までの俺からしたら信じられないような行動だろうからな。


「うめえ! なんだこのパンうめえぞ!」


 空腹ということも相まってかジートはかなりうまそうにパンを食べている。その目にはうっすらと涙が浮かんでいて、泣くほどうまいと言われているようで俺はこのパンを作った甲斐があった。


 ジートがパンを食べ終わったら、俺をじっと見つめてくる。


「なあ。さっき言ってただろ? パンをいくらでもやるって」


「ああ。今は丁度収穫祭の時期だからな。パンがそれなりにあるんだ」


「すまない。村のみんなも腹を空かせているんだ。少しで良い。パンを分けて欲しい」


 ジートが俺に頭を下げてきた。さっきまでモンスターに屈する気など微塵みじんも感じられなかったのに凄い変わりようである。


 やはりパンで懐柔されたのだろうか。背に腹は代えられないというやつか。


「まあ、俺たちも食わなきゃ死ぬので、無制限に与えるわけにはいかないが、備蓄する分からいくつか分けてやることはできる」


「ありがとう。本当にありがとう」


 ジートが涙をポロポロと流してお礼を言っている。良い歳した成人男性が泣くほどに空腹というものは辛いものである。


「ところでジート。どうしてそんなに食料がないんだ? もうモンスターによる襲撃はないだろう?」


「ああ、そのことなんだが、俺たちも一応農業をやっているんだが、その土地の所有権は俺たちにない。地主が土地の利用料と称して俺たちが育てた作物を奪ってくるんだ」


 すごいあくどいやつもいるもんだな。まあ、俺もこいつらから食料を奪った身としては何も言えないけど。


「そんな大量に作物を奪われるのか?」


「ああ、今までは生活できないほどではなかったが……お前らが作物を奪ったせいで地主に渡す分の作物を長い間待ってもらっていたんだ。そうしたら、今は奪われていないのだからと取り立ての量を増やされたんだ」


 やべえ。ほとんどが俺たちのせいじゃないか。


「いわば、借金がかさんでそれの返済に追われているような感じだな。本当に辛いわ」


 ジートがあてつけのように言ってくる。今の俺がやったことではないけれど、耳が痛いな。


「まあ、それは本当に申し訳なかった」


「このままあの土地で農業を続けていても、こちらは飢えるだけだ」


「そうなんだ……」


 まあ、地主にも地主の事情があるとは言え、生活苦のジートたちから作物を奪うのはちょっとひどいな。


「そうだ。ジートよ。お前、俺たちのダンジョンの農作業の手伝いをしないか?」


「え?」


 ジートは虚を突かれたように驚いている。


「別にダンジョンで暮らせって言っているわけじゃない。ただ、日中暇な時間に農作業を手伝ってくれれば、今みたいに食料をわけてやってもいいぞ」


「し、しかし……俺たちにも農場があって……」


「どうせお前たちの村の土地は痩せているんだろ? ロクな作物だってできやしないような環境で、無理矢理作物を育てているんだろ?」


「な、なぜそれを知っているんだ……」


 これは俺がゲームをやっていて得た知識である。まあ、ダンジョンの外に出ない俺が知っているのは不自然だけどこの際はどうでもいいか。


「俺たちのダンジョンは土地が豊かだ。悪い土地で農業をするよりかは、こっちに来た方が何倍も実入りが良いはずだ」


 ジートは拳を握って視線を泳がせている。ジートの中でなにかが揺れているのだろう。


「しかし、地主には今まで収めてこなかった作物の分を修めてこなければ……」


「別にあの土地でなにも収穫できてないのなら、それ以上渡す必要もないだろう。あのまま、あの土地で農業を続けていてもジリ貧になるだけだ」


 ジートはかなり悩んでいて表情に影を落としている。まあ、すぐに俺たちを信用しろって言うのも無理な話でありそうだ。


「少し考えさせてくれ……それとパンをくれてありがとう」


「ああ。またいつでもこのダンジョンに来てくれ」


 ジートは持ち帰り用のパンを受け取り、ダンジョンを後にした。


「イビルハム様。あの人間また来ますかね? 来なかったらパンのあげ損じゃないですか?」


 リトルハムが少し心配そうにそう言っている。


「さあ? 俺たちの手を取るかどうかはあいつ次第だ。俺がどうこうするような話ではないからな」


 ジートが労働力として来てくれたら、まあこちらとしても助かるかな程度に考えている。あまり期待はしすぎてないけど。

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