第5話 熱い手の平返し

 今日もモンスターたちは農作業をしている。


 小麦の世話をしているモンスターたちはとても良い表情で働いていた。


 やはり、パンの美味さを知っているからこそ育てる喜びを感じられているのだと思う。


 一方でブルーベリー農場の方では……


「あー。このブルーベリー誰か世話した?」


「いや、今日は誰もしてないな」


「マジかよー。まあ、中々収穫できないし仕方ないか」


 モンスターたちがやる気をなくしてしまっている。


 このモンスターたちはまだブルーベリーを味わったことがない。


 だからこそ、ブルーベリーの価値を知らずに小麦と比較して成長が遅いってだけで、物事を判断してしまっているのかもしれない。

 

「まあ、ここで世話しておかないとイビルハム様に怒られてしまうからな」


「仕方ない世話をするか」


 いやいやながらもブルーベリー農場の世話をするモンスターたち。今はもう少しだけ堪えて欲しい。


 そんな日々を過ごしていたら、ついにその時がやってきた。


「お、おお! これはなんか青っぽい木の実ができているぞ!」


 モンスターの1人がそう言うと、周囲のモンスターたちが集まってきた。


「本当だ。これってもう収穫できるのか?」


 モンスターたちは興味津々にブルーベリーの実を見ている。


「ああ、食べられる。食べてみてもいいぞ」


 俺はモンスターにブルーベリーの実を勧めた。いやいやながらも、がんばって仕事をしてくれたゴブリン君にその実を最初に食べさせてみる。


「では、いただきます」


 ゴブリンはおそるおそるブルーベリーの樹から実を取り、それを口へと運んだ。


 もぐもぐとブルーベリーを食べる。強張っていた表情が次第にやわらかくなっていく。


「う、うまい! なんだこれ! 最初は酸っぱいって思ったけれど噛めば噛むほどに甘みが出て! うまい! 疲れた体が癒されるようだ」


 ゴブリンのリアクションに他のモンスターもブルーベリーに興味を示した。


「お、おい! ずるいぞ。俺にも食わせてくれ!」


「イビルハム様! 俺にもお願いします!」


 モンスターたちが俺に懇願するような目で見てくる。ブルーベリーの実はまだある。


「わかった。少しだけなら味見してもいいぞ」


「いえーい! やったー! さすが、イビルハム様!」


 モンスターたちはブルーベリーの実をもいで次々に食べていく。このブルーベリーたちは次の収穫祭まで取っておきたいけれど残るかな?


「うめうめ!」


 少しだけって言ったのにモンスターたちがバクバクと食べている。


 モンスターたちがブルーベリーを食べているのを見ていたら、俺も食いたくなってきた。


「う、食うか……」


 俺もブルーベリーの実を取って食べてみる。


「う、うめえ!」


 思わずそんな声が出てしまう。最近はずっとパンばかり食べていたから他の食事をとるのが久しぶりである。


 パンにはない酸味と甘さ。それが俺がずっと求めていたものかもしれない。


 もっと食いたい。まだ足りない。


 イビルハムの食欲。本能がそう訴えかけている。


 こんなことならもっとブルーベリー農場を増やしておくべきだったかなと思う。


 こうして、結実したブルーベリーはあっという間に俺含めたモンスターの胃袋の中に入ってしまった。


「ああ……ブルーベリーがなくなってしまった」


「収穫するのに時間がかかるのに……」


 モンスターたちはがっくりと肩を落としてしまった。


「大丈夫だ。果樹が残っていればまたすぐに実はできるさ。ちゃんと世話をすればな」


 俺はモンスターたちを励ます。そうするとモンスターたちは目を輝かせてブルーベリー農場に向かった。


「おおおお! またブルーベリーを食べるために一生懸命お世話をするぞー!」


 なんとも単純なやつらである。しかし、その単純さもなんかかわいく見えてきたな。


 あれほどブルーベリーの世話汚嫌がっていたのに、ブルーベリーを食べた途端にこの変わりよう。


 やはり、報酬がなければ人もモンスターもがんばれないってことだな。



「うーん。そろそろ砂糖が欲しいな」


 ブルーベリーが素材として手に入るようになったら、次に欲しくなるのは砂糖である。


 砂糖があればブルーベリージャムをクラフトできるようになる。そうすればパンの味にバリエーションを持たせることができる。


 パンをうまそうに食っているモンスターたちには悪いが、ずっと同じパンを食べていると俺は飽きてくる。


 やはり、俺の味覚というか舌は転生前の記憶を引き継いでいるのかもしれない。飽食の現代日本を生きていた舌の。


「砂糖をクラフトするためには、サトウキビが必要か」


 サトウキビは色々と便利である。砂糖をクラフトできるようにもなるし、紙を作れるようにもなる。


 さらにクラフト技術が向上すればバイオ燃料というものにも使える。バイオ燃料はまだ作れないけど、将来を考えると生産できるようにしておくのは悪くない選択だろう。


「それじゃあ、ダンジョンの一部を農地にする」


 ダンジョンも農地が増えてきて手狭になってきたな。居住スペースとかも削られてきているし、モンスターたちが狭い空間で生活するようになってしまう。


 モンスターが狭い空間で過ごしているとストレスが溜まってしまうのである。そうするとDPの増加量にも影響が出てしまう。


 だからこれ以上は農地を開拓するのは危険である。ダンジョンそのものの面積を増やす改築を行う必要がありそうだ。


 ただ、改築でダンジョンを広げるのもDPのコストが高い。その辺のDP運用もきちんと考えてやらないと後で泣きを見てしまうな。


「農地にサトウキビを植える」


【了解です】


 これで完了っと……さて、後はモンスターがサトウキビの世話をしてくれるかどうかだ。


 ブルーベリーの件で学んでくれるといいけれど。


 俺は農場に向かってモンスターたちに集合をかけた。


「みんな聞いてくれ。新たにサトウキビ農場を作った。みんなにはそこの世話をして欲しい」


「サトウキビだってよ」


「お前知っているか?」


「知らない」


 まあ、モンスターたちが知らないのも無理はないだろう。そこは責めるつもりはない。


「サトウキビを収穫すると砂糖がクラフトできるようになる」


「砂糖!? 砂糖って言えば、あれか。人間が持っていた甘いやつか!?」


「おお、それなら俺は舐めたことあるぞ。ブルーベリーより甘かった」


「マジかよ。ブルーベリーより甘いものがあるのかよ!」


 あ、そういえば、こいつら人間から食料を奪ってそれなりに食べていたんだったな。


 その中に砂糖があるなら話は早いか。


「砂糖を多く取れるかどうかはサトウキビの収穫量次第だ。がんばって世話をしてくれ」


「はーい!」


「任された!」


「イビルハム様が植える作物にハズレはない!」


 一部のモンスターが調子のいいことを言っている。ブルーベリーの時は俺に不信感を抱いていたのに。


 まあ、砂糖が取れるとわかっているならモチベがあがるか。これは俺の作戦勝ちだな。


 報酬を具体的に提示できれば誰だってやる気がでるものか。


 モンスターたちは、それぞれ小麦エリア、ブルーベリーエリア、サトウキビエリアに分かれて自分の担当のところを一生懸命に世話をしている。


 みんな本当に良い顔をしているな。人間の食料を奪っていたころと比べたら見違えるほどである。


「さてと……俺も一仕事しますか」


 俺は俺で次の計画を立てないといけない。ダンジョンを大きくしていくためには、無計画ではいけない。


 前世でのゲーム知識も使いながら、確実にこのダンジョンを大きくしていこう。ダンジョンの拡大、モンスターの上限数の増加。それらをどのタイミングでやるかだ。


 なんとかモンスターたちの食料の分は今のところ確保できてはいるけれど……計算をミスってモンスターの上限を上げた後に食料が足りませんってなったら悲惨だからな。

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