第2話 農作業開始

 俺は畑の手入れをすることにした。


 雑草が生えてきたらそれを取り除く。イビルハムは巨体のオーガ族。ちまちまとした作業は苦手だけれど仕方ない。


「これは雑草か……小麦は抜かないように気を付けなければな……」


 雑草を抜いていき、それを捨てる。かなりの重労働で汗をかいてくる。


「イビルハム様なにをされているのですか?」


 背が小さい緑色の小鬼のモンスターのゴブリンが俺に話しかけてきた。


「ああ。農作業をしているんだ。こうするとうまい小麦が取れるぞ」


「イビルハム様……? そんなことしなくても人間どもから食料を奪えば良いのでは?」


 うーむ。どうやら、イビルハムだけでなくてモンスター全体の倫理観というのがこんな感じなのだろうか。


「いや、それはダメだ。人間共も今は飢餓で苦しんでいる。そんなことしたら人間たちが餓死してしまう」


「人間が餓死しようと知ったことではないのでは?」


 どうしたものか。ここはリトルハムを説得したようにゴブリンたちも説得するか。


「いいか? 人間が餓死したら人間の数が減る。人間の数が減るということは食料を生産する人間の数が減るということだ」


「え? 食料って勝手に生えてくるものじゃないんですか?」


 倫理観以前に教育が必要だな……これは。


「いいか? ゴブリンたち。人間たちは苦労して食料を作っているんだ。小麦を作るのだって、それなりの手入れが必要なんだ。俺がやったみたいに雑草を抜き抜いたり、水をあげたり……大変なんだぞ」


 とにかく大変さをアピールすることでゴブリンたちに教育をしていく。それさえ理解できればゴブリンも無茶なことはしないだろう。


「なるほど。そういうことですか」


「ああ。だから、むやみに人間から食料を奪ってはいけない」


 いくら俺が食料を奪わなくても俺の部下が人間から食料を奪ったら意味がない。そこはやはりきちんと全モンスターに教育を徹底しないとな。


 しかし、どうやって教育させるか……ここはやはり実際に畑仕事をさせるしかないな。


「よし、モンスターたちを集めるぞ。ゴブリン。ダンジョン内にいるモンスターを片っ端から呼んできてくれ」


「わかりました!」


 その間に俺はダンジョンの農地の面積を増やしておこう。管理部屋に行って水晶に手を触れて、DPを消費しまくる。


【残りDPは200です】


「うわあ。最初は5000DPあったのにがっつりと減ったな。もうほとんどできることがなくなってしまった」


 まあ、それもこれもダンジョンのモンスターを教育するためだ。仕方ない。管理部屋から自室へと戻ろうとするとゴブリンとばったり出くわした。


「イビルハム様。モンスターを集めてきました」


 ゴブリンが俺にそう報告してくれた。


「ああ、ありがとう」


 俺は集められたモンスターの元へと向かった。スライム、ゴブリン、でかい昆虫のキラービードル、植物型モンスターの人食い花。


 序盤に登場する雑魚モンスターたちである。当然、こいつらはボスモンスターであるイビルハムよりも弱い。


 戦力としては期待できない。だが、農業には向いているかもしれない。


「今日はお前らに伝えたいことがある。俺はもう、周辺の村から食料を奪うのはやめだ!」


 モンスターたちがざわつき始める。特にゴブリン種とキラービートル種だ。


 スライムは水があれば生きていけるし、人食い花も土から栄養を補給できるからそこまで危機感はないようである。


「イビルハム様。正気ですか? 食料がなければ我々は飢えてしまいます」


 キラービートルの中の誰かがそう言う。まあ、その反応は正しいだろう。


「ああ。だが、それは人間とて同じこと。我々が奪えば人間もまた飢える。だからこそ、我々はこれから自給自足で食料を得る必要がある」


 俺の言葉にモンスターたちがざわつき始めた。


「俺は既にこのダンジョンに多数の農地を作った。これから、このダンジョンのモンスター総出で畑の世話をする。そして、小麦を収穫して食料を確保するんだ」


 俺の言葉にまたモンスターたちがざわつき始めた。


「食料を確保? できるのか? 俺たちに?」


「そんなの人間に任せておけばいいのでは?」


「そうだそうだ。人間は脆弱な生物。そいつらから奪って何が悪い」


「弱肉強食だよねー」


 うーむ。やはりこいつらには教育が必要か。その教育は農作業を通して行う。


「いいか? お前ら、農作業というのは大変だ。人間たちはその大変な思いをして食料を得ている」


 モンスターたちは一応はボスである俺の言葉に耳を傾けてくれている。


「その大変な思いをしている人間の気持ちになるべきだ。というわけでこれからお前たちには農作業をしてもらう」


「えー」


「マジかよー」


「人間襲う方が楽なのにー」


 こいつらは本当に……でも、イビルハムの下についているからこそこういう思考に染まったのかもしれない。


「とにかく、みんな食料を確保するために農作業に勤しめ! それが俺からの命令だ」


「はーい」


 モンスターたちは渋々ながらも農作業をすることにした。畑を耕して種を撒き、水を与えて時が来るのを待つ。


 もちろん、俺も部下たちにやらせるだけじゃない。きちんと俺も農作業に参加していた。


「イビルハム様……疲れました」


「農作業というのは疲れるものだ。がんばれ。ただ、どうしても無理なら休んでも良いものとする」


 値を上げているゴブリンを励ます。


「イビルハム様……喉が渇きました」


「水分補給はしっかりと取れ。このダンジョンには泉がある。そこの水は自由に飲んでいいからな」


 喉の渇きを訴えているキラービートルに水を飲ませる。


 ダンジョンの大部分を農地にしてしまったから、作業量がとにかく多くて大変である。


 モンスターたちがぶっ倒れないように体力管理しながら、農作業を続ける。


「よし、今日はここまでだ。みんな休んでいいぞ」


 いつまでも働かせるわけにはいかない。休むべき時はしっかりと休ませないとな。


「ふー……疲れました」


「人間たちはこんな大変なことをやっているのか? 本当に?」


 モンスターたちが農作業の大変さを理解し始めてきている。そうだ。これこそが教育だ。


 労働の大変さを身に染みてわかることで他者の痛みを想像させるようにするんだ。


「なんか、こんな大変な思いをして作った食料を奪うのは悪い気がしてきた」


 ゴブリンの1人がそんなことを言い始めた。よし、これは良い傾向だ。


「そうか? 俺は逆にこんな大変な思いを自分はしたくないから他人にやらせて奪いたいな」


 また別のゴブリンがこんなことを言い始める。うーん。どの世界にもカスみたいなやつはいるもんだな。


 やはり、十人十色。モンスターも人間と同じように色々な性格があるもんだなあ。


 まあ、カスみたいなやつがいるのは仕方ない。人間世界にもそういうやつはいる。


 ただ、そういうやつらも建前上は人間を襲わないようにしないといけない。


 となると……やはり、法律を作って罰を与えるという風にするしかないか?


 善意だけで他人の行動を縛り切るのはほぼ不可能だ。社会秩序のためにも法律は必要だ。


「みんな。聞いてくれ。これからは人間の村に行って、人間を襲って食料を奪う者。そいつは10日間飯抜きにする」


「えー!」


 モンスターたちから当然不満の声が漏れる。でも、こういう罰は抑止力としても必要だ。


「イビルハム様。どうして、そんなに人間に肩入れするのですか? みな不満に思ってますよ?」


 リトルハムが俺に苦言を呈する。まあ、モンスターの価値観ではそうだろうな。


「良いか。リトルハム。聞いてくれ。人間だって生きている。そんな人間からむやみに奪ったら人間だって黙っちゃいない。人間もこちらに対し抵抗をすれば……それはもう戦争なんだ」


「戦争……なら人間をやっつければ良いのでは?」


 う、うーむ!? この倫理観。やばいな。


「戦争になればこちらも被害を受ける。やっつければ良いと言う話ではない。俺は1人でもお前たちに欠けて欲しくないんだ」


 俺は涙ながらに訴える。これで心に響いてくれたらいいけど。


「まあ、死んだら死んだらでその時じゃないですか? 私は死ぬ覚悟はできてますよ」


 こ、こいつら……本当に……!

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チュートリアルダンジョンのボスは静かに暮らしたい 下垣 @vasita

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