チュートリアルダンジョンのボスは静かに暮らしたい
下垣
第1話 チュートリアルダンジョンのボスになりました
「起きてください。イビルハム様」
何者かが俺の体を揺すっている。俺はその動作により目を覚ました。
「ん……誰だお前……」
視界がぼんやりとする中、俺は目の前の子供に声をかけた。子供の肌の色は赤みが強い赤褐色でとても人間とは思えない。
「嫌だな。忘れちゃったんですか。私ですよ。リトルハムですよ!」
「あ。ああ……そうだったな。お前がリトルハムで、俺がイビルハム……だったような?」
イビルハム。確かにその名前には聞き覚えがある。自分の名前だから当然なのかもしれない。
でも、その情報は主観的というよりかは客観的情報のような気がする。
痛い。まだ頭が痛くてぼーっとする。俺は思わず頭を抑えてしまう。
「昨日は村人から奪ったお酒をしこたま飲んでましたからね。二日酔いで記憶が混在しているのかもしれませんね」
「記憶が……混在?」
そうなのか? そうかも……俺の記憶が入り混じっていて……あ!
「思い出した!」
二日酔いで頭痛なんてしている場合じゃねえ!
「リトルハム! 聞いてくれ。俺たちは死ぬ!」
「え、なに言っているんですか? まだ寝ぼけているんですか? あはは」
リトルハムは二日酔いの俺の言うことを信じようとしなかった。
いや、俺もいきなりのことでつい慌ててしまったな。いきなり死がチラついても冷静さを失ってはいけない。
なにせ、もし仮に死ぬとしても俺は既に1回死んでいる。俺の記憶が正しければの話であるが。
本当に俺が二日酔いで寝ぼけているのかチェックしてみよう。
◇
まず、俺は地球という惑星の日本という国に生まれた男だ。
そして、とあるゲームが好きだった。そのタイトルは『ゴッドバスター6』。
プレイヤーが勇者になってモンスターを倒していくというシリーズものの6作目だ。
シリーズも6作続けばマンネリ回避をするために開発者も新要素を盛り込む。
まず、仲間にできるキャラが多い。その総数は100人を超える。それはとある要素との兼ね合いでそこまでのキャラが必要になる。
このゲームの新要素は制圧したダンジョンを拠点にして強化できるというところだ。
ダンジョンを拠点にしていると、プレイヤーが冒険している間にお留守番をしている仲間がそのダンジョンで生活をする。
ダンジョンで生活していく内に様々なアイテムを発掘して、クラフトして、冒険に役立つものを生産・加工していくというものだ。
この要素がかなりハマる要素で、俺はこのゲームが好きすぎてプレイ時間999時間をカンストするほどにプレイした。
クリアするだけなら、通常プレイで20時間もかからない程度。RTAなら6時間でクリアできたという報告もあがっているくらいのボリュームなのであるが、とにかくやり込み要素が多い。
なにせ、クリアしてからも隠しダンジョンが存在する。今まで倒したボスと戦える追憶のダンジョン。
俺はこのゲームを何十回もクリアするほどやり込んでいる。
RTAの記録も6時間34分22秒を持っていて、一時期の世界記録よりもこの記録は良い数字である。今の世界記録は6時間切りだけど。
動画サイトに縛りプレイの動画も頻繁にあげている。仲間が拾ってきた装備だけでクリアとか、人外の仲間だけでクリアとか。そこそこ人気シリーズになっていた。
そんな俺だからこそわかることがある。いや、俺でなくてもゲームをプレイした者なら誰でもわかる。
イビルハムというキャラ。赤褐色の肌が特徴的なオーガ族という設定で筋骨隆々の大男。一本角が生えていて銀髪で顔立ちもまあまあ整っている。
だが、弱い。救いようがないくらいに弱い。
まず、このキャラはチュートリアルダンジョンと呼ばれる最初のダンジョンのボス。つまり、ボスの中で最も弱い。
ぶっちゃけ、幼稚園児がコントローラーを操作しても勝てるくらいの設計である。後の鬼畜ダンジョンに比べたら信じられないくらいである。
そして、鍛えたところで弱い。なんでそう言い切れるのかと言うと、イビルハムは内部データでは敵の中で唯一レベルがカンストに設定されているキャラである。
クリア後に訪れる追憶のダンジョン。今まで戦ったボスの強化版の性能が出てくる。
イビルハムもその対象であるが、イビルハムはレベルカンストしているのに、ステータスがほとんど伸びていない。ぶっちゃけるとHPが100上がっただけ。
完全にスタッフの遊び心でレベルだけカンストにされているだけである。そう、つまり、鍛えてレベルを上げてもイビルハムは最初の勇者にすら勝てない。
もし、俺の想定通り、ここがゲームの世界なら俺はその内、勇者に殺される運命である。
このままでは俺は殺される……いや、なにしても殺されるな。冷静に考えてみろ。弱いなら鍛えれば良いなんて通用しない設定なんだぞ。こっちは。
何が悲しくてHPをたった100あげるためにレベルカンストまで鍛えなければならない。裏ボスのHPは1000万超えてんだぞ。
だが、そんな弱いイビルハムでも一般的な村人には脅威なようで、イビルハムは近隣の村から食料や酒を奪っている。
そのため、このダンジョン周辺の村は飢餓状態にあるのだ。
しかも、設定上はここの地は作物が育ちにくいらしく、食料は
勇者は近隣住民の願いを聞き、イビルハムを討伐するという流れだったな。
ゲームの情報はこんなもんで、次は俺の情報を思い出してみよう。
俺は死因は詳しく覚えてないが現代日本で死んでしまった。
その魂がこうしてイビルハムに転生して、今までそれを忘れていた。けど、酒を飲んで思い出した。ってところか?
まあ、思い出せる情報としてはこんなものか。
◇
「イビルハム様! 今日も人間たちから食料を奪って騒ぎましょうよ!」
リトルハムが突如こんなことを言い出した。今までのイビルハムだったら、こんなことは秒で賛成していただろう。しかし、それではいけない。
「やめだ。食料を奪うようなことはもうしてはいけない」
「え? どういうことですか?」
リトルハムはきょとんとした顔でこちらを見ている。
「人間たちから食料を奪うのはやめだ。いくら腹が減っても他人から食料を奪ってはいけない」
「そんな。イビルハム様。あなたがやり始めたことでしょ! 今更何を言っているんですか!」
リトルハムが抗議をしてくる。たしかに今更すぎることかもしれない。
「リトルハム聞いてくれ。人間共は今、飢餓で苦しんでいる。人間もなにか食わなきゃ死ぬのだ」
とあるヒーローを生み出した作家が言っていた。本当のヒーローとは腹を空かせた人間にパンを分け与えてあげられる者のことを言うのだと。
俺はこの言葉にいたく感動した。俺もこういう人間を目指したいとすら思っていた。
しかし、イビルハムはその真逆である。飢餓状態の村人から容赦なく食料を奪う。つまり、こいつこそが本当の邪悪だ。
だからこそ、このままではいけない。俺はこのイビルハムという邪悪なキャラでも改心してヒーローになれることを証明したい。
「人間が死んだら食料が奪えなくなる。だから、生かさず殺さず程度がいい」
まあ、リトルハムにヒーロー論を説いたところで意味がないだろう。ここは適当にごまかしておく。
「なるほど。流石イビルハム様です。考えることがあくどい!」
しかし、イビルハムはかなり腹が減りやすい体質らしく1日5食は当たり前の大食漢である。
食料をどうにかして確保しないと餓死してしまう。
「うーん。どうしたものか……そうだ! ダンジョン内で食料を生産しよう!」
「ダンジョン内でですか? そんなことできるんですか?」
「ああ。俺の記憶が正しければ……」
俺は寝室を抜けてダンジョンの奥地へと向かった。奥地にある厳かな一室の部屋。部屋の中央にある赤い色の水晶。俺はそれに触れてみた。
【ダンジョンマスターのアクセス確認。これよりダンジョンの管理を行います】
思った通りだ。現在のダンジョンのボスは俺だ。だから、このダンジョンの管理の権限を持っているのも俺だ。
俺が倒されればダンジョンマスターの権利が勇者たちに移るが、俺はまだ倒されていないからダンジョンを自在に操作できる。
これでダンジョン内を改築して、どうにかして食料を生産する
まずは、農地を作らないといけない。ダンジョンの一部を農地にしないといけないけどどこにするか。まあ、適当に俺の寝室の近くの空間を潰してそこを農地にするか。
【エリアA3を農地に改造するには300
ダンジョンを改築するにはDPと呼ばれるものが必要だ。このDPのため方は2つある。
ダンジョン内で戦闘が発生するか、それかダンジョンで暮らしている生物の種類と数に応じて自動的に加算される。
前者はないな。モンスター同士で争っても意味がない。ということは、自動的に追加されるのを待つしかないか。
なので、このDPは貴重で無駄遣いはできない。でも、今は生活していくためにも農地が必要なので作らざるを得ない。
「300DP払って農地を開拓する」
貴重なDPを支払って俺は農地を作った。しかし農地を作ったところで、種を植えなければ意味がない。
「100DP払って農地に小麦の種を植える!」
これで小麦の成長を待てば、収穫できるようになる。これで第1段階が完了した。このまま待っていても良いけれど、せっかくだから畑の手入れをしてみようか。
畑の手入れをすると収穫時期が早まったり、収穫量が増えたりする。これが結構、重要な要素だからな。
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