第3話 収穫とクラフト

 小麦を育て始めてからそれなりの時間が流れた。


 来る日も来る日もモンスターたちは畑の世話をしている。


 モンスターたちから不満の声がなかったわけではない。


 その度に俺はモンスターたちを説得してどうにかして心のケアを測ってきた。


 備蓄して会った食料もつきかけてきた頃、ついにこの日がやってきた!


「みんな、喜べ。今日は収穫の日だ」


 俺はみんなにそう伝える。しかし、みんなはピンと来てないようである。


「収穫? こんなものが食えるのか?」


「どうでもいいから早く飯をくれ。飯を」


 ゴブリンとキラービートルが文句を言い始める。しかし、その文句もすぐに収まることであろう。


 こいつらは自分で育てた小麦を使って作るパンのうまさを知らない。それを知ってしまえば、きっとこいつらも改心をすることだろう。


「まあ、とにかく収穫するぞ。収穫した小麦はまとめてから俺に渡してくれ」


 素材として小麦を大量に欲しい。そうすればかなりの数のパンが作れる。


 全員分のパンを作れるはずだ。備蓄する分も忘れないようにしないとな。


 ぶつくさと文句を言いながら最後の作業だからかゴブリンとキラービートルたちは真面目に作業をしている。


 収穫した小麦は俺の元に届けられる。俺はその小麦を持ってあるところへと向かった。


 それはダンジョンの管理部屋である。そこにある水晶にそっと手を触れてみる。


「今日はクラフトをしに来た」


『了解』


 このゲームにはクラフト機能がある。ダンジョンの中枢にあるこの水晶を使って、ダンジョン内で手に入れた素材を使ってアイテムが作れる。


 あらかじめ汲んでおいた泉の水。それと小麦を使ってパンをクラフトする。


 水はいくらでも汲めるし、後は小麦さえあればパンのクラフト素材は揃う状況であった。


 それにしても、水と小麦だけでパンができるなんてこの世界のクラフトも随分と便利なものだ。


 現実だったら、パンを膨らませる酵母が必要になるわけだけど。この世界ではそれがなくてもおいしいパンは作れる。


「水と小麦を適正量入れて……パンをクラフト!」


 クラフトの結果は……成功だ。見事にパンができあがった。


 俺はできあがったパンを早速味見してみる。パンを一口かじる。カリっとした表面。中はもっちりとしていてその食感が楽しめる。


 噛めばほんのりと口の中に甘さが広がってくる。噛めば噛むほどその甘さがより鮮明に感じられて、甘いそよ風に撫でられているような気分になる。


「うまい。うまいぞ!」


 地味な味ながらも確実にうまいそれ。自分たちが育てたものであることを加味しながら食べるとよりおいしく感じてしまう。


 このパンだった無限に食べられる。イビルハムの胃袋がそう言っていた。


 しかし、このパンはみんなで作ったパン。俺1人で独占するわけにはいかない。


 俺は胃袋をいさめて、更にパンを作り続けた。


 パンをクラフトする分にはDPを消費しないし、ただひたすらにクラフトするだけである。


 そして、俺は全員分のパンを作ることに成功した。大量のパンを抱えて俺は農地にいるみんなのところに戻った。


 みんな相変わらず収穫作業をしている。農地が広い分、収穫も中々に大変である。


「みんな。そろそろ休憩しよう。みんなが収穫した小麦を使ってパンをクラフトしてきた。これを食べよう」


「いえーい! 休憩だ!」


「パン!? 人間共が持っている食料だ!」


 モンスターでも休憩は嬉しいのかゴブリンがぴょんぴょんと飛び跳ねている。


 そんな歓喜しているモンスターたち、1人1人にパンを配給した。


 モンスターたちはパンを受け取るとすぐにむさぼるように食べ始めた。


「う、うめえ! なんだこのパン! うめえぞ!」


「こんなうまいパン食べたことがない!」


 ゴブリンとキラービートルたちはパンを食べて、とても良い笑顔を俺に見せてくれた。


 そうだ。この笑顔が見たかったんだ。


 パンを配り終えた俺はモンスターたちに語り始める。


「これでわかっただろう? これが自分で食料を育てるということだ」


「?」


 モンスターはまだピンと来てないようである。ここはしっかりと解説をしてやらないとな。


「たしかに人から奪った食料でもおいしく食べることは可能だ。しかし、そんな食料よりも自分苦労して手に入れた食べ物の方がうまいってこどだ」


 働かざる者食うべからずという言葉がある。まさにみんなは働いて小麦の収穫に貢献した。だから、今日この日から食う権利があるのだ。


「この食料のうまさは他人から奪うだけでは得ることができない。な? 自分で食料を作るっていいもんだろ?」


 俺の言葉にモンスターたちはうんうんと頷いていた。


「たしかに……」


「疲れた体にこのパンは効く。マジでうまい」


「俺、パンがこんなにうまいものだなんて知らなかった」


 モンスターたちは非常に満足した様子である。まさか、ここまで自分で育てたパンがうまいとはモンスターたちも思ってなかったころだろう。


 そう考えるとこいつらもある意味でかわいそうな存在だったってわけだ。


 自分で育てて作ったパンのうまさを知らずに、村人から略奪することでしか食料を得る手段を知らなかったわけだ。


「なあ。これでわかっただろ? 村人から奪ってばかりだとこんなうまいパンを食えないんだ。これからはみんな心を入れ替えて小麦作りに専念するんだ」


「さすが! ボス! 言うことが違うぜ」


「たしかにこのうまさを知ってしまったら、奪うのはもったいない気がしてきた」


 モンスターたちがパンのうまさを知り次々に改心をしてくる。


「俺が村人から食料を奪う名って言った意味が理解できたか?」


「そっか。俺たちはこんなうまいものを村人から奪っていたんだな」


「これは反省しないと……」


「俺恥ずかしいよ」


 改心の連鎖はどんどん広がり、モンスターたちはすっかりと心を入れ替えて善良なモンスターになった。


 すごい。これがパンの力というやつか。奪うだけでは決して得られなかった体験。


 それを味わわせてやれば良かったんだ。


 休憩も終わり、モンスターたちは収穫の続きを開始した。


 最初こそもぶつくさ文句を言いながら作業をしていたモンスターたちも、今となっては真面目に働いている。


 キラキラとした笑顔でとても楽しそうに収穫作業をしている。俺もその収穫作業を手伝う。


「イビルハム様。俺楽しいです」


「ああ、そうだな。俺も最高に充実している」


 倫理観が終わっていると思われていたモンスターたちも、きちんと教育すればちゃんと正しい道へと歩み出せるんだ。


 収穫が終わるころ、俺はこのモンスターたちに愛着がわいてしまっていた。


 みんなのなんとしてでも守りたい。そう思うようになってしまった。


 でも、俺が倒されるとみんなも一緒に死んでしまう。ダンジョンのボスは将棋で言うところの王将のようなもの。倒されたら全体の負けなのである。


 俺は死ぬわけにはいかない。みんなを守るためにも。絶対に……勇者に倒される運命だって変えてみせるさ。


「……いや、それは無理かなあ」


 結局イビルハムは鍛えたところで弱いのだ。勇者に襲われたら俺たちは抵抗すらできずに殺されてしまうだろう。


 なにせ俺たちはチュートリアルのダンジョンで殺される存在。


 プレイヤーにゲームの仕様を理解させるために倒されるだけ。


 ここでプレイヤーはダンジョンの探索と戦闘の操作を覚えて、更なる強敵がいるダンジョンへと向かう。


「くそ……俺たちだって生きているんだぞ」


 絶対に勇者の踏み台になんかなってやるものか。絶対に生き残ってやる。そして、このダンジョンにいるみんなも守るんだ。


 俺は決意を新たにパンを更にもう1つ食べた。

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