2024年5月

5月5日 盗んであげる 濡れる 耽美

1 「君が望むモノを盗んであげる」奴の視線の先には俺が欲しいモノがあった。「見返りは?」仰ぎ見ると、奴は耽美と形容するに相応しい微笑みを浮かべて宣った。「君自身」承諾した覚えはないというのに、奴の舌によって俺の唇は濡れる。接吻では生ぬるい。俺はその舌に噛みついて溢れた赤を飲み込んだ。


2 共に生きるには障害が多すぎた。どうにもできない状況に頬が濡れる。部屋の前には見張りが2人。あの人の下へ行くことは叶わない。カタリと小さく窓が鳴った。月の光に照らされたあの人は耽美な絵画のようで。「君を盗んであげる」キザな盗賊は恭しく膝を折り手を差し出す。僕は迷わずその手を取った。




5月6日 ゴミ箱 立ち尽くす 泳ぐ

1 「これ、何?」立ち尽くす恋人にゴミ箱を投げつけると、散らばった夜の残滓。泳ぐ視線は全てを語る。出張中に男を連れ込んで楽しむなんて良い度胸だ。手錠を取り出し、赦しを乞う彼の手足を戒める。絶対に赦しはしない。仕置きの準備で部屋を出た後、彼が暗く嗤っていたことを、俺が知ることはない。


2 待ち合わせに指定されたそこで立ち尽くす。観覧席から見えるプールに彼の姿を見つけた。ゴミ箱に捨てられた競泳用の水着。もう二度と、泳ぐ姿は見られないと思っていた。白熱するレースを制したのは5年ぶりに復活した彼で、会場は熱く沸き立つ。歓声に包まれ、俺は泣きながらその場に崩れ落ちた。




5月8日 煙草 届きそう 奇妙

1 警戒心は強い方だ。だから出会ったばかりの男の家についていったのは奇妙に思える。甘ったるい煙草の煙を吸うと頭がぼんやりして、倒れそうになったところをベッドに横たえられた。手を伸ばせば届きそうな距離にいる男には、何故か触れられない。「何をした?」「さあ」弧を描く唇が首筋を嬲っていく。


2 煙草の火を分け合うだけの奇妙な関係になり、もうすぐ1年になる。喫煙者としては肩身が狭くなってきたが、彼がいるからやめられない。本当は想いを通わせたい。けれど、届きそうで届かない距離感は居心地が良く壊したくない。関係が恋人に変化したのは、喫煙所で出逢ってから丸一年になった日だった。




5月10日 猫 音楽 お菓子

1 可愛いと撫でている猫のぬいぐるみが剥製だと知ったら。この音楽いいねと聞いている曲が「終焉」というタイトルだと知ったら。美味しいと頬張るお菓子が僕の白濁入りだと知ったら。君はもっと僕を好きになる?知らせたい。知らせたくない。二律背反の気持ちを天秤にかけ、今日も君に優しくキスをする。


2 彼の奏でる音楽に魅入られ、放課後の音楽室に通っている。演奏のお礼に、今日は猫のクッキーを渡した。それを目の前で開封すると、口元にあてがわれる。それを咥え、彼の口元に差し出す。ほんのり甘くてほろほろのクッキーを食べて近づく顔と顔。最後の一口は、いつも彼が俺の唇ごと食べるんだ。




5月15日 泳ぐ 沈む 飛び跳ねる

1 お手本のような泳ぐ姿を見て、いつかその体を奪いたいと思った。檻はこだわり抜いて作り、捕獲する準備は慎重に。夜のプールは彼だけが泳いでいる。手元のスイッチを押すと、彼は飛び跳ねてプールに沈んだ。これで彼は俺だけのために美しく泳ぐのだ。俺はプールに入り、脱力した彼を迎えにいった。


2 沈んでは勢いよく飛び跳ね、銀の鱗を月光で煌めかせる姿は幻想的だ。その泳ぐ姿に心を射抜かれて以来、僕は毎夜岩陰に隠れ彼が泳ぐ姿を眺めていた。その夜、彼はどこにもいなかった。「そんな熱い視線に気付かないわけないでしょ」浜辺に出た僕は、思ったよりも男らしい人魚に押し倒され唇を奪われた。


 


5月23日 化粧 素肌 繋ぐ

1 薄い化粧で素肌を隠しても、俺は俺のままだ。でも、少し壊れた義兄は俺を姉だと信じ、逃げないようにと俺の足首に鎖を繋いで溺愛する。俺から自由を奪った憎い人。最愛の妻を失った可哀想な人。姉の名前を呼びながら俺をベッドに押し倒す義兄は幸せそうだ。交わした唇に、愛なんて一欠片もないのに。


2 男性も化粧する昨今。SNSで繋がったメイク仲間とのオフ会。そこで出会ったイケメンに誘われ、安易について行ったホテルで俺は焦った。素肌を晒すなんて無理!でも、メイクオフしてもイケメンな彼に仮面を剥ぎ取られてしまった。「可愛いまんまじゃん」重なった唇はとても温かくて柔らかかった。




5月30日 なんとなく 抱きしめる 戸惑い

1 「ごめん、別れよう」コーヒーを一口飲みんでそう言うと、彼は戸惑いを隠すことなく眉を寄せた。「ごめんね」重ねて謝罪すれば、大きく綺麗な目からぽろりと涙が溢れた。なんとなくそうした方がいいと思って彼を抱きしめる。でも、本当にわからないんだ。好きと言う感情も、彼がなぜ泣いているのかも。


2 真っ直ぐに向けられる視線。「好きだ」告げられた想いは俺と同じだった。「おっ俺も、好きだ」そう答えると、何故か彼は戸惑って視線を彷徨わせた。なんとなくだけど、気持ちはわかる。信じられないよな。俺は彼の大きな体を抱きしめた。「夢じゃないからな」そう言って、俺は背伸びをしてキスをした。




5月31日 ふわりと もどかしい 舐める

1 次はここ、と喉を晒される。俺はもどかしさを感じるように、わざとゆっくり喉仏を舐める。「早く」ちらりと彼の顔を見れば、期待に潤んだ瞳が物欲しげに視線を寄越していた。俺は無防備な喉を食い千切る。途端、ふわりと香る甘美な匂い。不死身のケーキである彼の肉は、何度食べても飽きないものだ。


2 ふわりと香る高級そうなボディソープの匂い。体を撫で回す手がもどかしい。もっと性急でもいいのに。耳朶を舐められ、背中がゾワゾワとする。「ここ、弱いんだ?」揶揄う声は弾んでいる。「っさい!」「照れ隠し?可愛いなぁ」喧嘩ばかりの俺たちが付き合うようになったのは、今世紀最大の謎だと思う。

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