057 老弟子



「こちらに病を発症した者が集められています」


 アダン村の村長ダイスさんが我々を案内してくれた。

 その道中にお互いの事情は説明済みである。


 絶級治癒魔術を持つメルシェラではなく、わたしが治療すると告げた時の村人たちの表情は最高だった。

 正式なネメシアーナ神殿の馬車に乗ってきた以上、口に出して文句を言う者はいなかったが、全員の顔に『こんな小娘が本当に病気を治せるのか?』とはっきり書いてあったのだ。

 胡散臭そうなものを見るような、懐疑に満ちた目、目、目。

 先人は言った。目は口程に物を言う、と。

 前世でも散々味わった視線だが、こればかりは一向に慣れない。


 本気でこんな連中は見捨ててやろうかと思ったが、イリーナ老司祭に前金で報酬をもらってしまったのを思い出す。

 疑惑の目を向けられてまで村人を治してやる義理など無いし、彼らが奇病によって全滅しようと知ったことではない。

 しかしそれに伴ってネメシアーナの名が地に落ちるのは悩ましい。

 ……今後も毎度このパターンでやらざるを得なくなるのかと思うと納得いかないが……


「先程は村の者が失礼しました」


 前世の体育館よりも大きい建物の前で足を止めたダイスさんが申し訳なさそうに言う。

 いけない。村長はわたしのあからさまな仏頂面を見て気を遣ってくれたのだろう。

 内心はどう思っているのか定かではないが、彼は相当な人格者のようだ。


「他の街や村からも腕利きの医師や冒険者がやってきては治療に当たったのですが、皆匙を投げましたでのう。村の者もすっかり諦めておるのです」

「そうだったんですか……」

「【彷徨う聖女】さまならばと期待しておったぶん、落胆も大きかったのでしょう。彼らを責めないでくだされ」

「まぁ、わたしの見た目じゃしょうがないかな……」

「いいえ。現役の頃は少々魔術を齧っていたゆえ、ワシにはわかりますぞ。ミーユ殿が秘める凄まじいまでの内包魔力を」

「……それほどでもないですよ」


 『あ、やっぱりわかっちゃいます?』と調子に乗りたくなるのをグッと堪えて慎ましく答える。

 ほら見なさい。

 わかる人にはわかるんですよ。わたしの凄さが!

 じゃなくて、現役の頃に魔術を齧ってた?

 もしやダイスさんは元冒険者なのかな。

 言われてみれば、皺深い顔には少し傷なんかもあって、歴戦を物語る雰囲気。


「ご謙遜を。大勢の大人に囲まれても、凛とした態度を崩さぬ貴女には特別な何かがある。幼子な見た目とは裏腹にかなりの研鑽を……修羅場を潜って来ておるのではないかと」

「はい。ミーユはとーっても、とぉーってもすごいんです。なにせ私の運命の人ですからむぐぐぐ」

「メルはちょっと黙ってて」


 メルシェラの口に、おやつ用のパンを詰め込んで塞ぐ。

 彼女に喋らせていたら事態がややこしくなるだけだ。


「ごめんなさいダイスさん。この子は気にせず患者のところへ案内してください」

「はっはっは、聖女さまはミーユ殿に心酔なさっておいでのようですな。では、こちらへ」


 心酔、ねぇ。

 メルが心酔してるのは、わたしじゃなくてネメシアーナにだと思うんだけどね。


 大きな建物の通路をダイス村長の先導に従って歩く。

 ここは村の寄り合い所というか、公民館のようなものらしい。

 お金が有り余ってるもんだから無駄に色々デカい。トイレとか。

 こらこら。珍しいからって覗き込んでは田舎者丸出しですよ。メルシェラさん、ラウララウラさん。

 さぁ、行きますよ。


「最初に発症者が確認されたのは90日前。それから今日までに15名が死亡しております」

「……そう」

「この部屋です。医師の指示によって重症者のみを集めてあります。まだ軽症の者は隣の部屋に」


 おや。

 そのお医者さんはまともな人物のようだ。

 治療優先度トリアージの概念を持っているのだから。

 出来れば病気の原因などについて話してみたい。


「そのお医者さんと話がしたいんですけど」

「……残念ですが、先日……」

「そう、ですか」


 ダイスさんの苦渋に満ちた顔を見ればわかる。

 その医師は最後まで患者に手を尽くして逝ったのだろう。

 本当に残念だ。


 大きな部屋の中にはズラリと無駄に立派なベッドが並べられ、村人が寝かされていた。

 全員が紫水晶病(仮)を発症している。

 身体中に石を生やした人々は、どう見てもエリィより重篤だった。


「ダイスさん。亡くなった人たちは、最後どんな感じでした?」

「……全身が紫色の石に覆われ、まるでひとつの宝石になってしまったような……肉は潰れ、骨は砕け、埋葬するにも遺体と呼べるようなものはほとんど残っておらず……」

「わかりました。それ以上はもう」

「……はい」


 わたしは患者の中でも特に症状の重い者を選んで近付いた。

 既に頭部と胸部を除いた全身の8割が水晶化している。

 呼吸は生きているのが不思議なほど浅く、間隔が長い。

 今にも停まってしまいそうだ。


「ミーユ殿、いかがでしょう?」

「うん。やるだけやってみるけど、ここまで病気が進行しちゃうと治せるかわかりませんね」


 少々不安げなダイス村長。

 期待させても仕方ないので、正直に答える。


「こうしてみると、エリィはまだ軽症だったんですね……」

「そうなのかメルシェラ? 私は置いて行かれたせいでエリィとやらには会っていないからわからぬが」


 メルシェラの嘆息に、ラウララウラは少し恨めし気だ。

 先日のことを未だ根に持っているのか。

 さすが元暗殺者。マムシのように(?)しつこい。


「ダイスさん、よく見ててください。魔術師のあなたなら、もしかするとできるかもしれません」

「は、はい」


 三人の視線がわたしの手元に注がれる。

 特にラウララウラは興味津々だ。

 大道芸や見世物じゃないのに。


 わたしは集めた魔力を相手に流し込み、滞っている部分にぶつけて正しい流れに戻していく。

 そのたびに大きな水晶がポロリポロリと身体から抜け落ちて行った。


「おお……!」

「これはすごいものだな」


 驚嘆するダイス村長とラウララウラ。

 だが、わたしはそれどころではなかった。

 エリィの時とは違って、石の抜けた部分の穴が塞がらないのだ。

 未知の事態に心は焦る。

 脈を測るが、弱弱しいどころか、無い。全く無い。


 いけない。

 心肺停止か。


「メル! 急いで治癒を!」

「え? え? わかりました」


 弾かれたようにベッドの反対側に回ったメルシェラが両手を患者に翳す。

 緑色の輝きが放たれた。


 よし。

 一応脈は戻った。

 今のうちに。


 わたしは魔力を患者の随所に流し込み、滞留部分を破壊する。

 ガシャン、チャリンと石が次々床に落ちる音。

 暖房が効いているせいか、防寒具を着たままのせいか、冬だと言うのに汗が流れ落ち、視界を歪めた。


「ミーユ、汗がひどいな。どれ、拭ってやろう」

「ありがと、ラウラふぎゅ」


 取り出したタオルでわたしの顔ごと豪快に拭いてくれるラウララウラ。

 ちと乱暴だが、まるで手術中の医者と看護師だ。


「なるほど……ミーユ殿は魔力の流れが停滞している部位へ……」

「うん。流れが止まった場所に石が生えるみたいだから。カテーテル手術みたいなもんだよ」

「かてえてる……ですか?」

「あ、いや、うん、なんでもないです。とにかく、この方法を覚えればダイスさんも治療が出来ますよ」

「ですが、ミーユ殿のように精密な魔力の制御をワシなどが……」

「そこは気合でなんとかしてよ。ダイスさんは村長でしょ? 村長なら村人を助けてあげなきゃ、ね」

「!」


 ハッとした顔になるダイス村長。

 わたしの発破が効いたのだろうか。

 それとも、負うた子に教えられ、みたいな気分なのだろうか。

 別にわたしは負われてないけど。


「……よし。どうにか一命だけは取り留めたよ。でも……」

「いえ。ミーユ殿のせいではありません。貴女は全力を尽くし、素晴らしい技術によって治療を終えたのです。誇れども卑下する必要はありません。どうかお気になさらず」


 ダイスさんは微笑んでわたしを慰めてくれた。

 しかし心は晴れない。


 なぜなら、この患者は身体の大部分が欠損したままだったのだ。

 更に、わたしの右腕を生やしてくれたメルシェラの治癒でさえも結果は同じだった。

 両腕と胸部から下を全て失った人間が、いったいどれほどの時間生きられると言うのか。

 恐らく、数日と持つまい。


「そうです。ミーユは少しも悪くありませんよ。悪いのは聖女などと名乗っておきながら病気のひとつも治せない私です」

「わぷっ。メル……」


 ふわりとメルシェラに抱きしめられた。

 無表情の彼女の眉が、幾分か下がっている。

 それがかえって悲痛さを際立たせていた。

 メルシェラも己の無力さに打ちのめされたのだろうか。


「良い悪いの結果が全てではないぞ。重要なのはその過程にある。少なくともお前さんたちは尽力した。胸を張っていい」

「むぎゅ」

「ふぎゅ」


 そう言いながら力強い腕でわたしとメルシェラを包み込むラウララウラ。

 ちょっぴり剛腕だが、温かさは伝わった。


「ところでミーユ殿、魔力の調整はどうなさっておいでですかな? こう、こんな感じですか?」

「あ、えーとね。もうちょっと手先に集めた魔力を鋭利にするイメージで」

「ほうほう。なるほど。しかしこれはまた随分と魔力の消耗が激しくなりますな」

「うん。その場合は、足元から魔力を押し上げる感じにすると楽になるよ。基本的にはみんな頭のほうの魔力ばかり重視しちゃうから」

「ッ!? た、確かに頭でイメージを高めようとするあまり、首から下のことなど疎かになっていました……このダイス、今の齢にして開眼したような心地です。ミーユ殿を師匠とお呼びしてもよろしいですかな」

「やめて!?」

「はっは、では次の治療を始めましょう」

「……うん」


 重症者は18名。

 その全てに治療を施していく。


 途中からはダイスさんもわたしの指示に従って治療を開始。

 彼は元々、そこそこの魔術師だったらしく、飲み込みは早かった。

 そのダイスさんは『もっと若い頃にミーユ殿と出会っておれば、ワシも一角の魔術師となれたでしょうになぁ』などと口走ったが、そんな時代にわたしは生まれてすらいない。


 魔術師が二人となった今、治療は順調に進んだかに見えたが、そうとばかりも言えなかった。


「力及ばず申し訳ない……」


 ダイスさんがひとつのベッドの前で頭を垂れていた 

 右半身が全て水晶化した村人は助からなかったのだ。


 わたしの見解では、紫色の水晶が脳にまで達してしまうと手遅れになる。

 他の重要な心臓や肺といった臓器も同様だ。

 逆に言えば、皮膚や筋肉までの浸食なら綺麗に治せると言うことでもある。

 ただし、手足の骨髄が侵された場合、そこからはメルシェラの治癒術でも再生できない。

 実に奇妙な病である。


 そもそも、なぜこのように魔力が強く滞ってしまうのか。

 どんな人間にも魔力はあるが、その魔力が体内で滞留するなど有り得ない。

 ましてや、部位に溜まった魔力が結晶化するなど考えられないのだ。


 うーん。アルカンティアナ師匠の意見を訊きたいところなんだけどなぁ。

 ああ……こういう時に絶級魔術『幽明門』が使えれば……

 ちょっと本気で練習してみようかしら。


「ミーユ殿、こちらはそろそろ終わります」

「うん。こっちももう少しで終わるから、すぐに軽症者のほうへ行きましょう」

「お待ちください。ミーユ殿はずっと治療をなさっておいでです。少し休まれては?」

「え? 全然平気だけど?」

「流石はワシの師匠ですな」

「それはやめてってば!」

「ですね。ミーユは本当に凄いんです」

「それもやめてよメル!」

「ははは。ともあれ、飲み物や軽食は用意してありますゆえ、ご随意にどうぞ」

「あ、それは嬉しいかも。ちょうど喉も乾いたし、お腹も減ってきたんだよね」

「では、隣室へ参りましょう」


 治療を終え、ウキウキで隣の部屋へむかおうとすると、後ろから声がした。

 どうやらラウララウラがダイスさんを呼び止めたらしい。


「ダイス殿」

「いかがいたしました、ラウララウラ殿」

「その軽食とやらだが……当然50人前くらいは用意してあるのだろうな?」

「は?」

ミーユヤツは、

「は!?」


 食うかっ!

 ……いえ、ごめんなさい、今のペコペコなわたしならいけるかもしれません。

 いやいや、自制はするよ!?

 だって、まだ軽症者の治療が残ってるからね!


「もぐもぐむぐむぐもぐもぐむぐむぐ」

「…………こっ……これほどとは……!」


 結局、追加してくれた食べ物も含めて10人前くらいはあった軽食を、ものの数分でペロリと平らげてしまったわたしに、目を剥くダイスさんなのであった。


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