054 アナザーカラー
「メル、状況を教えて」
ミニマップ上に映るマーカー目掛けて走りながらメルシェラに尋ねた。
緑と赤のマーカーが同位置にある以上、人が襲われているのだろうと思われる。
しかし正確な情報はひとつでも多いほうがいい。
「馬車が一台、道の端に停まっています。内部に何人乗っているのかは不明です。馬車の護衛らしき冒険者が3名。うち、一人の女性冒険者は攫われて行きました。襲撃者はゴブリン。その数は、10体以上いました」
おおー。
普段はボーっとしてるメルらしくもなく、わたしが訊きたいことを全部言ってくれた。
いつもこうだといいのにね。
……って、ゴブリン!?
ファンタジー世界の定番モンスターで、雑魚筆頭とするゲームもある、あのゴブリン!?
しかもやっぱり人間の女性好きなのね……
その習性のせいか、【DGO】では実装されなかった幻のモンスターなんだけど。
人間ってのは偏見の生き物だからね。
いくら運営側が『善良なゴブリンです』と謳っても、変なことをされるんじゃないかと言う疑いと嫌悪感は消えやしない。特に女性プレイヤーにとっては。
そんなゴブリンが当たり前のようにウジャウジャいるんでしょ?
いやぁ、いかにも異世界に来たって感じが増しますなぁ。
「ミーユ、何を笑っているんです?」
「あー、うん、なんでもない。そうだ、メルも武器が無いと困っちゃうね」
「ですね」
「鈍器と刃物、どっちがいい? あ、神官は刃物を持てない、なんてルールないよね?」
前世では一部そういう設定や規制を設けたゲーム等があるので一応訊いてみる。
まぁ、元々は聖職者が戦争に参加しても血を流させないための戒律だったようだが、実際の僧侶は剣だの槍だので思い切り武装していたらしい。
そもそも鈍器に分類されるトゲトゲのモーニングスターなどで殴られたら大量出血は免れないと思うが。
「いえ、特にそのような決まりはありません。【大戦斧】と二つ名のついた神官もいますので」
「そ、良かった。じゃあどっちにする?」
「そうですねぇ……では刃物で」
Oh!
ゴブリンをズッパズッパと斬り刻みたいなんて、なかなかに過激だねメル!
わたしは走る速度を多少落としつつ左手に魔力を集中し、土鉱魔術を発動させた。
鋼は鍛造せねばならないため、ここで作るのは不可能。なので、強度と切れ味に不安は残るが鉄を出来るだけ圧縮して刀身を作り上げる。
片刃で刀身が反り返っているのは単なるわたしの趣味だ。
長さがあると当然重くなるので、脇差サイズにとどめておく。
握りには、申し訳程度に滑り止めの刻みを入れた。
急造品であるし、こんなものだろう。
「メル。はい、これ」
「ありがとうございます。わぁ、変わった剣ですね。アニエスタではこういう剣が流行っているのですか?」
「うん、まぁ、そんなとこ。重くない?」
「はい。思ったよりも全然軽いです」
ピュンピュンと刀を振り回すメルシェラ。
うむ。危なっかしい。
彼女には使い慣れた鈍器のほうが良かったかもしれない。
だが本人の希望だし、尊重してあげよう。
「おっと、そろそろだね。気を引き締めなきゃ」
「はい」
道は右へカーブ。
ミニマップ上ではその先にマーカーが点灯していた。
右腰に吊るした大剣を抜く。
鞘は無いので、正確には『大剣を革ベルトから外した』となるのだが、それでは風情が無い。
「ゴブリンは強いの?」
「はい。彼らは魔物ですが、元は妖精の系譜ですので、それなりの強さはあります」
「えぇ!? マジで!?」
「ですが知能はそれほど高くありません」
「あ、そこは同じなのね」
ビックリした。
ゴブリンと言えば雑魚の代名詞なのに。
知能が低く、単体では弱いがゆえに群れを成しているモンスター。
それがゴブリンだ。
しかしこの世界ではその偏見を改めなければならないようだ。
「ミーユ、見えてきました!」
「えー!? あれがゴブリン!?」
またもや驚いた。
サイズはわたしと同じくらい。
尖った耳に鉤鼻、黄色く濁った瞳。
粗末な装備で武装している。
そこまでは前世と変わりない。
青みがかった肌だけを除いては。
わたしの知ってるゴブリンは緑色なんですけど!
アナザーカラーじゃん!
まさかこいつら、ゴブリンの上位種とかじゃないでしょーね!?
ギィギィとこちらに気付いたゴブリンたちが騒ぎ始めた。
うわ、長いベロで舌なめずりしてる!
キモッ!
ゴブリン共は相対している男性冒険者二名に速攻で背を向け、わたしたちに狙いを定めたようだ。
中には既に股間を膨らませている者もいる。
こんな
「ミーユ、数が多いので散開しましょう」
「一人でも倒せるの?」
「勿論ですよ」
なんだかメルシェラが頼もしく見える。
やっぱりゴブリンは大して強くないのだろうか。
「じゃあ、わたしが引き付けるから、メルは回り込んで冒険者の援護をしてあげて」
「了解です」
「行くよ! アイシクルランス!」
ゴブリンたちの頭上に巨大な
これに数匹が巻き込まれて地面の染みと化した。
同時にメルシェラが手を離れて氷柱の右脇を回り込む。
わたしは氷柱の左側へ移動しつつ、小汚いナイフやダガーを振りかざして踊りかかってくるゴブリンの小首を次々に刎ねた。
生意気にも少し後方から弓で援護射撃を放つゴブリンには、土鉱魔術で作り出した『
メルシェラもゴブリンを袈裟斬りにしながら上手く冒険者のほうへ歩を進めている。
どうやら心配は杞憂だったようだ。
左右からの挟み撃ち。
左手の大剣を一閃。一匹の胴を両断し、その回転力を利用して右手の手甲による裏拳をもう一匹に叩き込む。
ゴブリンの顔面は深く陥没。ついでに首の骨がペキリと折れた感触が手に伝わった。
いい。
いいね。
楽しくなってきた。
無性に思い切り笑い出したい気分に陥る。
この矮小な魔物の生殺与奪を握っているのが、可笑しくて堪らなかった。
「お二人とも、大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」
「あ、ああ、助かったよ。しかし、何なんだい、あの子は……?」
「なんて楽しそうにゴブリンを屠るんだ……」
「彼女は冒険者ミーユ。パーティー『
「メ、メルシェラだって!? きみが【彷徨う聖女】なのか!?」
「何と言う僥倖! これぞ女神のお導きだ!」
などと言う会話が馬車のほうから聞こえてくる。
メルシェラは冒険者と上手く合流出来たようだ。
ゴブリンの群れで向こうが見えないけどね。
身長が同じくらいなせいで……
早く人間に……じゃなくて、早く大きくなりたーい!
涎を撒き散らしながら迫るゴブリンに顔をしかめつつ、3匹まとめて薙ぎ払う。
粗末な金属鎧ごと、ぶった斬る。
それにしても思っていたより数が多い。
火炎魔術で一掃できれば話は早いのだが、この場は草木も多く、ましてや対面に人がいては無闇に放てない。
距離も詰まったので、もう氷柱も危険だ。
なので地道に斬るしかないのである。
でも、こうして師匠たちに教わった技を遺憾なく発揮できるのって、すっごく楽しいよね!
強くなってる実感が、もう最高!
ズバズバと斬り裂きながら突き進み、少し身体の大きな兜を被ったゴブリンの頭から股間までを断ち割った時、残ったゴブリンはヒギィヒギィと、ある意味卑猥な叫び声をあげて散り散りに逃げ出し始めた。
潰走である。
ミニマップを確認すると、全て範囲外まで逃走したようだ。
「ミーユ、ご無事ですか」
息を切らせたメルシェラが駆け寄ってくる。
見れば彼女と冒険者の足元には結構な数の死体が転がっていた。
わたしに集中したゴブリンどもの背を討ってくれていたのだろう。
二人の冒険者は肩で息をしながらへたり込んでいるものの、大怪我を負った様子はなさそうだ。
「メルこそ大丈夫? 怪我とかしてない?」
「はい。冒険者さんたちが頑張ってくれましたので」
「そっか。良かった」
手を取り合ってお互いの無事を確認していると、メルシェラに渡した脇差が半ばからポッキリと折れていた。
あらら。
やっぱり強度不足だったかー。
秀才のわたしとは言え、一から刀を作るのは難しい。
鈍器にしとけばよかったね。
「金髪碧眼……!? ……いや、助かったよ。きみの強さには驚いた。本当にありがとう」
「ミーユとメルシェラ、だったか。すまない。救援を心から感謝する」
一瞬わたしの容姿を見て驚いた様子だが、20代後半くらいの鎧を纏った男性冒険者二人から頭を下げられた。
礼を言われる筋合いは特にない。
むしろ初めてファンタジー世界の魔物らしい魔物と戦えて、わたしのほうこそ礼を言いたい気分だ。
「ううん。気にしないで。それよりも一人攫われたって聞いたけど」
「ああ、その通りだ」
「救けに行こうか?」
「いや、彼女はゴブリンの放った投げナイフで既に絶命していた」
「……そう」
努めてその女性冒険者がどうなったかを考えないことにした。
愉快ではない結末しか待っていまい。
「きみたちが気に病むことはない。これは我々の判断ミスが招いたことなのでな」
「うむ。あれほどのゴブリンが現れるとは想定していなかった。きっとこの近くに奴らの巣があるのだろう。それを見抜けなかった私たちの落ち度だ」
彼らは織り込み済みであるかのように頷き合う。
そこにわたしは違和感を覚えた。
あまりにも覚悟が出来すぎているように感じたのだ。
よく見れば冒険者にしては小綺麗すぎる身なりの二人。
後ろの馬車も異様に立派だ。
もしや大貴族か何かのお抱え冒険者なのだろうか。
「そんなことよりも、そちらの貴女は先程【彷徨う聖女】メルシェラと名乗ったが……」
「はい? いえ、私は聖女見習いであって……」
「メルシェラさま、貴女に協力を願いたい!」
「は、はぁ」
突然の提案に目を白黒させるメルシェラ。
彼女にとって【彷徨う聖女】という二つ名はそれほどまでに嫌なのか。
ま、わたしも変な二つ名は嫌だけどさ。
それにしても、メルシェラ『さま』、ねぇ……
冒険者の一人が馬車へ歩み寄り、そのドアにココンコンコココンコンと不思議なノックをした。
特殊な符丁か暗号にも思える。
扉の向こうからも妙なノック音が返って来たところを見るに、間違いなかろう。
何度かそんなやり取りが交わされてから、ようやく扉は開いた。
やけに厳重だ。
「なんと……! あの【彷徨う聖女】さまが!?」
「はい」
冒険者は馬車内の人に何やら説明している。
お金持ちそうな馬車の持ち主だろうか。
だったら謝礼とか期待しちゃうよ?
こんな立派な馬車を持ってるならお金あるんでしょ?
命を救ったんだからいくらでも出せるよね?
などとチンピラじみた冗談交じりの考えが頭を巡った時、馬車から二人の人物が降り立った。
一人は老齢の痩せぎすな男。
白髪をオールバックでまとめ、鼻髭も白く眼鏡をかけていた。
もう一人は女性。
どこからどう見ても若いメイドさんだ。
男性のほうが、わたしたちの前に立って胸に手を添え会釈する。
しかしどこか焦っているようにも思えた。
「【彷徨う聖女】メルシェラさまとお見受けいたします」
「はい」
「不躾なお願いで申し訳ございませんが、すぐに診ていただきたい御方がおります」
「どこです?」
男性の言葉に、メルシェラの目付きが変わる。
思えばカイルがインビジブルラットにやられた時もそうだった。
怪我人や病人をどうにも放っておけぬのだろう。
それが聖女見習い故の使命感なのか、単なる性分なのかはわからないが、少なくともわたしはそんなメルシェラに好感を持っている。
「こちらです」
馬車に案内する老齢の男性。
普通の服を着ているが、雰囲気的には貴族と言うより執事に近い気がする。
つまりこの馬車の持ち主ではなさそうだ。
メルシェラは促されるまま、わたしの手を引いて進む。
はて、わたしがついて行っても良いものか。
「わたしは残ろうか?」
「そうしていただけると……」
「いえ。ミーユと私は主従関係にあります。主のミーユが残るのであれば私も参りません」
「左様ですか。では、お二方ともどうぞ」
うーん。
わたしが行っても役に立たないと思うけどなぁ。
でもまぁ、その診て欲しい人物とやらには興味がある。
結局、為すがままにメルシェラと馬車へ乗り込んだ。
内装も豪華絢爛な車内の長椅子には、毛布を掛けられた小さな身体が横たわっていた。
歳の頃は4~5歳といったところか。
髪は金髪の幼い女の子だった。
おや、珍しい。
わたし以外の金髪なんて初めて見たよ。
え……ちょっと待って……この子、どうしちゃったの……?
女の子は目を瞑っているのだが、右目の部分がおかしい。
まるで眼窩から生えるように、紫色の水晶にも似た物質が飛び出しているのだ。
よく見れば、顔や首のあちこちからも水晶のようなものが生えている。
熱でもあるのか、女の子は顔が赤く、ハッハッと短い呼吸を繰り返している。
「なにこれ……」
「わかりません。こんな症状は見たことがありません」
世界中を旅したメルシェラにもわからないとなると、非常に稀な病気なのだろうか。
立ち尽くすわたしたちに、老齢の男性が声をかけてきた。
「エリィお嬢さまはアダンの村にてご静養なさっておられたのですが、村で奇病が発生いたしまして……」
「この子も村人と同じ病気に罹ったってわけね」
「左様です」
「お医者さんには診せたの?」
「無論でございます。しかし原因不明と申され、その医師もほどなくして罹患。為す術の無くなった我々は一刻も早く王都へ向かっていたのですが、度重なる魔物の襲撃にて足止めを余儀なく……」
「なるほど……」
「そのような折に、あらゆる怪我をも治療すると言われるメルシェラさまと邂逅されたのは、まさしく僥倖!」
まぁ、藁にも縋る気持ちなんだろうね。
医者に匙を投げられた病気だもん。
こんなに小さな子なのに……
よっしゃ。
いっちょ、わたしも医学書で齧った知識を総動員してみますか。
「触ってみてもいい?」
「え、ええ」
戸惑ったような老人の声。
そりゃそうだ。
わたしは老人の視線も気にせず少女の額に手を当てた。
かなりの高熱。
水晶化していない左目を開くと、瞳孔は開いていなかった。
口内を覗き込むも、舌や扁桃腺の腫れは無し。
ウィルス性ではないのかもしれない。
「これでもだいぶ落ち着かれた方なのです。村ではもっと酷く……」
「ふむ……ん?」
村ではもっと酷い?
ってことは、村から離れたから落ち着いたってこと?
じゃあ、原因は村の中にあるのかな……?
「少なくとも空気感染する病ではなさそうだね」
「と、申しますと?」
「お爺さんやメイドさんは罹ってないじゃない?」
「これは申し遅れました。私はウォルターでございます」
「ん。わたしは冒険者のミーユ。ウォルターさんはずっとこの子と一緒だったんでしょ?」
「はい。それはもう」
「なのに感染しなかった。あなたたちが抗体を持っていたり、今も潜伏期間中の可能性はあるけれど、村人もこの子もほぼ同時期に発症したのなら、空気感染するウィルス性とは考えにくいわけ」
「ウィルス? コウタイ? ……ミーユさまの言葉は難しすぎて私どもには理解できません」
「あ、うん、ごめんなさい。ちょっと、この子のお腹を診せてもらってもいい?」
「は、はい」
わたしは前世のどこかで聞いたような名前の老人が返事するよりも先に少女の上着を上げて腹部を露出させた。
お腹周りにも水晶化している部分は多い。
触診してみると、手を通して違和感が伝わった。
これはもしかすると……
「……メル。この子に治癒を」
「はい!」
待ってましたとメルシェラが前に出る。
跪いて少女に触れた。
「……いかがです?」
ウォルターさんが気を揉むように尋ねる。
しかしメルシェラは応じない。
首を傾げながら何度も少女の身体に触れている。
やはりか。
「メル、もういいよ」
「……はい」
「…………」
そのやり取りだけでウォルターさんには伝わったようだ。
メルシェラの治癒が効かなかったのだと。
「……そ、そんな……お嬢さま……お嬢さま……!」
少女の小さな手を握って嗚咽するウォルターさん。
メイドさんらしき女性も口に手を当てポロポロと涙を流した。
あわてん坊か。
「ウォルターさん。泣くのはまだ早いよ」
わたしの言葉に老人とメイドは涙に濡れた顔を上げた。
何を言われたのかも解らぬように、わたしを見つめている。
そんな二人へ、わたしはウィンクをしながらこう告げた。
「原因は判明したし、何とかなるかもしれないよ」
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