055 魔力結晶



「まっ、真ですかミーユさま!」


 ガッシとわたしの両肩を掴んで、ガックンガックン揺さぶるウォルターさん。

 思いのほか力強いところを見るに、この人も意外と只者ではなさそうだ。

 お嬢さまとやらの護衛でも兼ねているのだろうか。

 ともあれ、一見すると幼女に暴行を加える危ない老人の図である。

 しかしそのような暴挙は、わたしの従者(自称)であるメルシェラが許すはずもなかった。


「ウォルターさん。あなたは我が運命の人ミーユに私の断りなく触れました。その行為、万死に値します。女神の法に照らし合わせれば、『握り潰しの刑』が妥当かと思われます」


 色々な意味で怖いことを呟きながら、ギリギリとウォルターさんの手を捩じ上げるメルシェラ。

 静かな怒りを漲らせ、毛量豊かな銀髪をまるで無数の蛇が如く蠢かせた彼女は、一体彼のナニを握り潰すつもりなのか。


「ミーユさまも金髪碧眼……ハッ!? こ、これは失礼をいたしました。レディのお身体に触れるなど、ドミニオン国紳士の風上にも置けぬ蛮行。何卒お許しを、ミーユさま」


 ああ……どこぞのセクハラ伯爵に聞かせてやりたい言葉だね……

 晩餐会の時、ラウラをエスコートすべく、腰に手を回す振りしてお尻付近を撫でまわしていた好色男のザンジバル伯爵にはウォルターさんを見習ってほしいもんだよ。

 あ、名前出しちゃった。

 それよりも今の聞いた?

 うふふ……レディだって。うふふふ。

 レディなんて言われたの初めてだよ。うふふ。


 ってか、ウォルターさん。今頃わたしの容姿に気が付いたの?

 そう言えば外にいる二人の冒険者もわたしが金髪碧眼なことに驚いてたっけ。


「ですがミーユさま。先程のお言葉は真なのでございましょうか」


 不安そうな、それでいて期待を込めた瞳でウォルターさんは、レディ扱いされて浮かれた顔のわたしを見つめる。

 彼はそれほどまでに、この小さなお嬢さまが大事なのだ。

 忠義心や仕事だからと言う理由だけではなく、この子を孫のように思っているのかもしれない。


「うん。絶対とは言い切れなくて申し訳ないけど、可能性はかなり高いと思うよ」

「……お嬢さまは罹患されて以降、二週間近くも飲まず食わずで体力は限界に近付いております……もはや我々に縋れるのはミーユさまのみでございます……どうか、どうかよろしくお願いいたします……」


 ギュウとわたしの両手を握るウォルターさんに、メルシェラがピクリと眉を動かすが、特に何も言わなかった。

 彼の心情を察したのだろう。

 メルシェラは天然だが、意外と空気を読める子なのだ。

 時々は。


 さて、大見得を切った手前、『失敗しました』では済まされない。

 わたしも精々気張るとしよう。


 お嬢さまが横たわる長椅子の前に跪き、彼女の頭に左手を、腹部に右手をそれぞれ翳した。

 瞼を閉じ、掌を通じて『視る』ことに専念する。

 翳した手を少しずつ移動し、ゆっくりと探る。


 ……ここ……あと、ここ……ここもだね。


 別に怪しげな儀式をしているわけではない。

 これは言わば実質的な『治療』なのだ。


 先程、この少女を見た時の違和感。

 触診を以って確信に至ったのは、彼女の体内に流れる魔力の異常だった。


 通常、魔力とは全身を血液のように循環している。

 魔術を使えない人間であってもそれは同じだ。


 しかし、この子の体内では魔力バランスが著しく乱れたせいで循環が淀み、滞っている部分が多数あった。

 堰き止められた魔力はその場に蓄積していく。

 蓄積された魔力がどうなるか。


 ────結晶化だ。


 小さな身体のあちこちに生えたこの紫水晶こそが、魔力の停滞した部分であり。魔力が結晶化した物体なのだ。

 これは、アルカンティアナ師匠のもとで、じっくりと魔術の基礎鍛錬に励んできたわたしにしか見抜けない魔力の乱れだったであろう。


 ま、それは言い過ぎかもしれないけど、普通の魔術師は魔力の流れを理解する訓練なんてしないらしいしね。

 詠唱の文言さえ覚えればいいと思っている魔術師が多い、ってアルカナちゃんは嘆いたっけ。

 わたしはひい爺ちゃんに拳法を習ってた時も、延々と基礎は大事って耳タコに教わってたから、アルカナちゃんに何の疑問も抱かず訓練してたよ。

 それが功を奏したんだね。

 先人の教えってのは、やっぱり偉大だ。


 さてさて、魔力の滞りや著しい偏りが原因なら、解決法はある。

 淀みを解消し、魔力の循環を正常に戻してやればいい。

 ちょっと力技になるが、停滞部分にわたしの魔力をぶつけて刺激を与えるのだ。

 前世で言えば、カテーテル治療のようなもの。

 上手くいけば魔力経路は正常な流れを取り戻すだろう。

 まずは魔力結晶の大きい右目から。


 せーの、えいっ。


 ビクンッ


 わたしの魔力を受けた少女の身体が跳ね上がる。

 チャリンと音を立てて右目の紫水晶が床に落ちた。

 瞳を調べるが、眼球は無事のようだ。

 狙い通りである。


「な、なにをなさるのですかミーユさま!?」


 後ろで老人がギャーギャー騒いでいるが、聞こえない振りをして続けた。

 次々に魔力を撃ち込まれるたびに、ビクンビクンと身体は踊り、皮膚から生えた水晶片が零れ落ちていく。


「お、おやめくださいミーユさま! お嬢さまが、お嬢さまがぁぁ……!」


 ウォルターさんにはわたしがお嬢さまに酷いことをしているように見えるらしい。

 嗚咽混じりの悲痛な声に少々胸は痛むが、これは治療の一環だ。

 心を鬼にして更に続ける。

 ドアからは何事かと息を飲んで覗き込む冒険者二人とメイドの気配。


 あーもう、鬱陶しい。


「メル、全員叩き出してくれる?」

「お任せください。さぁ、皆さん。見世物ではないですよ。ほら、とっとと出てった出てった」


 メルシェラの言い草に思わず吹き出す。

 そういうとこ、ホント好き。


 彼女は全員を馬車の外へ追いやると、ドアを閉め、ドヤ顔でパンパンと手を払った。

 これで専念できる。

 かと思ったが、外の連中が鈴生りに窓へ張り付いて様子を窺っていた。

 めげない人たち。

 すかさずカーテンを閉めて視線を遮るメルシェラにまたも吹き出す。

 コントか。


 だが野次馬に目隠しは丁度いい。

 わたしは少女の衣服を脱がし、魔力結晶が残っていないか確かめる。

 お腹側はオーケー。


 少女をうつ伏せにし、背中側もチェック。

 魔力の流れからして、漏れなど無いと解ってはいたが、念のためだ。

 金髪をかき分け、うなじや頭皮も見ておく。

 どこもかしこも綺麗なものだった。


 オールオーケー。

 全身の魔力バランスと循環は正常に戻った。

 魔力の停滞も偏りも全て解消。

 それに伴って高熱も鳴りを潜め、呼吸も随分と落ち着いてきている。

 少女に衣服を着せ、毛布をかけた。

 安らかな寝息に変わった少女の頭を撫でる。


 頑張ったね。


 これにて処置完了。

 ホッと溜息を吐いて、床に散らばった無数の水晶片を拾い上げた。


 ……しかし、属性変換前の純粋な魔力が結晶化するとこんな風になるんだね。

 ただ魔力を集めただけじゃ結晶化なんて絶対しないし……

 う~ん、実に興味深い。

 あとでちょっと調べてみようかな。


 わたしは紫色の水晶片を全てアイテムボックスに放り込んだ。

 外の連中も、さぞや気を揉んでいることだろう。

 そろそろ中に呼び入れてあげようかと思った時。


「……だぁれ……? うぉるたー……?」


 か細い声がわたしの耳に届いた。

 わたしよりも小さな手が、何かを探し求めるように宙を彷徨っている。 


「ううん。冒険者のミーユだよ」


 そう応じながら声の主である少女の手を握った。

 意識がはっきりしてきたのか、顔をこちらに向けて瞼を上げる少女。


 うわあ、綺麗なサファイアブルーのお目め!

 なるほど、ウォルターさんや冒険者が驚いてたのは、この子とわたしが同じ金髪碧眼だからかー。

 確かに珍しいもんねぇ。


「みーゆ……?」

「うん、そう。ミーユ」

「みーゆおねえちゃんが、いしをとってくれたの?」


 意思?

 医師?

 遺志?

 ああ、『石』か。


「うん。全部取ったからもう大丈夫だよ。痛いところとかある?」

「……えーと、ない」

「そう。良かった」

「おねえちゃん、ありがとう」

「どういたしまして」


 わたしが微笑むと、少女も笑顔を見せた。

 そして上半身を起こし、思い出したかのように4~5歳とは思えぬほど優雅な仕草で会釈をする。


「わたくしは、えりぃともうします」


 !?

 『わたくし』ときましたか!

 流石は良いところ(?)のお嬢さま!

 教育がしっかりしてらっしゃいますね!


「エリィちゃん?」

「うん!」


 あら、急に普通のお子ちゃまに戻っちゃった。

 でも小さい子だもん。

 こっちのほうがいいよ。

 しかもいきなり元気になったね。

 少し頬はこけてる感じだけど。


 くきゅる~


「あ」


 恥ずかしそうに頬を染めるエリィ。

 二週間近くも寝込んでたら、そりゃお腹も減るよ。

 あ、そうだ。


「お腹が空いたでしょ? ちょっと待ってね」


 わたしはエリィに背を向け、見えないようにしてからアイテムボックスに手を突っ込んだ。

 うーん、重いものは胃に負担がかかるし、軽めのにしよう。

 そう決めて、『新緑亭』の特性野菜スープ(熱々)と、蜂蜜ミルクパン(焼き立て)を取り出す。


 それともうひとつ。

 どうにも和菓子が恋しくて仕方なかったわたしの自作スイーツ。

 小豆っぽい豆と寒天と砂糖を購入し、新緑亭の厨房を借りて作った日本人には定番中の定番。

 毒見役を買って出てくれたミリシャとその両親やカイルも絶賛。

 試食したメルシェラ、ラウララウラも目を剝いた。

 ひい爺ちゃんからわたしまで、火神カガミ家四代が愛してやまない、それこそが────


 羊羹だッッッ!


「エリィ。お腹がビックリしちゃうから、よく噛んで、ゆっくり食べてね」

「うんっ! ありがとう、みーゆおねえちゃん!」


 大きく頷き、しっかり女神に祈りを捧げたあと、ホカホカの料理を一生懸命に食べ始めるエリィ。

 わたしの言いつけ通りにちゃんと噛んでるのが偉い。


 はぁぁん!

 かわゆい!

 お姉ちゃんなんて呼ばれるのも初めてですごく嬉しい!

 前世でも、ずっと妹が欲しかったんだよねぇ。


「お二人がそうしてると、まるで姉妹のようですね。なんとも可愛らしいです」


 メルシェラがほんわかとわたしたちを見つめている。

 その手には白い布が。


 くっ、考えることは一緒だね、メル。

 わたしもエリィのほっぺが汚れたらすぐに拭いてあげるためにタオルを用意してたよ。 

 でも、エリィはお嬢さまだけあって、食べ方が綺麗でタオルの出番はなさそう。

 少し残念。


「これなぁに? あまくてとってもおいしいの!」

「ふふーん、よくぞ聞いてくれました。それはね、羊羹っていうんだよ」

「よーかん?」

「うん。わたしが作ったんだ」

「おねえちゃんすごいねー!」

「ふっふっふー」


 どうやらわたしの力作を気に入ってくれたようだ。

 和菓子職人の皆さん!

 異世界でも和菓子は通用しますよ!


「お、お嬢さまぁぁあああ!」

「エリィお嬢さま!」

「良かった、良かったぁぁ!」

「うおぉおおぉん! お嬢~!」


 ちょっ、ウォルターさんたち。エリィが食事中なんだからいきなり入って来ないでよ。

 まぁ、心配なのはわかるけどさ。

 一瞬、『子供がまだ食ってる途中でしょーが!』と叫びそうになったよ。

 エリィは逃げないから落ち着きなさいって。

 あーもう、みんな泣いてるし。

 あはは。元気になって良かったね、エリィ。




「ミーユさまには本当に、本当になんとお礼を申せば……」

「うん、まぁ乗りかかった舟だしね」


 馬車の前に勢揃いし、深々と頭を下げるウォルターさんたち。

 彼らはこれから予定通り王都へ向かうと言う。

 完治したとはいえ、やはりエリィを親元へ無事に帰還させるまでは心配なのだろう。

 王都周辺は結構雪が積もるとも聞くし、それによる足止めを恐れてもいるようだった。


「謝礼をお渡ししたいところなのですが、私共も何分なにぶん、持ち合わせが少なく、王都へ戻るまでは如何とも……」

「ん、気にしなくていいですよ。お礼を期待してエリィを助けたわけじゃないし」

「ミーユさまがたはもしやアダン村の人々を救おうとなさっておいでなのですか?」

「そのつもり」

「……何と言う高潔な魂を持った御方なのでしょうか」

「そうなのです。その通りですとも。それが私の運命の人であるミーユなんです」

「わっ、びっくりした」


 いきなり会話に首を突っ込まないでよ、メル。


「ええ。このウォルター、心底感服いたしました。メルシェラさま、貴女さまにもでございます。我々の哀願に、何も聞かず応えてくださろうとしたメルシェラさまも、まさに聖女の慈愛をお持ちでございます」

「いえ。私のはただの罪滅ぼしとも言えるので、ミーユほど高邁な精神を持ち合わせているわけでは……」

「ご謙遜を」


 ん?

 罪滅ぼし?

 なんのだろ?

 メルは戦場に出たことがあるって言ってたから、それかな?

 っていうか、わたしも高邁な精神なんて持ってないよ。

 基本的にゲスだよ、わたし。


「ミーユさま。もし王都へお出でになることがあるのならば、いつでもこのウォルターめをお頼りなさってください」

「あ、うん。そのうち行きたいと思ってます」

「その折には、必ずや此度の御礼をいたしましょう。その約定代わりに、これをお受け取りください」


 わたしの手に、なにやら紋様の刻まれた大きなメダルを乗せるウォルターさん。


「これは?」

「通行証のようなものでございます。それを見せれば王都内は大抵自由に通れます」

「へー、役に立ちそう。ありがとう」

「こちらこそ、いくら礼を述べても足りぬほどの恩を賜りました。それでは取り急ぎ、失礼いたします」

「元気になったけど、一応エリィは病み上がりだし、くれぐれも気を付けてね」

「無論でございます」


 面々が馬車に乗り込もうとした時。


「みーゆおねえちゃん!」

「どうしたのエリィ」


 エリィがわたしに抱きついた。

 これはいけない。

 超涙目だった。


「お嬢さま。馬車へどうぞ」

「やだ。おねえちゃんもいっしょにいくの」

「ふふっ、すっかり懐かれましたね、ミーユ」

「メル。笑ってないで助けてよ」


 子供に懐かれた経験などないわたしにとっては、どうしていいのかわからない。

 まさか力尽くで引き剥がせとでも言うのか。

 いくらゲスなわたしでもそれは無理だ。


「そういう時はですね、これからのことを話すんですよ」

「?」


 ちょっと何言ってるのかわかんない。

 メルシェラは子供受けも良さそうだから経験は豊富なのかもしれないが。

 これからのこと……?

 ……あー、なるほど、ね。


 わたしは屈んで、エリィと視線の高さを合わせた。

 子供と話す時はこうするのがいいと何かの本で読んだ気がする。


「エリィ。わたしはね、これからエリィと同じ病気になった人たちを救けにいかなきゃいけないの」

「……やだ。いっしょにいたい」

「うん。でもね、エリィのお父さんやお母さんも心配してると思うんだ」

「……」

「病気の人たちを救けたら、エリィに会いに王都へ行くよ」

「ほんと……?」

「ん。約束する」

「……うん。ぜったいだよ?」

「絶対会おうね」

「うん!」


 良かったぁ。

 笑顔になってくれて。

 ……あのぅ、メルもウォルターさんも護衛の人たちも、何を『ホゥ』と溜め息を吐きながらほんわかしてるのよ?


「みーゆおねえちゃんまたねーー!」

「うん、気を付けてねー!」


 ガラガラと遠ざかる馬車の窓から身を乗り出し、一生懸命に手を振るエリィ。

 負けじとわたしも両手を振った。

 その姿が見えなくなるまで。


「行っちゃった」

「寂しいですか?」

「メルがいるから平気」

「! ミーユ~」

「ぐはっ! タックルはやめてよ……ん?」


 エリィたちの馬車が去った方向から再び馬車の走る音が聞こえてくる。

 何か忘れものでしたのだろうか。

 周囲を見回すが特に貴重品は落ちていない。

 焼却処分したゴブリンの炭が多少残っているくらいだ。


「あっ、ミーユ、あの馬車はわたしたちのですよ」


 メルシェラの言葉で脳に落雷のような衝撃が走る。

 ピシャーーン!


「ラウラのこと、すっかり忘れてた!」


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