053 迷子



 ファトスの街を出立してから三日が経過した。


 初日のバトルウルフ以降は、時折ちょろっと獣が現れる程度で拍子抜けしたものの、旅路は至極順調である。

 今が秋真っ盛りとは言っても、まだこの辺りは深まっていないのと、やはり人通りの多い開けた街道沿いを進んでいるせいで魔物の出現率が低いようだ。


 むしろ頻繁にすれ違うのは王都方面からファトスへ向かう商隊である。

 真冬になれば王都周辺は結構雪が積もるそうなので、今のうちに買い付けや輸送を済ませるのだろう。

 商隊は、馬車一台と護衛の冒険者一人と言った小規模なものから、数十台の馬車に数十人の護衛と言う大規模なものまで実に様々だった。


 その護衛の中には冒険者ギルドで見かけたような顔が、御者台にちょこんと座ったわたしに手を振ったり、一声かけて行ったりする。

 全く見知らぬ顔もあったし、別にスルーしても構わないのだが、無視される辛さは誰よりも一番わたしが知っているので、軽く手を振り返しておいた。

 営業スマイル(?)で。


 そんな人々の行きかう街道脇には、所々に大きな空き地が設けられており、夜はそこに馬車ごと乗り入れて野営できるようになっている。

 前世で言えばオートキャンプ場みたいなものだ。

 わたしたちも日没が迫ればそこに停車するのだが、急ぎの商人たちは止まらずに先へ進む者も多かった。

 ラウララウラの話だと、夜間は魔物が多く出没して危険らしいが、そこは雇った護衛冒険者の腕頼りなのだろう。

 金を払っているのだから魔物くらい倒せ、と商人は思っているのだそうだ。


 その停車場ではあちこちで火が焚かれ、炊煙を上げる。

 各商隊がそうして暖を取り、食事をする中、我々は一切外へ出ない。

 女性ばかりの冒険者パーティーだからと言うのもあるが、一番の理由は外に出る必要すらないせいである。


 灯りはライトボールで賄えるし、暖は火炎魔術と風雷魔術を組み合わせた温風で、どれだけ冷え込もうが温か。

 わたしの内包魔力量を以ってすれば、24時間つけっぱなしのエアコンと同義だ。眠るとき以外は。

 当然、水やお湯も魔術で好きなだけ作り出せる。

 居室はかなり広いし、女の子三人くらい横たわって眠るのも容易だ。

 元々6人乗りの馬車な上、わたしは小さいので余計に。

 ただし、大抵はメルシェラかラウララウラの抱き枕と化している場合が多い。

 それはそれで温かいのだが、いささか寝苦しいのが難点か。


 そして何と言っても、食事が楽で美味しい。

 なんせ、ファトスの屋台と新緑亭で作ってもらった料理をすぐさまアイテムボックスに入れておいたから。

 つまり、それらを取り出せば、いつでも熱々の料理や、焼き立てのパンを味わえるのだ! のだ!

 ヒャッフー!


 仲間にはバレてしまったので最大限に活用しているアイテムボックスだが、これでその内部は入れた物体の時間が凍結されると実証されたわけだ。

 ネメシアーナに貰った転生特典の中では、このアイテムボックスが最も便利で有り難い存在と言えるだろう。

 同時に貰った中途半端なステータス同期など、霞んでしまうくらいに。


 しかし、衣食住は完璧だと思われた今回の旅であるが、唯一の問題がトイレ事情だ。

 流石にこればかりは馬車内で済ませるわけにはいかない。

 なのでわたしは一計を講じた。

 それが、広げれば一瞬で組み立て完了する簡易式テントである。

 とは言っても、三本の木材の上部を束ね、間に布を張っただけの代物だが。

 これを空き地から離れたなるべく人目に付かない場所に立て、内部の地面に土鉱魔術で深めの穴を掘れば完成だ。

 あくまでも簡易であるが、有ると無いとでは大違い。

 何に憚ることなく用を足せるのだから。

 一度使うごとに、少しずつ穴を埋めて行けば臭いも防げる。


 嗚呼、なんて俊英なわたし。

 それでも屋外でするのは、やっぱり抵抗があるんだけどね。

 だってわたしは、元現代地球人ですもの。ウォシュレットが恋しい……

 あとは、お風呂にさえ入れれば完璧なんだよね。

 いや、待てよ……あの簡易テントをもうひとつ作って、上に小さな穴をいっぱい開けた木箱を設置して、そこにお湯を満たせばシャワールームになるんじゃない?

 て、天才かわたし!


 ともあれ、そんなわけで、トイレ以外はなんとも快適な旅であった。

 金色旅程……じゃなくて、旅程も半分過ぎた辺りだ。

 今日も早くからマックとテイオーに頑張ってもらっている。


「おーい、ミーユ、メルシェラ」


 居室でメルシェラとお喋りしているところへ、御者台からラウララウラが声をかけてきた。


「どうしたのラウラ。魔物でも出た?」

「お腹でも空いたのですか?」

「私を『無限胃袋』のミーユと一緒にするなメルシェラ」

「ひどっ! 無限じゃないもん! ただ、人よりちょっと多く食べるだけだもん!」

「あれがちょっとか? 常人の数十倍食べてるだろ」

「食べてないし!」

「空腹ではない、とすると……あ、トイレですね? その辺でしてきてください。ラウララウラなら人前でも平気でしょう」

「おまっ、メルシェラ! なんてことを言うんだ! 私にだって羞恥心くらいある! その天然な口を縫い付けてやろうか!」

「ミーユ、ラウララウラがいじめます」

「イジメはよくないよラウラ」

「待て! 今のは私が悪いのか!? って、そうじゃない! あれを見ろ!」


 ビシッとラウララウラが示したのは、街道に立つ立札だった。

 が、すぐに通り過ぎて文字が読めなかった。


「見えなかったね」

「ですね」

「お前さんたち……」


 ガクリと肩を落とすラウララウラ。

 アホな会話をしてるからでしょーが。


「なんて書いてあったのよ?」

「……『この先、街道分岐有り』だ」

「あ、じゃあいよいよだね」

「うむ」


 言ったそばから遠目にもわかる分岐点が見えてきた。

 真っ直ぐな大街道と、右へ曲がった細い道。

 我々が行かねばならぬのは、この頼りなげな細い道のほうだ。

 近付くにつれ、もう一枚立札が。


 『↑ 王都方面 → アダン村方面』


「……ね、このまま王都に行っちゃおうか」

「良かろう。王都は食の都とも呼ばれている。ミーユの無限胃袋ですら満たされるはずだ」

「だ、駄目ですよ。救いを求めている人がいるんですから。それに依頼放棄は報酬も返却になります」

「むむっ」

「むぅ」


 珍しくメルシェラが正論を言っている。

 思わず唸るわたしとラウララウラ。

 報酬を持ち逃げしたところで、あのイリーナ婆さんは文句も言えないと思うが。

 なんせ自分の首が我々の手にかかっているのだから。

 とは言え、今回の依頼にはネメシアーナの名誉もかかっている。

 そちらまで蔑ろにするわけにもいくまい。


「やだなぁ、冗談だよ。メル」

「うむ。見くびってもらっては困る」

「二人とも目が泳いでますけど……」


 そりゃもう、バタフライするほど泳ぐよ。

 正直に言えば超めんどくさいもの。

 怠惰な元現代地球人を舐めないでよね。

 でも、キャルロッテと全力で生きるって誓ったし、やれるだけのことはするよ。


「ラウラ、道が狭いから気を付けてね」

「ああ、任せよ」


 馬車はスムーズに曲がり、細い道もなんなく進む。

 これはラウララウラの腕がいいと言うより、マックとテイオーの頭が良いのだ。

 二頭が上手くコース取りしている。


 うーむ。ますます名馬の予感がするね。

 これ、北海道で牧場やってる親戚に見せたら飛び上がって喜ぶよ、きっと。

 地球の馬とは比べ物にならないほど速いもん。

 正確に測れないから飽くまで感覚だけど、3ハロン(600メートル)で20秒くらい出てるんじゃないかな。

 ヘタすると10秒台だね。ちなみに地球のお馬さんは30秒台。

 それでいてスタミナも半端ないし、もし地球に連れてったら競走馬の常識を覆す大事件になるよ。

 二頭とも種牡馬にすれば、莫大な儲けに……フフフ。


「何を悪い顔してるんですかミーユ」

「え、どんな顔よそれ」

「デッドリースマイルでしたよ」

「やめて!?」


 ただでさえパーティー名がラウラの勝手に名付けた『死の微笑デッドリースマイル』なんだからさ。

 そんなのがわたしの二つ名にまでなったらどうしてくれるの。

 恥ずかしくて外も歩けないよ。

 ラウラはどうにも中二病を患ってると思う。

 年齢的には高二病かな。


「あ、ラウララウラ。ちょっと馬車を停めてください」

「ん? ああ、わかった。ドウドウ」


 手綱を引かれ、ブルルと嘶くマックとテイオー。

 メルシェラが馬車を停めたのは、たぶんトイレに行きたくなったのだろう。


「一人で出来る?」

「な、なんてことを言うんですかミーユ。私は子供じゃありません」


 いや、そう言う意味で言ったわけではないのだが。

 メルシェラを一人で行かせたら迷うのではと思っただけで。

 まぁ、丁度目隠しになりそうな繁みがすぐ近くにあるし、目の届く範囲なので問題なかろう。

 移動中だと、いちいち簡易天幕を設置するのも面倒なのだ。

 それなりに時間のかかる大ならばともかく、小くらいはサッと済ませばよい。

 結果的に可愛く恥じらうメルシェラが見られたので言ったのは正解だった。


「ミーユ、少しいいか?」

「うん。どうしたのラウラ」

「では行ってきます。よいしょ」

「今後の旅程についてなんだが、もう少々ペースを上げたほうがいいかもしれん」

「ふむふむ」

「想定よりも魔物が少ないようだし、今のうちに距離を稼ぐほうがよかろう」

「確かにそうだね」

「ただし街道を逸れた以上、ここから増えてくる恐れはあるがな」

「うーん。見た感じこの先って登りが多くなりそうだもんね。林や森があると余計に時間がかかるよね」

「私もアダンには行ったことがないので詳しくはわからぬが、高原と言うからにはそうなるだろう」

「じゃあ、マックとテイオーには悪いけど、昼間は頑張ってもらって、夜は早めに野営地を見つけるって感じにする?」

「うむ。それが最善だな」

「夜は獣避けに火を焚いたほうがいいかな?」

「ああ。獣と同様、火を恐れる魔物も多い」

「おっけー」

「決まりだな。では出発しよう」

「え、あれ? ちょっと待って。メルは?」

「む?」

「メルー! そろそろ行くよー!」


 居室のドアを開けて外に呼ばわるが、返事はない。

 ザッと一気に血の気が引く。


 嘘でしょ!?

 この近距離で迷子になるの、あの子は!?

 どこに行ったのよ……って、ああっ!

 わたしってば、まぁたエネミーサーチを展開するの忘れてるじゃん!!

 バカバカ! わたしのバカ! もひとつバカ!

 なんで戦闘中以外は油断しちゃうかなぁ!


 慌ててスキルを発動し、ミニマップに目を凝らすが、パーティメンバーを示すオレンジ色のマーカーは、ラウララウラのものしか映ってなかった。


「いないのか?」

「……そうみたい」

「まったく。【彷徨う聖女】の面目躍如だな」

「のんきなこと言ってる場合じゃないでしょ。探さないと」

「二手に分かれるか?」

「ううん。ラウラは馬車ここに残ってて。入れ違いになる可能性もあるから」

「うむ、流石はミーユ。冷静な判断だ」

「じゃ、ちょっと行ってくるね」

「ああ。気を付けてな」


 わたしは大剣を腰に吊るし、馬車を降りた。

 そして道の右手に広がる繁みへと足を踏み入れる。

 ほんの少し分け入っただけで、メルシェラが用を足したと思われる場所を見つけた。


 ……どうやったらこの距離で迷うのよ。

 5メートルも離れてないじゃん……

 ってか、どっちに行ったんだろ?

 ミニマップに映ってないってことは結構遠くまで行ってるはず。

 あー、こんな時に【DGO】のスカウト系スキルがあればなぁ。

 わたしは主に拳士系と剣士系ばっかり取ってたから……

 ん?

 んん?

 んんん!?


 突然地面にボウ、と小さな足跡が青く浮かび上がった。

 ひぃ!?

 お化け!?

 ……じゃないね。

 これって、スカウト系スキルの『痕跡発見』じゃん!

 え、マジ?

 ネメシアーナがくれた転生特典のせい?

 【DGO】の全スキルが使用可能! とかってさ。

 だったら嬉しいんだけど。

 でもなぁ、いくら試しても剣士系スキルは発動しなかったんだよね。

 なんでだろ?

 やっぱ全スキルが使えるってわけじゃないのかな。

 そりゃそうか。全部だと便利チートすぎるもんね。

 ま、考えるのは後にしよ。

 えーと、足跡は東に向かってるみたい。

 よし、ゴー!


 しばらく青い足跡を追跡する。

 メルシェラはグネグネと蛇行しながら進んでいるようだ。


 あの子ったらもう。

 その場でジッとするって考えはないのね。

 遭難した時は基本的に動かないほうがいいのに。

 ちょろちょろされたら見つけらんないでしょーが。


 大剣で雑草を払いつつ進む。

 こうしておけば帰り道にも困らない。

 そんな風にプリプリしながら追跡すること数百メートル。


「あれ」


 ポンと開けた場所へ出た。

 いや、ここは道だ。

 多分、わたしたちがこれから馬車で通るはずの道だ。

 足跡はそのまま道をなぞって進んでいる。

 道沿いに進んでいるのならば話は早い。

 わたしは全力で駆けだした。 


 すると、数分もかからず、道の向こうから息を切らせてこちらへ駆けてくるメルシェラを発見した。


「メルー!」

「ああ、ミーユ。良かったです。救援にきてくれたのですね。私もお二人を呼びに行く途中でした。こっちです」

「……は? 救援?」


 一瞬、なにを言われているのか理解できなかったが、踵を返して走り出したメルシェラの後を追うしかなかった。

 目を話せば、また行方不明となるだろう。

 1秒で彼女に追いつき、その手を握る。

 うん。これがやはり、わたしとメルシェラにとってはベストポジションのようだ。


「私、はぁはぁ、メイスも馬車に置いてきてしまって、はぁはぁ」


 息も絶え絶えなメルシェラ。

 話の内容はよくわからないが、そりゃ用を足すのに武器は邪魔だと思う。 

 などと言うのは、わたしの浅はかな考えだった。


 エネミーサーチに反応有り。

 行く手に赤いマーカーが数個表示されている。

 そして、緑色のマーカーも。


 それはつまり、何者かに人が襲われていると言う事実を表していた。


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