047 報い



 いや~、昨日の晩御飯は超美味しかったなー。


 ピュンピュンと大剣で空気を切り裂きながら昨夜のことを思い出す。

 領主邸での豪勢な食事。

 国内外から取り寄せたと思われる、様々な食材をふんだんに使用した料理の数々。

 食欲を唆られるスパイシーな匂い。香草や香辛料も惜しみなく投入されたであろう芳醇な味。

 どれをとっても最高としか言いようがなかった。

 回想するだけで涎が湧いてくる。

 頭を振って大剣を構え直した。


 現在時刻は、そろそろ人も活発に動き出す朝一番。

 場所は適度な広さがある新緑亭の裏庭。

 わたしはいつもの朝練中なのだ。


 無心で素振りを続けるつもりが、既に腹ペコのせいで昨夜のことばかり浮かんでくる。

 まるで欠食児童だ。

 朝食前のこの時間。お腹が空いて当たり前。

 ましてや運動中で、年齢的に育ちざかりのわたしなのだから。


 やや握りに力が入っているのは、空腹で気が立っているせいだ。

 人は誰しも腹が空けば怒りっぽくなるものである。

 なので練習においては雑念でしかないが、昨日のことを思い出してなるべく空きっ腹を忘れようとしていた。

 逆効果な気がするものの、このあとの朝食を美味しく食べらるためのスパイスだと思えば鍛錬にも身が入ると言うものだ。


 しかし、あれだね。

 ファトス卿のザンジバルさんはなんていうか……なんていうか……

 絶対スケベだよあの人!


 アルカンティアナ師匠……あれのどこが『一角の人物』なんですか!

 まぁ、部下の報告にテキパキと指示を出してたところを見るに、仕事はすごく出来そうな感じだったけど……でも、奥さんいっぱいいたよ!?


 そんな彼は、どうやらラウララウラを特に気に入った様子で、終始彼女にベタベタと付き纏っていた。

 恐ろしいのが、執拗に話しかけてくるのはともかく、メルシェラやわたしまでも好色そうなネッチョリとした目で舐め回すように全身を見つめていたことだ。

 本人は隠そうとしていた様子だが、バレバレである。

 わたしも女性の端くれ。そう言う視線には敏感なのだ。


 嘘です。

 食べるのに夢中で、全っ然気付きませんでした。

 メルに耳打ちされて初めて知りました。

 女の子失格です。

 色気より食い気です。


 そして何故か伯爵の視界にすら入っていなかったアストレアさん。

 彼女は気にしてない風を装っていたが、ショックを隠しきれずに顔を引き攣らせていた。


 あんなに美人でスタイルもかなりいいのに、なんでだろ。

 まさか眼鏡か? 眼鏡のせいなのか?

 眼鏡属性は、刺さらない人には全く刺さらないって聞くもんね。


 それとも、もしかして伯爵はロリコンなのかな?

 ……うん、きっとロリコンなんだろうな……

 あれ? 伯爵の奥さんらしきご婦人たちの中には、結構年齢の行ってそうな人もいたよね?

 うーん、謎だ。


 伯爵に付き纏われたラウラは、こういうケースに慣れてる感じだったね。

 適当に上手くあしらってたもん。

 美人だし、普段から言い寄ってくる男の人も多いんだろうなぁ。

 わたしなんて前世でもそんな経験したことないのに……キイッ。

 いや、別に悔しくはないけど。

 つ、強がりじゃないんだからねっ!


 でも、伯爵家に赴いたのは大正解だったよ。

 美味しいご飯もたらふく食べられたし、何と言っても調査依頼の報酬だけでなく、事件そのものを解決したんで特別報酬までもらっちゃったのだ!

 しかもしかも、ドドーンと金貨100枚!

 あーっはっはっはー!

 笑いが止まんないね!


 受け取った報奨金はメルシェラと相談して、三等分にしようとした。

 依頼を受けたのはわたしとメルシェラだが、ラウララウラもパーティメンバーだからだ。


 しかしラウララウラはその提案を全力で断った。

 魔術師カムジンの首を暗殺者ギルドへ提出したので、後日に依頼主の盗賊ギルドから賞金が入ると言う。

 多分わたしたちが受け取った報奨金よりも多く。

 だから気にしないでくれと笑っていた。

 あんなスケベ親父からの金はいらん、とも。

 上手く伯爵をあしらったように見えたラウララウラだが、それなりに辟易していたのだろう。


 かなりしつこく口説かれてたもんね。

 身体も何度か触られてたみたい。

 まぁ、ラウラはキリっとした綺麗系の女の子だし、整ったプロポーションの持ち主だから伯爵の気持ちはわかるよ。

 でもセクハラはいけません。うちのパーティーはお触り禁止です。

 わたしだったら問答無用でブン殴ってたね。

 ラウラはよく我慢したよ。


 と、まぁ、そんな経緯もあり、結局わたしは報奨金をメルシェラと二等分することにした。

 総額で金貨101枚と銀貨50枚。

 二人で割れば金貨50枚と銀貨75枚。

 大金だ。

 わたしは盗難防止のためにお金を全てアイテムボックスに入れた。


 この新興都市ファトスは今、アニエスタでの動乱によって、少なからず難民が増えてきていると言う。

 ただでさえ移民者とドミニオン王都から送られてきた兵士でごった返していると言うのに、そこへアニエスタからの難民だ。

 さぞやそれに乗じた悪党も跳梁跋扈しやすいことだろう。

 要するに、スリやひったくりがここ最近で急増したのだ。


 元暗殺者だけあって隙を見せないラウララウラは大丈夫だろうが、問題はメルシェラである。

 少しばかり(?)ボーッとしている彼女は、いかにも泥棒に狙われそうだ。


 なんか、メルってスられても気付かなそうなんだよね。

 盗まれたら『キャー! ひったくりよー!』って叫べば、すぐに対処してあげられるんだけど……


「キャー! ひったくりよー! 誰かー!」

「!?」


 通りのほうから聞こえた悲鳴で、身体がビクンと跳ね上がる。

 勿論メルシェラの声ではない。

 どんなタイミングなのよと思いつつも、わたしは反射的に走り出していた。


 通りへ出ると、うつぶせになったお婆さんが。

 奪う際に賊が斬りつけたのか、腕には深い切り傷。

 転んだ拍子に折れたらしく、足が妙な方向に曲がっていた。


「ああ……薬を買うお金が……」


 痛みのせいか無念からか、はらはらと涙を流しながらギュッと目を瞑るお婆さん。

 振り返れば手慣れた様子でこちらを見ながら走り去る男が見えた。

 一見すると冒険者風の身なり、狡賢そうな面構え。

 右手にはダガー、左手には奪った獲物。

 間違いなくヤツが犯人だ。


「どうしたのですかミーユ」

「メル、お婆さんが怪我してる。診てあげて」

「え、あ、はい」


 新緑亭から出てきたメルシェラにそう言い残し、わたしは体勢を低くした状態で地を蹴った。

 石畳にバキリとヒビが入る。

 緊急事態だ。構っちゃいられない。


 賊との距離は約100メートルと言ったところか。

 混雑した昼間では無理だろうが、朝方で人通りの少ない今なら、わたしの足をもってすれば余裕で追いつく。

 アジリティ偏重を舐めないでほしい。


 男はこちらへ首を回して私の位置を確認すると、後ろ手に素早く何かを投擲した。

 石礫だ。

 【DGO】での盗賊もよく使う手だ。

 礫の投擲速度とわたしの速度が相まって、かなりの速さに見える。


 当たれば痛みで一瞬怯み、逃げる時間を稼げる。

 当たらずとも回避させれば、そのぶん追っ手の速度が緩んで逃走時間を稼げる。

 どちらにしても賊にとって有効な時間稼ぎになるのだ。

 狡いが盗賊らしいテクニックと言えるだろう。


 距離的に避けられまいと思ったものか、男の唇が歪んだ。

 その黄色い歯を剥き出した笑みに苛立つ。


 かっぱらい風情が。

 調子に乗らないでよね。


 右腕を一薙ぎ。

 手甲でふたつの礫を同時に払う。

 バシュッと音を立てて、煙と化す石礫。

 男の顔が笑いから戦慄へ変わる。


 礫が弾かれるどころか霧散したからではない。

 男はわたしの顔を凝視していたのだ。

 思わず微笑むわたしの顔を。

 笑いながら肉迫するわたしの顔を。


「ぐああああああああああ!」


 大剣の一閃。

 背骨を両断された男は背中から血を撒き散らしつつ絶叫と共に、もんどりうって転がった。

 もはや立ち上がれまい。


 わたしは大剣の血糊を払い、肩に担いでゆっくりと歩み寄る。

 地面に投げ出された花柄のバッグを拾い上げる。

 明らかに盗賊が持つようなものではない。

 これが奪われたお婆さんのバッグだろう。


「いっ痛ぇええ! このガキィ……悪魔かてめぇ!」

「は? 盗っ人の分際で何言ってんの? お年寄りを傷つけてまで盗みを働くあんたのほうがよっぽど悪魔でしょーが。少しは他人の痛みを知りなさい」

「ぎゃああああああああ!」


 再度一閃。

 ゴロリと男の両腕が地に落ちる。


「はぁはぁ、ミーユ。お婆さんはもう大丈夫です」

「無事かミーユ。ふむ、訊くまでもなさそうだ」


 走って追いついてきたのだろう、メルシェラが息を切らせていた。

 隣にはラウララウラもいた。こちらは全く呼吸に乱れがない。

 異変を聞きつけ、一緒に来てくれたのだろう、彼女は寝巻のままだった。

 100メートルちょいの直線道とは言えど、メルシェラならば迷子になりそうなので有難い。


 しかし二人はわたしを見て硬直した。

 失敬な。そんなに変な顔をしているのかしら。


「……ごぼっ……」


 ビクンビクンと痙攣しながら血の塊を吐き出す盗賊。

 知ったことではないが、背中の傷が内臓まで達していたのかもしれない。

 既に虫の息だ。両腕からの出血が特に多い。

 放っておけば数分と経たぬうちに失血死するだろう。

 しかし憐憫の情など一切湧かない。

 自業自得だ。

 老人を襲うようなクズは死んだほうが世のためになる。


「どうしたどうした?」

「強盗だってよ」

「うわっ、グロッ」

「おいおい、あんな小さな女の子がやったってのか……?」

「盗っ人だからっつってもなぁ」

「たかがひったくりに……いくらなんでもやりすぎだろ……」

「ちょっと見てよ。あの子……笑ってるわ……」

「怖ぇ……」

「あれって冒険者のミーユちゃんじゃね?」

「えっ、噂の?」

「でもこの男、確か有名なスリだぞ」

「あー、あの近頃荒稼ぎしてるっつーグループのヤツか」

「俺もやられたぜ。ざまぁみろだ」


 いつの間にか野次馬が集まって来ていた。

 見世物ではないのだが、口々に勝手なことを喋ってる。


 指名手配されるほどの悪人を成敗して何がいけないと言うのか。

 悪事を働けば報いを受けるのは当然だろうに。

 【DGO】でも窃盗罪で捕まれば、両腕を使うスキルが数ヶ月間使用不能になると言う重いペナルティがあるのだ。


「お、お嬢ちゃんが取り返してくれたのかい……?」


 ヨロヨロとおぼつかない足取りのお婆ちゃんが声をかけてきた。

 歩けるみたいで良かった。

 メルシェラの治癒は本当に良く効く。


「はい。これ」


 花柄のバッグを渡すと、お婆ちゃんはそれを抱きしめて崩れ落ちるように膝をついた。


「ありがとう、ありがとうよ……このお金がないと、うちの爺さんが死んじまうところだったよ……お嬢ちゃん、本当にありがとうね……」


 わたしの手を握ってオイオイと泣きじゃくるお婆ちゃん。

 それを見てバツが悪そうな顔をする野次馬。


 やっぱり、わたしは間違ってなどいないのだ。


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