046 思惑



 ギルド酒場での宴(?)を終えて宿屋『新緑亭』に戻ったわたしたち。

 まだ起きていたミリシャは、ベロベロのわたしを見て目を丸くした。

 ラウララウラの勢いに負けて結局無理矢理吞まされてしまったのだ。

 勿論、メルシェラも巻き添えにして。


 甘くて呑みやすいのが敗因だった。

 わたしに出されたのは、いわゆる焼酎をジュースなどで割った『チューハイ』的な飲み物だ。

 前世ではいたずらで少し呑んでみたこともあるので味は知っている。

 実際には焼酎なんてこの世界にはないだろうから、厳密に言えば違うのだろうが。

 問題は度数が低いせいで、クピクピ呑めてしまうのだ。美味しいのだ。いい呑みっぷりにガンガン勧められてしまったのだ。

 そしてこのザマなのだ。


 ともあれ、ミリシャには呂律の怪しい説明をし、パーティーメンバーが三人になったことを告げると、わたしたちに宛がわれた二人部屋へ、新たに寝具一式を用意してくれた。

 ベッドはふたつしかないので、ラウララウラは床に寝具を敷いて寝ることになるのだが、彼女は一向に気にした風もない。

 ラウララウラもメルシェラと同じで冒険者生活が長く、寝床にはこだわりが無いと言う。

 『大地全てが寝床さ!』と言えば、ある意味で格好いいのだろうが、ラウララウラとて年頃の少女であることに変わりない。

 こんな美人が小汚い野宿生活を自慢するような女の子であってはいけないのだ。

 彼女にもメルシェラ同様、まともな女の子らしい生活と言うものを教えねばなるまい。


 メルシェラからはわたしと一緒に寝れば、もうひとつのベッドをラウララウラが使えると言った提案が出た。

 一瞬いいアイデアに思えたが、ラウララウラもわたしと寝たいとか不穏なことを言い出したため、敢え無く却下した。

 酔っぱらいはこれだから困る。

 新人のラウララウラには床で我慢してもらおう。

 寝具を運んでくれたミリシャに礼を言い、疲れと酔いのせいで我々はあっと言う間に夢の中へ旅立った。


 そして翌日。


 ……頭が痛い。

 ズグンズグンと鼓動に合わせて痛みが走る。

 全員で、うーうー唸りながらなんとか起き出す。

 初体験だが、これこそ世に噂の二日酔いというやつだろう。


 ……いつもなら朝練に行くんだけど、剣なんて振ったら頭が爆発しちゃう……うぅ……なんか負けた気がして悔しい……


 取り敢えず水氷魔術を使い、三つのカップを冷水で満たし、みんなで一気に呷る。

 多少気分は良くなったものの、頭痛はまるで引かなかった。

 フラフラしているメルシェラをなんとなく眺めているうちに、ふと思いついた。


「ね、メルシェラ。ちょっとわたしの頭に触れてみてくれない?」

「いいですよ」


 訝しむことなくメルシェラはわたしの頭を一心不乱に撫で始める。

 いや、触れるだけでいいのだが。


 しかぁし! 効果は覿面!

 みるみる痛みが引いていく。

 ついでに胃のムカつきや気持ち悪さも消えて行った。

 メルシェラの治癒能力は二日酔いにも極めて有効だったのだ。

 彼女は己とラウララウラにも触れて全員が完全回復を遂げたのである。


 復調したものの、夕飯が遅かったこともあって朝食を摂るほどの空腹感はない。

 わたし以外は。

 なので、ミリシャに三人分の宿泊費を払い、朝食はいらない旨を伝えて外出した。

 宿泊費は無用と突き返されそうになったが、そこはそれ。こういうところできっちりさせておかないと気持ち良く泊まれないと言うと、ミリシャも納得してくれた。


 わたし、メルシェラ、ラウララウラの三名は連れ立って街を闊歩する。

 目的地は南区にある商店街だ。

 道中も露店や商店の品を眺めながら、あーだこーだと話し合う。

 わたしの両手には串焼きやサンドイッチで一杯である。

 これは市場調査の依頼でも、ただの散歩でもない。


 買い食いだ。

 間違った。

 朝ご飯だ。

 それも違う。

 買い物だ。


 昨日の約束通り、ラウララウラの服を買いに来たのだ。

 暗殺者を辞職したのに、いつまでも背中に『殺』と描かれた服を着させておくわけにいくまい。

 もうひとつの理由は、今日の夕方、ファトスの街の領主と会わねばならないからだ。


 ドミニオン王国の貴族と会見するにあたり、わたしやメルシェラも多少はおめかししたほうがいいのではなかろうかとの意見で一致したのである。

 乙女なので。


 我々は冒険者なのだから、それほど身なりは気にしなくても良いとの談はラウララウラだ。

 年頃の娘が何を仰るのやら。

 少なくともわたしは嫌だ。

 あまりにもみすぼらしい格好では絶対に舐められる。

 それに、わたしは落ちぶれたとはいえ元王女。

 小汚い姿では、わたしの中のキャルロッテも納得しないだろう。


 だよね? キャルロッテ。

 …………


 脳内で話しかけるが返事はない。

 どうしたのだろう。

 いつもなら満面の笑みで頷いてくれるはずなのに。

 それどころか、背中を向けるキャルロッテが薄ぼんやりとしているような……


「あ、これなんてどうですか?」

「待て待て! 私にはこんなの似合わんぞ!」

「いえいえ、きっと似合いますよ。早速試着してみましょう」

「いーやーだー!」


 あははは。

 メルはまた随分とド派手な赤い服を選んだね。

 ラウラには暖色系が似合うとは言ったけど、あれはヤバいでしょ。

 う~ん、わたしも一着買っておこうかなぁ。

 きらびやか過ぎず、ちょっと清楚系のワンピースとか欲しい。

 あっ、この水色のワンピかわいい~。

 うっ、結構お高いのね……

 襟元と袖、裾が白いフリルですっごく可愛いんだけどなぁ。

 ……やっぱりこれがいいや。よーし、清水の舞台から飛び降りるつもりで買っちゃおう!

 んっ、これなんてメルに似合いそう。

 白のワンピースなら清らかな聖女っぽいじゃん?

 ギャップ萌え狙いでラウラに着せるのも面白そうだけどね。

 意外と黒髪に映えそう。


 なんて感じに夕方まで過ごした。


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 新興都市ファトス領主にして、ドミニオン王国伯爵であるザンジバル・ファトスは、久しぶりに胸を高鳴らせていた。


 一年以上も未解決だった難事件を、たった3名のパーティーが達成したと言う。

 しかし、そのメンバーは驚くほど充実していた。


 近頃台頭してきた幼き冒険者ミーユ。

 世界各地を巡り、人々にその凄まじい治癒魔術で癒しを与えた『彷徨う聖女』メルシェラ。

 黒き疾風とも称される類い稀な脚力を持ち、狙った標的は必ず仕留める暗殺者、『疾黒』ラウララウラ。


 特にミーユの勇猛さはザンジバルのところへまで風聞が伝わっていた。

 弱冠10歳と言う年齢でありながら、冒険者登録のその日に強面で通る巨漢の荒くれ冒険者を二対一の状況にも関わらず圧倒し、初依頼にて単独での討伐は困難とされた難易度Bを誇るハンターベアを単身で撃破したと言う。

 更にその後、これは眉唾だと思うが、伝説に謳われる大魔術師アルカンティアナのもとで修行していたと言うのだから真実であれば驚愕するほかなかった。


 驚くべきはそれだけではない。

 報告によれば、メルシェラはミーユの高邁さと高潔な精神に惚れこみ、自ら従者になったらしいのだ。

 更にラウララウラはミーユとの対決に敗北し、完全に屈服。Tier3でありながらTier6であるミーユの軍門に降ったと言うのだから恐れ入るばかりだ。


 考えてみれば、『氷情』と言われるほど冷徹なギルドマスターのアストレアがわざわざ訪れ、ミーユの将来性を熱弁と共に嘱望し、口角泡を飛ばしながらその愛らしさを絶賛するほどの逸材なのだ。

 もっとも、アストレアも近年ではだいぶ丸くなってきたようだが。

 特に幼い少女を前にした時の彼女は『すわ、同一人物か?』と思うほど豹変する。

 ある種の病に罹っているのだろう。

 いや、呪い、か。


 ともあれ、ザンジバル伯爵はそんな冒険者パーティーと相まみえるのを非常に喜ばしく思っていた。

 理由はいくつかある。


 ひとつは半年ほど前、隣国であるアニエスタで突如勃発したクーデター事件。

 反乱軍の首謀者は同国宰相であったヨアヒム・ニコラである。

 彼は速やかに王都を占拠すると、城内を制圧し王族を滅ぼした。

 しかし、そうしてヨアヒムは実権を握ったものの、自らは王位につかず、国内の平定に注力していた。

 狡猾なやり口である。


 アニエスタ王とその一族は国民から人気があった。

 その王族を滅ぼした挙句、自分が王位を簒奪したのでは誰もが反発するとわかっているのだ。

 反発が強まれば民は団結し、武装蜂起でもされれば内乱と化す。

 なのでヨアヒムは、あくまでも簒奪ではなく、国民のためにやったことだと吹聴した。

 少しばかり小うるさい連中には多少の武力を使って黙らせながら。

 それが功を奏し、現在ではだいぶ混乱が収まっていると聞く。

 元が朴訥なお国柄なだけに、民も素直すぎだと言わざるを得ない。

 もっとも、そう言う実直な民だからこそ決起されればヨアヒムにとって脅威となるのだが。


 国内が落ち着いたヨアヒムが次に着手したのは、軍事力増強だ。

 周辺各国、とは言っても、主に東の小国家連邦国からだが、大量に傭兵を雇い入れたとの情報がある。

 長年平和だったアニエスタは軍事力に乏く、手っ取り早く増強させるには良い方法だ。

 しかし傭兵とは基本的に粗野な荒くれ者が多い。

 よって、現在のアニエスタはあまり治安が良くないようだ。


 治安と引き換えに軍事力を手に入れたヨアヒムは次に何をするのか。

 国内平定だけに飽き足らず、このドミニオンへの侵攻を企てているのではなかろうか。

 巷では、まことしやかにそんな噂が流れている。

 ならばアニエスタとの国境沿いにあるこの新興都市ファトスも、ただ座して見ているわけにはいくまい。

 兵力を増強し、いざとなれば腕の立つ冒険者にも協力してもらおうと、ザンジバルは画策していたのである。今日の会見もその一環であった。

 強き人物は一人でも多い方がいい。

 仮に戦争となった場合、モノを言うのは数と質なのだから。


 そういった計画や情報は迅速にドミニオン国王のもとへ逐一送られている。

 ザンジバル伯爵は国王と懇意だった。

 何故なら、王立学院でルームメイトを務めていたからだ。

 身分の差はあれど、友人にしてライバル。

 二人は共に文武で競い合った仲なのだ。

 最終的にザンジバルは勝てなかったが、国王とは今でも親しい間柄だ。

 だからこそ国王は有能なザンジバルの才能を重んじ、この領地を与え、新興都市ファトス建造をも任せたのである。

 そして彼は国王の期待に見事応えて見せたのだ。


 そんなザンジバルは鏡の前で自慢の髭を整え、蝶ネクタイの歪みを正している。

 仕上げに香水を一吹き。


 30歳になったばかりのザンジバル伯爵には、ひとつだけ悪い癖があった。


 非常に好色なのである。


 彼は無類の女好きだった。

 現在は5人の妻を持ち、妾を12人も囲っている。

 子は男女合わせて26人。

 もはや絶倫としか言いようがない。

 しかも射程範囲が異様に広く、下は8歳から上は55歳までいけると豪語していた。


 なればこそ、女性のみのパーティーだという冒険者との会見を心待ちにしていたのである。

 超ウッキウキである。

 これがもうひとつの理由だ。

 むしろこっちがメインの理由だろう。


 コンコン


「入れ」

「失礼いたします。ザンジバルさま、ギルドマスターアストレアさまと冒険者御一行さまのお着きにございます」

「ああ。わかった。準備は抜かりないな?」

「は。滞りなく」

「よろしい」


 老齢の執事と共に自室を出ると、足早に玄関へ向かうザンジバル。

 手ずから出迎えるつもりなのだ。

 早く美少女と言われる冒険者たちを見たいがゆえである。


「ようこそ。みなさん」


 これのお陰で幾人もの女性を骨抜きにしてきたのだと自負する、完璧に計算された笑顔。

 開け放たれた玄関からは4人が入ってくる。


(おお……噂に違わぬ……!)


 いやらしく見えぬよう、目を細めて少女たちを眺めた。

 まず目に止まったのは背が高めで黒髪の少女だった。

 深みのある赤い色のパンツスーツに身を包んだその身体は、豊満でありながら引き締まった肉体であると瞬時に見抜いた。

 黒と白のメッシュな前髪が右半面を隠しているが、切れ長の左目、スッキリとした鼻筋、薄く紅をひいた口元、全てが整っていた。

 はっきり言って、ザンジバルのドストライクである。


 次に目が行ったのは、銀髪で赤眼の美少女だ。

 少々眠そうなジト目をしているが、白いワンピースが清楚さを際立たせている。

 毛量は多いが美しい銀髪は後ろでまとめられ、なんとも神秘的な雰囲気すらあった。

 まるで精霊のようだとザンジバルは思う。

 勿論、彼女もザンジバルの好みだ。


 その隣、眼鏡をかけた女……は華麗にスルー。

 『なんでよ!』と言いたげな顔のアストレアだ。

 きらびやかなドレス姿で美人には違いないのだが、ザンジバルの好みではなかった。


「……きみは……!」


 最後に視線が下へと動き、視界に入ったのは水色のワンピースを纏った金髪碧眼の幼子であった。

 少しばかり緊張の面持ちでこちらを見つめている。

 彼女を見た途端、ザンジバルは不思議な感覚に陥った。

 幼い少女であるのに、まるで妖艶な絶世の美女を見ているような感覚だった。

 己の感覚が信じられず目を瞑って頭を振る。

 次に目を開けた時、幼子は困ったような笑顔を浮かべていた。

 それは、息を飲むほどの可愛らしさだった。


(欲しい……! 全員欲しい!)


 ザンジバルは真っ先にそう考えた。

 いかにも彼らしいが、そんなことは全くおくびにも出さない。

 紳士的な微笑みを絶やすことはなかった。


(……この子がミーユか。それにしても、なんと美しい金髪と鮮やかな青い瞳だ……はて……金髪碧眼……? はっ!?)


 ザンジバルは何かを思い出した。

 それは、新たな妾探しなどしている場合ではないほどに火急の要件だった。

 顔や態度には出さぬが慌てて執事を呼び、耳打ちをする。


「今すぐ書簡を持たせて早馬を出せ」

「どちらへ?」

「王都の国王陛下にだ」

「かしこまりました。して、内容はいかがいたしますか」

「『見つけた』、と。それだけで伝わる。詳細は追って記す、ともな」

「承知いたしました」

「早馬は二時間おきに三度出せ。北街道は最近魔物が多いからな」

「御意」


 伯爵家に長年仕えている執事の背を見送ったザンジバル。

 しかし彼の優秀な頭脳は既に別の事案で頭が一杯だ。


 これからどうやって後ろの美少女たちを口説き落とそうかと思慮しながら、見えぬよう細心の注意を払って、だらしなく頬を緩ませるザンジバル伯爵なのであった。


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