045 招待状



「はぁ~~~~~…………」


 盛大な溜息が室内を満たす。

 それはもう、深~く、長~い溜め息だった。

 無論、半笑いを浮かべたわたしのものではない。


「『彷徨う聖女』だけではなく、今度は『疾黒しっこく』と行動を共にしているなんて……本当にあなたはいったい何者なのよ、ミーユちゃん」


 心底呆れたように再度溜息を吐くのは、ギルドマスターのアストレアさんである。


「えへへ……色々ありまして……(ぷぷぷ……ラウラの二つ名、『疾黒』って言うの? 中二病丸出しじゃん)」

「……そうね。それがミーユちゃんですものね。もう何があっても驚かないわ(くっ! 相変わらず可愛いわね!)」


 言うだけ無駄だと悟ったのか、肩をすくめるアストレアさん。

 その直後、彼女の眼鏡がキラリと光る。


「でも、こっちは別。本当に驚いたわ。たったの一日であの依頼を達成してくるなんて」


 前言撤回が早すぎやしませんかね?


「調査のみならミーユちゃんたちでも達成可能だとは思っていたけれど、まさか事件そのものを解決してしまうとはね。この依頼はTier2の冒険者パーティーでも真相には辿り着けなかったのよ?」

「いやぁ、それはたまたまですって。運良く盗賊のアジトを見つけただけで」

「いいえ、たまたまなどではありません。女神に愛されし我が運命の人であるミーユの実力ならば当然の結果だと思います」


 せっかく謙遜したのに横から口を出すメルシェラ。やたら早口で。

 どうやら『謙虚が美徳』な日本人的感覚はこの世界にないらしい。

 『成果を上げたら思い切りアピッちゃお☆キラッ!』の精神だろうか。


「うむ。全てを見ていたわけではないが、手際といい手腕といい、ミーユをTier6あたりで燻ぶらせておくのは冒険者ギルドにとっても大きな痛手となる。よってミーユのTier昇格を要請する」


 ああああ、ラウララウラまで追従しちゃってる。やっぱり早口で。

 あのね、わたしゃ純日本人なの。

 ヨイショとかされるの、めっちゃ恥ずいんだってば。

 まぁ、尊敬してるアルカンティアナ師匠やデルグラド師匠に褒められたら有頂天で小躍りしちゃかもしれないけど。


 現在、わたしたちはファトスの街に帰還し、レンタル品の馬車と馬を返す傍ら、冒険者ギルドへ報告に来ているのだ。

 もうすぐ夜半を回ろうかと言う時間である。

 ほとんどの冒険者はねぐらへ戻り、併設された酒場で働く者と、当直以外のギルド職員はとっくに帰宅したと言うのに、アストレアさんは残って精力的に仕事をしていた。


 ギルドマスター室の机に山と積まれた書類の束。

 その中で埋もれるようにアストレアさんはペンを走らせていたのだ。

 新興都市ファトスは2年前に完成し、今なお移民等によって急激に人口を増やしていると聞く。


 種族も人種もごった煮状態のこの街は非常に揉め事が多い。

 まだ住み分けが出来ていないからだ。

 それに乗じる悪党も大勢いる。

 そう言った事態の余波が冒険者ギルドにも波及しているわけだ。


 世界情勢に詳しいラウラから聞いたんだけどね。

 さすが元暗殺者だよ。


 職業柄、高い隠密性を誇る暗殺者は、良きスパイともなる。

 情報は力だ。

 各国の上層部は常に最新の情報を欲している。

 その欲する国に情報を売るのも暗殺者ギルドの重要な収入源であろう。

 つまり、各国と暗殺者ギルドとは持ちつ持たれつの関係なのだ。

 本来なら隠匿されるべき暗殺者ギルドが、半ば公に存続できるのはそのためである。


 では何故、盗賊ギルドも存続できているのか。

 身も蓋もないことを言ってしまえば、暗殺者ギルドの下位互換でしかないのに。


 答えはひとつ。冒険者としての盗賊だからだ。

 彼らは街や村などで盗みを働いたりはしない。その技はダンジョンや迷宮、古代遺跡などで遺憾なく発揮される。

 ただ盗賊と同じ技術を持つ集団なので、便宜上『盗賊ギルド』と称されているだけなのだ。

 言わば俗称がそのまま正式名称となったわけだ。

 なので彼らは本物の盗賊を許さない。

 ましてや盗賊ギルドに登録した者が略奪、強奪等の犯罪を犯した場合は特に。


 ……イメージが悪いと思うなら名称を変えればいいのにね。

 トレジャーハンターギルドとかさ。

 おっと、話が逸れちゃったね。


「ミーユちゃんの昇格の件、ひとまず私が預かるわ。それより、『疾黒』もミーユちゃんのパーティーに加わるのかしら?」

「無論だ。私はミーユがアニエスタに居た頃から目を付けていたのだ」

「あっ、コラ!」

「ぐはっ」


 妙なことを口走るラウララウラに、小声で叱りながら尻へ強めのチョップを入れる。

 解せぬ……意外と柔らかい……じゃなくて、わたしの素性がバレたらどーすんの!


「ふーん。そう言えばミーユちゃんはアニエスタ出身って登録書に書いてたわね。それにしても頭目カムジンと、盗賊を30人近く……しかもカムジンは異教徒、ね。確かに異教徒を討伐した功績は多大だと言えるわ。これで小うるさい連中も少しは静かになるかもね。一年以上も解決できなかった難事件だもの」


 眼鏡を外し、瞼を揉みながら上を向くアストレアさん。

 相当お疲れの様子だ。

 若くして支部長に選ばれたのだからアストレアさんは相当に優秀なのだろう。

 だが、その若さ故に上からは叩かれ、下からも突き上げられているのではなかろうか。

 思わず愚痴がこぼれるほどに。


 彼女は最初からわたしに便宜を図ってくれた。

 恩義も感じている。

 性癖はちょっとアレだが、基本的には優しくて良い人なのだ。


 どれ、ひとつ慰労のために肩でも揉んでやるべぇか、と思った時。


 コンコン


 ギルドマスター室の扉がノックされた。

 こんな夜更けに。


「どうぞ」

「失礼します」


 しかしアストレアさんは躊躇なく応える。

 ガチャリと扉を開けて入ってきたのは見知らぬ男性だった。

 着ているジャケットからしてギルド職員のようだ。

 我々に頭を下げてからアストレアさんのほうへ向かう。


「マスターにご報告します」

「あちらは何と?」

「はい。先方は御就寝前だったので直接お伝えして参りました。非常に喜ばれておりまして、是非ともお会いしたいと。書状もお預かりして参りました」

「……わかったわ。お疲れさま」

「いえ。では失礼いたします」


 男は封書のようなものをアストレアさんに渡すと、もう一度わたしたちに一礼をしてから出て行った。

 なんとも礼儀正しい。

 アストレアさんは封蝋を割って中身を読み始めている。

 眉根を寄せているところを見るに、重要な書類なのだろうか。

 ならばこれ以上我々がいても邪魔になるだけだ。

 左右に目配せすると、メルシェラもラウララウラも小さく頷いた。

 そろそろお暇しようという確認である。


「アストレアさん、わたしたちは宿へ帰りますね」

「ちょっと待って」


 立ち上がりかけたのに、マッハで待ったをかけられた。

 わたしも正直疲れているので早く寝たいのだが。


「これ、領主さまからの書状なのよ」

「へー、そうなんだ。ファトスの領主って確か凄い人なんでしょ?」

「ええ。領主としてはまだ若いけれど、ドミニオン王の懐刀と言われているわね」


 ふーん。

 アルカナちゃんも『一角の人物』って評してたもんねぇ。

 会ったことあるのかな?

 ま、わたしには縁の無さそうな人だろうけど。


「ミーユちゃん、あなたに会いたいそうよ。なんでも、夕食を共にして今回の件を労いたいんですって。つまりこれは晩餐会の招待状ね」

「は?」

「『彷徨う聖女』及び『疾黒』の両名もよ。私も同行するわ」

「え、ちょ、急に言われても……」

「ミーユの在るところに私在りです」

「聞くまでもない。私はミーユについて行くだけだ」

「決まりね。明日の夕刻、ギルドへ来て頂戴。先方が迎えの馬車を出すと書いてあるわ」

「えぇ~」


 メルシェラとラウララウラは乗り気のようだが、わたしははっきり言ってめんどくさい。

 いや、よく考えるんだわたし。

 領主は確か伯爵だ。ドミニオン国王の懐刀にして権力者だ。

 ここで繋ぎを作っておけば、絶対後々に役立つ。

 そう言えば、領主の依頼を受ける時にもそんなことを思ったはず。

 ならば初志貫徹。


「多分、特別報酬があると思うわよ。この事件は領主さまも頭を悩ませていたもの。それを解決に導いたわけだし」

「! 行きます!」


 特別報酬と聞いて、即座に首肯する現金なわたし。

 きっとわたしの目は円かドルのマークみたいになっていたであろう。

 お金は大事なんスよ!


「良かったわ。Tier昇格の件はザンジバル伯爵さまとの会見後に検討するわね。コホン、では、冒険者の皆さま。誠にお疲れ様でした」


 深々とお辞儀をするアストレアさんに見送られ、意気揚々とギルドマスター室を出るわたしたち。

 いや~、特別報酬だって。

 いくらもらえるんだろうね?

 金貨10枚とかかな?

 欲張りかな?

 でもせめて3枚は欲しいよね。

 そうすれば三人で割り切れるし。

 勿論ラウラにも渡すよ。

 だって後始末をしてくれたのは彼女だもんね。

 気を失ったわたしを運んでくれたのもラウラだって言うしさ。


「ミーユ、このまま宿に戻ります? 遅くなってしまったので新緑亭の食堂は終わっていると思いますが」


 クルリと振り返ったメルシェラが言う。

 薄暗い廊下で銀髪と赤い瞳が映える。

 普段はぽやぽやしていても美少女としか言いようがない。


「あー、そっか。どこかで食べるか買うかしないとね。超お腹空いたし」

「ならば、ここの酒場でよかろう。食事も出していたはずだ」

「ん、じゃあそうしよっか」


 ラウララウラの提案で決まった。

 帰る途中に吐くだけ吐いたのでお腹も異様に空いている。

 それに、何と言っても近い。

 徒歩10秒だ。

 外で店を探していたのでは確実に餓死してしまう。


 ホールを抜けてギルドに併設された酒場へ。

 こんな時間でも飲んだくれの冒険者が結構いる。


「いらっしゃいませ」


 6人掛けのテーブルにつくと、ギルド職員兼ウエイトレスのお姉さんがやってきた。

 遅くまでご苦労さま。


 各々が食べたいものを注文する。

 魅力的なメニューが多くてなかなか迷う。

 ええい、明日はお金が入るんだ。

 今日くらい贅沢してもいいよね。


「じゃあ、これとこれとこれを二つずつ。あとこれとこれは三つね。あっ、こっちも美味しそう。うわっ、これも絶対美味しいヤツだよ」

「むっ? そんなに食べられるのか? 10人前以上あるぞ」

「ええ。ミーユはとってもよく食べる子なんです。可愛いですよね」

「わたしは育ち盛りなのっ!」


 我ながら苦しい言い訳であった。

 変に隠したり否定しないだけ成長したとは思うが。


 豪快な音を立てる腹の虫を抑え、適当におしゃべりしているうちに続々と料理が届く。

 テーブル一杯に並べられた料理はホカホカと湯気を立て、わたしに『早く食べて』と訴えかけているようだった。


 へっへっへ、今たっぷりと可愛がってあげるからね。


 狒々親父のように舌なめずりしながらフォークを握りしめる。

 すると右に座ったメルシェラがツンツンと横腹をつついてきた。

 あふん。

 子供だから脇は弱いのよ。


 顔を上げれば正面のラウララウラが満面の笑みで飲み物の入ったカップを突き出していた。

 これが何を意味するのかくらい、わたしにだってわかる。

 乾杯の催促だ。

 わたしも果汁の入ったカップを掲げ持つ。

 そのまま待っているが、誰も何も言わない。


 えぇ……もしかしてわたし待ち?

 仕方ないなぁ。


「依頼達成に乾杯ー! ゴクゴク。あ、これ美味しいー!」

「ミーユにかんぱーいです! わぁ、良く冷えたリンピの果汁でしょうか? とっても美味しいです」

「この奇縁に乾杯! ゴッフゴッフゴッフゴッフ……くっは~~! 効く~~! おーい! すまぬがもう一杯同じものをくれ!」

「え、ちょっと待って。ラウラは何を飲んでるの?」

「ぬ? これはエールだが?」

「エールって、お酒じゃん! ラウラって何歳なのよ」

「ゴッフゴッフ……17歳だ。もうすぐ18になるがな」

「は!? 17歳!? 思い切り未成年じゃん! お酒なんてダメダメ!」

「未成年? どの国も15歳で成人を迎えるものだが、アニエスタでは違うのか? そもそも酒に年齢制限などないぞ」

「です」

「そうなの!?」


 異世界の常識に少々カルチャーショックを受けながらも、楽しく飲み食いするわたしたちなのであった。


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