048 幼女さん、思い悩む



 その後、わたしが斬ったあの盗賊は結局一命を取り留めた。

 騒ぎに駆け付けた衛兵が盗賊に治癒魔術を施したからだ。

 しかし、両腕は失ったままだ。

 絶級以上の治癒魔術でなければ欠損部分は再生しない。


 そしてメルシェラも盗賊を治す気はなかった。

 人は見かけによらぬもの。

 神官である彼女は悪人に対して厳格だった。

 両腕落としは相応の罰と判断したらしい。


 衛兵から賊を斬ったのは誰かと問われ、わたしだと名乗り出るも、被害者のお婆ちゃんと目撃者の証言により、それ以上追及することなく盗賊を連行して行った。

 衛兵にとっても、この程度の諍いは日常茶飯事なので、いちいち真相究明などしないのだ。

 むしろ、犯人が死んでいれば面倒はないのにと言わんばかりの態度だった。


 わたしが冒険者であり、盗賊が指名手配犯だったことも影響しているのだろう。

 この世界では、指名手配犯=賞金首=デッドオアアライブの図式が成り立っているのだ。

 今回の盗賊には街の警察組織も兼ねるファトス軍から賞金がかけられていた。

 金額的にたいしたことはないが、貰えるものは貰っておこう。 


 ちなみに助けたお婆ちゃんからは感謝の気持ちとして、一輪の花を貰った。

 聞けばお婆ちゃんは花屋を営んでいると言う。

 青とも赤ともつかぬ、不思議な色合いの花だったが、何とも洒落たお礼だった。


 その花を眺めているうちに、段々と心が落ち着いてくる。

 心が落ち着けば見えなかったものが見えてくる。

 先程のわたしの行動についてだ。


 お婆ちゃんの悲鳴を聞き、逃走する犯人の卑しい笑いを見た瞬間に、あいつを許してはいけない、生かしておいてはいけないという衝動に駆られた。

 そして追いかけ、迷わず斬った。

 野次馬が言っていた通り、やりすぎたのだろうか。


 いや、彼らが戦慄していたのは、わたしの表情にだった。

 全くの無意識だったが、笑っていたらしい。


 わたしは笑いながら人を殺そうとするのか。

 わたしの倫理観は、いったいどうなってしまったのか。


 【DGO】内で過ごした時間が長すぎたのか。

 ゲームと現実の区別がつかなくなってしまったのか。


 いつからだ。

 いつからわたしはおかしくなった。


 ハンターベアに殺されかけた時か。

 それともインビジブルラットを全滅させた時か。

 或いは地下神殿で盗賊を斬った時か。

 それとも、カムジンを殺した時のあの膨大な────


 ……ただ、今だからこそ思い出したことがある。

 それは二人の師匠の言葉だった。


『ミーユよ。武器を帯びたからには、殺す覚悟と殺される覚悟を常に持て』

『魔術も同じじゃぞ。よいかミーユ、魔術とは、人を殺める力と救う力、双方を併せ持っておるのじゃ。どちらが良い悪いの話ではないぞ。賢いミーユならば言うまでもないじゃろうが、決して使いどころを見誤ぬようにの』


 はい。デルグラド師匠、アルカンティアナ師匠。

 そのつもりです。

 そのつもりで今までやってきました。

 お二人の言葉は、わたしの中で根を張り、息衝いています。

 わたしは、それを胸に生きていきます。

 わたしだけの道を。


『アルカンティアナよ。儂とミーユの語らいを邪魔するな。今は剣術鍛錬の時間だ』

『にゃにおうこのジジイ! ミーユはわらわの一番弟子なのじゃぞ! お主の一番弟子は娘じゃろーが!』

『……あやつはもう居らぬ』

『……そう言えば出奔したと聞いたの』

『うむ……双閃剣を伝授したのが儂の過ちであった』

『気に病むでない。いつかお主の気持ちを理解する時が来るじゃろう』

『だと良いが、な』


 あ、師匠たちの余計な会話まで思い出しちゃった。

 デルグラド師匠に娘さんがいたのは驚いたなぁ。

 その娘さんは冒険者になったらしいけど、どんな人なんだろうね。

 デルグラド師匠の一番弟子ってくらいだから、相当な剣の使い手なのかも。

 どこかで出会ったら、同門の弟子として挨拶しておきたいよ。


「どうしましたミーユ。今日は食が細いですね?」

「待て待て。ミーユはもうパンを10個も食べているんだぞ」

「いつもなら20個は軽いです」

「馬鹿な……! こんな小さな身体のどこに入って行くんだ……いや、そう言えば一昨日の酒盛りや、昨夜の晩餐会でも凄まじい勢いで料理を平らげていたような気がするな」

「あれがスタンダードなミーユですよ」

「あれでか!? ミーユは末恐ろしい健啖家だな!」


 気付けばメルシェラとラウララウラがわたしの顔を覗き込んでいた。

 どうやらわたしは、いつの間にか新緑亭の食堂に居て、無意識に朝食を摂りながら沈思黙考に耽っていたらしい。

 ここまで連れて来てくれたのは、きっとこの二人だろう。


「あ、ううん。ちょっと長ーい考え事をしてただけ。あはは」


 そう笑いながら椀に入ったスープを掬う。

 しかしそのスプーンは、口に運ばれることなく止まった。

 切り替えたつもりでも、やはり今朝の出来事が頭に残っているのだろうか。


「ミーユ。もしかして何か悩み事ですか?」


 メルシェラの言葉にピクリとスプーンが震える。

 雫がポタリと椀の中に落ちた。

 よもや一発で見抜かれるとは。

 メルシェラは本当にわたしをよく見ている。


「ほほう。悩みなら吐き出したほうが楽になるぞ。お姉さんである私が相談に乗ろうじゃないか」

「私たちが、ですよ」

「う、うむ、私たちが、だ」


 ビシッとフォークでわたしの顔を指すラウララウラ。

 元暗殺者がやると暗器みたいで怖い。

 すかさずメルシェラに訂正されてて少し間抜けだが。


 だけど確かに一人で悩んでたってどうにもならない。

 パーティメンバーとは、いわば仲間だ。

 【DGO】でパーテイーを組んでいたアミリンたちとは、仲間であり、親友であり、家族のようなものでもあった。

 何でも話せたし、何でも聴いた。

 一緒に冒険して、一緒に笑って、一緒に泣いた。


 わたしは、メルシェラやラウララウラともそんな関係になりたいのだ。


 思い切って聞いてもらおう。

 幻滅されるのではないかと、少々不安でもあるが。


「……あの、ね。さっきのわたしって、やりすぎてた、かな?」

 

 わたしの発言に顔を見合わせる二人。

 見ようによっては『はぁ? 何言ってんだコイツ』的な表情にも思える。

 あぁ~、失敗したかも……


「……ふむ。私としては、何故ミーユがあの盗賊を殺さなかったのか不思議だったのだがな。老婆を害するような悪党にも温情を与えるのかと感心したくらいだぞ。私なら確実に殺っていただろう。む、わかったぞ。あの時、野次馬に言われたことを気にしているのだな? あんな輩は矢面にも立たず安全なところから好き勝手言うだけの己が愚かだとすら気付いておらぬカスだ。お前さんは路傍のゴミなど気にせず、思った通りに行動すればよい。私はそんなお前さんの行く先が見たいのだ」


 辛辣!

 流石は元暗殺者のラウララウラ。

 まるで容赦がなく、淡々とした口ぶりだ。

 それが彼女の歩んできた暗殺者としての道なのだろう。


「ミーユ。私は過去に二度ほど戦場へ出た経験があります。敵も味方も殺し、殺され、目の前で救えなかった命がたくさん散って行きました。そんな中、私は一人の敵と遭遇しました。私は自衛のためにその敵を殺めたのですが、それはまだ少年でした。私は、あどけない少年を手に掛けたのです。ですが悔恨はあっても、後悔はありません。戦場とはそう言うものです。なので、私は本来、『聖女』などと呼ばれていい存在ではないのです。必要とあらば迷わず人を殺めるのですから。ミーユは己を信じてただ進むだけでいいのです。それを陰ながらお支えするのが私の役目です」


 ……重い!

 メルシェラがそれほどまでに重い過去を背負っていたとは。

 地下神殿で盗賊たちを前にして、一歩も引かず薙ぎ倒していたのはそう言う経緯があったからだ。

 見た目の可憐さとは違い、芯の一本通った子なのだ。


 でも、そっか。それが当たり前の世界なんだね。

 わたしはそんな世界で生きて行かなきゃならないんだ。

 キャルロッテとも誓ったもんね。

 全力で生きるって。


「メル、ラウラ。真剣に答えてくれてありがとう。心が少し軽くなったよ」

「運命の人ミーユが悩んでいるのですから、従者としては当然です」

「フッ、照れるではないか」

「ホッとしたらなんだかお腹が空いてきちゃった。おじさーん! ベリーパン10個追加で! あと、ハムステーキと、ピッキングフィッシュの香草焼きも!」

「あいよ! 今日はやけに小食だから心配してたんだ! いやあ、ミーユちゃんはやっぱりこうでなくちゃなぁ!」


 注文を受けたミリシャのお父さんが嬉しそうに笑う。

 腕が鳴ると言わんばかりに逞しい力瘤を盛り上がらせた。


 ふふん。

 お金が無くて遠慮気味に食べてた昨日までのわたしとは違うんですよ。

 何トンでも持ってこいや!

 ……まぁ、そんなには食べられないんだけどね。たぶん。


「ミーユが元気になってよかったです」

「うむ。私が加入してこれからだと言う時にミーユがへこんでいては困る」

「あれ? そう言えばラウラ」

「む?」

「昨日の赤いパンツスーツはどうしたの? せっかく似合ってたのに、なんで黒い服に戻ってんのよ」

「……あれは貴族の屋敷に赴くのならばと、仕方なく着ていただけだ」

「え、でも、もう暗殺者は引退したんだから、わざわざ黒い服を着なくてもいいのに」

「黒くなければ『疾黒』と名乗れぬだろーが!」

「二つ名のほうを変えればいいじゃん。『疾赤しっせき』とか」

「ふふ……いいですね、それ。叱られているみたいで笑えます。叱責……ふふ……」

「笑うな! ひとつもよくない! いいか、これを見よ!」


 ガタッと立ち上がったラウララウラが親指で示しながら背中を見せつけた。

 そこには『殺』の文字のかわりに『活』の文字が!


「活ってなによ!? 割烹居酒屋でも始めるの!?」

「カッポウイザカヤと言うのはよくわからんが、ふふん、驚いたようだな」

「はい。驚きました」

「無表情に言うなメルシェラ!」

「メルはだいたい無表情でしょーが。で、何なのこれ」

「これはだな、誓いだ」

「誓い?」

「うむ。今後は私の技をミーユとパーティーのために『活かす』と言う意味が込められている」

「ラウラ……」


 思わずジーンとしてしまう。

 なんでこの人はわたしにそこまでしてくれるのか。

 まぁ、一度訊いてみたら『面白そうだから』と、あっさり返答されたわけだが。


「むー」


 メルシェラがプックリと頬を振らませている。

 基本的に無表情の彼女がこんな顔をするのは珍しい。

 でも可愛いのでオーケー。


「あ、ほら、料理が来ましたよミーユ。私がフーフーしてから食べさせてあげますね」

「なにっ!? ズルいぞメルシェラ!」


 二人はどうにもわたしをオモチャにしたがる傾向があるようだ。

 いくらわたしが見目麗しい金髪碧眼の美少女(自画自賛)だからって、お人形ではないのだが。

 かと言って、チヤホヤされるのが不快かと言えばそうでもない。

 むしろ新鮮だ。

 学校では無視シカトされ、噂話まみれだったわたしが、だいぶ出世したものである。


 一番きつかった噂話は、わたしが財産を独り占めするために両親を殺害したんじゃないかってヤツかな。

 あの時ばかりは本気でキレそうになったよ。

 今のわたしだったら間違いなく斬ってたね。

 ……くぅ、思い出すだけで頭にくる……


「ミーユ。牛乳も飲みましょう」

「あ、うん、牛乳好きだよ」


 大きなカップにメルシェラが注いでくれた牛乳を両手で持ってコクコクと飲む。

 美味しい。

 これは搾りたてなのだろうか。

 コクもあるし、何より濃いのだ。

 前世で日常的に飲んでいた牛乳とはまるで違う。


 わかった。

 これ、成分調整してないからだ。


 って、なんで二人は頬を染めてジッとわたしを見つめてるの。

 見世物じゃないんだけど……ん?


「メルシェラさんはいますかー? あ、いた!」


 食堂に飛び込んできたのはミリシャである。

 こちらを目掛けてまっしぐらだ。

 猫か。

 いや、どちらかと言えばミリシャは犬っぽい。

 ブンブン振られる尻尾を幻視する程度には。


「どうしたんですかミリシャ」

「メルシェラさん。冒険者ギルドから呼び出しがかかってますよ。あたしは依頼を見に行ってたんですけど、伝言してほしいってギルドマスターに頼まれたんです」

「そうですか。わざわざ伝えてくれてありがとうございます」


 ギルドに呼び出されるなんて珍しいね。

 指名依頼でも入ったのかな?

 疫病の流行っている村に行ってくれ、とかさ。

 そういや、そんなイベントが【DGO】でもあったなぁ。

 回復魔法を使えるプレイヤーが行っても、必ず村人が全滅しちゃう酷いイベントなの。

 まぁ、その村は疫病じゃなくて実は呪いがかかってて、その呪いをかけてるボスモンスターと戦うっていうありがちなシナリオなんだけどね。


「ミリシャ。理由は聞いていますか?」

「えーと、神殿がどうとか言ってたような……」

「わかりました。すぐに参ります」


 椅子から立ち上がりかけたメルシェラの手を握る。

 びっくりしたように赤いジト目が、わたしへ向けられた。

 そんなメルシェラにわたしはニッと笑う。

 キラリと光るわたしの八重歯。


「もちろん、わたしも行くよ」

「うむ。パーテイーなのだから当然だな」


 ラウララウラの言う通りである。

 わたしたちはパーティーなのだ。


 共に冒険する仲間なのだ。


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