042 初めての変身【The Turning of Destiny 2】



 音が出るのも構わずに通路を走る。

 進むにつれ、壁の照明は簡素な油皿から立派な燭台へと変化し光量が増した。

 お陰で足元に不安はない。


 当然だが今もメルシェラとは手を繋いだままだ。

 一本道ですら迷子になると豪語する彼女をほったらかしにはできない。

 片手は塞がるが、利き手の左があれば大剣は振れるので問題なかろう。

 驚いたのは、AGIアジリティ偏重ステータスのわたしがそれなりの速度で走っているのに、メルシェラが難なくついてくることだ。

 やはり彼女の身体能力は高いのだろう。


 通路を駆ける最中にも、時折ドアが左右に見受けられる。

 しかしミニマップに映るマーカーは室内に精々ひとつか二つ、多くとも三つだ。

 部屋の規模も小さく、本命の場ではないと判断し通過する。

 恐らく盗賊どもの倉庫や生活空間なのだろう。


 中には我々の足音に気付いて部屋から顔を覗かせる愚かな盗賊もいたが、土鉱魔術と水氷魔術を組み合わせた泥弾を顔面にぶつけてやった。

 ついでに水を超高圧縮させた上級魔術ウォーターカッターで脹脛ふくらはぎを斬り、無力化させておく。

 視界と機動力を奪ってしまえば何も出来まい。


 おっとぉ!

 メルが盗賊のダガーを華麗に躱し、メイスで脳天への容赦無き一撃!

 しかも片手なのに相手は一発で昏倒!

 なによなによ、メルって実は強いじゃん!

 ってかあれ、頭陥没してない……?


「ミーユの魔術はすごいですね……」

「……怪力のメルに言われたくないけど……でも、本当にすごいのはわたしに魔術を教えてくれたアルカナちゃん……アルカンティアナ師匠だよ。メルも会ったでしょ?」


 感嘆するメルシェラに、アルカナちゃんを無駄プッシュしておく。

 いまいち世間に評価されない師匠の名を少しでも知らしめるために。

 いや、名だけはベストセラーである魔術読本のお陰で広く知られているのだが、本人の見た目が幼女なせいで誰にも信じてもらえない不憫な子なのだ。

 弟子としては非常に勿体ないと思う。

 魔術の腕前も実力も本物なのに、と。


「あの小さな子が、かの高名なアルカンティアナ・ネメアシスさんなんですよね……この目で見ても未だに信じられません。大魔術師アルカンティアナと言えば、吟遊詩人がこぞって唄い、お伽噺にも出てくるような伝説の人物ですから」


 えぇ!?

 アルカナちゃんてそんなにすごい人だったの!?

 ってかホント、一体何者なんだろあの人。


 それにしても長い通路だ。

 これほど大規模な地下拠点を誰が作ったのだろう。

 盗賊の頭目、カムジンとか言う魔術師か?

 それは無い。一介の魔術師にはとても無理な話だ。

 そもそも、ここは全て手掘りによるものだ。

 魔術で作ったのなら壁面はもっと滑らかになる。

 つまり盗賊が住み着く遥か以前からあったはずなのだ。


 では、その作成者が何故わざわざ井戸に横穴を掘ってまで建造し、隠すのか。

 そう。ここは秘匿されていたのだ。最初から。

 何のために?

 わたしにはこの真っ直ぐで長い通路が、あるものを彷彿とさせてやまなかった。


 参道だ。


 ご存じの通り、参道とは寺社仏閣へ続く道である。

 何故そう思い至ったかは自分でもわからないが、仮説が正しいとするなら、この先に待つものは寺社仏閣にあたる……こちらの世界で言えば教会や神殿なのではなかろうか。

 そう考えてみれば、こうまでして隠匿せねばならなかった理由も同時に見えてくる。


 邪教、もしくは邪神信仰だ。

 かつて、この地下神殿を造った人々が異端である神を祀るための。


 だが、異端とは迫害されるのが世の常だ。

 信奉者は次第に減り、信仰は廃れ、そして長い年月が経つうちに打ち捨てられた神殿なのだろう。

 そんな場所をこれ幸いと、盗賊どもが拠点として再利用したのだ。


 ……いや、本当にそうだろうか?

 ただの拠点と言うなら、他にいくらでも利便性や立地のいい場所があるはずだ。

 ここでなければならない理由……


 攫われたのは親子連れが多かった。 

 抵抗した父親たちは殺され、母親たちは慰みものにされたあと他国に売られ、或いは殺され、そして子供たちは……そう言えば、あの山と積まれた死体の中に子供のものは無かった。

 ならば子供たちはどこへ行ったと言うのか。

 全て売られてしまったと考えるのは些か不自然だ。


 髭もじゃの盗賊が言っていたではないか。

 アニエスタでクーデターが発生し、小国家連邦へ売りに行けなくなったと。

 クーデターが起こったのはもう半年前だ。

 盗賊たちはその間にも人攫いは止めていない。

 30日ほど前にも、旅をしていた一行の中で親子連れだけが突然いなくなったと依頼書には記載されていたのが根拠である。

 その時の子供はどうなったのか。


 どの世界でも人身売買で一番よく売れるのは子供だ。

 そして、売るつもりがあるなら生かしておくはず。

 だが、ここに至るまで緑色のマーカーはひとつも表示されなかった。

 たったのひとつもだ。


 攫われた子供たち。

 隠された神殿。

 邪神崇拝。


 まさか、魔術師カムジンとは────


 前方に大きな両開きの扉が見えた。

 その扉には複雑な紋様が刻まれている。

 篝火に照らされて荘厳さと不気味さを同時に醸し出す。


 ミニマップ上では、この扉の向こうに巨大空間が広がっていた。

 きっとこれが本体の神殿部分だろう。

 更には内部に複数の赤いマーカーを確認。

 マーカーの塊が大小ふたつと、遠く離れてポツンとひとつ。


 なっ、ここだけで10人以上いるじゃん!

 髭もじゃの嘘つき!

 なにが全部で15人よ!


「メル。わたしは突入と同時に右の連中に魔術をかけるから制圧してくれる? たぶん5人くらいいるけど」

「はい。お任せを」


 あっさり首肯するメルシェラ。

 先程の戦いぶりを見たとは言え、少し心配だ。


「本当に大丈夫?」

「ええ。私は戦場に出たことも何度かありますので、乱戦にも対応できます」

「マジで!?」


 なんなのこの子。

 もしかしてわたしより経験豊富?

 【DGO】でも戦争イベントは結構あったけど、わたしはあんまり参加してなかったのよね……

 報酬に砦とか小城とか貰っても嬉しくないもん。

 雑兵をドカーンと倒したって、爽快感はあっても達成感は全然ないし。

 やっぱりゲームは強敵と戦ってナンボだよ。


「自信があるみたいだから任せるよ、メル。でも無理そうならすぐわたしのほうに来てね」

「はい。ミーユも御武運を」


 無表情だが力の籠ったメルシェラの赤い瞳。

 もしかすると、メルシェラもこの事件の真相に薄々勘付いているのかもしれない。

 ならば聖女(見習い)として見過ごせないだろう。


「行くよ」

「いつでもどうぞ」


 扉に手を掛け、お互いに頷き合い、ドバンと大きく扉を開け放ち、突入!

 大神殿に踏み込み、まず目に入ったのは大きな音にギョッとする右手に居た盗賊たちの姿だった。


 数は5。全員が既に刃物で武装している。

 奴らは器械体操の鞍馬のような台に乗せた男性をいたぶっていた最中のようだった。

 男性は既にぐったりとして動かない。


 あの人って……ティナの……

 よそう。考えるのは後だ。


 泥弾を5個生成、同時投擲。

 全て顔面に命中、と言いたいところだが一発外した。

 左の連中の動きが気になっていたせいである。


「ごめん、一人外した!」

「問題ありません」


 予定通りメルシェラがメイスを構えて走る。

 思った以上に機敏な動きで。

 彼女が心配ではあったが、わたしも左へ向かう。


「なんだこのガキ!」

「兵士に見つかったのか!?」

「ナリは冒険者みてぇだぞ!?」

「おい! 早くズボンを穿け!」


 左には8人ほどが固まっていた。

 何故か全員が半裸である。


 すぐに気付いた。

 奴らの足元に転がるひとつの人影に。


 ……それは剥かれたティナの母親だった。

 血まみれの。

 一目でわかる。死体だと。

 弄んで、嬲って、殺したのだ。


 こいつらが。

 寄ってたかって。


「ギャアアア!」

「なっ、なんっぐあああ!」

「は、速ぇ!」

「うわあああああ!」


 魔術で牽制することも忘れ、怒りに任せて大剣を振るいながら吶喊する。

 次々と盗賊どもの手足を斬り落とし、突き進む。

 8人全てを斬り伏せ、ビュンと大剣に付いた血糊を払い、ギロリと奥を睨んだ。


 奥に佇む人物は、祭壇の前にいた。

 その背後には逆巻く髪の巨大な女神像。

 恐らくカムジンであろう男はこちらを見つめ、何やら口を動かしているように見えた。


 詠唱だ。

 咄嗟に右へステップ。

 今までわたしがいた場所を炎塊が通り過ぎていく。

 カムジンが火炎魔術を放ったのだ。

 外れたと知った痩せぎすで顔色の悪い真っ黒なローブ姿の魔術師は、すかさず次弾の詠唱を開始したようだ。

 男の持つ長い杖に魔力が集中していく。


 しかし、わたしの青い瞳はカムジンなど見ていなかった。

 奴の後ろの祭壇に釘付けとなっていたのだ。


 目一杯広がった網膜に焼き付いたのは……

 虚ろな瞳を虚空へ向け、血の涙を流し苦悶の表情を残したままの────


 ティナの頭部だった。

 頭部だけだった。


「ああああああああああ!」


 目の前が真っ赤になった。

 更なる激しい怒りによって。


 脳裏をよぎるのはティナの無邪気な笑顔。

 大きな飴玉を口いっぱいに頬張る愛らしい姿。

 自分が如何に両親を好きであるか、たどたどしくも一生懸命力説する仕草。

 将来はお花屋さんになるの、と熱く夢を語る興奮した表情。


 許せない、許せない、許せない、絶対に許せない!


「何故こんなことをした! 答えろカムジン!」


 答えは氷弾となってやってきた。

 わたしはその場から動かず、右手の手甲を軽く振って氷弾を散らした。

 カムジンはそれを見てニヤリと笑う。

 わたしをいたぶり甲斐のあるヤツとでも認識したのだろうか。

 大仰に両手を広げ、杖を掲げるカムジン。


「冒険者風情が良くぞこの聖地を発見したものだ。しかも幼子が二人のパーティーとはな。油断を誘うために魔術で姿を変えているのか? どちらにせよ只者ではあるまい。よかろう、貴様らの蛮勇と浅知恵に免じて答えをくれてやる。これは贄よ! 女神ヘカテルナさまに捧げる贄よ!」

「何が贄だ! そんなくだらないことでティナを殺したのか! 他の子供たちも!」

「くだらんだと? 贄は女神の力となるのだ! 見よ! この無垢なる幼子の魂も女神へ捧げられた! 贄となりて糧となるは幸福よ!」

「幸福……? こんな幸福があってたまるか! 生きることこそが幸福だ! お前はその幸福を無下に奪った!」

「はっは、口の減らぬ幼子よ。愚昧な者にこの崇高さが理解できるとは思っておらぬわ。だが、貴様も良き贄となろう…………もう一人のほうも、な!!」


 いつの間に詠唱を完了したのか。

 カムジンの杖から炎の棒が伸びた。太く速い滝のような炎だ。

 狙いはわたしではなく、こちらへ駆け寄ってくるメルシェラだった。


「メル!」


 無意識だ。

 無意識に身体は動いた。

 別に博愛精神が発揮されたわけではない。

 自己犠牲でもない。


 メルシェラとの付き合いは昨日始まったばかりなのだから。


 だけどもう友達だ!

 友情はこれから育んでいくんだ!

 二人で!

 だからメルを守るんだ!

 生きてティナの無念を晴らすんだ!


 カッ


 業火に飲み込まれる瞬間、わたしの胸から光の奔流が溢れ出した。

 それは胸に付けたハート型のペンダントからだった。

 光の奔流は形を成し、鍵となってペンダント中央の鍵穴へ。

 カチリと鍵が回り、両脇の翼が開き、更なる光を放った。

 光はカムジンの炎をいとも容易く掻き消し、わたしを優しく包み込む。


「ミーユ? ……ミーユが大きくなって……そ、そのお姿は……ああ……なんと麗しく神々しい……! 皆さんご静粛に。女神ネメシアーナさまのご来臨です」

「ネ、ネメシアーナだと!? た、確かに輝ける十対の翼……そんな馬鹿な!」


 気付けばわたしの身体は浮かんでいた。

 自分でも何が起きたのかよくわからない。

 だが、この身に漲る凄まじいまでのエネルギーだけは感じ取れた。


 遠くから声が聞こえる。

 喚くカムジンでも、どよめく盗賊どもの声でもない。

 それは微かだが、力強くこう告げた。


 『断罪せよ』と。


 わたしはその懐かしい声に従い、宙を蹴り疾駆した。

 左手には蒼く輝く一振りの剣。


「く、来るな! 来るなぁ! 忌まわしい女神め!」


 カムジンは次々に魔術を放つ。

 炎、氷塊、岩。

 その悉くが、わたしを包む光によって触れる以前に霧散していく。

 それは元素転換され物質となった魔力が、元の魔力へと還元していくようであった。

 カムジンは驚愕に見開いた目を血走らせる。


 わたしは酔っていた。

 己の身中を巡る途轍もない力に翻弄され、酔いしれていたのだ。


 そして、目の前の男が憎くて仕方がなかった。

 何の罪もないティナや他の子供たちを次々に生贄とした、この矮小な男が。

 わたしの目には、腰を抜かし必死に後退るカムジンが、既に地べたを這いずる虫ケラとしか映っていなかった。

 害虫ならば駆除するまで。


「冥府でティナに詫び続けるがいい!」

「何故だ! 何故貴様だけが女神の寵愛を受けている!? 我とて、ヘカテルナさまをこれほどまでにお慕いしているのに! 我が女神よ! 眷属たる我に、何卒お力をお与えくけひっ!」


 横薙ぎにされた蒼き剣が、カムジンの左こめかみに吸い込まれ、右こめかみから再び現れる。

 輪切りになる頭蓋。

 飛び散る脳漿。

 膝から崩れ落ちていく、とうに躯となったカムジン。


 わたしは初めて人を殺したのだ。

 この手で。


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