041 拠点突入
「うんしょ、うんしょ」
井戸に垂らしたロープを伝って底へ降りる。
ロープは冒険者七つ道具のひとつなので自前だ(ミリシャとお揃いで買った可愛い色のやつ)。
そのロープは井戸の外の地面に土鉱魔術で生やしたT字型の岩へ括りつけてある。
井戸の底に設置された出入口を恒常的に使用しているのならば、昇り降りが簡単になるような仕掛けがどこかにあるのかもしれない。
しかし、そんなものを悠長に探している場合でもなかった。
地下室の入口を見つけるのにだいぶ時間を使っちゃったからね……
犯人の目的が人身売買なら、ティナたちはもう別の場所に移送された恐れもある。
残された猶予は無いと思うべきだろう。
「底の状態は良しっと。メルー! 降りて来てもいいよー!」
「はい、いきまーす。んしょ、んしょ」
意外と軽い身のこなしで、スルスルと降りてくるメルシェラ。
これならば下で身構えてなくとも落下の心配はあるまい。
勝手にドン臭そうなイメージで見ていたのを恥じよう。
考えてみれば元現代地球人のわたしよりも、異世界現地人のメルシェラは身体能力が優れて然るべきだ。
文明が発達すればするほど、利便性と引き換えに人間の身体は鈍るものである。
ましてや、拳法の練習を毎日欠かさなかったとはいえ、ほぼ引き篭もりのわたしなら尚更だ。
現代地球人はアスリート以外、異世界人に敵わないだろう。
「お待たせしました」
「ううん。じゃ、進もう」
「はい」
木戸を慎重に押し開く。
頻繁に出入りがあるのか、黴臭さはなく、岩堀りの通路が奥まで続いていた。
壁には灯りが見える。
人が居るという何よりの証拠だ。
そして一歩踏み込んだ途端、ミニマップに複数のマーカーが表示された。
大ビンゴ。
やっぱりここがやつらの拠点なんだね。
でも……おかしいな……緑色のマーカーが映ってないや。
もう他の場所に連れていかれちゃったのかな……
気は焦るが慎重に進まざるを得ない。
なんせ相手は完全に姿を不可視化させる連中なのだ。
余計な知恵が回る分、インビジブルラットよりもタチが悪い。
だがヤツらは知らない。
いくら不可視化しようともエネミーサーチの目から逃れられないことを。
とは言え、慎重にはなっても心配はさほどしていない。
なぜなら自宅とも言える拠点内でまで姿を隠しておく頓馬は普通いないからだ。
姿が見えるのなら木っ端盗賊如き恐るるに足りず。
心配なのはティナたちの行方だけだ。
先程見えた灯りの油皿を通り過ぎると、壁の左右にドアがあった。
ミニマップ上では部屋と思われる内部空間にマーカーは無し。
そっと左側の扉を少し開けて中を確認。
やはり人はいない。
……人はいないが、かつて人だったものはあった。
人骨だ。
部屋の壁には手枷足枷が設置されている。
ここは牢、もしくは拷問部屋なのだろうか。
残された頭蓋骨には鋭い刃物で斬られたような傷が無数にあったのだ。
わたしは表情も変えずドアを閉める。
こんな光景は【DGO】で見慣れていた。
しかし、メルシェラはドア越しに祈りを捧げていた。
彼、ないしは彼女の冥福を祈っているのだろう。
メルシェラは左手の人差し指と中指を額に当てる変わったポーズをしていた。
なんだか瞬間移動でもしそうだ。
さて、お向かいの部屋は、と。
……く、臭い!
右手のドアを開けるなり漂い始める異臭。
こちらも人気は無いが、大きな衣装ハンガーのようなものに、毒々しい色をした毛皮が20枚近くも吊るされていた。
どうやら臭いの原因はこれらしい。
着ていた人間の体臭が移ったのか、はたまた元々の獣臭か。
ん?
この毛皮……どこかで見たような……
しかもつい最近。
具体的に言えば昨日。
これ、インビジブルラットの毛皮じゃん!
そうか、連中がどうやって不可視化してたのか読めてきた。
インビジブルラットは死ねば姿を現す。
その毛皮に特殊な加工、もしくは何らかの魔術によって不可視性を取り戻すことが出来るのではないだろうか。
被った者の魔力で稼働しているのならば、効果は恐らく短時間。
それでも姿が見えなくなると言うのは充分な脅威だ。
わけもわからずパニックのまま殺されたり攫われたりする被害者はさぞや多かろう。
毛皮を被らされた者も強制的に周りから姿が見えなくなってしまうのだから。
ティナたちのように。
ただ、小悪党の盗賊にしては用意周到と言うか、知恵が回りすぎている気がする。
そもそもこのようなアイテムを盗人風情が用意できるものなのだろうか。
憶測を確信に変えるため、臭いのを我慢しつつ毛皮をジッと見つめる。
鑑定スキル発動。
アイテム名:インビジブルファーコート
レア度:A
解説:インビジブルラットの毛皮に『活性』の魔術を施した装備品。活性発動中、装備者の姿を不可視化する。効果時間は、0~30分(使用者の内包魔力量で変動)。薄手のため防御力は皆無。
へえ。
レア度がAもある。
こっちの世界での価値はわからないが、【DGO】内に限って言えば、レア度Aとはボスドロップ級のアイテムだ。
つまりなかなかの貴重品である。
それにしても、やはり魔術を付与してあったか。
こういった魔術付与品を『魔道具』、もしくは『魔術具』と言う(アルカナちゃん談)。
利点は魔術が使えない者でも効果を発動できることだ。
概ね予想通りだ。
これは敵の中に凄腕の魔術師がいると見るべきであろう。
そいつが魔術でこんなふざけたアイテムを作ったのだ。
「随分と臭いますね。なんですかこれは?」
「姿を隠せる魔道具だよ。結構なレアアイテムだね」
「そうなんですか」
「ティナたちが消えたように見えたのもこれのせいみたい」
「ほぇー」
あまりピンと来ていない様子のメルシェラ。
さすが天然。
いつまでもそのままでいてほしい。
ともかく、こんなものがあるから事件が絶えないんだよね。
「えい」
ボウ、と思ったよりも景気よく燃え上がる毛皮。
ファイアボールを放ったのだ。
少し驚いた顔のメルシェラ。
それはそうだろう。
アイテムとしてはまあまあ貴重品なのに、あっさりと焼いたのだから。
持ち帰ればそれなりの額で売れると思う。
だがメルシェラが何と言おうと、わたしは犯罪に使われた物品を売ってまでお金が欲しいわけではないし、こんな臭い毛皮を触りたくもない。
「室内で燃やして大丈夫ですか?」
って、そっちの心配してたの?
なんてピュアな……
ま、岩壁だし、大丈夫じゃない?
「こうすればもう隠れて犯罪は出来ないでしょ」
「なるほど。それはとても善い行いですね」
うむ。
メルシェラは実に面白い子だ。
扉を閉めて先へ進む。
ついでに土鉱魔術でドアの周囲を目張りしておいた。
内部の酸素が薄まれば自然に鎮火するだろう。
これは隙間から煙が漏れないようにするためでもある。
少し歩くと左手にまた扉があった。
ミニマップを見れば内部にマーカー反応。
数は1。
色は、赤。
「メル、中に敵がいる」
「……はい」
立ち止まり、小声でメルシェラに警告する。
彼女も小さく頷いた。
さて、どうしたものか。
スルーしても良いとは思うが、この先で騒ぎになった時、挟み撃ちにされるのも面白くはない。
ふん縛って猿轡でも噛ませるか。
「メルはここで待ってて。絶対移動しちゃダメだよ。異変があったらすぐ知らせて」
「ミーユを一人で行かせるのは心配です」
ちょっと面食らうわたし。
ここにきて子供扱いされるとは。
そういや、メルはわたしの実力を知らないんだった。
「平気だよ。わたし強いんだから」
「ミーユは私の運命の人です。あなたに運命を切り開く力があることは疑いようもありません。昨日、地下水道で放った魔術がそれを証明しています。あれほどのインビジブルラットをたったの一撃で全滅させたのですから」
あらま。
見てたのね。
「ですが、世の中には万が一と言うこともあります。私の知らぬところで、もしもミーユに何かあったらと思うと……」
えぇ~……メルの宝石みたいなジト目の赤眼が涙目になってんじゃん……
まぁ、何年も探してた相手がいきなり死んだら、そりゃきっついと思うけどさぁ。
うーん、仕方ないか。ここにメルを一人で残していくのも不安だしね。
「じゃあ一緒に行こっか。ただ、嫌なものを見ることになるかもしれないよ?」
「はい。私だってこれまで様々な場面に遭遇し、乗り越えてきました」
そこは疑ってないよ。
冒険者歴はメルのほうが遥かに長いもんね。
「じゃ、突入と同時にドアを閉めて。メルはそのままドア付近で待機。外からの増援に注意」
「了解しました」
メルシェラと目で頷き合い、ドアノブを回す。
3、2、1、今!
一気にドアを開けて突入開始。
内部は広めの一室。
椅子が二脚、燭台の乗ったテーブルがひとつ。
背後ではメルシェラが音を立てぬよう扉を閉めた気配。
いや、それよりもこの強烈な異臭は何なのか。
先程のインビジルファーコートなどお話にもならないレベルの悪臭だ。
まるで大量の腐った肉が放つような……
「!!」
奥のほうに人影が見えた。
乱雑に山と積まれた夥しい数の何かも。
人影は一定の動きを繰り返しているようだ。
よく見ればその人影、バンダナを巻いた髭もじゃの男は下半身に何も身に着けていなかった。
その男は何かを組み敷いていて……
それは手足の無い女性の遺体だった。
この男はあろうことか、死体を抱いていたのだ。
行為に夢中な男は、全くこちらの侵入に気付いていない。
これは好機だ。
しかし頭ではそう解っていても、怖気と嫌悪感が一気に背筋を登ってくる。
おぞましさに苦い胃液がこみ上げてくる。
そして、それ以上に怒りが湧いた。
「動くな。大声を出すな。質問に答えろ。守らねば殺す。わかったら頷け」
わたしは背後から接近し、男の首筋にビタリと大剣の切っ先を当て、低い声で冷酷に告げた。
ツウ、と一筋の血が首を伝い落ちる。
男はビクリと震えてから動きを止め、両手を上げて頷いた。
わたしはそのまま斬ってしまいたい衝動を抑え尋ねる。
「なぜこんなことをしている」
「……オレらみてぇな下っ端にゃ生身の女なんて滅多にありつけねぇからさ。回ってくる頃にはご覧の有様なんでな」
「この辺りで起きた事件はお前たちの仕業か?」
「ああ。そうだ」
「何人いる」
「今は15人くれぇだ」
「この人たちを殺したのもお前らか?」
「そうだ。売れないやつらと抵抗したやつらだ」
「売れない?」
「ああ。いつもなら東の連邦が上客だったんだが、間のアニエスタでクーデターが起きちまったからな。ヘタに通れやしねぇ」
「……」
「で、おめぇは何モンだ?」
「冒険者だよ」
「ヘッ、冒険者風情にここが見つかっちまうとはな。カムジンの旦那もヤキが回っちまったか」
「そいつは頭目?」
「まぁ似たようなもんだ」
「魔術師だよね?」
「……なんでわかった」
「それより、さっき攫った親子はどこ?」
「さぁな。女のほうは上の連中がお楽しみ中だろうよ。男はもう死んじまってるんじゃねぇか? ガキはカムジンの旦那が……グアアアアアゲオッ!」
最早聴くに堪えず、わたしは大剣を衝き立て、男の一物を斬り落とした。
絶叫を放つ男の口に土鉱魔術で岩を詰め込んで封じる。
情報提供料として首を刎ねなかっただけ感謝するがいい。
「行こうメル。ティナが危ない」
「は、はい」
無数の遺体に冥福の祈りを捧げていたメルシェラが、青ざめつつ口を抑えながらも頷く。
わたしはメルシェラの手を引いて走り出した。
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