040 廃村にて



「ミーユ、ミーユ。ティナちゃんたちが突然消えました。見ましたか? 見ましたか?」

「見てたよ! いったい何なの!?」

「わ、私にもわかりません」


 普段のボーッとした印象からは想像もできない慌てぶりで、わたしを揺さぶるメルシェラ。

 彼女もあの奇怪な瞬間を目撃していたのだろう。

 親子三人が霞の如く消失したのを。


 一部始終を見ていたはずなのに、何が起こったのか理解できない。

 そもそも普通に歩いていた人物があのようにフッと消えられるものなのだろうか。

 超一流の手品師であっても、ああはいくまい。


 もし仮にあの親子が実は魔術師で、更に無詠唱魔術を扱えるとしても、魔術を発動させる際には魔力の揺らぎが必ず現れるはずなのだ。

 魔術とは、内魔力と外魔力の相互作用によって発現するものだから。

 その揺らぎが発生しなかった以上、少なくとも彼らは、この場で魔術を使用して消えたのではないと断言できる。


 ……いや、さっきの光景をよく思い出せ。

 何か違和感は無かったか。

 不自然に感じなかったか。


 わたしにはお父さんに肩車されたティナの消えていったように見えた。

 隣を歩いていたティナのお母さんも同様だ。

 そして、足が消える瞬間、つま先が浮いていたように思える。

 その足は右に傾いていなかったか?

 なぜ右に?

 まるで誰かに突然引っ張られたような……


 ……まさか!?


 わたしはすぐさま念じてスキルを発動させる。


 あーもう!

 わたしのバカバカ!


 しくじった。

 なぜエネミーサーチを常時展開しておかなかったのか。


 さっきの消失が怪異や祟りによるものではないのなら、何か他の、人為的なものであるとすぐに見抜くべきだったのだ。

 この世界での奇跡は神にしか起こせない。

 ならば、それ以外の事象は全て神以外でも起こせると言うことである。

 それがただの人間であろうとも。


 視界の端に浮かび上がるウィンドウの右隅をほんの刹那、緑色のマーカーがよぎった。

 同時に赤いマーカーも。


 やっぱり……!

 白昼堂々、しかもわたしたちの目の前でよくもやってくれたものね。

 右、か。


 我々のいる位置から右手。

 わたしは今、ファトスの街の方向を向いている。

 東だ。

 東を向いての右手、つまりマーカーは南方向のミニマップ外へと消えていったのだ。


 そして街道から遠く南に見えるのは、例の廃村のみ。


「メル、馬車に乗って」

「見つけたんですか?」

「ううん。でも、やっぱりあの廃村が怪しいと思う」

「どういうことです?」


 わたしは御者台に飛び乗り、メルシェラが荷台へよじ登ったのを確認してから手綱を振るう。

 馬車は方向を南へ変え、街道を外れて草原に分け入っていく。


「この付近で起こる事件は怪異や祟りなんかじゃないってこと」

「……それはつまり……?」

「神隠しも殺人も、人間の仕業だよ」

「では、ティナちゃんたちも……」

「うん。間違いない。ティナとご両親は何者かに攫われた。恐らくは一連の事件の同一犯に」

「そんな……」


 寂れた廃村に充分近付き、これも廃棄されたと思われる崩れかけた風車小屋のところで馬車を停めた。

 元は風力で小麦でも挽いていたのだろう、内部には大きな石臼が見えた。


「ミーユ。どうして停めたんです?」

「馬車で村に乗り込んだら音で気付かれちゃうかもしれないから置いていくの」

「犯人はまだあの廃村にいると?」

「うん。わたしたちが行動を開始するまでの時間じゃそれほど遠くまで移動できないと思う。三人も攫ったんだしね。近くで身を隠せそうな場所があの廃村ってだけ。ま、それも憶測だよ」

「……ミーユは幼いのにすごい洞察力をお持ちなのですね」


 メルシェラにそっと頭を撫でられる。

 撫でられまくる。


 やめてよ恥ずかしい。

 このくらい普通の推理だってば。

 ……でも、あったかい手。

 メルのほうがすごいじゃん。

 人に安心感を与えられるんだからさ。

 聖女向きだよ、メルは。


 ま、ホントの理由は、レンタルのお馬さんが盗まれたり殺されたりした時に賠償金が払えないからなんだけどね。

 金貨10枚とかボッタクリもいいところだよ。


 武装を整え、小さな丘を越えて村へ徒歩で向かう。

 出来るだけ早く。出来るだけ慎重に。


 一連の事件が人間の仕業であるのは間違いなかろうが、未だその手管はわかっていない。

 何せ犯人どころか、攫われた被害者の姿まで見えなくさせてしまう輩だ。

 恐らくは何らかの魔術の類だと思われる。

 しかし自信はない。

 魔力を感じなかったせいだ。

 ただ、その場で魔術を使わなければ魔力の揺らぎは感じられない。

 ならば、どこか別の場所で魔術を使ってから、犯行現場に現れたとも考えられるのだ。

 これなら揺らぎを感じなかった説明も付く。


 そして懸念がもうひとつ。

 わたし以外に使い手がいるとは考えにくいが、スキル所持者の可能性も否定できない点だ。

 可能性がゼロではない以上、頭の隅に置いておかなくては。

 完全に排除してしまうと裏をかかれた時に判断が遅れる。


 『崩しに惑わされるな。二の手、三の手を持つは戦いの定石。如何な敵と相対そうが、心の平静を保つのだ』

 これはデルグラド師匠に教わった剣士の心構えだ。


 『全ての物事には表と裏があるのじゃ。表を分析すればおのずと裏が見えてくる。逆もまた然り。それを忘れぬようにの』

 これはアルカンティアナ師匠が言った魔術師の心得。


 二人の師匠がわたしに光明を与えてくれる。


「ミーユの背中は私にお任せを。これでも運命の人を守るべく訓練してきましたので」


 メイスをグッと握りしめたメルシェラの微笑みがわたしに力を与えてくれる。


 胸のペンダントがシャランと鳴った気がした。

 女神ネメシアーナがわたしを見守っていてくれる。


 恐れるものは何もない。


 わたしとメルシェラは廃村に踏み入った。

 大剣を下段に構えて油断なく周囲に目を配る。

 当り前だが村内は閑散とし、伸び放題の雑草が我が物顔で勢力を拡大していた。

 放っておけば、いずれこの村も森に飲み込まれて行くのだろう。


「……誰もいませんね」

「うん」


 少し拍子抜けしたようにメルシェラが呟く。

 わたしも頷くが構えは解かない。

 まだ解けない。


 おかしい。

 村の全域が表示されたミニマップにマーカーが出ない。ティナたちのも、犯人のも。

 ここが犯人の拠点だと思ったのに。


 スキルミス?

 ううん。そんなはずない。

 さっきはちゃんとマーカーがチラッとだけど見えたもん。


 落ち着けわたし。

 『心の平静を保て』だ。

 そして物事には『全てに表と裏がある』のだ。


 ティナたちは消えたように見えたがマーカーは表示された。

 犯人も同様だ。

 しかしこの廃村へ来てみれば、頼みのマーカーすら消えた。

 これを『崩し』と捉えるなら……自然と『裏』が浮かび上がってくる。


 うん。試す価値はあるね。


「メル、手間になるけど一軒ずつ家を見て回ろう」

「はい。では手分けして……」

「えっ? だめだめ! メルはすぐ迷子になるでしょーが!」

「ま、迷子……」 


 ズガーンとショックを受けた顔になるメルシェラ。

 いや、栗みたいな口は可愛いけど、事実でしょ。

 あ、そんな子供に見えるのかってこと?

 ごめんごめん。


 思い切り見えるよ。


「ミーユ。私はこれでも成人しているのですが」

「は? メルは14歳って言ってたじゃん。この世界……この国は14で成人なの?」

「いえ、そうではなくてですね」

「って、漫才してる場合じゃないよ。早くティナたちを探さないと」

「マンザイ……?」


 首を傾げるメルシェラの手を引いてボロボロの家屋を一軒一軒回る。

 いいよ、漫才が何かなんて深く考えなくても。

 前世の単語なんか出したわたしが悪かったよ。


 まずは手近のドアすら無くなった小さな家。

 当たり前だが中には誰もいない。

 床には厚く埃が積もっていた。

 ハズレだ。

 壁に大剣で探索済みを示すバツ印を描いて次へ向かう。


 この家はドアがある。

 鍵は掛かっていない。

 中は無人。


 次。


 ここは壁が崩れ去っている。

 外からでも中が丸見えだ。

 当然無人。


 次。


 とうとう屋根すら無くなった家。

 床は瓦礫の山。


 次。


 この家は大きい。

 庭も広い。

 かつては村長の家だったのだろうか。

 造りはしっかりとしており、窓ひとつ割れていない。

 怪しい。

 じっくりと屋内を見て回る。

 特に床を重点的に。

 廊下、異常なし。

 台所、異常なし。

 居間、異常なし。

 寝室、異常なし。


 ……結局どこにも不審な点はなかった。

 他の家屋も全て回ったが結果は同様だった。

 わたしとメルシェラは村中央の広場へ戻り、井戸端で休憩をすることにした。

 井戸の縁を背もたれに腰を下ろす。

 ここも昔は村のご婦人たちで賑わった場所なのだろう。

 今では見る影もないが。

 完全に当てが外れたわたしは肉体よりも精神的に疲れを感じ、途方に暮れかかる心を叱咤するためにグッと身体を伸ばした。


「おっかしいなぁ。絶対地下室があると思ってたのに」

「地下室、ですか?」 

「うん。奪った金品の保管場所に使えるし、攫った人を売るにしても、買い手が決まるまで一時的に隠しておけるでしょ?」

「……なるほど。慧眼ですね」

「コソ泥のやりそうな手口ってだけだよ」


 エネミーサーチは相手が隠れていようと強制的にマーカーとして映し出される。

 ただし、それは相手がわたしと同じ階層に居る場合だ。

 例えばわたしがダンジョンの二階にいる場合、一階と三階のモンスターはマーカーで表示されないわけだ。

 つまり、ティナたちを表すマーカーが現在ミニマップに表示されてないのは、わたしと同じ階層にいないからだと考えたのだ。

 地上に居ないなら、地下しかあるまいという少々短絡的な発想だが、まず間違いないと思う。

 ただ、その地下へいく方法を探したものの見つからなかった。

 どこかの家屋に地下室への入口があると踏んでいたのに。

 これこそ表と裏の『裏』だと思ったのに。


「う~ん、根本的に考え違いだったのかなぁ。でも、マーカーはこの村の方角に向かってたし……ブツブツ」

「喉が渇きましたね。この井戸はまだ使えるのでしょうか」


 わたしが頭を悩ませていると言うのに、メルシェラはマイペースだった。

 さすが天然。

 しかしそれでこそメルシェラだ。

 彼女にはいつまでも、ゆったりでおっとりとしていて欲しい。

 ……のんびりしたメルシェラを見ているのはある意味アニマルセラピー的な癒し効果が……


「残念。どうやら枯れ井戸のようです……おや? 何ですかあれは……底の方が何やら変ですね」

「えっ!?」


 メルシェラの発言にガバリと立ち上がって背伸びをし、井戸を覗き込む。

 薄暗くてよく見えず、ライトボールを放り込んだ。


 10メートルほど下が井戸の底らしい。

 底から少し上部の外壁には、大柄な大人サイズの長方形の切れ込みがあり、木戸のようなもので塞がれていた。


 これだ……!

 お手柄だよ、メル!

 お礼に水氷魔術でキンキンに冷えた水をたくさん飲ませてあげるね!

 5リットルくらいでいいかな?


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