039 怪異



 パッカポッコ

 ごっとごっと

 パッカポッコ

 ごっとごっと


 うーん。

 馬の足音って、とっても牧歌的だよね。


 あー……しかし痛い出費だったなぁ。

 馬車のレンタル料があんなに高いなんて……

 そもそもここは馬が貴重な世界みたいだし、必要経費と割り切るしかないんだけど、まさか馬1頭と馬車込みで1日銀貨30枚だなんて暴利だよ……ギルドなんだから冒険者に割引くらいしなさいよね。


 ところで、こっちの馬はやたらと頑健なんだってさ。なんと一昼夜走り続けても疲れないらしいよ。

 形は普通のお馬さんなのにね。

 もしかしたら魔物に近い生物なのかも。

 まぁ、耳と尻尾の生えた人型のウマとかじゃなくて良かったと思うよ。

 色んな意味で乗りにくいもん。


 それはともかくとして……


 チラリと首だけを捻って後ろの荷台へ目をやる。


「く~……」


 安らかな寝息。

 長い睫毛は伏せられ、豊かな銀髪はそよそよと風に揺れている。

 丸めた毛布を枕にして、何とも気持ち良さそうにスヤスヤと眠る人物。

 言わずと知れたメルシェラだ。


 この子ってば、出発直前になって『私は御者ができませんのでミーユにお任せしてもいいですか?』なんて言い出すんだもん。

 わたしができなかったら言い出しっぺのメルはどうするつもりだったんだろうね?

 まぁ、多才なわたしはできちゃうんですけど。

 両親が健在だった頃は、長期休暇ともなれば北海道に住む父方のお婆ちゃんの実家の牧場に毎年行って、馬を乗り回してたからね。

 馬の扱いは慣れたもんですとも。ええ。

 でもわたし、人の扱いには慣れてないんだよねぇ。


 まぁ、お天気も上々だし、秋だけあって気温も丁度いいからメルが眠くなるのはわかるよ。うん。

 だけど、わたしのお供って名乗るくらいならお喋りの相手くらいはしてほしかったよ……退屈すぎてわたしも眠くなっちゃう……


 現在、我々二人は領主の依頼を受領し、高い馬車を借りて街道をひたすら西へ進んでいた。

 なんでも、西へ1日ほど行った辺りで事件が多発しているそうなのだ。


 ただ、その事件と言うのが今ひとつ要領を得ない。

 受付嬢に詳しい話を聞いてみたところ(アストレアさんは鎮静剤で寝かされていた)、多種多様な事件が起こっていると言う。


 商人が休憩時、用を足して戻って見ると馬車から荷物だけが消えていた事件。

 親子連れが徒歩で移動中、夫を残し夫人と娘が忽然と失踪した事件。

 高名な剣士の名剣が独りでに空中を浮遊し、持ち主を切り刻んだ事件。

 冒険者のパーティーが深夜に目撃したウィル・オー・ウィスプの群れ。

 などなど、例を挙げれば枚挙にいとまがない。


 不思議なのは起きた事件に一貫性がなさすぎることである。

 親子で行方不明になったケースが、やや多く見受けられるくらいか。

 これでは冒険者ギルドや兵の詰め所に駆け込んだ目撃者と被害者が『呪いだ』、『祟りだ』と騒ぎたてたのもわかる気がする。

 そんな奇怪な事件の起こる場所を調査するのが依頼内容だった。


 ちなみに、この依頼は既に他の屈強な冒険者パーティーが挑戦済みで、その時は何ひとつ異変が起きず、一週間ほど事件現場に滞在して何の成果もあげられぬまま撤収。

 当然、報酬は出なかったらしい。


 ま、そりゃそうだよね。

 いくら調査依頼とは言っても、原因究明どころか怪異さえ起きないのではねぇ。

 しかもその後、ファトス軍が出動して大規模な捜索をしたけど、情けないことに結果は同じだったって聞いたよ。

 でも事件は続いてるから依頼を出したままにしてあるんだってさ。

 ……報酬を金貨1枚から銀貨50枚を上乗せして。

 微妙にケチ臭いよね。難事件なのに。

 まぁ、Tier2の冒険者パーティーが挑んで失敗したなら、領主さんは半分諦めてるのかも。


 ただ、これだけは忘れてはいけない。

 これらの事件によって犠牲者が出たと言うことを。


 死亡者は判明している分だけで8名。

 失踪及び行方不明者は32名に上っていた。

 多分、実際の人数はもっと多いはずだ。

 目撃者がいないケースも大いにあるだろうから。


 ……これがホントに祟りとかだったら嫌だなぁ。

 まさかお化けとか出ないよね……?

 アンデッドは天属性の魔術が効果的とか聞いたけど、なんでか天属性は苦手なのよね、わたし……

 代わりに火炎属性と冥属性が得意系統みたい……すぐ炎上するしボッチの陰キャだからかな?

 もしお化けが出たら、メルを盾にしよう。そうしよう。

 見習いとは言え、聖女が相手ならお化けも逃げるでしょ。たぶん。


 暢気に眠りこけるメルシェラを恨めし気に見ながら酷いことを思うわたし。

 こんなんだから陰キャなのだが気付かぬフリをする。


 だが考えてみて欲しい。

 見たくない現実ものから目を背けて何がいけないと言うのか。

 逃げの人生、大いに結構!

 地球の現代人は武士や騎士のようにストイックである必要などないのだ! のだ!


 誰に語りかけているのかすらわからぬが、脳内で力説しておく。

 キャルロッテはこの手の妄想だと反応しない。

 リアル9歳で王族の彼女には、至極どうでもいい話なのだろう。


 まぁ、わたし自身でさえどうでもいいと思って……ん?

 あれって……


 街道の左手遠方に家々が立ち並んだ集落が見える。

 柵で囲まれている様子からして村だろう。


 いや、これは且つて村だったもの。

 廃村だ。

 今や木造家屋は崩れかけ、あちこちが破れた柵は用を成していない。

 これは年月による経年劣化や風化ではなく、野生の獣や魔物、そして人の手によるものだろう。

 聞いた話では、二年近く前、ここに住んでいた住人の全てが新設されたファトスの街に移住したと言う。


「ドウドウ」


 わたしは手綱を引いて馬車を停めた。

 なぜならば、あれこそが目印。

 つまりこの近辺で事件が多発しているのだ。


 ……いかにもって感じの村だね。

 なんかホラー映画とかに出てきそう……うぅ~、行くのやだなぁ……

 でも、一番怪しいのはあの村だし、調べないわけにはいかないのがねぇ……

 依頼を引き受けた以上、やるしかないか……

 せめて夜になる前に終わらせようっと。

 廃墟ってだけでお化けが出そうだし。


「ねぇ、メル、起きて」

「……ふにゅう……?」

「くっ……!」


 そんな可愛い寝言と仕草でわたしを篭絡しようとして……!

 なんてあざとい子なのメル!


「ミーユ……もう朝でしゅか……?」


 いいえ、午後です。

 あなたは昼ご飯を食べてから3時間ほど眠りっぱなしです。

 でもまぁ、お馬さんのお陰で半日とかからず目的地に着けたのはラッキーだね。

 高いお金を出しただけのことはあるよ。

 ……メルと折半したけど。


「ほら、寝ぼけてないで起きて。もう着いたよ」

「ひゃい……」


 もぞもぞと動き出すメルシェラ。

 この子は一人旅の野宿でもこんな感じなのだろうか。

 あまりにも無防備すぎると思うのだが。

 頭もモジャモジャになってるし。


「メル、そこに座んなさい」

「はい?」

「髪を結ってあげるから」

「……はい」


 わたしは荷台へ移動し、自分の荷物から革紐を取り出す。

 大人しくちんまりと座って待つメルシェラに萌えつつ、ブラシで毛量の多い銀髪を梳き、左右に手早くまとめて二本の太いお下げを作っていく。

 アルカナちゃんほど髪が多くないのでかなりスムーズだ。

 に慣れてるわたしにとっては楽勝な仕事である。


「出来たよ。わー、とっても清楚に見える。どこかの貴族のお嬢さまみたいだね」

「これが私……」


 手鏡をみながら、己を矯めつ眇めつするメルシェラ。

 非常に嬉しそうなので満足。


「すごいです。ミーユの手は魔法みたいですね」


 頬を染めてはにかむメルシェラ。

 この世界の魔法とは、神が起こす奇跡レベルの事象を指す。


 いや、どう考えてもそこまでじゃないでしょーが。

 っていうか、ほんとにこの世界の女の子たちは髪に無頓着すぎるよ……

 勿体ない勿体ない。


 などと考えていた時だった。


「あら、可愛らしいこと」

「おねえちゃんたちかわいいー!」

「やあ、こんにちは」


 旅装の親子連れが朗らかに声をかけてきたのだ。

 背の高い男性に肩車された5~6歳の女の子はご機嫌な様子。

 この街道は西の商業都市とファトスを結ぶものであり、交通量もそれなりに多い。

 なので、街道に馬車を停めて美少女二人(自画自賛)が戯れていれば、通行人も声をかけたくなると言うものであろう。


「こんにちは。三人でご旅行ですか?」

「……こんにちは」


 すかさず返答したのはメルシェラだった。一拍遅れたのはわたし。

 旅慣れているメルシェラはこういったこともよくあるのだろう。

 目立つし可愛いのは認める。


 わたしはどうしても先に警戒心が出てしまう。

 【DGO】に於いては屋外、それもこんな街道筋で、尚且つ向こうから話しかけてくるNPCは大抵が悪党かろくでもないイベントを持ち込んでくる手合いだった。

 プレイヤー間では、死を呼ぶNPCなので『デスPC』とか『カスPC』とか呼ばれている。

 なので相手を見極めるために一拍の間が空いてしまうのである。

 これも【DGO】で身に着いた悪い癖のひとつだ。

 とは言え、この癖で何度も命拾いしているだけに、手放す気は更々ないのだが。

 【DGO】のデスペナ(デスペナルティ)は重いのだ。

 決してわたしが、ぼっちの陰キャだからではないのだ。


「ええ。ファトスの街に引っ越すことになったからその下見にね」

「新しくていい街なんだろう? 僕らの村でも評判だよ」

「ひっこすのー!」

「いい街ですよ。美味しいものも沢山あるし」


 警戒は解けたので今度は素早く快活に答えるも、少し自分のいやしんぼな部分が出たのは御愛嬌。

 人間の最大欲求は食欲であるとわたしは思っている。

 それに自分が住んでいる街なのだし、良い心証を与えるに越したことはあるまい。


「おいしいものー?」

「うん。あ、そうだ、お嬢ちゃんにこれあげるね」


 わたしは腰のポーチからキャンディをいくつか取り出し、背伸びして女の子に手渡した。

 これは出発前にファトスの街で買ったもので、小腹が空いたときに食べるおやつだ。

 以前、武具店のおばさんに貰った飴玉はアルカナちゃんと食べてしまった。その時の味が忘れられず買い直したわけだ。

 決してわたしが『飴ちゃん』を配りまくる大阪のオバちゃんだからではないのだ。


 最近は成長期のせいか、すぐに空腹感に襲われる。

 しかし、乙女として常に何か頬張っていたのでは格好がつかない。

 わたしにも世間体と言うものがあるのだ。

 なので空腹と世間体を両立させるための折衷案がこのキャンディなのである。

 ただし、少しお高い。

 だがこれは必要経費! ノーカウント!


「これ、なあに?」

「飴玉だよ。とっても甘くて美味しいよ」

「わーい! あいがとー、おねーちゃん! あたしティナ!」

「わたしはミーユだよ」

「あらあら、ありがとうミーユさん。うふふ、そうしてると姉妹みたいね」

「きみたちは冒険者かい?」

「はい。女神の導きにより運命の人ミーユと共に……」

「メル、その話はしなくていいってば」


 それからしばらく談笑し、新緑亭で譲ってもらった、これまたおやつ用の蜂蜜ミルクパンをみんなで食べたりした。

 ティナはすっかりわたしに懐き、わたしも妹が出来たみたいで嬉しくなり、たくさん遊んだ。

 そしてファトスの街で再び会う約束を交わし、親子と別れた。


「ミーユおねえちゃーん、またねー!」

「うん! ファトスで会おうねー!」


 手を振って見送った後、馬車へ視線を移し、何となくもう一度ティナを見ておこうと振り返った時────


 親子の姿は街道から突如消え去っていた。

 まるで神隠しのように。


 始めから居なかったかのように。


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