038 領主の依頼



「……ちょっと待って……どうしてミーユちゃんが『彷徨う聖女』と一緒に居るのよ」

「色々ありまして……(ぷぷぷ……彷徨う聖女だってさ……メルにピッタリな二つ名だね)」

「あの、正しくは聖女見習いなのですが……」

「『彷徨う聖女』は大陸各地で目撃され、その治癒魔術で名を上げた冒険者よ。そんな聖人がこんなに若い子だったとはね……驚いたわ」

「いえ、ですから私は聖女見習いであって……」

「ミーユちゃんのコネはすごいわね。大魔術師アルカンティアナといい、『彷徨う聖女』メルシェラとも知り合いだなんて」

「いやまぁ、コネっていうか、どっちも出会いは偶然なんですけどね」


 新緑亭で朝食を摂った後(噂の蜂蜜ミルクパンは絶品だった。30個くらい食べたい)、わたしとメルシェラは連れ立って冒険者ギルドを訪れていた。

 そして、またも一般職員に扮して受付に座っていたギルドマスターのアストレアさんが、メルシェラの冒険者カードを確認するなり発した開口一番がこれである。

 アストレアさんは驚きの余りメルシェラの発言が耳に入っていないようだが。


 しかし、ギルドはよくもまぁメルシェラを完璧に体現する二つ名を与えたものだ。

 大陸各地で目撃されるなど、超絶方向音痴による神出鬼没なメルシェラにしか出来まい。


 わたしは変な二つ名にならないようにしなきゃね。

 『品行方正』とか『温厚篤実』とかがいいなぁ。

 そんなのあるのか知らないけど。


「で、あなたたちはパーティーを組むことにしたのね?」

「うん。どうせ一緒に旅をするなら、そのほうがいいかなって」

「……読めたわよ。彼女がTier3であることを利用するってわけね、ミーユちゃん」

「ギクッ」


 わたしの小賢しい考えなど、あっさり見抜くアストレアさん。

 流石は若くして支部長を任された人物だけのことはある。


「ま、いいわ。あなたの実力ならそれも問題ないでしょう。昨日の依頼の件も聞いてるわよ。根絶が面倒なインビジブルラットを全滅させたそうじゃない。地下水道の管理人が絶賛してたわ」

「あはは……」


 ホッと胸を撫で下ろす。

 アストレアさんなら『もっと経験を積まなきゃ高難度の依頼は受けさせないわよ』とか言いそうだったので、少し拍子抜けしたが。

 昨日の件だけではなく、目の前でドン兄弟を殴り飛ばしたり、ハンターベアの現物を(アルカナちゃんが勝手に)納入したのも功を奏したのであろう。


「もうパーティー名は決めてあるのかしら?」

「ううん。特には」

「そう。まぁ、別に無くても困らないけれどね。そうだ、私が考えてあげましょうか。う~ん、そうねぇ……『金と銀』なんてどう?」

「ブッ」


 わたしの金髪とメルシェラの銀髪から考案したのだろうが、よりによって金と銀とは……

 なんとも『ざわ……ざわ……』しそうなネーミングである。


「いえ。無しでいいです。ね、メル?」

「はい(もし名付けるなら……『ミーユ&メル』……は、少し違うでしょうか……あっ『ミユメル』なら素敵かもしれませんね)」

「そう? 残念。良い名前だと思ったのに」


 ちっとも良くないです。

 ところで、メルはなんでそんなにわたしを見つめて頬を染めてるの。


「それにしても……メルシェラちゃんも可愛いわね……」

「そうでしょうか? 自分ではよくわかりませんが、ありがとうございます」

「メルシェラちゃんはおいくつでちゅか~?」

「……え、ええと、確か今年で14になります」


 やばい!

 アストレアさんのあの目、あの手付き!

 病気が発症してるじゃん!


 それを察したか、アストレアさんを挟んで座る受付嬢凸凹コンビが強い目線でわたしを促す。

 わたしも察し、すかさず頷く。


「さ、メル。依頼を確認しに行こう」

「はい。ミーユのご随意に」


 メルシェラの手を取って足早にカウンターを離れた。

 その光景に飛び掛からんばかりだったアストレアさんを受付嬢たちが取り押さえる。

 ちいさい受付嬢がアストレアさんの後ろからチョークスリーパー、大きい受付嬢は、なんとコブラツイストを繰り出していた。

 ナイスコンビネーションである。

 今日から凸凹コンビ改め『四次元殺法コンビ』と名乗るがよい!


「ぐう゛ぁ゛~! 待ってぇ~! 二人とも抱っこさせてぇ~! ペロペロさせてぇ~! 私を癒してぇ゛ぇ゛ぇ゛!」

「落ち着いてくださいマスター。それは犯罪です」

「誰か、すぐに鎮静剤を用意して」

「がるるる!」

「キャー! 暴れ出したわよ!」

「冒険者の中に『昏睡』の魔術を使えるかたはいらっしゃいませんかー!?」


 俄かに騒がしくなったホールを抜け、依頼掲示板の前にやってくる。

 お目当ては当然、高額報酬を狙える難度の高い依頼だ。

 出来れば討伐系の。


 定宿を新緑亭に決めた以上、いつまでもミリシャの両親のご厚意に甘んじるわけにはいかない。

 決め手は何と言っても、美味しい食事とお風呂だ。

 女性専用のお風呂は広く快適で、元料理人だと言うミリシャのお父さんが作るご飯の美味しいこと美味しいこと。

 あそこに宿泊できるなら多少の無理は辞さない覚悟だ。

 なので、きっちりと料金を支払うためにも稼がなければならない。


「近場で割のいい仕事はないかなー」

「どうしてです?」

「遠いと野宿になるじゃん」

「はい、そうですね」

「野宿だとお風呂にも美味しいご飯にもありつけないでしょ」

「……?」


 なんだか不思議そうなジト目でわたしを見るメルシェラ。

 長い間、野宿が日常茶飯事だった彼女には、いまひとつピンとこないらしい。


 うんうん。

 わたしが普通の女の子らしい生活に戻してあげるからね。


「では、これなどいかがでしょう?」

「どれどれ?」


 メルシェラがわたしの手が届かない場所に貼ってあった依頼書を剥がす。

 なんかちょっと屈辱を感じるが、いたしかたあるまい。

 わたしは9歳なのだ。すぐに大きくなるのだ。のだ!


「えーと……うわ、すごい! なにこれ! 領主からの依頼なの!?」


 獅子をかたどった印がデカデカと押されている。

 ファトスの街のあちこちで見かけるこの獅子紋章は、領主である伯爵家のものだ。

 我が偉大なるアルカンティアナ師匠が『一角の人物』と評した領主からの依頼であれば信用できる。


「でも、調査任務って書いてあるね」

「ですね」

「なになに、『西の街道で不可解な事件が多発している。その原因を調査して欲しい』だって」

「事件とはなんなのでしょう」

「さぁ? 随分と曖昧な書き方だよね。あ、でもこれ調査地がここから1日も行った先じゃん! わっ、しかも思ったより報酬が少ない! 領主直々の依頼なのに……」

「ですがこの中にある依頼ではこれが一番高額ですよ。調査だけで金貨1枚と銀貨50枚なら破格かと」

「うぅ~……だけど野宿じゃ新緑亭の美味しいご飯が食べられないし~……」


 アニエスタ脱出の際に何日か野宿を経験したが、はっきり言ってもうまっぴらである。

 冒険の旅は嫌いではないが、それはあくまでもゲームの中だから我慢できたのであって、現実でやるとなると話は違ってくる。

 トイレもない、お風呂もない、美味しいご飯もない。

 ないない尽くしなのだ。

 しかも寝るのは地べた。虫もいるし、獣や魔物も警戒しなくてはならない。


 わたしは地球生まれの現代人。

 まともな神経でそんな生活に耐えられるはずがないのだ。のだ!


 平気な顔で何年も旅をしてるメルがおかしいんだよ!

 いやまぁ、この世界ではそれが普通なんだろうけど……うぬぬぬ。

 ある程度は魔術で解決できるとは言ってもねぇ。


「でしたら馬車を借りるのはいかがでしょう。冒険者ギルドで貸し出しをおこなっているはずですから」


 赤い瞳を輝かせたメルが、名案とばかりに両手を合わせる。

 可愛いがすぎる。

 確かに乗り物はわたしの念頭になかった。

 馬車で行くなら相当な時間短縮が可能な上に、寝場所も確保できる。


 あれ?

 よく考えたらテントでも食料でも、わたしのアイテムボックスに入れておけば何だって持ち運び可能なんじゃない?

 極端な話、出来立ての料理をアイテムボックスに入れておけば、数日経った後でもホカホカのご飯が食べられる!

 脱出時に入れたリンゴみたいな梨は、数か月ほど経過しても全然腐らなかったもんね。

 試しにアルカナちゃんに食べさせてみたけど(ひどい)、美味い美味いとモリモリ食べてたし、お腹を壊すこともなかった。

 問題はメルにどう説明するかだけど、今回は馬車だからアイテムボックスの出番はないかな。

 一日や二日なら何とかなると思う。なんなら自炊すればいいしね。


 決めた。受けよう。

 いつだって先立つものはお金なんですよ!

 まぁ、領主の依頼をこなしたとなれば多少の繋がりができるかも、と言う打算が多めに含まれてるんだけどね。

 もし信頼を得られれば、後に優先して良い仕事を振ってくれるようになるかもしれないもん。


「じゃ、せっかくメルが提案してくれたんだし、これにしよっか」

「はい」


 嬉しそうに微笑むメルに、笑みを返すわたしなのであった。


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