037 聖女見習いの真相
「改めましてごあいさつを。私は【見習い聖女】メルシェラ。女神ネメシアーナさまの託宣により運命の人を探す旅を終え、今後は運命の人ミーユと共に歩む者です」
「は、はぁ……」
お風呂を出たわたしたちは部屋へ戻り、二人ともベッドの上に正座をして向かい合っていた。
二人部屋なのでツインベッドである。
ベッドに挟まれたキャビネットの上には、ミリシャのお母さんが差し入れてくれたお茶とお菓子が置いてあった。
ありがとう、ミリシャのお母さん。
不束者ですが、と三つ指をついて深々と頭を下げるメルシェラ。
つられてわたしもお辞儀をした。
って、なにこれ。
お嫁にでも来るつもりなの?
「えっと、それってわたしについてくるってこと?」
「はい。どこまでも」
言い方!
なんか怖いよ!
「でも、わたし冒険者だし、危険なところにもいっぱいいくよ?」
「問題ありません。僭越ながら私も冒険者資格を持っていますので」
「そうなの!?」
「はい。各地を旅するのならば、冒険者カードが身分証代わりになりますから」
「あー」
そう言えばギルドマスターのアストレアさんにそんな説明をされた覚えがある。
それに、超絶方向音痴のメルシェラにとっては便利なことこの上ないアイテムであろう。
冒険者であれば各国間の国境も容易に通過できるし、街や村でも加盟店にて割引などの各種サービスを受けられるのだ。
もっとも、それは善良な冒険者に限られるが。
メルシェラはいつも眠そうなポヤンとした顔をしてるから、悪人にはどうやっても見えないだろうけど。
むしろ美少女だからどこに行ってもチヤホヤされるんじゃない?
しかしこの子が冒険者、ねぇ……虫も殺せなさそうな顔してるのに。
「ちなみに私のTierは3です」
「3!? 嘘でしょ!?」
このボーッとしてるメルシェラがTier3!?
Tier3って、高難易度の依頼も受けられる上級冒険者だよ!?
「とはいえ、ほとんど風評のみの評価ですが。旅先で人々を癒していたらいつの間にか上がっていました」
「な、なるほどね」
確かにメルシェラの治癒魔術は凄まじい。
瀕死のカイルを一瞬で癒したのだから。
あの魔術の恩恵を受けた者ならば絶賛するのも頷ける話だ。
そうだ! ……クッククク……ここでわたしが以前から温めていた計画を今こそ実行しようじゃありませんか……
治癒魔術は神殿じゃないと教えてくれない。ならば習得者から直接教わればいいじゃん作戦!
「ねぇ、メルシェラ」
「なんでしょう」
「ついてくるのは構わないけど、出来ればその絶級治癒魔術をわたしに教えてくれないかな? お願いっ!」
「……申し訳ありません」
あらら。
断られちゃった。
やっぱりそれだけ門外不出ってことなのかな。
そりゃねぇ、死にかけの人も治しちゃうような魔術をバンバン使われちゃ神殿もおまんまの食い上げに……
「ミーユ。私は絶級治癒魔術など使えません」
「え、でも、わたしの腕を生やしてくれたじゃん。それにカイルだって……」
「あれは治癒魔術ではないのです」
「?」
思わず小首をかしげてしまう。
メルシェラはそんなわたしを凝視していた。何故か少し頬を染めて。
「コホン。私の癒しの力は、ある日突然に発現しました。怪我を負った小鳥に『治れ』と強く念じた時から。その日の夜、ネメシアーナさまが枕元に立たれ、託宣を授かり聖女見習いとなったのです」
「……」
ネメシアーナ……あなたって
先程、お風呂で考えていたことが急激に現実味を帯びてきた。
すなわち、ネメシアーナがメルシェラをわたしの脱出サポート役に仕立て上げた説だ。
それ自体はわたしによって否定されたが、別の見解を示すこともできる。
9年前、わたしがアニエスタ王女キャルロッテに転生する際、ネメシアーナは特典として触れるだけで癒す力を与えるはずだった。死にかけても治せるほどの力ならば、クーデター中だろうと脱出成功の可能性はかなり高くなる。
しかしなんらかの手違いにより、その力はメルシェラへと渡ってしまったのだ。
慌てたネメシアーナはどうするか? 一度与えた力を奪っては女神の品位が地に落ちる。ならばと急遽メルシェラの枕元に立ち、微妙な称号『聖女見習い』と、『
これはアニエスタを脱出できた場合、わたしが冒険者になることを見越しての措置だったのではないだろうか。
ネメシアーナはわたしが【DGO】のトッププレイヤーなのを知っていたし、冒険者稼業中には大怪我を負うこともある。そんな時に触れるだけで治せる者が傍に居れば生存率は飛躍的に上昇するはずだ。
つまりネメシアーナは己のミスを隠蔽するために、メルシェラをわたしのお供として派遣したのだ。
そんな経緯があったせいで、わたしへの転生特典は【DGO】のアバターと同期した中途半端なステータスリンクなどという、しょっぱいものになったのではなかろうか。
うっわ。
飛躍しすぎかなと思ったけど、すっごい信憑性。あのヘンテコ女神ならいかにもやりそう。
はてさて、この説はかなり有力でしょうが、もう一押しするには訊いておかなきゃなりませんねぇ。
「メル。ネメシアーナが現れたのって、いつ?」
「ええと……もう9年ほど前になりますか」
「……」
ほらね!
隠蔽説で決まりじゃん!
ネメシアーナ……なんて手際の悪い……
ミスをどうにかしようと思ったんだろうけど、ひとつも修正できてないじゃんね……
今頃くしゃみをしながら『うっさいわね!』とか言ってるのかも。あはは。
まぁ、メルは面白い子だし、長いこと旅をしているだけあって博識だから出会えて良かったと思ってるよ。
ありがとうネメシアーナ。
でも、ひとつわかったよ。
メルが何年もわたしを探してたのは、単に出会うきっかけがなかっただけなんだね。
一介の冒険者と一国の王女だもん。そりゃ会う機会なんてないよ。
「あの……ミーユ? もしかしてご迷惑でしたか?」
「へ? なにが?」
「先程から難しい顔をしてらしたので、私の同行に否定的なのかと……」
「あ、ううん。それは全然大丈夫。メルと一緒なら高難易度の依頼も受けられるようになるから嬉しいよ」
「そうですか……良かったです」
「それに、わたしが見てないとメルはすぐどこかに行っちゃうでしょ?」
「そ、それをいわれると……」
「ともかく、これからよろしくね。メル」
「はい。こちらこそよろしくお願いします、ミーユ」
にへー、とお互いに微笑み合う。
そこからはお茶とお菓子をいただきながら他愛もない会話で盛り上がった。
夜半過ぎまでしゃべりまくった挙句、二人で寝落ちしたのは御愛嬌。
そして翌朝。
「あ、おはようミーユ、メルシェラさん」
「おーっす。眠れたかー?」
朝食を摂るべく階下へ向かったわたしたちを、ミリシャとカイルが待ち受けていた。
「おはよう。二人とも早いね」
「おはようございます。ミリシャ、カイル」
片手を上げて軽い挨拶するわたしと、礼儀正しくペコリとお辞儀をするメルシェラ。
これではどちらが王女なのかわからない。
「もう次の依頼を探しに行くの? 朝ごはんを食べるまで待ってよ」
「ミーユ、それなんだけどね……」
「オレたち相談してたんだ」
「うん?」
少し真面目な顔になったミリシャとカイル。
「これからは家のお手伝いをしながら冒険しようと思うの」
「ミーユを見てたらさ、オレたち背伸びしすぎてたんじゃないかって」
「……そっか」
「焦って依頼をこなしてもすぐに強くなれるわけじゃないんだよね」
「オレなんて冒険で死にかけたって言ったらかーちゃんには泣かれるわ、とーちゃんにはブン殴られるわで大変だったんだぜ」
あー、カイルは服がボロボロになってたもんね。
そりゃご両親も心配するよ。
「まずは出来るところからやって行こうってカイルと決めたんだ」
「ああ。身体が成長しねーと始まらねーしな」
「うん。あたしじゃミーユみたいにはなれないってわかっちゃった」
「ハンターベアの件、疑って悪かったな。おめーは本物の冒険者だよ、ミーユ」
二人の笑顔が何故か胸に痛い。
「そんなことないよ……ミリシャもカイルもきっと強くなれる」
「うん! のんびり頑張るよ」
「オレももっと魔術の修業しなきゃなー」
「あっはは。カイルは覚えが悪いってラフティおじさんも言ってた」
「うるせー!」
二人の前にはまっさらな未来が広がっている。
今は弱くとも、心身を鍛えて立派な冒険者となって行くのだろう。
まだ10歳なのだから。
これがこの世界における現実であり、前世においても当たり前の事実である。
そう。子供とは弱いものなのだ。
わたしが如何に規格外なのかを思い知らされ、心に一抹の寂寥がわだかまった。
勿論、転生したことや特別な力を持ったことに後悔はない。
ただね、
だからアルカナちゃんもあんな高い山に一人で暮らしてるのかな……
少し俯いてしまった時、背中からそっと抱きしめられた。
首を向ければ、わたしよりちょっと背の高いメルシェラが微笑んでいる。
まるで慈愛の女神のように。
わたしの気持ちを汲み取ったかのように。
そうだ。メルシェラも特別な力を持った子なんだ。
彼女もわたしと同じ気持ちを抱えたことがあったのだろう。
だからこそわかってくれる。分かち合える。
「ミーユ。ご飯を食べて元気を出しましょう」
「ん。そうだね」
「あっ、今日の朝食はね、お父さんが張り切ってミーユのために特製パンを焼いてたよ」
「うおー! 蜂蜜ミルクパンか!? オレも食いてー!」
「あっははは。じゃあ、みんなで一緒に食べよっか」
腹が減ってはなんとやら。
気持ちを切り替えて行こう!
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