036 運命の人
「はぁ~……美味しかったぁ~」
「最高でした……ちゃんとしたご飯を食べるのは久しぶりです」
「ふふっ、お父さんが聞いたら喜ぶよ」
「おじさんは元料理人だからなー。王都では結構有名だったらしいぜー」
「へぇー」
「それはすごいですね。王都は食の都とも呼ばれているくらいですから」
「しっかし、ミーユは顔に似合わずよく食うよなー」
「ぐっ! 痛いところを……」
「あっはははは。ミーユったら10個くらいパン食べてたもんね」
「よく食べ、よく眠る子はよく育つと言いますよ」
「そうなんですか? じゃあ、あたしもいっぱい食べなきゃ! ミーユに負けてらんない!」
「オレも!」
新緑亭の食堂。
4人掛けのテーブルで、おしゃべりに花を咲かせながら夕食を摂ったわたしたち。
食堂は宿泊客や食事だけの客で混雑していたが、ミリシャのお母さんが強引にテーブルを確保してくれたのだ。
特筆すべきはミリシャのお父さんが作る料理である。
味、ボリューム、栄養、全てが揃っていた。
記憶を掘り起こしてみても、アニエスタのお抱えコックの料理と遜色がないほどだ。
これにはわたしの中のキャルロッテも同意らしい。
カイルが言ってたのもきっと眉唾じゃないね。
ミリシャのお父さんは間違いなく腕利きの料理人だと思う。
現代地球人だったわたしの舌も満足させるんだもん、すごいよ。
「食った食ったー。さーて、オレはそろそろ帰るぜー」
「そうね。おばさんは心配性だし」
「うちのかーちゃんはいつまでも子離れできねーんだ」
「あははっ、そうかもね。カイル、子供っぽいもんね」
「うるせーやい」
「ラフティおじさんにもよろしくいっといてね」
「おー」
なんとなく聞いていたミリシャとカイルの会話に聞き覚えのある名が出てきた。
んん?
ラフティ、ラフティ……えーと、どこかで……
そうだ!
最初に受けた依頼の……!
「ねぇカイル」
「あん?」
「カイルのお父さんはラフティさんって名前なの?」
「そーだよ」
「もしかしてラフティ薬剤店?」
「そーそー。そこオレん家」
マジかー。
世間って広いようで狭いよね。
そっか、だからカイルは魔術師なんだね。
魔術師は薬剤の調合なんかで生計を立てる人もいるって武具屋のおばさんもいってたし。
カイルはラフティさんから魔術を教わったんだろうね。
「わたし、ラフティさんの依頼を受けたことがあって……」
「え!? まさかあのシャックン草とニュル花はミーユが採ってきたのか!?」
「うん」
「とーちゃん、すっげぇ驚いてたぜ! あの量であの質は大冒険者の仕事だって!」
「そ、そうなんだ?」
「あれから『お前もそういう、人の役に立てる冒険者になれ』って、うるせーのなんの」
「あははは」
「ま、薬が欲しかったら家にも寄ってくれよ。じゃあまたなー。おじさーん! 夕飯ごちそうさまでしたー!」
「おーう! カイル、気を付けて帰るんだぞー!」
厨房にいるミリシャのお父さんに声をかけ、飄々と去っていくカイル。
とてもさっき死にかけた少年とは思えない。
痕跡を残しているのはインビジブルラットに噛み千切られてボロボロになった衣服くらいだ。
心配性だと言うお母さんに叱られなけりゃいいが。
そして、そんな彼の背中をジッと見送るミリシャ。
うーん、青春?
まぁ、身体を張って助けられたら、そりゃねぇ?
熱い眼差しを送っちゃうよねぇ?
「ミリシャ。少し洗い物を手伝ってくれない?」
「あ、はーい」
「ミーユちゃんとメルシェラちゃんはお風呂に入ってらっしゃいな。丁度沸いた頃だと思うわ」
ミリシャのお母さんに促され、感謝の意を伝えて席を立った。
わたしたちは一度あてがわれた部屋へ戻り、着替えなどを持って浴場へ向かった。
ちなみにこの宿屋『新緑亭』には男湯がない。
完全に女性専用のお風呂だった。
ならば男性はどうするのかと言うと、街にいくつかある公衆浴場を使うのだ。
いわゆる銭湯である。
むしろ男性にはこちらのほうが喜ばれるのだそうだ。
なぜなら、商人や冒険者たちの情報収集の場でもあるからだ。
酒場と並ぶ人気スポットらしい。
酒場は酒のお陰で情報を得やすいし、浴場は裸の付き合いで話が弾むと言う。
男の人ってよくわかんないね。
「お風呂も久しぶりなので嬉しいです」
「そうなの?」
「ええ。普段は水浴びなどで済ませていますから」
「あー、そっか」
メルシェラは普段から旅をしている。
ならば基本的に野宿であろう。
風呂など入れるはずがない。
脱衣所で服を脱ぎ、浴室へ入る。
洗い場と大きな湯舟のある、ごく普通の浴場だ。
向日葵みたいなオブジェからお湯が出ている。
お花好きなミリシャのお母さんの趣味だろうか。
取り敢えず二人で身体と頭を洗い、湯舟へ浸かる。
流石にボサボサだったメルシェラの長い銀髪も濡れてしぼみ、だいぶ違った印象を与えていた。
紅い瞳と相まって幻想的な雰囲気を漂わせている。
人を超えた存在にすら思えた。
顔さえ緩んでいなければ。
「ふうぅー」
「はうぅ~……」
「気持ちいいね~」
「とろけてしまいそうです」
「寝ちゃダメだよ?」
「いっそここを寝床にしたいくらいです」
「あははは」
つい、お婆さんみたいな吐息が出てしまう。
そういえばこれも裸の付き合いだ。
身も心もふやけて話が弾むという意味がなんとなくわかった。
「ね、メルはどうして旅をしているの?」
「女神の託宣を受けたからです」
即答だった。
そう言えばアルカナちゃんもそんなことを言ってた気がする。
「どんな託宣?」
「私の運命を変える人物を探せ、と」
「ふーん? ずいぶんと曖昧な託宣をする女神だね……」
「!! ミーユ。そ、その胸にあるものはなんですか?」
急に眼を剥き出すメルシェラ。
彼女の視線はわたしの平坦な胸元を凝視していた。
いやん、見ないで。
じゃなくて、まさか、このわけのわからないハート形のペンダント?
やば、隠すのすら忘れてたよ。
アルカナちゃんとの二人暮らしが長かったから世間ずれしてたのかも。
「えーと、これはね、なんていうか……」
「この迸る神の気配……もしやネメシアーナさまの聖遺物なのでは?」
「ネメシアーナを知ってるの!?」
「!!」
しまった。
口が滑った。
ネメシアーナの名を出したのは失敗だったか。
メルシェラのこの驚き様。
いつもの無表情ジト目はどこへやら、栗みたいな口でポカンと呆けている。
もしや触れてはならぬ禁忌だったのだろうか。
「私はネメシアーナ神殿の神官、『聖女見習い』メルシェラです」
「!?」
驚愕するのはわたしの番だった。
ネメシアーナ神殿!?
そんなのあるの!?
あのネメシアーナが祀られて……? ぷぷぷ、似合わない~。
「え、待って。じゃあメルはネメシアーナの託宣を受けて旅に出たわけ?」
「はい。まだ幼い頃、麗しきネメシアーナさまが私の枕元にご降臨なさり、託宣を授けてくださったのです。『メルシェラよ。聖女見習いとなりて汝の運命を変える者を探すがよい。その者は我が加護を受け、この世に顕現するであろう』と」
「えぇー……その託宣、テキトーすぎない? 確かにこのアイテムは『女神の加護』なんて名前だけどさぁ……」
「や、やはり……ミーユ、あなたこそが私の探し求めていた運命の人なのですね? ああ……ネメシアーナさまを信じて旅をすること数年。ようやく、ようやく……」
感激に打ち震えるメルシェラ。
彼女はネメシアーナの託宣を信じ、わたしと出会うための旅をしてきた。
超が付くほどの方向音痴であるにもかかわらず。
その労力たるや、どれほどのものかは想像だに出来ない。
なにせ普通に歩いているだけであらぬ場所へ到達してしまうのだから。
壊れたど〇でもドア状態だ。
大変な旅路だったろう。
少女の一人旅というだけで相当なのだ。
あまりにも危険が大きすぎる。
だからこそ疑問に思う。
何故ネメシアーナはメルシェラにそんな危険を冒させてまでわたしを探索させたのか。
よもや、わたしがアニエスタ王国からの脱出に失敗すると見越しての策略だろうか。
脱出を補佐させるための保険のような役割をメルシェラに……いや、それはおかしい。
メルシェラはわたしの『女神の加護』を見て託宣の人物だと気付いた。
だが、このアイテムは脱出後にネメシアーナから貰ったものだ。
そこに矛盾が生じる。
……なーんか妙なこと考えてるんじゃないでしょーね、ネメシアーナ。
わたしはともかく、メルシェラにまで変なことさせないでよ?
「ミーユが運命の人だとわかった以上、私の放浪の旅は終わりを告げました」
「そ、そうなの?」
「はい。これからはミーユと共に歩んでいきます」
「そっか……えぇ!?」
「あなたがすること、為すべきことが私の運命を変えてゆくのでしょう。私はそのお手伝いをしたいと思っています。全力です」
「……マジでー……」
「マジです」
梃子でも動きそうにないほどの決意を秘めた目で熱弁するメルシェラであった。
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