035 本日のお宿
「あーあ、やっと外に出られたぜー」
「わ~、夕日が眩しい~!」
キャッキャウフフのカイルとミリシャ。
あんな目に遭ったってのに、なぜこうも元気でいられるのか。
中身はともかく肉体は9歳のわたしだが、瀕死に陥ったカイルの件で気疲れが激しかった。
ふー……やっぱり誰かを守りながら戦うのって難しいんだね……
【DGO】では百戦錬磨のアミリンたちとしかパーティープレイしたことなかったもんなぁ。
彼女らは守る必要もないほど強かったし、今思えばアミリンたちのほうこそ、わたしを上手くサポートしてくれてたような気がする。
「ミーユはすごいです。迷わず地上に戻れるなんて……私は一本道でも目的地に真っ直ぐ辿り着けたためしがありません……」
こっちはこっちで謎の感動中なメルシェラ。
しかも超絶方向音痴の人しか言えない、なんとも恐ろしい
一本道でどうすれば迷うの……
まぁ、何はともあれ、全員が無事でよかったよ。
一時はどうなることかと思ったけどさ。
地上へ帰還したわたしたちは、ギルドではなく依頼人のもとへ直接向かった。
依頼書に、そう指示が書かれていたのだ。
住所はファトスの街の北側に位置する区画である。
領主の屋敷が在る北区は、下級貴族や豪商の居住区でもあった。
つまりわたしの想像通り、依頼者は金持ちなのだろう。
ミリシャとカイルの先導で着いた場所には、やはり豪邸が建っていた。
しかも華美なばかりで趣のない、成金臭がプンプンする建物である。
前世では幼い頃、両親の付き合いで何度も似たような家を訪問したことがあった。
こういった家の主は大抵があまりいい人柄ではなかったりする。
たぶんに偏見なのだろうが、わたしは中に入ることを躊躇なく断った。
元々依頼を受けたのはミリシャとカイルの二人なので問題はなかろう。
それにメルシェラをこんな道端に置いていったら、また迷ってしまうのは想像に難くない。
グラスレオパルドのニャーコを連れて屋敷へ赴いたミリシャとカイルは、さして待つほどもなく戻ってきた。
ここの家主はお茶すら出さなかったのだろうかと訝しんだが、二人の表情を見て考えを改めた。
ホクホク顔だったのである。
「二人とも、大丈夫だった?」
「うん! ミーユ、はいこれ」
「メルシェラのねーちゃんも、これやるよ」
そう言ってわたしとメルシェラの手に二人が握らせたのは、なんと金貨だった。
「どうしたのこれ?」
「私には受け取る権利も理由もありません」
目を白黒させるわたしたち。
しかしミリシャとカイルは、へへんと鼻の下をこすりながら笑う。
「思ったよりも太っ腹な人でさー。特別報酬で金貨4枚もくれたんだぜ」
「まさかニャーコちゃんが生きてるとは思ってなかったんだって。だからすっごく喜んでたよ」
「ああ、泣いて頬ずりしてたもんな」
ほう。
依頼主は成金だが存外にペットを愛する善人だったようだ。
悪人だったら乗り込んでやろうと少し思っていたわたしが恥ずかしい。
「四人で達成した依頼なんだし、四等分しようってカイルと決めたの」
「ミーユは大活躍だったもんなー。メルシェラのねーちゃんもオレを治してくれたんだろ? だから治療代だと思って遠慮せず受け取ってくれよな」
ミリシャとカイルの言葉に顔を見合わせるわたしとメルシェラ。
こうまで言われては受け取らないほうがむしろ失礼か、とお互いに目線だけで頷き合う。
「うん、わかった。ありがとう」
「そうですか。では有難く頂戴します。お二人に女神の加護があらんことを」
「いいってことよ! じゃ、暗くなってきたし、そろそろ帰ろうぜー」
「ミーユとメルシェラさんはこれからどうするの?」
ミリシャの言葉に、ガンと頭をひっぱたかれたような衝撃を受ける。
そうだ、わたしは根無し草!
今晩泊る場所も決まっていない
「えーと……」
「ねぇミーユ。まだ宿が決まってないなら、あたしの家においでよ」
「え?」
「
「えぇ? そうなの?」
「うん。新緑亭って宿だよ。あたしとカイルの恩人だもん、泊ってってよ。メルシェラさんも一緒に」
「私も、ですか?」
「はい!」
またもや顔を見合わせるわたしとメルシェラ。
今からだと宿屋も込み始めている頃だろうし、探すのも手間だ。
渡りに船と言える話ではある。
「メル、お言葉に甘えよっか」
「ミーユがいいと言うなら私に異存はありません」
「やったぁ!」
「へへっ、そうこなくちゃなー」
「あんたの家じゃないでしょ、バカカイル」
「いてぇ。オレは病み上がりだぞ!」
「あはははは」
そんなわけで、わたしたちはミリシャの宿屋へお邪魔することにしたのである。
────ファトスの街、中央区。
ここは酒場や食堂、宿屋が集い、歓楽街となっている場所だ。
冒険者ギルドもここにある。ギルドには酒場が併設されているため飲食店扱いなのだろう。
ちなみに南区が商店街、西区が職人街、東区は一般居住区となっている。
完全に区画分けされた街と言うのはなかなかに機能的だ。
買い物客も余所からきた商人も、目的地に迷うことがない。
……それでもメルなら絶対迷うよね……
ほら、今もちょっと手を離したらフラフラとどこかへ行きそうになってるもん……
危なっかしいったらありゃしない。
さて、ミリシャの宿屋はその中央区でも南寄りにあった。
先程も述べたように、南は商店街だ。
つまり、商取引などでファトス南区を訪れた商人たちが、仕事を終えて休むには丁度良い立地なのだ。
なので普段から宿泊客は多いと言う。
いわゆる繁盛店だ。
外観は『新緑亭』の名が示すように鮮やかな緑色である。
あれ、ここってわたしが目星を付けておいた宿のひとつじゃん。
一泊銀貨7枚と、相場よりは少しだけ高めだけど、朝夕の二食付きだし、何と言ってもお風呂があるんだよね。
女性冒険者にとってお風呂は死活問題ですから。ええ。
出入りしている様々な客に、みすぼらしい姿の者は一人もいない。
宿としての格も一定以上あると言う証拠であろう。
「良さそうな宿だね。花壇も綺麗~」
「ホント? えへへ、ありがと。お花はお母さんの趣味なんだ」
わたしに褒められ、はにかむミリシャ。
うむ。年相応で可愛らしい。
「ちょっと待っててね。お母さんにお部屋を用意してもらうから」
「あ、うん」
とてとてと宿に入っていくミリシャの背を複雑な思いで見送る。
「本当に良いのでしょうか? なにやら混雑しているようですが」
どうやらメルシェラもわたしと同じ想いだったようだ。
これだけのお客さんが出入りしていれば、普通に満室を懸念する。
そもそも、わたしとメルシェラはどう見ても子供だ。
いくら『冒険者で御座い』と名乗ったところで不審に思われるだけだろう。
別の候補を考えておくべきかもしれない。
金さえ払えば客は客、という宿も探せばあるはずだ。
もっとも、そういった宿は質も客層も最悪のパターンが多い。
少なくとも【DGO】ではそうだった。
そんなことに頭を巡らせていると、新緑亭から大柄で筋肉質の男性が出てきた。
腰に緑色のエプロンを巻いている。宿の従業員だろうか。
あー……険しい顔してるよ……
追い返されるのかも……
男は一度わたしとメルシェラを見つめてから、周囲を素早く見回した。
そして、急激に相好を崩したのである。
「きみたちがミーユちゃんとメルシェラちゃんかい? ミリシャから話は聞いたよ。うちの娘だけでなく、カイルまで助けてくれたんだってね。ありがとう。ささ、早く中へお入り。人攫いに目を付けられるといけないからね」
男性はわたしたちを庇うように後ろへ立って促す。
口ぶりからして彼はミリシャの父親らしい。
「近頃モッシュとボッシュって二人組の悪党がうろついているらしいんだ」
「あー……」
ミリシャのお父さん、その二人ならハンターベアに食べられちゃいました。
わたしの目の前で。
「ミーユ、メルシェラさん、早く早くー! カイルも夕飯食べていきなよ。いいでしょ? お父さん」
「おー、おじさんのメシはすっげー美味いからなー」
「はっはっは! 嬉しいことを言ってくれるなカイル! こりゃあ腕によりをかけなくちゃな!」
ドアから顔を覗かせたミリシャがわたしたちに手を振っている。
カイルが舌なめずりをし、ミリシャのお父さんが豪快に笑った。
新緑亭の中へ入ると、広めのホールがあり、左手に上への階段、正面に
奥には食堂があるらしく、客が出入りしている。
その帳場にいた女性が、わたしたちを見るなり駆け寄ってきた。
形相からして叱られるのではなかろうかと思った時。
「かわい~い!」
「むぎゅう」
「ふぎゅ」
問答無用でわたしとメルシェラを抱きしめたのである。
「おばさんは相変わらずだなー」
「うん。可愛いものに目がないからね」
いや、カイル、ミリシャ、笑ってないで助けてよ。
「ミーユちゃんとメルシェラちゃんだったかしら。この子たちを救けてくれてありがとう! すごい冒険者なんですってね。なーんにも遠慮せず、自分のお家だと思ってちょうだいね」
「は、はぁ」
「いえ、私はなにも……」
早口でまくしたてる女性。
この人がミリシャのお母さんか。
パワフルさは確かに似ている。
「二人部屋しか空いてないんだけれど、それでいい?」
「泊めていただけるだけでもありがたいです。申し遅れました。わたしはミーユ。冒険者です」
「私はメルシェラと申します」
「あら、礼儀正しい子たちね! さぁ、お腹が空いたでしょう。まずは食事ね」
嬉しそうにミリシャのお母さんは再度わたしたちを抱きしめた。
こうして今夜の宿があれよあれよと決まったのである。
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