029 巣立ち
わたしは一人、寝室にいた。
重傷を負ったわたしが最初に寝かされていた部屋ではない。
あれはこの家にたったひとつの客間だ。
では、昨今どこで寝起きしていたかと言うと……
なんと、わたしはアルカナちゃんと大きなベッドで一緒に寝ていたのだ!
いま明かされる事実! ピシャーン!(効果音)
いや~、わたしも驚いたよ。
まさか『師弟は寝食を共にするのが当然なのじゃ!』とか言い出すんだもん。
まぁ察するに、一人で寝るのが寂しかったんじゃないかな?
勿論、最初は面食らったよ。
夜中に寝ぼけて抱き着いてくるし。
ぬいぐるみと同じ扱いだった。
でも、今ではいい思い出、かな。
その寝室で備え付けの箪笥からひとつひとつ私物を取り出す。
アルカナちゃんに貰った魔術読本の中級編と上級編。在庫がたくさんあるらしい。
魔術の造詣を深めるために毎晩遅くまで何度も何度も読み返した。 アルカナちゃんは『眩しくて眠れんのじゃ! はよ寝んかい!』と灯りのライトボールを怒りの巨大なダークボールで相殺されたりしたっけ。あはは。
魔術書を丁寧に背負い袋の底へ入れる。
タオル、下着、寝巻、手鏡、ブラシ、ちょっとしたお揃いのアクセサリ……どれもアルカナちゃんからいただいたものだ。
当然だがお古などではなく、彼女が食材を仕入れるついでに買ってきてくれた新品である。
どの品にも思い出が詰まっていた。
アイテムボックスがあるのに、何故わざわざ背負い袋に荷物を詰めているのかは簡単なことだ。
ボックスの存在を隠すためである。
それとなくアルカナちゃんに探りを入れてみたところ、そんな便利すぎるものは無いと判明した。
ただし、似たような効果を持つ魔術を天と冥属性に長けた一部の者が使うらしい。
しかし相当に限定的だと言う。
アルカナちゃんは『吸い込むだけならわらわの禁術でも可能だがの』なんて言ってた。
一体ブラックホールを何だと思っているのだろうか。
ま、そんなわけで信頼してるアルカナちゃんには悪いけど、一応隠しておこうかなって思ったんだ。
規格外の力を持つと、疎まれるか狙われるだけだもんね。
個人的には便利な術なんでバンバン使うつもり。
さーて、忘れ物はないかな?
今一度自分の装備を確認し、荷物を確かめる。
少しセンチメンタルな気分になりながら。
うん、大丈夫だね。
あとは……
壁の四隅にウィンドボールを放ち、徐々に窓側へ移動させていく。
これぞ、アルカナ流掃除術。
埃や塵を一気に外へ掃き出すのだ。
立つ鳥跡を濁さずってね。
散々お世話になったんだし、綺麗にしていかないと。
あ、思い出した。
わたしは懐から小さな革袋を取り出し、共同で使用していた鏡台に置く。
これは(師匠が勝手に)ハンターベアを売ったお金である。
全然足りないとは思うけど、お世話になりまくったせめてものお礼と食費と魔術指導料のつもり。
正面から渡すと絶対受け取ってくれそうにないから、こっそり置いていくんだ。
本当のお礼は後で必ずしますとも。
勿論、デルグラド師匠の分もですよ。
荷物を背負い、最後に大剣を革ベルトで腰に吊るし、準備は完了。
寝室を出て居間を抜け、外へ。
「準備はできたようじゃの」
「はい、師匠」
「今は修行中ではないぞ」
「はい。アルカナちゃん」
「うむ。それでよい」
ニコリと微笑むアルカナちゃんが少し霞んで見えた。
わたしの目に涙が滲んだからだろう。
「行き先はドミニオン王国でよいのじゃな?」
「はい。ファトスの街を当面の拠点にしたいと思っています」
「ドミニオンは国王も聡明。ファトス領主も若いが一角の人物と聞くからの」
「あ、そうなんですか」
「うむ」
ファトスの領主さんは知らないが、ドミニオン国王なら数回お会いしたことがある。
キャルロッテがもっと幼い頃の記憶なのでぼんやりとしか覚えていないが。
その記憶によれば、確かに切れ者って感じのイケメンだった。
そんな国王に選ばれた領主ならさぞかし出来る人なのだろう。
「さあ、ミーユや。出立するがよいのじゃ」
アルカナちゃんの笑顔を見ていると、共に暮らした日々が脳裏をよぎった。
同時に、涙がこみ上げてくる。
「……アルカナちゃん……その、お世話になりました……ぐすっ……」
「……泣くでないと言っておろうが。わらわまで……ふぇええ~ん、ミ~ユ~!」
抱き合ってお互いにひとしきり泣いた。
師匠で姉で妹のようなアルカンティアナちゃん。
違う言い方をすれば、もはや家族のような存在。
前世で両親に先立たれた時と同じくらい、悲しくて寂しかった。
ただし、永遠の別れではないのが何よりの救いである。
「ずびっ……ミーユや。わらわがドミニオンまで送ってやろう。
「……ぐじゅ……絶級……?」
「そうじゃ。今から見せるのは異なる地と空間を繋ぐ術」
「え……?」
「幽明門じゃ」
涙を拭ったアルカナ師匠は、両手で複雑な印を次々と結んでいく。
印が変わるごとに魔術陣が展開。
まるで舞いのような流れる動作で地面と空中に紋を刻む。
あぁ……師匠はやっぱりすごいなぁ。
大魔術師アルカンティアナの独自魔術。
それが印術。
この世界の魔術というものは、基本的に高度の術になればなるほど詠唱時間が伸びる。
複雑極まる術式を魔力の篭った言葉で描くためである。
その所要時間は上級魔術で1分から数分。
絶級ならば10分近くは必要だろう。
聞いた話だと、例えば治癒術の奥義を行使するには、術者が丸一日ほど詠唱を続ける必要があるんだって。
どんな効果があるのかは神殿によって秘匿されてるからわかんないけど、なんとも気の長い話だよね。
そんな詠唱問題を刷新するべく開発されたのが印術。
我が師匠、アルカンティアナ考案の画期的な手法である。
いかに偉大な師匠であっても、上級魔術程度ならともかく、絶級以上の魔術を無詠唱化することは敵わなかった。
しかし、暢気に詠唱をダラダラと垂れ流していては、とても実戦で使えない。
そこでアルカナ師匠は手の形に魔力を乗せることを思い付いたのだ。
これならば超級、絶級、奥義までの術式を素早く展開させることが可能となった。(禁術は複雑すぎて腕が6本ないと無理らしい。阿修羅か)
その所要時間、絶級魔術にして僅か数十秒。
短縮詠唱よりも数倍早く、十二分に実戦的である。
世間はもっと
認知されなさすぎで、つらい。
って感じの自慢と愚痴を延々と聞かされまくった。
それはもう耳にタコが出来るほど。
いい加減わたしもつらいので、師匠を認めてあげてくださいよ世間様!
子供っぽいけど、凄い人なのは確かなんですから!
アルカナ師匠の流麗な魔術を見ているうちに涙も乾いていった。
この師匠に追いつきたいと心から思った。
やりがいのある目標がどんどん増えていく。
そうでなくては面白くない。
わたしは負けず嫌いなのだ。
「繋がったのじゃ。門の先はドミニオンじゃぞ」
「はい! これがあればすぐに戻れますね!」
「馬鹿もん! 今から旅立つのにもう帰る心配をするでない! それに、そうそう易々と絶級魔術を扱われてはたまらぬのじゃ!」
「えー! いつでも帰って来いって言ったじゃないですかー!」
「ふふん。帰れるもんなら、じゃがのー」
「あははは! 吠え面かかないでくださいよ。では、行ってきます!」
「うむ! 存分に修行の成果を発揮するのじゃぞ」
「はい!」
「道に落ちているものを食べてはダメじゃぞ。あと、寝る前は歯を磨くのじゃぞ。あと、お腹を冷やすでないぞ。あと、男は信用するでないぞ。特に顔だけが良い男はダメじゃ。あと……」
「わかりましたってば! 行ってきまーす!」
「こりゃ! まだ話は……!」
放っておくとアルカナ師匠の訓示が延々と続きそうなので、さっさと幽明門とやらをくぐった。
移動そのものは、どこ〇もドア並みに一瞬だったようだ。
気付けばわたしは、全てが終わり、全てが始まったあの森の中に立っていたのである。
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