030 惨劇



 惨劇とは、いつだって唐突に起こるものである。



 森を抜け、やたら物々しい雰囲気に包まれたファトスの街に戻ったわたしが、冒険者ギルドファトス支部の重い扉を開けた途端、何者かに襲撃されたのだ。

 その何者かはわたしに体当たりを掛けた後、間髪を容れずに締め技へ持ち込んだ。

 いけない、と思った時には既に遅く、あっと言う間に身体を拘束され、更には柔らかだが密度の高い物体で呼吸器を塞がれた。

 そして、思い切り頭をこねくり回される。


「ミーユちゃ~~~~~ん!!」

「うぎゃーーー!!」

「んもぅ! 心配したんだから! 変な女の子がいきなり来てハンターベアの肉を持ち込んだと思えば、あなたが熊にやられて瀕死だって言うし!」

「~~~~~!!」

「しかも生ける伝説と言われ、その容姿も不明な大魔術師アルカンティナ氏のところで養生してるなんてトンチキ話までするのよ!?」

「~~~~…………」

「そんなの信じられるわけないわ! でもこうしてミーユちゃんが無事に……あら?」

「………………」

「ミーユちゃん! しっかりー!」


 何者かはファトス支部のギルドマスターであるアストレアさんであった。

 言うまでもないが、言うのも悔しいが、今のわたしが失ってしまった彼女の雄大な胸で顔を覆われ、声も出せなかったのである。

 無意識の自慢をされたようなものだ。

 これを惨劇と言わずしてどうするのか。


 ともあれ、凸凹コンビの受付嬢の手によってギルドマスター室に運び込まれたわたしは手厚く介抱された。

 とは言え、そこは鍛え抜かれた我が身体。

 精神的にはクリティカルだったが、肉体的にダメージを負ったわけでもない。

 これぞ修行の賜物だ。

 ……嫌なところで自分の成長を感じた。


「と、まぁ、そういうわけなんです」


 出されたお茶を飲みながらアストレアさんに大まかな説明を終えた。

 口に運び、カップを置く一連の動作を無言で見つめるアストレアさん。


 あれ?

 優雅すぎたかな?

 幼くてもキャルロッテは王女ですからね。

 つい王族の気品が出ちゃうんですよ。

 ねー?


 脳内のキャルロッテと頷き合うわたし。

 しかしすぐにハッとする。


 もしかして気付かれたかも。

 一介の冒険者が典雅な所作で茶を喫するなんておかしいもん。

 やばい。

 仮にわたしがアニエスタ国の王女だってバレたらどうなるんだろう?

 いや、待って、そもそもアニエスタのクーデター事件は各国にどう伝わってるのかな?

 あれからだいぶ経ったし、情報はとっくに広まってるよね。

 あのちょっとお間抜けな暗殺者さんを信じるなら、わたしは既に死んだことになってるはず。

 なら心配いらないのかな?

 ……いやいや、死んだ王女が生きていると知れたら、それこそ宰相ヤツらは血眼になってわたしを狙ってくる。

 あンの青瓢箪め……! 思い出すだけでも腹の立つ……!

 今のわたしなら或いは……ううん、まだダメ。まだ『その時』じゃない。

 アルカナ師匠も『経験は宝じゃ』と言ってた。

 わたしはこの世界での経験が圧倒的に足りていないんだ。


「ねね、アルカンティアナ氏ってどんな人だったの? 誰もその姿を知らない伝説の人物に会えるなんて、ミーユちゃんは幸運よ」


 わたしの葛藤を余所に暢気な質問をかますアストレアさん。

 滅茶苦茶ミーハーだ。それよりもさっきの視線はそれが聞きたかっただけかい!


 しかし……はて、この問いになんと答えたものか。

 アストレアさんは直接アルカナちゃん本人がハンターベアを運んできたと言うのに当人だとは思ってもいない様子。

 ならば『やたら毛量の多い幼女です』と言ったところで鼻で笑われるだけだろう。

 伝説の、とか、大魔術師、なんて単語のイメージが先行しすぎているのだ。

 ならばそのイメージを崩さぬよう、取り敢えずそれっぽく合わせておこう。


「えーと、すごく綺麗な人でしたよ?」

「えぇっ!? アルカンティアナ氏は女性なの!? 初耳よ!」


 しまった!

 アストレアさんはアルカナちゃんを男性だと思っていたのね!

 まぁ確かに伝説の大魔術師なんて聞けば、長い杖をついてローブを纏ったヨボヨボのお爺ちゃんを想像するかもしれないけど。


「あーっと、うーっと……なんでも常に魔術で様々に姿を変えているんだそうです。だからわたしも本当の姿は知りません」

「ふむふむ。なるほど、流石は伝説の大魔術師ね……相当に用心深いわ」


 適当な捏造にうんうん頷くアストレアさん。

 チョロい。

 いや、ごめんなさい。

 アルカナちゃんにもごめんなさい。


「ところでミーユちゃんは冒険者に復帰するのよね?」

「はい。そのつもりですが、何か?」


 急に改まったアストレアさんが、クイッと眼鏡を指で上げた。

 レンズがきらりと光って瞳を隠す。


「そう。わかったわ。でも依頼を受ける際は気を付けて」

「はい?」

「特に東方面へ出掛けるのはおすすめしないわ」

「なんでです?」

「ファトスの東、小国アニエスタでクーデターが発生したの。王族は全て崩御なされたそうよ」

「……」

「この国境に近いファトスにも王都からかなりの数の兵が派遣されて防備に当たっているわ。アニエスタを乗っ取った連中が今後どう動くかわからないもの」

「……だから街全体が物々しい雰囲気だったんですね……」

「そうね。でも安心して。ドミニオンは大国。侵略されるなんてことはまずないわ」

「はい……」


 わかっていても他の人から聞かされるとやはり動揺してしまう。

 なるべく表に感情を出さぬようにするだけで精一杯だった。


 王族や騎士が国のために散るのは、ぶっちゃけ全然構わない。

 王たる者は民のために命を張る、という教えがアニエスタの帝王学だからだ。

 問題は残された国民である。

 王族不在の今、彼らはどうしているのか。

 簒奪者に従う者もいるだろう。

 国を捨て、難民となる者もいるだろう。

 新しい為政者に逆らい、死ぬ者もいるだろう。


 それを思うと、胸が痛む。

 わたしの中のキャルロッテが涙を零す。


 あの宰相あおびょうたん、絶対に許さないからね……!


「そうだ、ラムダル夫人があなたを心配してたわよ」

「ラムダル夫人?」


 誰だろう。

 聞き慣れない名前だが。

 そもそも、この街にまだ知り合いなんて……


「武具店の奥様よ」

「ああー!」


 なーんだ、武器屋のおばさんのことね!


 わたしの脳裏に恰幅の良い女性が浮かぶ。

 会ってないのは数ヶ月くらいなのだが、やたらと懐かしく感じた。


「それと、ラフティさんがとても感謝してたわ」

「え、誰それ」

「薬剤店のラフティさんよ。あれほど大量のシャックン草とニュル花を納入してくれて有難いって。お礼ははずむのでまた頼みたいとも言っていたわ」


 あー、初めて受けた依頼の人か。

 顔も知らないけど。

 でも、依頼で感謝されるってのは冒険者冥利に尽きますなぁ。

 少しでもお金が欲しいから調子に乗って採取しまくっただけなんだけどね。


「そう言えばハンターベアが現れたと聞いてギルド職員が森に調査目的で赴いたのだけれど、人間の死体が二つ見つかったのよ」

「あ……」

「その二人はモッシュとボッシュって言う指名手配中の盗賊二人組だったの。強盗殺人は勿論、性犯罪や人身売買も行う凶悪な犯罪者よ。あれも、あなたがやったの?」

「え、いえ、それはわたしじゃなくて……」

「皆まで言わなくてもいいわ。あなたは正しいことをした。これで悲しむ人がかなり減ったことは確かだもの」


 ちょっ、わたしじゃないっていってるでしょーが!

 なに勝手に納得してるの!

 そもそも死体を見て食われたか斬られたかくらいわかると思うんですけど!

 調査員は無能すぎませんかね!?

 ……もしや、わたしに殺された後、ハンターベアに食べられたって判断した……?

 やっぱり無能じゃん!


「彼らの凶悪度はC、ハンターベアの討伐難易度はB。そこに風評などを加味し、冒険者ミーユさんをTier6に昇格いたしました。おめでとうございます」

「はぁ、そうですか……はい!?」


 何もしてないのに!?

 そんなの他の冒険者に申し訳が……でも、まぁいいか。

 Tierが7から6になったって大差ないもんね……高難度の依頼を受けられるようになるわけでもないし。


 そうだ、早く依頼を受けて稼がないと!

 ほとんどのお金はアルカナちゃんの家に置いて来ちゃったんだった!

 のんびりしてる場合じゃなかったよ!


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