027 減る師匠



「次は穿刺のかた


「はぁっ! ふっ! はっ!」


「よし、そこから白蓮の形へ繋ぐのだ」


「ふぅっ! はっ!」


「うむ。今の流れを忘れるな。その二つは攻防一体となっている。もし相手が切り返してきた場合は、更に飛鷹の形へ繋ぐが良い」


「はいっ!」


「よろしい。気を抜くな、納刀までが戦闘だ。うむ、そう、そうだ。それで良い」


 わたしは油断なく腰を落としたまま、右腰の革ベルトに大剣を吊るした。

 抜刀前から戦闘は始まっており、納刀と共に戦闘は終わる。

 これがデルグラド師匠の剣術における流儀なのだ。


 剣術修業を開始してから、早くも三月みつき以上が過ぎた。

 わたしは現在、より高度で実戦的な訓練をしている。

 対モンスター戦は勿論のこと、今後必要になるかもしれない対人戦も含めて、である。


 既にわたしはどちらとも実戦経験があるものの、ハンターベアの件はともかく、クーデター軍の騎士と戦ったことは二人の師匠に伝えていなかった。

 話せばわたしの素性にまで及ぶ事態となり、説明に窮することは目に見えていたからだ。

 前世のことやアニエスタの王女であるなどと話したところで、師匠たちも困るだけだろう。

 正気を疑われるのがオチだ。

 なので今はまだ黙っておく。

 いつかは話したいけどね。


「ミーユよ」

「なんでしょうか、デルグラド師匠」

「お前さんを本日より上級剣士に認定する」

「……! ありがとうございます!」


 やった!

 これでわたしも一人前だよ!

 頑張って来て良かったぁ!

 だけど、本番はここからだよね。

 デルグラド流剣術『双閃剣』は上級以上に認定されてから初めて伝授されると言う、大小二刀による流れるような連続攻撃の……


「儂の修行も今日までとする」

「……え? な、なんでですか!?」

「ちと急用が出来た。しばらくここへは来れぬ」

「あ、あぁ、そういう……びっくりしました。わたしに才能がないから見限られたのかと……」

「馬鹿を言ってはいかん。それこそ有り得ぬ。お前さんは儂が教えた中でも最高の弟子だ」

「え、あ、ありがとうございます。えへへ」

「うむ。愛弟子に教えられぬのは実に残念でならぬが、儂が居なくとも鍛錬を怠るでないぞ」

「はい! 勿論です! でも、その用事が終わったらまた稽古をつけてくれるんですよね?」

「……そうだな」


 髭もじゃの口角が上がり、デルグラド師匠はわたしの頭に手を置いた。

 武骨だが優しく温かな手。

 まるで前世のひい爺ちゃんの手みたいだ。


「その可愛い愛弟子よりもつまらん用事を優先するのじゃろ。薄情なヤツじゃの」

「……すまぬ。アルカンティアナよ、ミーユを頼むぞ」

「言われんでもわかっておるのじゃ。精々お主も野垂れ死にせんようにの」

「うむ。ではな」


 相変わらず言葉少なに大きな鷹へまたがり、飛び去っていくデルグラド師匠。

 ユ〇さまみたいで格好いい。

 もしや師匠も〇パさまみたいにモヒカン頭だったりするのだろうか。


 あれ? そう言えば師匠の頭って前に見たよね。

 確か黒髪と白髪のメッシュだった気がする。

 なーんだ、モヒカンじゃないのかぁ。


「さーて。ミーユや、家に戻ろうかの」

「……アルカナちゃん」

「なんじゃ?」

「デルグラド師匠の急用ってなんです?」

「……さぁの。なんぞ、誰かに呼び出されたらしいがの。ま、あやつはしょっちゅう行方をくらませるでの。心配はいらぬじゃろ」

「そう、ですか」

「それよりメシじゃメシじゃー。今日の晩御飯は何かのー」

「わたしの田舎の料理ですよ。野菜を油で揚げる」

「おぉ~! トゥェンプラじゃったかの!? あれはホクホクサクサクでとっても美味しいのじゃー」

「発音がネイティブすぎますね。天ぷらですよ」

「なんでもいいのじゃ! 早く作るのじゃ!」

「はいはい」


 いかん、いかんですね。

 近頃の楽しみが食べ物ばかりになってきましたよ。

 これは乙女として由々しき事態ですよ。


 それにしても、アルカナちゃんはどこから食材を仕入れてくるんだろ?

 時々、『買出しに行ってくるのじゃ。やたらと食う弟子がおるでの』とか言って出かけることもあるけど、せいぜい数時間で帰って来てるし……

 山の麓に街でもあるのかな?

 だったら今度一緒に連れてってもらおっと。

 替えの下着とかも欲しいし。

 普段着や寝巻も欲しい。

 あと、わたしとアルカちゃんの髪を結う可愛いリボンね。

 色とか飾りにもこだわりたいんだ。

 最近のアルカナちゃんは、わたし考案のトライテールがお気に入りみたいだしね。


 っていうかですね、食べすぎてすみません……

 一応結構前から自覚はあったんですよ自覚は。

 どう少なく見積もってもアルカナちゃんの数倍食べてるしね。

 そんな現状を鑑みて、わたしは結論付けました。


 この身体は異常に燃費が悪いです!

 あ、いや、キャルロッテのせいじゃないんだよ!

 食いしん坊だなんて思ってないってば!

 たぶんだけど、9歳の肉体ではあり得ない魔力と身体能力を維持するために膨大なカロリーを必要とするんじゃないかな?

 モリモリ食べる子はきっと大きくなるよ!

 だから機嫌直して~!


 脳内で必死にキャルロッテを宥めつつ、身体のほうはテキパキと夕食の準備を進めていた。

 我ながら器用なものだと思うが、これもアルカナちゃんによるマルチタスク強化訓練の賜物だろう。

 脳の処理速度がかなり向上した……気がする。


「ふんふ~ん、まだかの~、美味しいご飯はまだかの~、ふふんふ~ん」


 なにやら自作の鼻歌を歌いながら準備をするわたしの周囲をウロチョロするアルカナちゃん。

 修行中に見せる威厳もどこへやら。

 普段の彼女は、年下のわたし以上に子供っぽくて可愛らしい。 

 前世でこんな妹がいたら、うんと可愛がったのになぁ。

 悲しいことに一人っ子だったのよね……


 ちなみに、最近では修行中は『師匠』で、終了後は『アルカナちゃん』と呼ぶことにしてたりします。

 ご本人の希望なので……


 それはさておき。

 本日の食材は~……なんと雑草!

 しかもそこら辺からテキトーに千切ってきた雑草です!

 まぁ、嘘だけど。

 でも、家の周囲に自生している食用の野草なのは本当。

 ヨモギやスギナみたいなもんだと思えばオーケー。

 これが意外と美味しくてびっくり。


 勿論食材がそれだけなんてことはない。

 アルカナちゃんが育てている畑の野菜。

 アスパラガスのような土筆のような野菜とか、普通のジャガイモとかタマネギなんかもある。


 あとは買い出しで仕入れてきたお肉類。

 ただし、切り身なので何の肉かはわからない。

 見た目は牛肉か豚肉っぽいけど……

 モンスターのお肉じゃないよね……?


 小麦粉を水で溶き、食材に衣を付ける。

 この時、少し水を多めにしておくのがサクサク食感のポイント。

 小麦粉がダマにならないようにする予防の意味もある。


 前世なら炭酸水を加えるとかマヨネーズを入れるとかの小技もあるんだけどね。

 こっちにはそんなの無いし……いや、少なくとも炭酸水は探せば見つかると思う。

 まぁ、わたしはシンプルな衣薄めのほうが好きなのでこれで良し。


 でもここからが勝負。

 一番の難関が待っている。


 それは油の温度。


 温度計がない以上、全てはわたしの勘頼り。

 菜箸や衣を油に垂らすことである程度はわかるが、それとて確実とは言い難いのだ。


 ……前回作った時は、ちょっと温度が高すぎて衣が固くなっちゃったんだよね。

 まぁ、アルカナちゃんは『うまいうまい』とムシャムシャ食べてたけど。

 純日本人のわたし的には納得いかない出来だった。

 なので今回は頑張る!


 菜箸を油に入れ、プクプクと泡が出るのを確認。

 ………………

 …………

 ……今だ!


 ジュワッと衣の花を咲かせる食材。

 タイミングはバッチリ。


「のう、ミーユや」

「なんですかアルカナちゃん。もうすぐ出来ますからいい子で待っててくださいねー」

「子供じゃないのじゃ!」

「とかいってつまみ食いするつもりでしょ? はい、揚げたては熱いですから気をつけてくださいよ」

「あひゅ、はひゅ、はぅ……うまいのー! たまらん美味しさなのひゃ!」

「(かわいい!)それは良かったです」

「って、そうではないのじゃ。ミーユや、良くお聞き」

「はいー?」


「明朝、お主の修了試験を行う。それに備えて今夜は早く寝るのじゃぞ」


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