026 不思議ちゃん
明け方。
薄っすらと白み始めた空のもと、わたしはいつもの日課をこなすべく、キャミソールとドロワーズ姿のまま剣を振っていた。
高山ではあるのだが、最近では朝でもだいぶ暖かく感じるようになってきた。
もう夏だからだろう。
アルカナちゃんの話では、ここも地球と同じように四季があるらしい。
つまりこの惑星も地軸が傾いているということだ。
あ、でもわかんないか。
なんせ異世界だもんね。
この星が楕円軌道してるのかもしれないし。
恒星と離れた位置にある時が冬で、近付けば夏って感じにさ。
考え出すとキリがない。
そもそもここが前世と同じ銀河にあるのか、はたまた全く別の宙域なのか。
それとも、時空間を超越した場所なのか。
いやいや、次元すら違っている可能性とてある。
まぁ、考えたところで調べようもないしね。
ネメシアーナなら知ってるのかもしれないけど。
……でもあの
解明したいような気持ちはあるが、今はそんなことにまで気を回している余裕がない。
この世界を生きていくので精一杯なのだ。
だいたい、前世の地球だって全てが解明されていたわけではない。
ましてや宇宙なんてとてもとても。
こっちの科学技術がどれほどのものかは知らないが、観測においては地球の最先端機器に敵わないだろう。
やはり、どの道わたしには解明など出来そうにないのだ。
ただし、こちらには地球に無い魔術体系がある。
更には奇跡を起こすと言われる『魔法』も。
それらを駆使すればあるいは……
おっと、これ以上はいけない。
練習に集中しなくちゃ。
デルグラド師匠は『身体の隅々にまで意識を回せ』って言ってたもん。
それが後々の強さに関わってくるんだって。
意味わかんない。
でも教えは守るのが弟子の務め。
わたしは勤勉でクールビューティなのだ。
一日も早く立派な冒険者になって稼がないとね。
いつまでもアルカナちゃんのお世話になりっぱなしは人としてダメでしょ。
それに、わたし……というか、キャルロッテには国の奪還という大きな目的もあるし……わたしとしてもなるべく叶えてあげたい。
そのために何をどうすればいいのかはまだ全然見通しも立ってないんだけどね。
まずは目の前の出来ることからやろう。
よーし、頑張るぞー。
いっち、に、いっち、に……ん? んん~?
ありえないものが見えた気がして、思わず目をこする。
二度見してみても同じだった。
ザッザッ
メイスのようなものを杖代わりに、リュックを背負ったローブ姿の誰かが斜面を登ってきたのだ。
そう、それは人だった。
信じられなかった。
これほどの高山を、あんな軽装で。
ザイルもピッケルも無しに。
あんな散歩みたいに。
マジあり得ない。
じゃあ、こんなとこに住むアルカナちゃんはなんなんだーって思うかもしれないけど、彼女はああ見えて大魔術師っぽいから、無理矢理納得はできる。
ってことは、この人も大魔術師なのだろうか。
こんなに小柄なのに……
そうだ、小柄なのだ。
ボサボサな銀髪の……小さな女の子だったのだ。
パッと見はアルカナちゃんと同じ年頃、10~12歳くらいの。
この世界の女の子は、みんな髪に無頓着なのだろうか。
綺麗な銀髪なのに勿体ない。
「あ、あの……」
もしや幻覚かと思い、おっかなびっくり声をかける。
幽霊ではないことを祈りながら。
しかし、返ってきた言葉は想定外であった。
「あなたは露出狂ですか?」
「違うわっ!」
一瞬で脳がヒートアップする。
震えるぞハート! 燃え尽きるほどヒート!
「ですが、そんな恰好で」
「練習してると汗をかくからだよ!」
「そうですか。その年で妙な性癖があるのかと邪推してしまいました」
赤いジト目が興味を失ったかのようにわたしから逸らされる。
何なんだろうこの子。
いや、すごい美少女なのは間違いないんだけど。
いやいや、見蕩れてる場合じゃないでしょーが。
何者なのか確かめないと。
限りなく低い確率だけど、わたしの追っ手かもしれないし、アルカナちゃんを害するために来た刺客かもしれないじゃん。
「どうやってここまで来たの? 一人?」
「ええ。それとも二人に見えるのでしょうか。もしや目に何らかの疾患を?」
「そう言う意味じゃなく……」
「ところで、ここはどこですか?」
「は?」
「どうやら私は道に迷っているようです」
「はぁ!?」
はて、とか、ふむ、とか言いながら顎に手を当てる女の子。
まさかガチで言っているのだろうか。
だとすれば国宝級の天然だ。
ジト目、銀髪、無表情、天然、超絶方向音痴。
やったね数え役満だよ!
前世なら性癖的に刺さる人もいっぱいいそう!
「どうすればこんなとこに迷えるの!?」
「さぁ? 私に聞かれても困ります」
そうでしょうね!
天然ってのはそういうもんですよね!
「上はもう頂上しかないけど」
「そうですか。では下りることにしましょう。練習? の邪魔をしてすみませんでした」
無表情のままペコンと頭を下げる少女。
彼女の内心はどうあれ、ちっとも申し訳なさそうに見えないのはそのせいだろう。
「では失礼します。可愛らしい女の子」
「は、はぁ」
来た時と同じように飄々と去っていく少女。
な、なんだったんだろ……
狐につままれたような、狸に化かされたような……
全くつかみどころがなかったよ……
前世で言うなら『不思議ちゃん』だよね。
「ふぁあ……どうしたのじゃミーユ。ボーッとしてからに」
「あ、師匠」
気付けばアルカンティアナ師匠が背後に立っていた。
きっとまたトイレに起きたのだろう。
さっきの子にこの赤いスケスケネグリジェ姿のアルカナちゃんを見せれば、真の露出狂が誰かわかると思う。
「なんか不思議な人が来たんです」
「ふわぁ~……ふにゃ?」
「道に迷ったーとか言って。あ、まだ見えますよ。あの人です」
そう言えば名前も聞かなかったなと思いつつ、わたしは斜面を下りていく小さな人影を指差す。
アルカナちゃんは額に手をかざし、片目を瞑った。
「ああ、あれはメルシェラじゃの」
「メルシェラ?」
「うむ。あの長い銀髪、間違いあるまい」
「何者なんですか?」
「見習い聖女じゃの」
「は? え? 誰が?」
「あやつがじゃ」
「……嘘でしょ?」
「嘘なものか。お主の腕を治癒したのもあやつなのじゃ」
「はぁああ!?」
ちょっと待って!
思考が追い付けない!
見習い聖女!?
わたしの腕を治したのがさっきの子!?
じゃ、じゃあ、命の恩人じゃん!!
お礼も言えなかったよ!
わたしのバカ!
「あやつはおかしなヤツでの。お主を運び込んで止血をしていた折に、いきなりフラリと現れたんじゃ。その時は確か『歩いていたらここに着きました。ここはどこですか?』などと言っておったの」
「……」
「ほんで、絶級治癒魔術でお主の腕を瞬く間に生やしての。ミーユを治した礼に一泊させたのじゃが、またフラリと去って行ったのじゃ。どこから来てどこへ消えたのか、わらわにもわからん。見習い聖女もメルシェラという名も、あやつの自称じゃ。ただ、何やら託宣を受けて旅をしておるらしいがの」
……すごい……!
これだけ聞いても実在する人物だなんて全然思えない!
ほんと、何者なんだろ、あの子。
でもわたしの腕を治してくれたらしいし、もしまた会う機会があったら必ずお礼を言おうっと。
……そして絶級の治癒魔術とやらをこっそり教わろう……ククク……
「なにを悪魔のような顔で笑っておるのじゃ。それよりミーユや、わらわはお腹がぺこりんちょじゃ」
「あ、もうすっかり明るくなってる。じゃあ朝ご飯にしましょうか」
「うむ! ミーユや、抱っこじゃ」
「え~……わたしのほうが小さいのに……全く、仕方のない師匠ですねぇ」
「わーい! ……ぬぬっ? ちょっ、なんか思ってたのと違うのじゃ! ぎゃー! 怖い! 怖いのじゃ!」
わたしはアルカナちゃんの両膝下だけ抱え、彼女を逆さ吊りにしたまま走り出したのであった。
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