025 奇縁の7



 数日が過ぎた。


 午前中は魔術修行。昼食を挟んで午後は剣術修業と言うカリキュラムを順調にこなしている。

 ちなみに夕食後も遊んではいない。

 アルカナちゃんからこの世界における情勢や常識などを出来得る限り尋ね、記憶に収めていた。

 勿論、早朝の個人的な鍛錬も続けている。

 

 嗚呼、何と勤勉なわたし。

 前世の自堕落な生活が嘘みたいだよ。

 ……むしろ前世の方が楽に生きれたんじゃない?

 現代日本なんて、お金さえあればどうとでもなるし、大事な遺産だけどわたしはお金を持ってた。

 転生後のほうがよっぽど苦労してるじゃんね……


 でも別に今が不幸とか不満なわけじゃない。

 全力で生きるってキャルロッテと誓ったから。

 むしろ楽しい。

 何をしてても刺激的な毎日だから。

 それに、わたしってばゲームに限っては異様なほど負けず嫌いだもんね。前世のパパに似たんだろうけど。


 というわけで、今日も修行に励んでいるのだ。


 デルグラド師匠は少なくとも騎士ではなかった。

 言葉を濁していたので詳細は不明だが、彼はどうやら凄腕の冒険者であるらしいと推測する。

 彼は基礎よりも実戦的な動きを重んじたからだ。

 基礎を大事にするアルカナちゃんとは真逆の考えなのが面白い。

 剣士と魔術師では戦闘のスタンスが違うからだろうか。

 それとも、冒険者とは常に戦いの傍に身を置いているからだろうか。


 しかしそのお陰で訓練初日からわたしはデルグラド師匠との打ち合いに臨めたのだ。

 当然、合間合間には一人の時でも訓練できるように基本的なかたも教わっている。


 デルグラド師匠との初戦は微妙な感じになってしまったが、その後に見せた本気の彼は、やはりとんでもなく強かった。

 油断さえしなければ、デルグラド師匠は本物の達人だったのだ。

 大小二本の剣から繰り出される変則的な攻撃。

 フェイントを多用したと思えば、膂力にて強引に押し切ってきたりもする。

 その多彩な技に、わたしは翻弄された。されまくった。

 深手を負わされたのも一度や二度ではなかった。

 何度も死ぬかと思った。


 それでも、そこはわたし。

 学習能力にはちょっとばかり自信がある。

 秀才は伊達じゃないのだ!(自画自賛)

 徐々にではあるが、デルグラド師匠の速さと動きにも慣れつつあった。


「脇が甘い」

「くっ!」

「小剣に惑わされるな」

「んぅっ!」

「……楽しそうじゃの~……わらわのミーユが取られちゃった気分じゃの~……」

「足元が疎かだ」

「とぁっ!」

「もう夕方じゃの~、お腹も空いてきたの~」

「目だけに頼るな。あらゆる感覚器官を総動員して相手の気配を読むのだ」

「はいっ!」

「暇じゃの~、退屈じゃの~、ミーユとお喋りしたいの~」


 なんなの!?

 ここ最近、アルカナちゃんが茶茶を入れまくってくるんですけど!


 いや、落ち着けわたし。

 クールビューティ、クールビューティ。

 あのアルカナちゃんのことだもの、きっと何か考えがあってのことに違いないと思う。


 ハッ!?

 そう言えば漫画か何かで読んだ記憶がある。

 こうやってわざと口を出しまくり、わたしの脳内処理に負荷を掛けることで思考の瞬発力を鍛えるという訓練法だ。

 いずれはどんな危機的状況でも冷静に素早く優先事項の取捨選択が可能となり、迅速に最適な行動をとれるようになるというマルチタスク的なアレだ。


 わぁぁ!

 さすがアルカナちゃん!

 そこまで考えていたなんて!


 ……ということにしておこう。

 どう見ても普通に暇を持て余しているだけだもんね。

 ちなみに、今日のわたしとアルカナちゃんの髪型は三つ編みです。

 わたしは後ろで一本。アルカナちゃんは毛量が多いので四本。

 その三つ編みをいじくりながらブーたれてるアルカナちゃんなのです。


 しかし、このデルグラドお爺さんは強いなぁ。ほんとに老人?

 わたしが搦め手に弱いってのもあるけど、どんなに全力で攻撃しても受け止められちゃうのはちょっとショック。

 受け流されるならまだしも、受け止められるってのは完全にわたしの膂力が足りてないってことだもん。

 やっぱりわたしのステータスは半減、あるいはそれ以下に下がってるとしか思えないよ。

 ま、楽して勝ってもつまんないからいいんだけどね。

 前世のパパも言ってたけど、『強敵と戦ってこそゲームの醍醐味であり、楽しさだ』ってね。

 わたしも心からそう思う。

 『俺より強いやつに会いに行く』の精神だ。


 デルグラド師匠は『お前さんは幼子と思えぬほどに強い。現状でも中級剣士以上だろう』なんて言ってくれた。

 なんと、剣術にも7段階の階級クラスがあるらしい。

 初級から奥義までは魔術と同じだが、最高位の禁術は、剣術だと禁技と言うそうだ。

 きっとすごく危ない技なのだろう。

 だがこの剣術と言うものは、七大属性魔術一強の世に一石を投じるべく、後になって追加されたものらしい。

 剣王と呼ばれた人物の手によって。


 魔術が使えない者にとって、魔術師への対抗手段がないというのは脅威でしかない。

 故に剣術は瞬く間に全世界へ広まった。

 中級剣術を修めれば、初級魔術くらいは弾き飛ばせるようになるからだ。

 しかし、お互いが上級以上ともなれば、大火力を誇る魔術のほうが現在でも優位であるらしい。

 達人同士の戦闘だと、また話は違ってくるようだが。


 ともあれ、とかくこの世界は7という数字に縁がある。

 魔術属性が七つ。

 7段階の階級クラス

 ティア表も1から7まであった。

 これはもう偶然とは考えにくい。

 何か謂れでもあるのだろうか。


 あ、それで思い出したけど、ここの世界は七柱の女神が創ったって伝説があるんだって。

 七つある大陸を、それぞれの女神が創成したとかなんとか。

 その七女神が覇権を争ってるとかなんとか。

 アルカナちゃんの受け売りだからどこまで本当かわからないけど。


 ってこたー、あれですかい?

 わたしが出会った女神ネメシアーナも、その七柱の女神なんですかい?

 あっはっは。ないない。

 だって創世神だよ?

 ネメシアーナにそんな力があるなら、わたしなんてすっごいチートをバンバン貰ってるはずだもん。


『うっさいわね! 不敬よミフユ!』


 ヒッ!?

 ネ、ネメシアーナ!?

 どこ!? どこにいるの!?


 ……へんじがない。ただのしかばね……じゃなくて、なんだぁ、気のせいかぁ。

 脅かさないでよね。


 ゴン


「あたっ」

「どうしたミーユ。何に気を取られたのだ」

「あっ、いえっ、すみません……」

「よい。だが、時として油断は命取りとなる。お前さんと初めて会った時の儂のようにな」

「はい……肝に命じます」

「こりゃ、デルグラド! ミーユを傷つけたら承知せぬのじゃ!」

「お前さんは黙っとれ。これは儂とミーユの話だ」

「ぐぬぬぬぬ……こんのジジイ……! 消し炭にしてやろうかの」

「お前さんのちっぽけな炎でか?」

「にゃにおう!?」


 んもう!

 ネメシアーナのせい(?)で怒られちゃたじゃん!

 木剣じゃなかったら大怪我してたよ!


 っていうか、師匠! 二人ともやめて!

 わたしのために争わないで!

 とか言ってる場合じゃないよね。

 ホントこの二人は仲がいいんだか悪いんだか……


「ミーユ。アルカンティアナがやかましいので今日の鍛錬はここまでとする」

「なんじゃとぅ!?」

「はい! ありがとうございました!」

「うむ。よく休め」


 言葉少なにそう言うと、デルグラド師匠は屋根の上の大きな鷹にまたがり、飛び去っていった。

 彼はいつもこうである。

 昼食が終わるころに飛来し、修行を終えると帰っていく。

 決して夕飯をご一緒したり、泊っていったりということはしない。


 うーん、この近くに家があるのかな?

 そんなわけないよねぇ。

 見渡す限り山しかないもん。

 こんなところに住む物好きはアルカナちゃんくらいだよ。


「ミーユ! ミーユや! むさいジジイが帰ったのじゃ! やっと二人きりの時間じゃの!」

「はいはい。そうですね」

「今日の夕飯はなにかの! ミーユが作る料理は美味しいからの! 楽しみじゃの!」

「はいはい。そんなにレパートリーないですよ」

「ミーユのご飯ならなんでもいいのじゃ! ごっはんーごっはんー!」


 周りをピョンピョン跳ねるアルカナちゃんと家に戻る。

 わたしのほうが幼いのに、まるで姉のように彼女をあやしながら。


 あぁ~……前世でアルカナちゃんみたいな妹が居たら、うんと可愛がったろうなぁ。


 今も可愛がりたいのは山々だが、それは立場が許さない。

 わたしはアルカナちゃんの弟子なのだ。

 節度は守らねば……守らねば…………無理かも。


「師匠」

「なんじゃ?」

「手を繋いで帰りましょうか」

「! し、仕方ないのー、まったくミーユは子供なんじゃから!」


 こんな風に充実した日々を送っていたが、翌朝、わたしは不思議な出会いをする。


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