024 増える師匠
その日の午後からわたしのカリキュラムに剣術修業が追加された。
突然やってきたデルグラドと名乗る老人。
どうやらアルカナちゃんがわたしのためにわざわざ呼び寄せてくれたらしい。
実力は未知数だが、可愛らしい瞳をしたお爺さんだった。
ただし、ガタイは良いので、少なくとも弱くは見えない。
フード付きマントの内側にチラっと見えたが、腰の両脇に長短2本の剣を差していることから、間違いなく彼は剣士であろう。
「あの、よろしくお願いします。デルグラドさん……いえ、師匠」
「儂は弟子を取った覚えなどない。アルカンティアナの頼みで剣を教えに来ただけだ。だからデルグラド、もしくはデルくんと呼ぶがいい」
……それはもう、弟子ってことでいいのでは?
でもわたしは教わる側なんだし、上下関係はきっちりさせておいたほうがいいよね。
っていうか、最後のは何?
アルカナちゃんも同じようなこと言ってたよね?
この世界では定番の
「いえ。いきさつはどうあれ、ご教授いただく以上、あなたはわたしの師です」
わたしの至極真面目な返答で、少し固まるデルグラドさん。
そんなに予想外だったのだろうか。
それとも渾身のギャグを無視されたから怒っているのだろうか。
何と思われようが、『デルくん』と呼ぶ気はさらさらないので諦めてください。
……もしかして呼んでほしかったのかな?
「……アルカンティアナよ。儂は幼子に教えるはずではなかったのか?」
「んにゃ、ミーユは間違いなく幼子じゃぞ。魔力の波紋でわかる」
「……驚いた。最近の子供は随分としっかりしているのだな」
「そうじゃろそうじゃろ! ミーユは礼儀正しいし、頭も良い。一角の人物として扱うのじゃ。決して侮るでないぞ。ま、それは全てわらわの教えが良かったからじゃろうの。ミーユの資質を見抜きこの地へ……」
「ふむ、わかった。失礼したな、ミーユ」
「いえ。こちらこそ生意気を言って失礼いたしました」
「お主ら話を聞かんかい!」
「ではミーユよ。まずは剣を構えてみるがいい」
「はい!」
「わらわを無視するでない! 泣くぞ!」
ぎゃーぎゃー喚くアルカナちゃんを華麗にスルーし、わたしは大剣を中段に構えた。
「む。それがミーユの得物か?」
「はい……ダメですか?」
「いや。その体格でよくも大剣を持てるものだと感心しただけだ」
「そうですか」
「……仲間外れなのじゃ~……」
「では、振ってみせよ」
「はい、いきます。フッ! フッ!」
右足を踏み込んで縦に振る。踏み込んだ足を戻しながら振る。
いじけて地面にのの字を書くアルカナちゃんが可愛い。あとでいっぱい慰めよう。
デルグラドさんは無言でわたしの一挙手一投足を見つめる。
「ミーユは左利きか」
「はい」
「剣術は誰に習った?」
「えーと、その、独学と言うか、我流です」
実際、我流なのでまるっきり嘘ではないのだ。
VRMMOでは剣道を習っていても強さにあんまり反映しないと剣道部の子は言ってたよ。セオリーが通じないんだって。
モンスターは変則的な動きもするし、人型じゃないのもいっぱいいるからね。
だからわたしの剣術は、格好良く言えば戦いの中で鍛え上げられた剣、ということになる。
「そうか。それにしては動きが良い。まるで何年も戦ってきたような剣筋だ」
「そうじゃろう! わらわの弟子は魔術も剣の才もあるのじゃ! へへん!」
いや、へへんって。なんであなたが自慢気なんですかアルカナちゃん……
まぁ、ゲームの中では何年も戦ってきたんですけどね。
「よし。素振り止め」
「はい」
ふぅ、と息を吐きながら剣を降ろす。
どうだろう。デルグラドさんの御眼鏡に適っていればいいのだが。
なんて思っていると、デルグラドさんは短い方の剣を腰から抜いた。
「ミーユよ」
「なんでしょう」
「全力で打ち込んで来い」
「はい?」
そう言いながらダラリと腕を下げてわたしの前に立った。
「え、でも、これ真剣ですよ?」
「構わ……」
「構わん構わん! ミーユや、そのジジイを思い切りけちょんけちょんにしてやるのじゃ!」
デルグラドさんを遮ってまで、すっごい物騒なことを言うアルカナちゃん。
目がマジすぎて怖い。
彼に何か恨みでもあるのだろうか。
「うむ。鍛錬の時こそ全力を出せ。そして実戦の時こそ身体の力を抜くのだ」
「……はい!」
アルカナちゃんの発言を気にした風もなく、とても
やばい。
ちょっと感動した。
この人も尊敬に値する。
小さい頃だったのでうろ覚えだけど、ひい爺ちゃんもこれに近いことを言ってた。
ならば間違いなどない。
わたしはそう確信し、大剣を構え直した。
対するデルグラドさんは小剣を下げたままだ。
あの体勢からでもわたしの剣など容易く受け止められると思っているのだろう。
彼の立ち姿に隙など見いだせない。
だが隙だらけにも思える。
不思議な感覚。
殺気をまるで感じないせいだろうか。
まるで凪いだ水面のように静かな佇まい。
迷うな。迷いは剣を曇らせる。
ハンターベアの時もそうだった。
ならば相手よりも速く攻撃すればいい。
先手必勝。
速さはわたしの信条なのだ。
正面から最速の一撃を────あぁ……強い人と戦うのって、楽しいなぁ。
「ッ!」
全力で飛び込み、全力で剣を振り上げ、全力で振り下ろす。
それだけを意識した。
「!?」
目を剥いたのはわたしだ。
デルグラドさんは全く動かなかった。
あっ、やばい、わたしの剣が彼の頭に吸い込まれて行く。
このままではスイカみたいに……
ねぇ、何で動かないの?
ちょっ、今頃デルグラドさんの剣が上がってきた。
遅いよ!
ダメだダメだ!
全然間に合ってない!
わたしがわたしの剣を止めないと!
ふんぎぎぎぎ!
止まってえええ!
バファ
剣圧でデルグラドさんを中心に砂埃が舞いあがる。
砂粒がビシビシとアルカナちゃんの顔を容赦なく打ち付けた。
ハラリとデルグラドさんのフードが裂け、白黒のメッシュ状になった髪が見える。
良かった。頭は割れてない。
ギリギリ紙一重で寸止めに成功したのだ。
被害は目に砂の入ったアルカナちゃんが地面を転げまわったくらいで済んだ。
「す、すみませんデルグラド師匠! お怪我はありませんか!?」
「……」
「げっほげっほ……くっふふふふ! 何を泡食っておるのじゃデルグラド! じゃからミーユを侮るなと言ったじゃろうが! くーふふふもがー!」
涙目だが、してやったりな顔のアルカナちゃん。
あなたは何もしてないでしょーが。
と思いながらも、煤けたアルカナちゃんの顔をタオルでゴシゴシ拭う。
可愛い顔が埃だらけで台無しだもんね。
「いや、本当に驚いた。お前さんの才と力量を見誤った。剣を止めてくれなければ儂は真っ二つだったろう」
「くーっふっふっふー! しばらく見ぬ間に耄碌したんじゃあるまいの!」
「……かもしれん。完全に儂の負けだ。首を括って詫びよう」
「おう、なんの詫びにもならぬが吊れ吊れ!」
「えぇ!? 吊らなくていいですよデルグラドさん! だいたいアルカナちゃんだってわたしの魔術でお尻に火がついて……」
「やっ、やめるのじゃミーユ! それ以上言うでない!」
「……フッ」
「ジジイ! 鼻で笑うでないわ!」
なんだかんだで仲が良さそうな二人の師匠。
微笑ましいデコボココンビだ。
しかし、冗談が過激すぎませんかね?
「ミーユ」
「はい」
「明日から正式に剣術修行を開始する」
「……はいっ!」
こうしてわたしはデルグラド師匠に認められ、わたしもまた、彼に師事することを決めたのである。
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