023 欲張り幼女



「はっ! はっ! ふんっ!」


 気合の篭った掛け声と、大地を強く踏みつける音。

 辺りはまだ真っ暗だが、もう少しすれば明るくなるであろう時間。

 アルカンティアナ邸から数十メートル下り、斜面と斜面の間で平らになった踊場のような場所。

 そこがわたしの個人的な練習地だ。


 出来るだけ大きく踏み込み、腰を鋭く捻って拳を真っ直ぐ突き出す。

 右、左、右、左。

 平面が途切れるところで反転。

 左、右、左、右。

 愚直にそれを繰り返す。


 これは前世のひい爺ちゃんに習った拳法だ。

 今やっているのはかたですらなく、基本中の基本である突きだ。

 勿論、形も教わったが、わたしは大きく伸びやかなこの突きが大好きだった。

 小学生の頃……あれは8歳くらいか。その当時からこれだけは毎日続けていた。

 わたしの享年は15歳。つまり7年間だ。

 不登校の引き篭もりとなってからも、朝起きたらまずは突き、他の形を交えて1時間ほど身体を動かし、終える。

 年頃の乙女には似つかわしくない日課だが、もはや癖になっているのだ。


 まぁ、流石に転生後はアニエスタを脱出するまでやってる暇もなかったけれど。

 あーあ、死ぬまでは皆勤賞だったのにね。


 ともあれ、突然海外に渡ってしまったひい爺ちゃんがいつ帰って来てもいいように、わたしは練習を続けていた。サボっていてひい爺ちゃんにがっかりされたくない。

 なので、これはもうルーティンのようなものだ。

 やらないと一日が始まらないし、調子が出ない。

 そしてここに来てからは、この練習に加えて、大剣による素振りもおこなっている。

 新たに加わったルーティンだ。と言っても、前世では【DGO】にログインすれば、ほぼ一日中剣を振っていたわけだが。


 しかしわたしは死んだ上に転生してしまったので、師匠のひい爺ちゃんから拳法を教われなくなったのは返す返すも残念だ。

 でも今は別の師匠から魔術を学んでいるというのは、なんとも不思議な因果を感じる。


 そう言えばひい爺ちゃんとアルカナちゃんはなんとなく似てるかも。

 どっちも『基礎を怠るでない』って言ってたもんね。

 なんか口調もちょっと似てるし。ぷぷぷ。



 わたしがアルカナちゃんのところに居候してから一ヶ月ほど経過した。

 既に中級魔術の全てを修め、現在はその中級魔術と魔力制御の基礎練習を反復している。

 師匠曰く、わたしは異例の早さで中級魔術を使いこなしているらしい。

 もう少ししたら、いよいよ上級を伝授すると言っていた。

 非常に楽しみである。


 初級魔術は努力次第で多くの人が習得可能。

 中級魔術を複数属性覚えられれば一人前。

 上級魔術を使うにはある程度以上の才能が必要。

 超級魔術ともなれば魔術師の数千人に一人。

 絶級魔術は一万人に一人。

 奥義魔術は世界でも一握り。

 禁術を扱えるのはこの世に数名いるかどうか。


 ……だってさ。

 うん、まぁ、最後のほうは普通に無理だよね。

 でも取り敢えず上級魔術は覚えたい。

 師匠は才能があるって言ってくれたし。


 ちなみに、中級魔術は全属性が魔力放出系だったよ。

 ドバーっと出すの。ドバーっと。

 最初は加減がわからなくて、火を出せば家を燃やしそうになるし、水を出せば斜面は滝のようになるしで困っちゃった。

 勿論、メッチャ怒られましたとも。ええ。

 ちなみのちなみに、治癒魔術の中級はアルカナちゃんの考えにより教わることはできませんでした。

 治癒魔術だけは別系統なので覚えたければ自分で何とかせい、だって。

 わけわかんない。

 まぁ、骨折くらいなら初級の治癒魔術でも治せるらしいからいいよね。


 だけど、やっぱり魔術って面白い。

 師匠は『魔術とはお主が思うより、もっと出鱈目なものじゃ』なんて言ったけど、本当かも。

 組み合わせる属性と、込める魔力の多寡によっては色々出来そうだもん。


 などと考えていた時、ひょっこりとアルカナちゃんが顔を出した。

 眠たげに目をコシコシとこすっているあたり、子供っぽくて可愛い。

 寝巻は相変わらず無駄にセクシーな赤いネグリジェだけど。


「ふあぁ……ミーユや、また格闘術の鍛錬かの。毎日よく続くもんじゃ」

「あ、おはようございます師匠。早起きですね。まだ薄暗いですよ?」

「んにゃ。おしっこに起きただけじゃ」


 おしっこって……

 師匠も女の子なんだからさぁ。


「もう少ししたら朝ご飯を作りますから、出来たら起こしますね」


 大剣に持ち替え、素振りを開始しながらそう告げるも、アルカナちゃんはジッとわたしを見つめていた。

 眠そうではあるが、何やら思案しているようにも見える。


「……ふむ。お主はとても熱心に魔術に取り組んでおるが、剣術や格闘術も好きなんじゃの」

「はい。欲張りかもしれませんが、どれも大好きです」

「高い向上心を持つ感心な子じゃの。じゃが、怪我にだけはくれぐれも気を付けるのじゃぞ。んじゃ、おやすみぃ~……くふふふわぁわぁ~」

「はい、おやすみなさい」


 笑顔のまま欠伸をするというアクロバットを見せながら家に戻っていくアルカナちゃん。

 何やら含みのようなものを感じたが、なんせあのアルカナちゃんだ。大して意味はないのかもしれない。

 深くは考えないほうがいいだろう。



 それから数日後。


 午前中の魔術修行もそろそろ終わろうかという頃であった。


「ふんぬぬぬぬ! ……ん?」


 ここ最近のわたしは、中級魔術を極限まで絞る訓練をしていた。

 絞る、つまりは凝縮だ。

 高まった魔力を放出させる中級魔術を極限まで圧縮させる、この矛盾。

 魔力を使って大きくした魔術を、魔力を使って小さくするのだ。

 本当に意味がわからない。

 同じ魔術に2倍の魔力が必要なのだ。

 制御に要る精神力も集中力も倍増で、きついのなんの。


 まぁそれは置いておいて、そんな訓練中、遠くの空に何かが見えた気がしたのである。

 一言で言えば黒い点。

 一瞬UFOかと思った。


「んん?」


 と目を凝らせば、自動的に『望遠』のスキルが発動していた。

 それは、何やら大きな空を飛ぶ生物のようだった。

 しかもこちらへ向かってきているように見える。


師匠おやかた

「誰が親方じゃ。で、なんじゃ?」

「空から女の子が……じゃなくて、あそこの空に何か見えます」

「空?」

「なんか鳥っぽいですよ」

「ミーユは目が良いんじゃの。わらわには点にしか見えん……鳥? あー」


 額に手をかざして目を細めていたアルカナちゃんだったが、合点がいったかのように頷いた。

 ここら辺に生息するモンスターだったのだろうか。

 アルカナちゃんの表情からして強敵ではなさそうだし、魔術の試し打ちによさそうだ。


「心配せずともよい。あれは……」

「師匠。あれ、魔術で撃墜してもいいですか?」

「んにゃっ!? いかんいかん! 撃ってはならぬぞミーユ!」

「え~」


 口を3の形みたいに尖らせて抗議するわたし。

 せっかく丁度良さそうな標的なのに。

 だが師匠にそう言われては仕方がない。

 私は渋々と巨大化した火球を消した。


 その間にも鳥っぽい点はみるみる大きくなり、遂にはバッサバッサと豪快に羽ばたきながらアルカンティアナ邸の屋根に舞い降りたのである。


「ようやく来たようじゃの」


 アルカナちゃんの言った意味はすぐにわかった。

 鳥の背に何者かが乗っていたのだ。


 ちなみに鳥はやたらとデカい鷹である。

 翼を広げれば10メートル以上ありそうだ。

 ロック鳥かとツッコミたくなる。

 わたしなど一口でペロリだろう。


 それよりも注視すべきは、鷹の背からシュタッと飛び降りてきた人物だ。

 フードを被ってはいるが、白い髭が見えている。

 老齢の男性と思しい。


「遅いお着きじゃな。こののんびり屋さんめ」


 アルカナちゃんがそんな彼に話しかけた。

 しかもかなり気さくに。

 やはり知り合いのようだ。

 アルカナちゃんは、わたしと同じボッチだと思っていただけに、裏切られた気分だ。

 冗談です。


「久しぶりじゃのー」

「ああ。お前さんは変わらんな」

「……」

「で、件の話だが」

「うむ、この子じゃ。よく見てくれ。ミーユという」


 アルカナちゃんがわたしの背中をポンと叩く。

 全くわけがわからないが、反射的にわたしはお辞儀をした。


「冒険者ミーユです」

「ふむ……」


 大きなお爺さんはギロリとわたしを眺めた。

 睨んだのではない。

 よく見れば愛嬌のある瞳だった。

 だがわたしの奥底まで見抜くような眼光をしている。

 只者ではなさそうだ。


 っていうか、誰なのこの人。


「ミーユや」

「はい、師匠」

「この男はデルグラド。今日からお主に剣術を教える者じゃ」

「へっ!?」


 寝耳に水なアルカナちゃんの言葉だった。


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