022 内包魔力と内魔力密度



 修行開始から数日後。


 アルカンティアナ家の朝は早い────


 家主たるアルカンティアナ氏よりも早く、まだ夜も明けぬうちから起き出したのは、先日彼女の弟子となった可憐な冒険者。ミーユである。

 可憐ではあるがまだ幼き少女は、その小さな手で朝餉の支度をしている。

 幼さには似つかわしくなく、慣れた手付きでテキパキと炊事するミーユ。

 儚さと健気さを併せ持つ横顔は、なんとも愛くるしい。


 そんなミーユとは対照的に、家主であるアルカンティアナ氏の朝は遅い。

 今もベッドで大の字になり、布団から足をはみ出させて高鼾である。

 赤く大人っぽいネグリジェとは裏腹に、丸出しとなっているのは子供っぽいパンツ。

 彼女はまず、色香よりも恥じらいを覚えたほうがよかろう。

 可憐さと勇敢さ、そして上品さと勤勉さを兼ね備えたミーユを見習うべきである。


 なんちゃってね!

 そんなわけで朝ご飯作ってまーす。

 別に命令されたとかじゃないんだけどね。

 わたしがお腹減っただけ。

 この身体になってから、なーんか燃費が悪いんだよね。なのでたくさん作ってます。

 よーし、出来た。

 さて、ねぼすけ師匠を起こしますかね。

 あ、匂いにつられて起きてきた。鼻をクンクンする小動物みたいで可愛い。


 二人でもぎゅもぎゅと美味しくご飯を食べたら、早速修行だ。


「強い魔力は、強い精神力を持つ肉体に宿る! というわけで、今日はミーユの基礎体力を上げようと思うのじゃ」

「はいっ!」


 風は冷たいが、いいお天気の庭……と言うか斜面。

 高い山の上にあるこの場所で、しかもそこが斜面と来れば動くだけでも負荷がかかり、強度の訓練となり得るだろう。


「良い返事じゃ。では坂道を全力で走ってもらうのじゃ。始め!」

「いきます!」


 斜面を少し平坦になっている部分までの約50メートル付近目掛けて駆け下りる。

 そこでUターン。

 今度は一気に師匠のいる場所まで駆け上がる。

 その繰り返しだ。


 こういうの、前世で聞いたことあるよ。

 高山トレーニングだよね。

 酸素の薄い山で心肺を鍛える的な、よくアスリートがやるやつ。

 あれ?

 そう言えばわたし、随分高い山にいるはずなのに全然息苦しくないや。

 そんなスキル、【DGO】には無かったと思うけどなぁ。


 益体もないことを考えながら、ひた走る。

 しかし、軽快だったのは最初だけだった。

 実はこの訓練、上りよりも下りのほうが遥かにきついと気付いた。

 速度を維持しながらブレーキをかけるのは、身体へ多大な負担を与えるのだ。


「よし。休憩じゃ」

「はぁ、はぁ、はぁ」


 往復10本ほどで師匠から声がかかった。

 多少息は切れたが、心地良い疲労と言った感じだ。


「ふむ。ミーユは体幹の基礎ができておるのー。その年で大したものじゃ」

「えへへ」


 『なんで?』と聞かれても困るので、笑って誤魔化しておく。

 他人より多少体力があるのは、ステータス同期のお陰だと思うが、そんな説明を出来るはずがない。

 そもそも言ったところで信じてもらえまい。


「ならば次から、わらわを背負ってもらおうかの」

「……は?」


 こんな坂道をわたしよりも少し背の高い人間を背負って走れと言う。

 鬼か。

 ま、余裕だと思うけど。


「息は整ったようじゃの。休憩終わり! さぁ、おんぶするのじゃ!」

「は、はい」


 何故かウキウキ顔のアルカナちゃん。

 もしや、ただおんぶして欲しいだけなのでは。


「ゆくのじゃ!」

「いきます!」


 幼女の一人くらい背負ってもわたしの速度は変わらない。

 冒険者なら、誰もが荷物や武具を身に着けたまま戦うのだ。

 この程度が当たり前にこなせなければ、冒険など夢のまた夢なのである。


 ただ、この訓練には問題があった。


「はっ、はっ、はっ」

 ペシン ペシン モサモサ ペシン

「はっ、はっ、はっ」

 モサモサ ペチペチ モサモサ

「………………」

 モッサモッサ ペシンペシン 


 遂にわたしは足を止めた。


「あの、アルカンティアナさん?」

「なんじゃね、ミーユさん」

「毛がすっごい邪魔です!」

「毛!? 女の命になんてことを!? せめて髪と言わんかい! ふぎゃっ!」


 わたしはアルカナちゃんを投げ捨て、家まで走った。

 そして革鎧に縛っておいた革紐を何本かほどき、ブラシと手鏡を持って戻る。

 この紐は武具店のおばさんに貰ったものだ。


「いつつつ……なんなのじゃ……はっ!? まさかミーユ、わらわを捨てる気じゃな!? ここは姥捨て山ではないのじゃぞ!」

「敬愛する師匠を捨てたりしませんよ、人聞きの悪い。ほら、わざとらしくお尻を突き出していないで背を向けてください」

「???」


 訝しむアルカナちゃんを後ろに向かせ、わたしはモッサモサの髪をブラシで梳かした。

 それから真ん中で左右二つに分け、革紐で括る。

 いわゆるツインテールの完成だ。

 ……いや、これではバランスが悪い。

 テールが太すぎるのだ。


 ならば……こうして、こうだ!

 ポニーテールとツインテールの融合!

 名付けて『トライテール』の完成だッッ!


「おぉ……変わった髪型じゃの」

「あ、可愛いー! とっても似合ってますよ師匠」

「そ、そうかの? ……なんぞ、照れ臭いの」


 わたしに褒められ、テレテレのアルカナちゃんが手鏡に映っている。

 我ながら会心の出来栄えだった。

 3本のテールによって、アルカナちゃんの首筋も涼しそうだ。


「師匠は可愛いんですから、髪型にもこだわったほうがいいですよ」

「意識したことなかったのじゃ。見せたいやつもおらぬしの」


 まぁ、こんな山奥に住んでればねぇ。


「ミーユは髪も綺麗じゃし、朝晩欠かさず手入れをしておるの。気を使っておるのがわかる。おしゃれさんなのじゃな」


 そりゃあ、せっかく金髪に生まれ変わったんですし、ナチュラルブロンドには憧れもありましたから。

 アルカナちゃんだって、毛量は半端ないけど、濃紺みたいな色で綺麗な髪だと思いますよ。


「わかりました。明日からは毎日わたしが師匠の髪型を整えます」

「本当かの!? ミーユと同じ髪型にするのじゃぞ!」

「任せてください」

「うわーい!」


 わたしも訓練時には汗をかくし、邪魔になるから髪を縛ったほうがいいもんね。

 無邪気なアルカナちゃんも可愛いなぁ。


 そして修業は再開された。

 おんぶダッシュの後は、ウォーターボールを維持しつつ走る。

 勿論、アルカナちゃんを背負ったままだ。

 更には左手にウォーターボール、右手でウィンドボールを持って走る。

 流石に足と両手の3点を意識しながらは、なかなかにハードで難しい。 

 それでもなんとかこなして見せた。


「良いかミーユ、内魔力と外魔力を感じ取るのじゃ」

「はぁはぁ……はい!」


 内魔力は自分が持っている魔力。

 外魔力は普遍的に存在する魔力だ。

 場所や要因によって濃い薄いの差はあれど、概ね万物に魔力は宿るという。

 前世で言えば、エーテルやダークエネルギーのようなものだろうか。

 どちらも解明されていない未知の力だが、魔力は違う。

 実際に在ると確信できるのだ。

 確かにそれを口で説明するのは難しい。

 観測機器でもあるのなら証明しやすいのだろうが、この揺らめきや陽炎にも似た感覚をなんと表現すればよいのか。


 某宇宙戦争映画のフォースみたい……かな?

 いや、わたしはフォースなんて使えないけど。

 イメージ的にね。


「ふーむ。それにしてもミーユよ」

「はぁ、はぁ、なんですか?」

「お主の内包魔力量は凄まじいのー」

「内包魔力量?」

「うむ。体内に宿る魔力の総量じゃ」

「あー、なるほど」


 言うなればMAXMPのことだろう。

 確かに昨日は一日中魔術を使っていたが、魔力切れを起こさなかった。


 ……まさかステータスは下がってるのに、MPは下がってないとかじゃないでしょうね?

 【DGO】ではMPなんて5万くらいあったんだけど……大魔法でも消費MPは30とかだったよ……?

 もしそのままなら、そりゃ魔力切れなんて起こすはずないよね……


「うむ、よいよい。お主はあっさり初級魔術を習得するほど頭も良いし、生まれ持った内魔力密度も人より遥かに高い。内魔力密度とは、どれだけ魔力を圧縮出来るかの指標じゃ。魔術の威力はほぼそれで決まるからの。そして基礎体力もなかなかのものじゃ。よし、午後からは中級魔術の理論を教えようかの。明日からは実践じゃぞ」

「ホントですか!? やったぁ!」

「そうと決まれば、昼餉にしようぞ! 家に戻るのじゃ!」

「了解です師匠! それー!」

「あがががが! 速すぎるのじゃ! あぐぅ……舌嚙ひははんは……」


 アルカナちゃんを背負ったまま、喜び勇んで走るわたしなのであった。


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