021 裸の付き合い



 その後、水氷系以外の初級魔術も教わった。


 この世界には七つの属性魔術がある。

 すなわち、火炎、水氷、土鉱、風雷、治癒、そして天と冥の七属性だ。

 なぜ天と冥なのかは謎だが、光属性と闇属性に置き換えればなんとなく腑に落ちた。


 習った魔術は、ファイアボール、ウォーターボール、アースボール、ウィンドボール、キュアライト、ライトボール、ダークボールである。

 治癒魔術以外は全てボール系だった。

 これには一応理由があるらしく、初級魔術とは攻撃に使うよりも、魔力を元素転換させる訓練が主目的なのだそうだ。

 無論、そのままでも実生活に使えたり、相応の魔力を込めれば立派な攻撃魔術ともなるわけだが、まずは各属性の魔力を球状で維持し、魔術の行使に慣れさせ、無意識下に刷り込むのが肝要だと言う。


 特にわたしのように無詠唱しようとするなら大切なことなんだって。

 でも、ライトボールはまだわかるけど、ダークボールってどこで使うの?

 暗くしてどうするんだろ?

 昼寝する時のアイマスク代わりとかかな?

 ちなみに、初級回復魔術キュアライトの『ライト』は『右手』のことらしいよ。

 なんでも回復魔術は右手で行使すると効力があがるんだってさ。

 ライトボールのライトは、勿論『光』のほうね。


 それはさておき、いっぺんに7種の魔術を覚えるのはなかなかに骨が折れたが、どうにか習得し本日の修業を終えたのである。

 途轍もなく濃密で長い一日だった。


 脳と魔力を使いっぱなしだったので、空っぽのお腹がグーグーと不平不満を喚き散らす。

 アルカナちゃんと一緒に夕食を作り、わいわいお喋りしながら食べたご飯はとても美味しかった。

 ちなみにメニューは例の野菜スープとパン、お肉と野菜焼きに、わたしのリクエストでとろけるまで炙ったチーズ。

 これが美味しくないわけがない。

 三度もおかわりをしてしまったほどに。

 ポカンとしているアルカナちゃんを見て、少し恥ずかしくなった。

 やはりわたしは食べすぎなのだろうかと。


「ご馳走さまでしたー!」

「お粗末さまじゃ。さてミーユよ」

「はい?」

「風呂に入るのじゃ」

「あ、お風呂あるんですか?」

「うむ。乙女の嗜みじゃからの」

「わぁ! 嬉しいです!」

「そーかそーか。んじゃ、わらわの背中を流してもらおうかの」

「は?」

「さぁ、ゆくぞ」

「えっ、ちょっ、あーれー!」


 引きずるように脱衣所へ連れていかれ、あっと言う間に剥かれた。

 いやん。

 まぁ、女の子同士だし、幼女同士だし、つるぺた同士だし、さして羞恥心はなかったが。

 前世で『親睦を深めるには裸の付き合いも大事だぞ』とか言いながら、ひい爺ちゃんがパパとお風呂に入ってたのを思い出す。

 つまりこれもそう言うことなのだろう。


 広めの浴室には大きな木製の湯舟があり、桶やタライ、椅子も完備されていた。

 なるほど、これなら二人で入っても余るくらいだ。

 タライがあるのは下着などを洗濯するためだろうか。


「ほーれ、この椅子に座るが良い」

「え、そんな。まずは師匠から」

「何を言うか。はじめに愛弟子を清めるのが師匠の役目じゃ」

「そ、そうなんですか? じゃあお願いします」

「うむうむ。ミーユは良い子じゃの」


 アルカナちゃんはまず、湯船に向かい、なにやら唱えた。

 すると湯舟は温かな湯気の立つお湯で満たされた。


「すごい」

「火炎と水氷の合成魔術なのじゃ」

「へぇー、難しそう」

「んにゃ、お主ならすぐに出来るようになるじゃろ」


 アルカナちゃんは随分とわたしを買ってくれているようだ。

 わたしも出来るだけ努力してこの素晴らしい師匠に報いたいものである。


「ミーユ。目を閉じるのじゃ」

「はい? わぷっ」


 桶に汲んだお湯で髪を濡らされた。

 そしてアルカナちゃんは、袋から何やら粉を出し、両手でこするとみるみる泡立っていく。

 石鹼かシャンプーのようなものらしい。

 その泡でわたしの金髪を丁寧に洗ってくれた。


「この粉は髪に潤いを与えてくれるのじゃ。香りも良いじゃろ?」

「はい。お花みたいな香り……」

「お主の採取していたニュル花はこれに加工されておるのじゃ。ちと高価じゃがの」

「あー、あれってそうだったんですか」

「これの良いところは身体も同時に洗えることじゃな」

「わっ、ひゃっ、く、くすぐったいです」

「我慢せい。隅々まで洗ってやるからの」

「は、はい、う、うひひひ」


 くすぐったさのあまり、妙な声が漏れる。

 小さな子はくすぐりに弱いからだろうか。


「ミーユや。これは何じゃ?」

「うひひひ~……へ?」


 アルカナちゃんはわたしの胸を示していた。

 ぺたんこな胸元にはハートペンダント型の『女神の加護』がある。


 はて。

 どう説明したものか。

 正直に話しても信じてもらえない可能性が高い。

 そもそもわたし自身、このアイテムが何なのかすら知らない。知っているのは『女神の加護』と言う名前だけだ。

 今のところ、なにかの役に立ったような記憶はないが、これは女神ネメシアーナとの絆であるし、大切にしたいと思っている。

 そうなると気になってくるのがネメシアーナ自身の立ち位置だ。

 ネメシアーナが聞けば怒るだろうが、この世界では邪神扱いされているかもしれないのだ。

 邪教だ異端だ魔女狩りだ、と騒がれても困る。

 なので取り敢えずは誤魔化しておくほうが無難だろう。

 尊敬する師匠に隠し事をしているようで少し心苦しいが。


「これはですね、祝福のろいがかかっているみたいで外れないんです。いつの間にかくっついてて……」

「ふむ。なるほどの……じゃが呪いにしては邪悪さを全く感じぬの」


 ギクゥ。

 鋭いですね。さすが師匠。

 でも、邪悪じゃないってさ、ネメシアーナ。よかったね。


「まぁよかろう。お主に害を与えるものではなさそうじゃ。それに、祈りと呪いは表裏一体じゃしの」

「? どういう意味です?」

「どちらも『そうなってほしい、こうであってほしい』という願いじゃろ」

「願い……! 確かに、言われてみればそうですね。師匠すごい! 尊敬です!」

「くふふ、褒めても何も出ぬぞ~」

「さぁ師匠! 今度はわたしが洗ってあげる番ですよ!」

「うむ。わらわは初めてじゃから優しくするのじゃぞ」


 ズッコケそうになる。

 もう少し言い方を考えてほしい。


 わたしはものすごい毛量の髪に湯をかけ、泡立てた後、指先の腹を使って頭皮を優しく揉みほぐすように洗っていく。

 アルカナちゃんはすぐにうっとりとした顔となり頬を紅潮させた。


「あぁ~……良いの~……とってもいい気持ちじゃ~……ミーユは上手じゃの~……あぁん、もっとぉ~」


 彼女はなんだか誤解されそうな発言を繰り返している。

 だが、何かを思い出したように目を開けた。


「そうじゃ。ミーユや、洗濯物は出したかの?」

「あ、はい」

「ついでに洗濯もしておこうかの」


 泡だらけのまま脱衣所に消え、わたしと自分の服を持って現れたアルカナちゃん。

 タライに魔術で水を入れ、洗剤らしき粉と服をドボン。

 どうするのかと思いきや、水と共に衣類がグルグルと回り始めた。


 洗濯機!?

 あ、そうか。

 魔術で水流を作り出してるんだね。

 その発想はなかったわー。

 さっきのお湯といい、こんなのゲームじゃ有り得ない応用法だよねぇ。

 本物の魔術ならではって感じ。


「ほれ、続きを頼むぞ」

「はーい」


 アルカナちゃんの頭と身体を満遍なく洗い終え、今度は二人で湯舟にドボン。

 丁度いいお湯加減で、わたしの疲れた身体を包み込んでくれた。


 あぁ~……極楽極楽~。


 完全にお婆さんのような感想だが、この世界へ来て初めてのお風呂なのだ(正確には魅冬わたしの覚醒から初めて)。

 積み重なった疲労やストレスが流れ出ていくようであった。 


 ここまで色々あったもんねぇ……はぁ……お風呂最高~。


 のじゃロリババア(失礼!)っぽいアルカナちゃんはどうかと見れば、今にも昇天しそうな顔で浸かっていたはずが、いつの間にか正面から消えていた。

 気付かぬうちにわたしの背後に回り、抱っこするように後ろから抱きしめていたのだ。

 まるで我が子を抱く慈母の表情で。

 いや、恍惚としているようにも見えるが。


「ミーユや。わらわの弟子になりたいと言ってくれたこと、本当に感謝しておるのじゃ」

「なんですか急に。感謝してるのはわたしのほうですよ」

「こんなに充実した気持ちになったのはひさしぶりなのじゃ」

「お互い様ですよ。わたしも魔術の授業、すっごく楽しいですもん。師匠の教えかたもわかりやすいですし、最高の先生と出会えたんだなって思います」

「~~~~! ミーユー!」

「ぎゃー! ほっぺにちゅーしないでください! うぎゃー!」


 昼間と逆の構図なのは、アルカナちゃん流の仕返しだったのだろうか。


 何はともあれ、大騒ぎの末に湯舟のお湯がほとんどなくなり、ヘクチンとくしゃみをしながらお風呂から出るおバカさんなわたしたちなのであった。


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