019 幼女が幼女を師と仰ぐ



「こりゃ。ミーユと言ったか。お主、レディに年齢を尋ねるとは野暮じゃぞ」

「あ、はい。すみません……って、わたし訊いてないですよ!?」

「ん? そうじゃったかの。まぁ訊きたいとは思ったじゃろ」

「え。ま、まぁ」

「訊いてみるがよい」

「あの、失礼ですがアルカナちゃんはおいくつなんですか?」

「ナイショじゃ!」

「……」


 なんなの!?

 いや、落ち着けわたし。

 今のはこの世界特有のユーモアなのかもしれないでしょ。

 全然笑えないけど。むしろ軽くイラついたけど。

 クレバーになるんだ。わたしは大人、わたしはクールビューティ、わたしは大人、大人……


 そうだ。よく考えてみれば見た目と中身が一致しない可能性だってあるじゃないか。

 現にわたしがそうなのだから。

 実例がある以上、わたし以外にもいたところで何ら不思議ではない。

 アルカナちゃんがこの本を書いたと言うなら彼女は魔法使い。

 ならば魔法で顔形を変えているとも考えられる。


「この魔術読本初級編はわかりやすさを第一に書いたものじゃ。早ければ5歳くらいで魔術を習い始める子もいるからの。代わりに中級編以降は専門的に記したのじゃ。習得難易度もここから跳ね上がるでの。まず初級では体内の魔力を励起し、制御と循環を……」


 聞いてもいないのにベラベラと解説しまくるアルカナちゃん。

 話している内容からして、本当に彼女が著者らしい。

 しかもかなり詳しそうだ。

 もしやこう見えて名のある大魔法使いなのだろうか。

 だとしたら渡りに船と言える。

 わたしは先程まで本格的に魔法を学びたいと考えていたのだから。


 わたし以下ってことは無いだろうし、例え初歩の魔法しか使えない人だったとしても、基礎すら知らないわたしよりは遥かにマシだ。得るものは必ずあると思う。

 よし、駄目元でお願いしてみよう。


「アルカナちゃん。お願いしたいことがあります」

「なんじゃ?」

「わたしに魔法を教えてください!」

「断る」


 駄目だった。

 即答だった。


「なんで!?」

「わらわは魔法など使えぬからじゃ」

「はい!? だってこの本を書いた人なんでしょう!?」

「お主は勘違いしておるようじゃが、魔法と魔術は全く別のものじゃ」

「???」

「ふむ、さてはミーユ。お主、田舎者じゃな? 良いか、我々が普段使っておるのは魔力を七大元素に変換する術式じゃ。これを魔術と言う。対して、奇跡に代表される、凡そ人には成し得ぬ領域の顕現。それを魔法と言うのじゃ」


 ……なるほどわからん。

 いや、なんとなく言いたいことはわかるけど。

 要は認識のズレだね。

 わたしが魔法だと思っていたものが、この世界では魔術と呼ばれてるだけって感じかな?

 そう言われると、こっちの人はみんな魔術って言ってたような気がする。

 ネメシアーナだけはわたしがわかりやすいように合わせてくれてたっぽい。なんて頭の柔軟な女神なの……


 よーし、だったら改めて。


「アルカナちゃん! いえ、アルカンティアナ師匠!」

「なんじゃ?」

「わたしに魔術を教えてください!」

「よかろう」


 オーケーだった。

 即答だった。

 まるでアルカナちゃんに後光が差しているようだ。

 うおっまぶしっ。


「やったあ!」

「うむうむ、お主は無邪気で愛いやつじゃの。このわらわを師匠と崇めるとは、幼いのに物事の真贋をわかっておる……師匠……あぁ、なんと甘美な響きなのじゃぁ~」


 ニマニマしながらわたしの頭を撫でまくるアルカナちゃん。いや、師匠。

 わたしが師事したのがよほど嬉しかったのだろうか。

 ……きっと嬉しかったのだろう。


 たぶん、あくまでもたぶんだが、彼女はこの幼女な見た目だ。

 世界中で読まれる魔術書ベストセラーの作者ですと言ったところで、誰にも信じてもらえなかったのではないか。

 うん。憶測なのに、すっごい説得力。


「わらわの教えは厳しいぞ? 幼いお主に耐えられるかの?」

「望むところです。ビシビシ鍛えてください」

「ッ~~~! ミ~ユ~!」

「いだだだだ!」


 返答が気に入ったのか、堪らなくなった様子のアルカナちゃんは喜色満面で身体を縮め身震いすると、いきなりわたしに抱きついてきた。

 そして真っ赤なほっぺで頬ずりしまくってる。

 ぷにぷにほっぺは気持ちいいが、体中が痛いわたしにとってはある意味拷問だった。

 しかし、この肌のきめ細やかさと瑞々しさ。

 少なくとも彼女の肌年齢は間違いなく幼女だ。


「おお、すまぬすまぬ。痛かったかの。ちと待っておれ……慈悲深き女神よ、癒しの御業を施したまえ……キュアライト!」


 わたしを抱きしめたままアルカナちゃんは何事か呟いた。

 同時にわたしの身体が温かな光に包まれ痛みが引いていく。


「師匠、今のは治癒魔術ですか?」

「うむ、そうじゃ。初級じゃがの」

「もしかして、わたしの腕を治してくれたのも師匠?」

「うにゃ、それは違う。わらわの治癒魔術は中級までしか使えぬでの。失った腕を生やすなど、とても無理な話じゃ」

「じゃあ誰が……」

「たまたまここに立ち寄っていた見習い聖女じゃ」

「見習い聖女!?」


 またすごいパワーワードが出てきたものだ。

 そもそも聖女に見習いとかあるのだろうか。

 普通は実績や功績によって周りが尊称するものだと思う。

 自称なら胡散臭すぎる。


「まだ若いがあやつは絶級の治癒魔術を扱えるでの」

「絶級?」

「うむ。どの属性魔術にも共通して、初級、中級、上級、超級、絶級、奥義、禁術の七階級あるのじゃ」

「へぇー」

「治癒魔術の絶級ともなると、欠損した部位の再生も可能となるのじゃ」

「すごい! 覚えたら便利そう!」

「たわけ」

「あたっ」


 ポコッと頭を叩かれた。

 なんなの、もう。


「初級の治癒魔術は広く知られておるが、高位の術式は各神殿の秘儀なのじゃ。一般人には完全に秘匿されておる。どうしても学びたいなら修道女から始めるほかない」

「えー」


 ちょっとショック。

 だけど習ったところでわたしが覚えられるとは限らないし、お坊さんになる気はない。

 なる気は全くないが、教わる手段は他にもありそうだ。


「でも、治してくれた人にお礼くらい言いたいです」

「既に出立してしまったからの。じゃが、あやつは啓示を受けて各地を放浪しておるし、そのうち会うこともあるじゃろ」

「そうでしたか。残念です」


 しょぼんとしてしまったからか、アルカナちゃんは優しく背中を撫でてくれた。

 残念なのは、その治してくれた人に直接頼み込んで治癒魔術を教わろうと思ったからなのだが、もういないのではどうしようもない。諦めよう。

 これは決して浅ましいのではない。せめて貪欲と言って欲しい。


「さて、早速始めるとするかの」


 アルカナちゃんがベッドからモソモソと降りる。

 動きが可愛い。

 しかしあの長い髪の毛、邪魔じゃないのかしら。


「まずはミーユの魔力を見る。それによって指導方針も変わるでの」

「はい」

「では魔力を出してみよ」


 って、え?

 ベッドの上で魔術を使うの?

 大丈夫かな。

 まぁ、師匠がやれって言うならいいか。


「えいっ!」


 掛け声と共に右手から勢い良く噴き出す炎。

 再生された右腕は問題なく機能しているようで嬉しい。


「あちゃ、はちゃ!」

「あ」


 アルカナちゃんのお尻から煙が。

 飛び火したのだろうか。


「たわけ! 室内で炎を使うやつがあるか!」

「ご、ごめんなさい師匠!」

「清らかなせせらぎよ、雫となりて水の恵みを与えよ。ウォーターボール!」


 アルカナちゃんの掌からいくつもの水の玉が現れ、パチャパチャと火を消していった。

 飛沫がわたしにもかかるが、文句など言わない。言えない。


「すみませんでした」

「うにゃ、よいよい。わらわも説明不足じゃったからの。ミーユがド初心者じゃと言うことを失念しとった」

「ド初心者……」


 悔しいが全く言い返せなかった。

 いくら【DGO】では魔法の熟達者だったとしても、この世界においては生まれたての赤ん坊と大差ないわたしなのだ。

 甘んじて受け入れよう。


 ミーユは『ド初心者』の称号を得ました!

 いらんわそんなもん!


「じゃが、驚いたのじゃ。その幼さで無詠唱とはの。しかもいささか手順も法則もいい加減ではあったが、中級火炎魔術のフレイムエミッション相当の炎じゃったぞ」

「は、はぁ、そうなんですね」

「なんじゃ? 自分で何をしたかもわかっておらぬのか? まぁよい。くふふ……これは楽しみになってきたものじゃの~……くふふ、くふふふふふ、くふげっほげっほ」


 なにやら肩を震わせて不敵に笑うアルカナちゃんなのであった。


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