018 第一回 一人反省会



「ほー、もう身を起こせるとは。まだ幼いのに大したものじゃの」


 どの口で言うの、とツッコミたくなるような幼女が室内に入ってきたのだ。

 ただし、ものすっごく可愛い。


 紺色っぽい不思議な色の長い髪。床についてしまいそうなすごい毛量。

 白と黒を基調とした、これまた不思議な服。強いて言えば、前世の巫女服に少し似てる。

 くりんと大きな瞳は黒い。だが、角度を変えると水色にも見える。やっぱり不思議。


 キャルロッテわたしと同い年か、ちょっと年上くらいかな?

 パッと見は10~12歳?

 小さい子の年齢ってよくわかんないや。

 あ、もしかしてこの子が倒れてたわたしを運んでくれたのかな。

 だったら恩人じゃん。

 違うかもしれないけど、一応お礼を言っといたほうがいいよね。


「あの、わたしはミーユ。冒険者です。助けていただきありがとうございました」


 本来であれば、きちんと立って言うべきだろうが、上半身を持ち上げているので精一杯だった。

 なので、ペコンと頭だけを下げる。


「わらわはアルカンティアナじゃ。親しみを込めて『アルカナちゃん』と呼んでくれても良いぞ」

「は、はぁ」


 なんだかタロットカードみたいな略称だがそれでいいのだろうか。異世界だからタロットなんて無いとは思うが。

 しかし確かに長い名前ではある。

 だけど初対面の人をいきなり愛称で呼ばわるのはどうかなぁ。

 まぁ、命の恩人の希望ならそれもやぶさかではないけど。


「ふーむ。お主は小さいのに礼儀が良く出来ておるのう。感心感心」


 わたしと大差ない年齢のアルカンティアナ……アルカナは満足気に頷きながら、手にしていた布のかけられたトレイをサイドチェストに置いた。

 ふわりと漂ういい匂い。途端にお腹がギュウと不平を漏らす。


「腹が減ったじゃろ。食事を置いておく故、温かいうちにゆるりと食すが良い。よ~く嚙むのじゃぞ、良いか?」

「はい。ありがとうございます」

「ま、何日でも養生していくがいいのじゃ」


 アルカナはそう微笑んで、手を振りながら出て行った。

 室内は再び静寂に包まれる。

 その数瞬後、わたしが後悔したのは言うまでもない。


 ああああ!

 他にも色々聞きたいことがあったでしょーに!

 わたしのバカ!

 食べ物に気を取られるなんて!


 とは言え、彼女アルカナはここの住人らしいし、またすぐ会うことになると思う。

 話はその時にすればいい。


 変な口調だけど優しくて可愛くていい子だったなぁ。

 この世界に来て初めて同年代くらいの子と喋った気がする。

 前世ではイジメっていうかシカトっていうか、話しかけてももらえなかったし、なんだか新鮮。

 お友達になれるといいね。

 おっとぉ。わたしの中のキャルロッテも激しく頷いてるよ。

 ヘドバン? 首、痛めちゃうよ?


 ただひとつ気になったのは、他の家人の気配がしないことだった。

 彼女はあの年齢で一人暮らしなのだろうか。

 もしかしたらわたしのように親御さんを亡くしているのかもしれない。

 祖父母と暮らしているからあの口調が移ったとか?


 でも、もしそうだとすると似たような境遇だし奇妙な親近感は湧くよね。

 ややっ! そう言えば今のわたしは住処どころか定宿すらない根無し草だった!

 自由気ままなホームレス! ウェ~イ!


 虚しすぎる……バカやってないでご飯食べよ……

 あ~お腹空いた~!


 布を取ると、まだ湯気の立つ野菜スープとパン、そして分厚いチーズ。

 とても唆られる香り。

 気分はアルプスの少女である。

 チーズがとろけていたら完璧だったろう。


 美味しそう……!


 わたしは手を合わせてから、合わせられる両手があることにも感謝しつつ、いただいた。

 ハムッ! ハフハフッ! とまではいかないが、食べ出すと一気に食欲が爆発した。

 まるで数日間なにも口にしていなかったかのように。


 ……あり得るね。何日か気を失ってたのかも。

 それよりなにこれ。超美味しい!

 わたしも結構自炊はしてたけど、こんな手の込んだスープは作れないなぁ。

 前世だと鍋に野菜とコンソメぽいー! で、大体美味しく出来ちゃうしねぇ。

 ……あ、あれ……? なんでだろ、涙が出てきた……うっうっ……おかわり欲しい……


 あまりにもご飯が美味しかったからか、それとも生き延びた安堵感か。まともに戦えなかった悔しさか。

 あるいは全部か。

 わたしは涙を流しながら、アルカンティアナに言われた通り、よく噛んで味わった。

 それは生きる喜びだった。


 お腹も心も満たされたわたしは、今回の件を振り返ることにした。


 第一回、一人反省会~!

 どんどんどんどんぱふぱふ~!


 さぁ、というわけでね、記念すべき第一回が始まりました。

 では、早速反省してまいりましょうー。

 真面目にね。ハイ。


 敗因としてまず真っ先に考えられるのは、調査不足だ。

 ハンターベアが出没する可能性があると聞いていたにもかかわらず、事前に調べることさえしなかった。

 結果的に相討ちまで持って行ったものの、内容的には完全に負けていた。

 生態や弱点などを知っていれば、もっと落ち着いて立ち回れたのは明らかだ。

 【DGO】をプレイ中にはきちんと強敵の情報を頭に入れてから挑んでいたというのに。主にサヤッチのせいで。

 やはりわたしは異世界転生に浮かれていて、尚且つ、この世界を舐めていたのだと猛省する。


 そしてもうひとつ。

 ハンターベアと向き合った際に生じたあの得体の知れない恐怖感と絶望感だ。

 クールビューティー(?)で通してきたわたしが、あれほど無様に怯えるなんておかしい。

 誰が何と言おうと、おかしいったらおかしいのだ。

 現に今思い出してみても、さほどあの熊が怖いとは感じない。むしろ腕をムシャムシャ食べられてムカついているくらいだ。

 だとするなら、ハンターベアがわたしに何かを仕掛けたと考えるべきだろう。

 例えば、精神攻撃とか。ある種の催眠術とか。

 それが一番納得できるし、辻褄も合う。

 もう一度言おう。わたしはクールビューティーなのだ。


 ちなみに【DGO】では精神攻撃と言うものがない。

 脳への強い負荷で、実際に発狂してしまう者が出てしまうからだと聞いた覚えがある。

 なので、未体験のわたしがまんまと掛かってしまったのもやむを得まい。

 これも猛省しておこう。


 そして最後のひとつ。

 これは反省と言うよりも分析に近いのだが、気付いたことがある。

 いくらハンターベアが強敵だったとはいえ、ああもあっさりわたしの腕が食いちぎられるものなのだろうか。

 女神ネメシアーナは言っていた。

 わたしの身体能力は【DGO】のアバターに同期してある、と。

 【DGO】におけるわたしのステータスの内訳はこうだ。


 ベースレベル:99

 スキルレベル:99

 ストレングス:150+170(補正込み)

 バイタリティ:50+80(補正込み)

 インテリジェンス:80+110(補正込み)

 アジリティ:200+200(補正込み)

 デクステリティ:90+50(補正込み)

 ラック:70+30(補正込み)


 と、まぁこんな感じである。

 他にも物理防御力や魔法防御力などもあるが、今は割愛する。

 ちなみに前の数字が素のステータスで、プラスの数字が装備やパッシブスキルなどによる補正値だ。


 客観的に見ても敏捷性と筋力重視のありがちなステータス構成だと思う。

 しかし問題は体力の部分だ。

 素のバイタリティが50もあれば、並みのモンスターから受けるダメージはたかが知れている。

 そもそも200を超える敏捷性ならば、敵の攻撃など滅多に当たるものではないのだ。


 なのにハンターベアは全ての攻撃をわたしに命中させた。

 あまつさえわたしの防御力を貫通し、死にかけるほどの大ダメージを与えてきた。

 これは一体何を意味しているのか。


 憶測でしかないが、ゲームになぞらえるのなら、わたしは現在、状態なのではなかろうか。

 9歳と言う今の肉体年齢によるものか、転生による弊害なのかはわからないが、それに伴ってステータスが下がっているとは考えられないだろうか。


 しかし、レベルが最低の1まで落ちたとは考えにくい。

 なぜなら大剣を軽々と振り回し、大の大人たちを軽くあしらってきたのは事実なのだから。

 とは言え、中途半端にだろうとレベルダウン自体は間違いなくしていると思っておいたほうがよさそうだ。


 でも、今まで見て来た限りだと、この世界にレベル制なんてないと思うんだけどなぁ。

 ハンターベアを倒したのに、なーんも起きなかったし。

 うーん、謎だ。


 答えを聞こうにも既にネメシアーナはいない。

 なのでこれはあくまでも仮説にすぎないが、戒めとして心にとどめておく。

 心に懸念があれば無茶や無謀な行動を慎む枷となるだろう。


 返す返すもわたしは油断し、慢心し、舐め切っていたのだ。


 ぅあぁ~失敗したぁ~。

 大体、ネメシアーナもいけないんだよ。

 この世界は厳しいところだって最初に教えてくれればいいのにさ。

 やれステータスを【DGO】に準拠しておいただの、やれ大抵のことは出来るだの散々おだててたくせに。


 人、これを責任転嫁と言う。

 自分を棚に上げると言う。

 被(かず)けると言う。

 どうやらわたしはまだ反省が足りていないらしい。


 うあぁ……ごめんね、ネメシアーナは悪くないよね。

 キャルロッテもプクッとほっぺたを膨らませないで~。

 わたしが悪ぅござんしたぁ~。


 でもねでもね、あんなおっかないのが街の割と近くの森にいるなんて普通思わないじゃん?

 しかもフェイントかけてくる熊とかおかしいでしょ。

 今思えば茂みにあいつが隠れた時、魔法で一帯を焼き払うとかするべきだったかも……

 ……魔法か……魔法もなぁ、なーんか思ってたのと違うって言うか、違和感があるんだよねぇ。

 そこらへんをちゃんと理解できれば大きな武器になると思うんだけど……遠距離なら魔法、近距離なら剣って感じに。

 やっぱりきちんと勉強しておくべきだよ。うん。


 よし決めた。

 当面の目標はわたし自身が強くなること!

 魔法も剣も鍛えなきゃ、この世界じゃやっていけない!

 というわけで、反省会終了っ! お疲れ様でした!


 あ、そだ。


 ふと思い出し、アイテムボックスをまさぐる。

 取り出したのは一冊の本。

 厚い革の表紙には『魔術読本初級編』と書いてあった。

 パラパラとめくる。


 ……うん。おばさんもいってたけど、ホントに子供向けだこれ!


 内容は初歩的な魔法の概要である。

 ただ、子供でもわかりやすく、丁寧に書かれているのは好感が持てた。

 どうやら中級編、上級編と続刊しているらしい。


 うーん、そっちも読んでみたいね。

 中級編からは大人向けっぽいし……

 まぁいいや。まずはこれを熟読するところから『わたし強化作戦』を始めよう!

 ……ん?


 わたしの目が止まったのは巻末の短い一行だった。


 『著者 アルカンティアナ・ネメアシス』


 と、記されている。


 え……アルカンティアナって、さっきのアルカナちゃんと同じ名前よね?

 変わった名前だと思ってたんだけど、同一人物とか?

 あはは、まさかね。

 アルカナちゃんはまだ小さいもん。


 ガチャリ


「どうじゃ、食事は終わったかの? おぉ、ちゃんと食べたようじゃな。良い子じゃ。身体を治すには体力を付けねばならんからの」


 食器を下げに来たのだろう。

 アルカナちゃんは完食したトレイを見てニコニコしながらわたしの頭を撫でた。

 わたしが『ごちそうさまでした。とても美味しかったです』と言うと、彼女は非常に嬉しそうだった。どうやらアルカナちゃんの手作りご飯だったようだ。

 そして、彼女の黒にも青にも見える瞳がわたしの持った本に移る。


「こりゃまた懐かしい。わらわの著書がまだ出回っておったとはのー」

「えぇ!? これってアルカナちゃんさんが書いたんですか!?」

「さんはいらぬのじゃ。うむ、いかにも。だいぶ昔のことじゃがな」


 噓ォ!?

 アルカナちゃんっていくつなの!?


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