015 ある日、森の中



「ふぅ、ふぅ」


 息を切らせながらシャックン草とニュル花を集めまくる。

 アイテムサーチのお陰で効率は段違いに上がった。

 採取した薬草はラムダル武具店のおばさんに貰った二つの麻袋へ種類ごとに次々と放り込む。

 袋がいっぱいになったら、これもオマケで貰った何本かの革紐で口を縛れば担ぐこともできるだろう。


 そう言えば、おばさんは飴玉もいくつかくれた。貧乏なわたしへの憐れみだろうか。

 それを舐めながら作業しようかとも思ったが、結構お高いらしいので勿体ないし我慢しよう。

 依頼達成の暁には、ご褒美にたっぷりねぶってあげる。

 しかし、あのおばさんは本当にいちいちわたしを子供扱いするものだ。

 いや、まごうことなき幼女なんだけれども。


 ふー、春先くらいの気候でも動いてると暑いね。雑草の匂いもすごいし。

 やっぱりゲームと現実は違うなぁ。

 VRMMOがいくらリアルって言っても、嗅覚は無いんだよね。

 そこまで再現しちゃうと、現実とゲームの区別ができない人も出てくるからなんだって。

 まぁ、嗅覚関係なしに区別ができてない人はいっぱいいたけど……

 いわゆる依存症ってやつ? きゃーこわ~い。


 完全に自分を棚上げしながら採取を続ける。

 ゲーム漬けだった日々を忘れたわけではないが、それももう過去ぜんせの話だ。

 今はそのゲーム経験を活かして現世を生きている。

 人生、何が役に立つか本当にわからないものだ。

 そう思えば前世での自己嫌悪にまみれた自堕落な生活も、さして悪くなかったのではなかろうか。


 いやダメでしょ。

 人として。


 ズビシッと何もない空間にツッコミを入れる。

 わたしとて頭ではわかっているのだ。

 あのままでは自分がダメになっていく生き方だったと。


 せっかく生まれ変われたんだから、今度はちゃんと本気で生きなきゃ、キャルロッテにも申し訳ないよね。

 うん。頑張ろっと。


 そう誓う。

 ただし、真面目一辺倒に生きるつもりはない。

 面白おかしくがモットーだ。どうせなら楽しく生きたいじゃない?

 わたしの中のキャルロッテも、うんうんと頷いている。


 最近気付いたのだが、キャルロッテとはわたしの魂から分かたれたもうひとつの人格なのではあるまいか。

 9年前、アニエスタ王妃である母フローリアが懐妊した際、わたしの魂はそこに宿った。

 以来、前世の記憶が甦るまでの9年間、わたしの魂はキャルロッテとして生きてきたわけだ。

 だからこそすんなりと受け入れることが出来たし、キャルロッテの痛みや悲しみ、そして喜びもわたしの中に息衝いているのだ。


 仮定でしかないが、確信めいた思い。

 女神ネメシアーナは多くを語らなかったものの、そんな気がしてならなかった。


 え?

 あれ?

 ちょっと待って、今何時?

 気付いたら薄暗くなってるんですけど!

 もう夕方!?


 脳が弛緩してしまうような暖かさと、延々と続く単純作業によって、わたしの時間感覚は完全に麻痺していたようだ。

 哲学的な思考に陥っていたのもその一因だろう。

 見れば二つの麻袋はパンパンになるほど膨れ上がっている。

 流石ゲーム脳。ボーッとしていても手は休むことなく動いていたらしい。

 しかし採ったはいいが、これほどの量を買い取ってもらえるのか不安だ。


 す、少ないよりも多いに越したことはないよね? ねっ?


 ともあれ、このくらいにして帰るほうがよかろう。

 ファトスの街に着くころにはきっと真っ暗だ。


 わたしは袋の口を縛り、背負ってからアホだと気付く。

 何のためのアイテムボックスなのかと。

 自分の頭をポカッと叩き、誰も見てないのにテヘッと舌を出して笑う。

 お約束だ。

 そして一旦下ろした袋をボックスに仕舞おうと思った時だった。


 ガサガサッ


 繁みが揺れ動き、人影が現れたのだ。


「お? なんだこいつ?」

「こんなところにガキがいやがる」


 普通の冒険者よりも多少小汚い身なりの男が二人。

 鋭い目付きと音の出ない足運びからして、とても真っ当な一般人とは思えない。


「おいチビ助、一人で何やってたんだ?」

「依頼だけど……」

「依頼ィ? ってこたぁ、そのデケェ袋は採取物か」

「こんなチビで冒険者なのかよ……ほぉー、こりゃまた随分と大漁だな。中身は薬草か? 持っていくとこへ持っていきゃ結構な額になりそうだぜ」


 しまった。

 わたしってば何を馬鹿正直に答えちゃってるの。

 無視すればいいだけなのに。

 まだ娑婆っ気が抜けてないのかな。いつまでもゲーム感覚じゃまずいよね。


「へっへっへ、そんなに怯えた顔するなよ」

「なぁ、おチビちゃん。オレたちゃ何もおめぇさんを取って食おうってんじゃねぇんだ。そいつを置いて大人しく帰ればいいんだぜ」

「いや、オレは食いてェ」

「……おめぇはほんと好き者だな。あんなつるんぺたんの何がいいんだか……」

「ケヒヒ、お前こそ帰らせる気もねぇ癖によく言うぜ。どうせ後でどっちも売っちまうんだからいいじゃねぇか」

「手ェ付けたら高く売れねぇだろが」


 男たちは見た目通り盗賊か山賊のようだ。

 近辺に大きな山はないから盗賊だろう。

 こんな幼い子から奪おうとするなんて、相当な小物の盗人だ。

 しかも口ぶりからして、人攫いの常習犯な下衆であると見た。


 別に怯えてはいないけど、好き勝手言われるのは気に食わないね……

 誰がつるんぺたんか!


 これまでも屈強な騎士と渡り合ってきたわたしならば、こんな連中に負ける要素は皆無だ。

 二、三発ほど殴れば決着は付くと思う。


「おじさんたち。人の物を盗っちゃダメって教わらなかったの? 言っておくけど、わたしはこれでも冒険者だよ。それでもやる気なの?」

「おー怖!」

「いい……! オレァ気の強い娘っ子が大好きなんだよなぁ!」

「全く、おめぇってやつぁよぉ……」


 一応恫喝してみるが効果は薄い。

 やはり幼女では迫力不足のようだ。盗賊たちも海千山千なのだろう、実に堂々としている。

 言ってわからぬのならば実力行使しかあるまい。

 わたしは腰に下げた革ベルトの留め金を外し、シュラリと大剣を抜いた。

 それがどうにもおかしかったらしく、男たちは笑う。


「ヒヒヒ、そんなデケェの振り回せんのかぁ?」

「ウハハッ、やめとけやめとけ。怪我するだけだぜ」

「傷口ならオレがペロペロしてやピュッ」


「!?」


 唐突に男の声が途絶えた。

 沈みかけた太陽のせいで、シルエットになった男。


 その男の上半身がいきなり消失したのだ。

 決して比喩ではなく、腕は肘から上が、胴体は胸から上が消えていた。

 スローモーションの如く、空中に残された肘から先がボタリと地に落ちる。

 断わっておくが、わたしはまだなにもしていない。


「うっ、うわあああああ!」


 ゆっくりと倒れる下半身を目撃し、もう一人の男が絶叫する。

 いや、男が見ていたのは別のモノだった。


 彼の目線は下ではなく、徐々に上へ向かっていった。

 コフーコフーと呼吸音の聞こえてくる上へと。


 視界の隅のミニマップに突然現れた大きな赤いマーカー。

 モンスターだ。

 それも見上げるような巨大熊だった。

 その癖、熊にしては異様に長い手足としなやかさを持っている。

 何よりも戦慄したのは、わたしが全く気配に気付けなかったことだ。

 熟練の猟師のように音もたてず接近し、一噛みで獲物の大部分を喰らってしまう熊など見たことがない。


 まさかこれがおばさんの言ってたハンターベア!?

 まだ活動期じゃないって話はどこ行ったの!?

 あ、夜だから出てきたのかな?


「ひぃいいいいいい!」


 片割れの盗賊が悲鳴を上げながら脱兎のごとく逃げ出す。

 仲間を喰われた恐怖心か、それとも生物としての本能か。


 あっ、バカ!

 いきなり逃げたら……!


 ゴァアアアアア


「ぎゃああああああああああ!」


 森に響き渡る断末魔の声。

 ブチャともグチャともつかぬ肉を食いちぎる音が、やけに耳に残った。


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