014 初めての依頼
「おばさーん、こんにちはー」
「おや、さっきの嬢ちゃん。また来たのかい? あれま、随分ニコニコしちゃって。さては冒険者になれたんだね?」
「えへへー! そうなの」
「良かったじゃないか、おめでとう。で、何が入り用なんさね?」
「ありがとう。えーとね」
ここは先程も訪れたラムダル武具店。
冒険へ出発する前に再度立ち寄ったのだ。
「手袋が欲しいなと思って」
「ああ、そう言えばさっきは買って行かなかったっけね。だったら手甲付きの手袋がいいんじゃないのかい?」
「でも採取とか細かい作業の時、邪魔にならないかな?」
「ふーむ、そうさねぇ。あんた、利き手はどっちだい?」
「え、左だけど」
「じゃあ右手だけ手甲にして左は普通の手袋にしな」
「なんで?」
「右手を手甲にしておけば盾代わりになるし、直接殴ることも可能さね。あんたに売ったのは大剣だから、それこそ盾は持ち辛いだろ? それに利き手が普通の手袋なら採取なんかもこなせるさね」
「おー、なるほど」
流石は武具店を営んでるだけあって冒険者稼業にも詳しい。
多角的な要望にもきちんと応えてくれる。
きっちり品物を売ろうとするあたりも含めて、やはりプロだ。
「ちょっくら待ってなよ、あんたの手に合わせてすぐに仕立て直すからね」
「うん、ありがとう」
恰幅のいい小さなおばさんは、手袋と手甲を持ってカウンター裏の作業台によっこいしょと腰を下ろした。
どうやらミシンのようなもので仕立て直すらしい。
わたしはカウンター前の丸椅子に腰かけ、頬杖をついてなんとなくそれを眺める。
「ねぇ、おばさん」
「なんだい?」
「わたしね、これから依頼で南の森に行くんだけど、どんなとこ?」
「一人でかい?」
「うん」
「ふうん。あたしらも越してきてさほど経っちゃいないから詳しくは知らないけれど、さして危険もない普通の森だよ。でも獣はいるから用心してお行き」
「はぁい」
「ただし、ごく稀におっかないのが出るって言うから気を付けるんだよ」
「おっかないの?」
まさか幽霊的なもの……?
いやぁぁ! お化けが出るなら行くのやめる~!
「ああ。ハンターベアっていう、恐ろしく狩猟に長けた熊さね」
「なんだ、熊なのね」
「のんきだねぇあんた……いいかい、あいつの獲物は人。それも嬢ちゃんみたいな子供の肉が大好きなんだよ。あたしらが以前住んでた村なんて、毎年5人は食われてたもんさね」
「ふーん、確かにおっかないね」
「だろ? 今の時期はまだギリギリ活動期じゃないけど、気を付けるに越したことはないからね。でも夜じゃなけりゃ多分平気さ。もし見かけても絶対に手出ししないこと、いいね?」
「はーい。肝に命じておきまーす」
ま、わたしの受けた依頼は薬草の採取だし、あんまり関係ないかな。
「あ、そうだ。ねぇおばさん。この辺りで魔法関係の本とか売ってるお店を知らない?」
「魔法……? 魔法ってのはよくわからないけど……そうさね、ここの通りを一本入ったところにラフティ薬剤店があるから行ってみな」
「え、薬剤店なのに?」
「ああ。魔術師は薬品も扱うんだよ。結構そっちで生計を立てる者が多いのさ。あんた、そんなことも知らないのかい?」
「えーと、あはは……わたし、田舎者なんで……」
「なるほどねぇ。幼いのに出稼ぎなんて、あんたも苦労してるんだねぇ……」
なにやら誤解している様子のおばさんに、曖昧な笑みを送り誤魔化しておく。
まだまだわたしはこの世界の常識に疎いようだ。
それにしてもラフティ薬剤店……?
どこかで聞いたような……
あっ! 思い出した!
わたしが受けた依頼の依頼主じゃん!
なるほどね。魔法使いって、大きな鍋で薬草をグツグツ煮込んでるイメージだもんね。
あれ、それって魔女だっけ。まぁ似たようなものか。
「よし、出来たよ。はめてみな」
「はーい」
おばさんが仕立て直した革の手袋は、わたしのちっちゃな手にピタリとフィットした。
グーパーしてみても違和感なく馴染む。
これぞプロの仕事であった。
「すごい! ぴったり! 厚手なのにしなやか! 右手の手甲も全然邪魔にならないよ!」
「あっはっは。気に入ったみたいだね」
「うん!」
「それはね、火に耐性のある火蜥蜴の革さ。焚火に突っ込んでも燃えやしないよ。右の手甲は旦那特製の軽合金だよ。鉄より軽くて硬いのが売りさ」
「へぇー!」
「ただし。その分、少々値は張って銀貨50枚さね」
「ぎんかごじゅうまい!?」
思ってたより高い!
わたしの所持金は金貨1枚と銀貨15枚……手袋を買ったら残りが銀貨65枚になっちゃう!
6日しか暮らせないじゃん!
「……」
「なんだい? もしやお金がないのかい? そうだよねぇ、あんたはまだ小さいもんねぇ」
憐憫の目でしみじみと言われるとそれはそれで切ない。
先に値段を確認しなかったわたしも愚かだった。
「どうする? やめとくかい?」
「いえっ! 買います!」
わたしは震える手でおばさんに金貨を渡した。
逆に申し訳なさそうな顔でお釣りを寄こすおばさん。
ええい!
女は度胸!
そのくらいの出費は冒険ですぐに取り戻すんだから!
フオオオ! 燃えてきたぁ!
「あんた魔術に興味があるんだろ? オマケでこれをあげるよ。持ってお行き」
「これは?」
「どこにでもある魔術の教本さ。子供向けだけどね」
そんなやり取りがあった後、おばさんに別れを告げて、いざ出発!
わたしにはもはや一刻の猶予もないのだ。金銭的な意味で。
南門から出て街道をテクテクと歩く。
気候的には春くらいなのか、穏やかな暖かさでピクニックにはぴったりだ。
うーん。気持ちいいね。
ソロで冒険なんて久しぶりだなぁ。
ここ一年くらいはずっとアミリンたちとパーティー組んでたし。
あ、【DGO】での話ね。
なので予定は日帰り。
薬草の採取にそれほど時間はかかるまい。
出がけに屋台で買ったサンドイッチを頬張りながら進む。
美味しい……!
これで銅貨20枚は破格に感じるよ~。
って言っても、パンにスパイシーなお肉を挟んだだけの超シンプルなサンドイッチだったりする。
こんなに美味しいなら、もういくつか買ってくればよかった。
なんでか知らないけど、やたらお腹が空くんだよね。
それにしても長閑だねぇ。
昔パパとママと一緒に行ったおばあちゃんの実家みたい。
その実家は牧場をやってて、馬に乗せてもらったっけ。
北海道は食べ物も美味しくていいところだったなぁ。
普段は忙しい両親もたくさん遊んでくれて……パパ……ママ……
おっと、センチメンタルな気分になってる場合じゃないって。
これからどうするか考えないと。
まずは仕事をきっちりこなす。
信頼と実績が一番ティア表に現れるってアストレアさんが言ってた。
わたしは現在、最下層のTier7……
なので、当面はTier5あたりを目標にしよう。
Tier5は相当な人数がいるらしいけど、それでも冒険者としては一人前なんだって。
だからまずはそこを目指す。
報酬が如実に変わるのはTier3以降。ここまでくると中堅で、Tier2ともなれば一流ゾーン。
Tier1は冒険王や英雄と呼ばれる存在。
そして最高位のTier0は後の世に神として祀られるレベルなんだとか。
あはは、全然意味わかんない。
まぁ、それは置いておいて、今日の依頼をこなしたあとは宿屋探しだ。
いくつか目星は付けてあるし、そこから選ぼう。出来ればお風呂付きがいいなぁ。
あ、急いで出てきちゃったからラフティ薬剤店に寄ってくるの忘れてた。
宿屋の前に寄ってみよっと。魔導書的なものを買えば夜も退屈しないよね。わたし読書家だし。
さっき武具店のおばさんに貰った本はまだ読んでないけど子供向けって言ってたもんね。どうせならもうちょっと高度なのが欲しいよ。
などと皮算用に耽っていると、左手側に森が広がってきた。
街道が右に曲がるところ、と教わっていたので間違いあるまい。
わたしは街道を外れ、森へ分け入った。
森と言ってもさほど鬱蒼としていないのはありがたい。
依頼書には大まかな森の地図も付いていたので記された場所を目指す。
わたしにはコンパス付きのミニマップがあるのですんなりと目的地へ到達した。
さてと、このぽっかり開けた場所に生えまくった雑草の中から薬草のみを探さないといけないわけね……
一応、薬草の手書き図が添付されてるんだけど、どの草も似たり寄ったりに見えるよ……
そもそもがインドア派のわたしにはつらい……
わたしは手近な草を摘みとって図と見比べる。
うーん………………うん、わかんない!
どうしよう。これ、思ってたよりも大変じゃない?
せめてもうちょっと特徴的な形だったらなぁ……【DGO】なら虫眼鏡アイテムとか鑑定スキルとかあったんだけど……って、それだよ!
わたしはジィッと手に取った草を穴の開くほど見つめた。
なぜなら鑑定スキルの発動方法がこれだったからだ。
『鑑定結果:雑草。食用には不向き』
でしょうね! じゃなくて、出来た! わーい!
わたしは他の草も手に取り、鑑定を繰り返す。
そしてようやく目的のシャックン草を見つけ出した。
変な名前。
あ、ニュル花も見つけた。
せっせと鑑定しては捨てを繰り返すが、一向に増えない。
あまりにも時間効率が悪いせいだ。
困ったね。これじゃ夜までかかっちゃうよ。
何かうまい方法はないかなぁ。
……んん? そういえば【DGO】のVer3.1にアイテムサーチってのが追加拡張機能としてあったはず……あれって確かミニマップに指定したアイテムの位置を表示させるんだよね。
その手の機能は例え使わないとしても課金しちゃうのがわたしの悪い癖。
概要はわかってるし、もしかしたら再現できるかも。
シャックン草を握りしめて念じると、ミニマップに青いマーカーが次々と表示された。
やったやったぁ!
これで一気に捗るね!
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