013 幼女王女、冒険者になる



「それと、通常の依頼はあちらの大掲示板に貼られています。ギルド依頼、個人依頼などがありますのでその旨留意してください」

「はーい」

「くふぅん! ただし、それぞれの依頼には難易度が設定されています。自分の実力とかけ離れた依頼を受けるのは非常に危険ですから気を付けてください。その辺りはギルド側でも査定しますからご安心を」

「はぁい」

「ぐぎぎ……!(ダメよアストレア! 堪えなさい! いくら可愛くてもミーユちゃんを攫ったりしたら犯罪よ!)」


 ふーん、なるほど。

 難易度を設けて分相応以上の依頼を受けさせない抑止力にしてるわけね。

 無謀な依頼で死ぬ冒険者とか結構いそうだもんねぇ。

 ところでアストレアさんが歯茎から血を流してるのは一体なぜ?


「あのー、早速依頼を受けてみたいんですけど」

「あ、ちょっと待ってください。今、ミーユちゃんの冒険者カードが出来上がったようです」

「もう出来たんだ?」

「ええ。迅速果断がファトス支部のモットーですから。他の支部だとカードの発行だけで半日はかかりますよ。ではこのカードに手をかざしてください」

「?」


 言われるがまま手をかざすと、途端にカードが淡く輝いた。

 しかしそれも一瞬のこと。すぐに光は収まっていく。


「なんだったの……」

「はい、ミーユちゃんの個人登録は完了です。冒険者カードは身分証にもなるので便利ですよ」

「へー」

「これであなたは正式に冒険者となりました。冒険者ミーユ殿、当ギルド職員一同は、心より貴殿のご活躍を期待しております」


 受付嬢全員が一斉に起立してわたしに礼をする。

 新規冒険者を激励する慣例行事なのだろうが、何とも面映ゆい心地だ。


 よーし、やるぞー!

 って気持ちになるよね。

 乗せるのが上手いなぁ。


「ミーユちゃん。あなたの実力はさっきの件でわかったつもりだけれど、初めは簡単な依頼にしたほうがいいわよ。最初の依頼で失敗しちゃって挫折した子を何人も見て来たから。これは老婆心ね。あ、私はピチピチの20代よ」

「わかりました。そうします」


 最後の一言にはツッコミを入れず、ひとつ頷いてから依頼掲示板にトコトコ向かう。背に突き刺さるアストレアさんの視線が痛い。なんなの。

 その途中、ギルドの外へ雑に運び出されるドン兄弟がチラリと見えた。

 二人は相変わらずピクリとも動かない。


 あの人たち、まだ気絶してたの!?

 やりすぎちゃったかな……生身の人間ってHPゲージがないから加減がわかんないんだよね。死んでなきゃいいけど……

 さてさて、それよりも依頼依頼~!


 どうでもいい連中はすぐに脳内から消え去り、頭の中はまだ見ぬ報奨金でいっぱいとなった。

 前世で両親が遺してくれた遺産が手元にあればなぁ、などと益体もないことを考えつつ掲示板に見入る。


 とにかく割のいい仕事を見つけないと。

 一応、ギルドここへの道すがら、いろんなお店を覗いて金銭的な相場は覚えてきたんだよね。

 特に宿屋の看板は注視したよ。大抵は一泊の値段が看板に書いてあったんだ。

 それを踏まえると、一日を暮らすのに宿代込みで銀貨5枚から10枚くらいかかるみたい。

 ただし、5枚とは宿や食事の質を下げた必要最低限の場合だ。

 出来れば最低は避けたいところ。


 イヤリングを売ったお金で剣と鎧を買ったから、わたしの手持ちは現在金貨1枚と銀貨15枚。

 銀貨100枚が金貨1枚なんで、普通に暮らせば11日は過ごせる。

 切り詰めればもう少しいけるかな?

 でも、本格的な冒険に出るなら色々必要になるよね……

 食料や水だけでなく、野宿(キャンプ)用品や松明なんかのダンジョン用品も……

 あああぁ……お金が減って行く……!


 えぇい、めげてなんていられない!

 せっかくの異世界ライフを目一杯楽しまなきゃ損よ!


 えーと……【急募】薬草集め。南の森でシャックン草、ニュル花の採取。報奨金は銀貨15枚、だって。

 うーん、急募の割には安いけど、まぁ誰でもできそうな仕事だしね……


 こっちは……おっ? 【高報酬】レッドバイソン討伐。牧草を食い荒らすレッドバイソンを討伐して欲しい。討伐成功の場合に限り報酬は金貨3枚!? いいじゃんこれ!

 きみにきめた!


 わたしはホクホク顔で依頼書を剥がし、カウンターへ持っていく。

 金貨3枚っていったら、なんと一ヶ月も暮らせるもんね!

 今のわたしには大金だよ!


「これ、お願いします」

「……」


 無言で受け取ったアストレアさんは依頼書を一瞥し────


「却下」

「えぇーーー!!」


 ────にべもなくそう言った。


「なんでよ!?」

「簡単なのにしなさいと言ったでしょう? ギルド側で査定が入るって今しがた話したばかりじゃないの。そもそも今のミーユちゃんはティア表で言えば一番下のTier7。そしてこの依頼の難易度はD。危険すぎて受けさせるはずがないわ。文句があるなら地道に結果を積み重ねてティア表上位に名を連ねることね。そうすればあなたへの指名依頼が増えるはずよ」

「……そんなの順調に行っても随分先のことじゃん……わたしの実力はわかったって言ってたのに……ブツブツ」

「それはそれ、これはこれ、よ。いくらドン兄弟を倒したと言ってもね。あなたの冒険者実績はまだゼロだもの」

「ぶ~……それはそうだけどぉ~……」

「くっ! か、可愛くてもダメなものはダメよ! もっと難易度の低い依頼をもっていらっしゃい!」

「はぁ~い」

「くっふぅぅぅうう!」


 取り付く島もない。

 仕方なくトボトボと再度掲示板へ向かう。


 あ~……簡単そうなの全部取られちゃってるじゃん……一端の冒険者ならもっと難しいのを受けなさいよね。

 残ってるのは高難易度とか、すっごく遠そうな場所の依頼とかばっかり……

 ……ん、さっき見た薬草採取の依頼がまだあったよ。でもこれって、すっごく地味じゃない? 冒険というよりお使いじゃん。

 そもそも依頼者が自分で採りに行ったほうが早いんじゃ……あ、『野生動物に襲われる可能性有り』だって。

 なるほど、それで冒険者ギルドに依頼したわけね。

 まぁしょうがない。初めてだし、これでいいや。


「この依頼でお願いしまーす」

「了承」

「はやっ!」


 一瞬の躊躇もなくハンコを押すアストレアさん。

 難易度Gだからかもね。 


「ミーユちゃん。危険は少ないと思うけれど、くれぐれも注意してね。油断は禁物よ」

「はーい。いってきまーす」

「ごふっ! いってらっしゃいま……せ」


 ガターン


「マスターが鼻血吹いてるわよ!」

「担架担架!」


 なにやら騒がしい声を余所に、ギルドハウスを出るわたしであった。


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