012 ティア表



「驚いたわ……本当にあの厄介者ドン兄弟を倒してしまうなんて……ねねね、あなた一体何者なのよ?」


 おや?

 受付のお姉さん、いきなり口調が変わっちゃったよ?

 眼鏡もギラギラ光ってるし。

 こっちが本性なのかな?


 取り敢えず、バカ正直に答えないほうがいいよね。

 そもそもどう説明していいのか、わたしにもわかんない。


「えーとね、内緒」

「あぁ~ん! 可愛い~!」

「ぅぎゅー!」


 カウンターから身を乗り出した受付嬢が、わたしを豊満な双丘に挟んで圧し潰そうとしているのだ。


 屈・辱!

 前世の肉体なら……前世の肉体ボディなら……負けはしないのに……!


「出たわよ。マスターの幼女好きびょうきが。あの人、可愛い子にメッチャ弱いから」

「私もギルドに就職したての頃はアレをやられました……」

「あんたちっちゃいもんねぇ。とても成人女性には見えないもの」

「ちっちゃいって言わないでください! まだ成長中なんですっ!」


 激しく同意ですよ。ちっちゃい受付のおねーさん。

 いずれ二人で巨大化して、脂肪の暴力に打ち勝ちましょう! 


 っていうか、今、大きいほうの受付のお姉さんが変なこと言わなかった?

 マスター……?

 この胸が……いや、この人が?


「申し遅れたわ。私はアストレア。この冒険者ギルド、ファトス支部のギルドマスターよ。以後よろしく」

「えぇー!」


 なんでギルドマスターが受付嬢なんてやってるの!?

 それより、そろそろ離して!

 窒息しちゃう!


「ああやって受付嬢に扮することで日々獲物ようじょを探してるのよね……」

「困った人です……」


 いやいや、大きいのと小さいお姉さんたち!

 溜め息なんて吐いてないで助けてよ!


「お嬢ちゃんは何て言うの?」

「もがもご」

「あっ、ごめんごめん、苦しかったねー」

「ぷはっ」


 死にかけのわたしに気付き、ようやく解放するアストレアさんと言うギルドマスター。

 空気を求めて喘ぐわたしを見て鼻息を荒くしている。

 真性の変態だ。


「はぁはぁ……死ぬかと思った……」

「そうだ、この書類に必要事項を記入してもらえるかしら。約束はきちんと守るから安心してちょうだいね」

「あ、はい」


 急に仕事を思い出したかのようなアストレアさんから差し出された紙とペンを手にする。

 はて、異世界(こちら)の文字は書けるのかしらんと思いつつ、ペンを『志望動機』と書かれた欄に走らせた。


 生活のためにお金を稼ぎたい、と。

 あら? 普通に書けるね。

 そっか、キャルロッテの記憶があるからだ。


 えーと、次は出身地か……どうしよう……?

 この国ドミニオンの地名とかよくわかんないし、取り敢えずアニエスタでいいかな?

 小国のアニエスタと言ってもそれなりに広いから、わたしが王族だなんてバレないよね。

 王都出身とか書かなきゃ大丈夫大丈夫!

 ……たぶん。


 お次は年齢、と。


「あ、年齢は10歳にしておいてね」

「はーい」

「くぅぅ~……」


 ギルドマスター直々の助言だ。素直に従っておこう。

 ところでこの人はなんでそんなに抱きしめたそうな顔してるの……


 最後は名前、ね。


 流石にキャルロッテとは書けないなぁ。

 本名の魅冬ミフユでも悪くないんだけど……


 うん、ここはやっぱり────


「あなたはミーユと言うのね? 可愛い名前だわ」


 【DGO】でトッププレイヤーとして名を連ねた、もう一人のわたしのアバター名、それがミーユ。

 今からわたしは冒険者ミーユとなるのだ。


 うん、やっぱりこれが一番しっくりくるね!

 本名よりも呼ばれ慣れてるもん。


「はい、受理しました。改めまして、ミーユさん。これからよろしくね」

「よろしくお願いします」


 ついペコンとお辞儀してしまう。

 前世の習慣が抜けていないようだ。


「ぐふぅっ……! で、では、冒険者カードが発行されるまで、概要を簡単に説明します」


 仕事に戻ったせいか、口調が真面目になるアストレアさんだったが、ワキワキさせたその手はなんなのだろう。


「冒険者とはその名の通り、世界中を冒険し、あらゆる発見と討伐、そして依頼達成を生業とする職業です」


 えぇ……そこから説明するの……?

 あぁ、わたしが幼女だからかもね。

 何も知らないと思われてるんだろう。

 わたしの知識もゲームとか漫画とかなんだけどね。


「ま、理念とか規約とかそんな細かいのは後ほど渡す『冒険者のしおり』に詳しく書いてあるので、暇な時にでも目を通しておいてください」


 急に適当! 説明が面倒になったのかな?

 面白い人だね。アストレアさん。


「で、冒険者活動として一番わかりやすいのは、当然ながら冒険ですが、ただその辺をウロウロしても成果は得られません。当たり前ですね」


 うんうんと頷くしかない。

 うろついてるだけでお金になるなら誰も苦労しないのだ。


「ならば冒険者は普段どのようにして金銭を稼ぐのか────」

「はい!」

「どうぞ、ミーユさん」

「依頼達成による報酬です!」

「大変よくできましたー!」


 満面の笑みでわたしの頭を思い切り撫でまくるアストレアさん。

 なにこれ。


「そうです。様々な依頼をこなすのが冒険者の基本的なお仕事になるわけですね」


 いつの間にか指示棒のようなものを握っている。

 どこから出したのだろう。スパルタ教師?

 三角メガネだったらもっと似合ってたね。


「ですが、実際に冒険で成果を収めた者がいるのもまた事実なのです。彼らは強敵の討伐、未知の古代遺跡発見、大ダンジョンの攻略など、輝かしい経歴を誇っています」

「おぉ~!」

「つまり、冒険者にも格があるのです。その指標となるのがあちらの表です!」


 指示棒で壁の一角を示すアストレアさん。

 そこには階段ピラミッド状の図があって、その中に名前が記されているようだった。


 なになに……?


 Tier 1 【紅き流星】レッドサン。この人が一番上かぁ。ふーん、二つ名とかあるんだ?

 ……どうでもいいけど、星なのか太陽なのかはっきりしなさいよね。しかも呼ぶとき『レッドサンさん』って言い難くない? えーと、彼の他に数名いるみたい。


 Tier 2 【導かれし】メリーチェ……女の人かな? 他にも結構な人数がいるね。ところで、導かれし……何なのよ? 何に導かれたの? 求む説明ッ!


 Tier 3 【疾黒しっこく】ラウララウラ…………二つ名が中二病っぽい。あと、名前どうにかして。その他大勢。


 Tier 4 名前の文字が小さすぎて読むのを諦めた。

 Tier 5~7 有象無象。


 ……は?

 まさかこれって……ティア表!?  

 冒険者ランク表じゃなくて!?

 普通はSランクとかAランクとかのわかりやすいやつでしょーに!

 なんとマニアックな……!


「このティア表は1から7までの7段階あります。これは言わば冒険者の格付けであり、上位の者ほど世界でも類を見ない実力と実績を伴った冒険者と言うことです。もっとも、この格付けは冒険者ギルド側だけで決めたものではなく、依頼者の評価、市井での評判などから総合的に判断したものです。よって、実力がそのまま反映されているわけではありません。前述と矛盾しますが、人気や評判が加味されているとは言え、当然ながら実力至上主義の信念の下に策定されているのです」


 いや、それはわかってるけどね……ゲームの攻略サイトなんかで割と見かけるし。

 人当たりがいいとか、かっこいいとか、そう言う風評が加味されるのも納得できる。

 なにより基本的に実力至上主義ってのが気に入った。

 年齢関係なしに上へ行けるってことだもんね。

 あれ? でも、ピラミッドの頂点よりも上のほうにTier 0ってあるけど、誰の名前もないね。


「先生、質問です」

「はい、ミーユさん!」


 あっ、思わず先生って言っちゃった。

 アストレアさんもノリがいいなぁ。


「ゼロは誰もいないんですか?」

「ええ、ゼロは完全に別格ですからね。最強の名をほしいままにした冒険者が先日引退したので現在は空欄となっています」

「へぇー、なるほどー」


 こう言うのを見てしまうと俄然やる気が出てくる。

 かつて【DGO】に初めてログインした時もそうだった。



 あの一番上に、わたしの名を刻んでみたくなるよね!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る