011 幼女さん 絡まれる



「ここはガキが来るところじゃねぇぞ! 冒険者稼業はおままごとじゃねぇんだ!」

「ギャハハハ! アニキの言う通りだぜ! さっさと帰ってママのおっぱいでも飲んでな!」


 振り向けばいかにもガラの悪そうな二人の男がニヤニヤと笑っていた。

 どう見ても冒険者と言うよりチンピラである。

 大男と小男。凸凹コンビだ。


「おいおい、また始まったぞ」

「ドン兄弟の悪趣味な『洗礼』ね」

「なにが洗礼だよ、ただの新人イビリじゃねぇか」

「あいつら……あんな小さな女の子にまで……」

「本気でろくでなしだな、あの野郎ども」

「ねぇ、あんた止めてきなさいよ」

「えぇ!? やだよ! あの二人はああ見えてもそれなりに名の通った冒険者だぞ! オレがボコられるだろ!」

「意気地なし!」

「あんたそれでも男なの!?」


 ふーん。

 野次馬のひそひそ話(丸聞こえ)で大体わかった。

 このドン兄弟とか言う男たちは、クズだけどそこそこ強いってことだね。

 そして『洗礼』と称して新人冒険者をいじめてるわけか。

 前世でイジメを受けてた身としては許せないね。

 イジメ、ダメ、絶対。

 それにしてもここのギルドってあんまり腕利きの冒険者がいないのかな?

 こんな奴らがのさばってるなんて……あ、新興の街だからまだまだ冒険者の数が少ないのかもね。


「受け付けのお姉さん、ちょっといいですか?」

「は、はい?」

「あいつらに賞金とか、かかってないの?」


 背伸びしてカウンターに身を乗り出し、後ろのチンピラを親指で指しながら受付嬢に尋ねる。

 よくあるケースではないが、【DGO】では荒くれのNPC冒険者に懸賞金がかけられていたこともあったのだ。

 彼らに賞金がかかっていれば、労せずして活動資金を確保できる。


「いえ、ないですね……ですが、ここだけの話、彼らには我々も本当に困ってるんですよ……傍若無人ですし、ギルド職員や女性冒険者へのセクハラも多く、それが原因で辞めてしまった子もいます……でも実力があるだけにギルド側からは強く言えませんので余計にタチが悪いんです……」

「ふんふん」


 こっそりと耳打ちしてくる眼鏡の受付嬢。

 子供のわたしにまで愚痴るほどだ。

 これは相当辟易していると見える。


「なぁにくっちゃべってやがるんでぇ!」

「アニキ、きっとオレたちにビビっちまって小便漏らしてんだぜ。ギャハハハ!」


 失礼な!

 おねしょは二年前に治ったもん!

 ……ってそれはキャルロッテの記憶!


「お姉さん。冒険者になるのって試験とかあるの?」

「一応適正試験はありますが……」

「じゃあさ、あの二人を倒したら、それ免除してくれません? あと、さっき言いかけてた見習い期間もね(すぐにでも冒険に行かないとボンビーまっしぐらだもん……)」

「……わかりました。冒険者とは実力至上主義の世界ですから。私が責任を持ちましょう」


 話のわかるお姉さんで良かった。

 はっきり言って、わたしは忙しい。

 なにせ今夜泊る場所も決まっていないのだ。

 この街を拠点にするなら居心地のいい定宿のひとつくらいは確保しておきたい。


 それに、わたしは舐められるのが大嫌いだ。

 一度舐められたら一生見下される、とは前世のパパの格言でもある。


 わたし、見た目はママ似だったけど、性格は完全にパパそっくりだなぁ……

 いやまぁ、今は金髪碧眼の幼女王女なんですが。


「おうおう、いつまでゴニョゴニョやってんだ? オラ、さっさと出てけよ、オォン!?」

「アニキ、つまみ出しちまおうぜ!」


 ゴツンゴツンとわたしの頭を何度も小突いたり、自慢の金髪を強く引っ張る男たち。

 地味な痛みに怒りのボルテージがマックスになるのを感じた。


 痛いなぁ! コブが出来たらどうすんのよ!

 もう頭に来た!

 先に手を出したのはそっちだからね!


「あのね、おじさんたちには悪いけど、わたしの踏み台になってもらうから」

「あぁ?」

「なにぃ?」


 ボソリと言い放ったわたしは、無手のままファイティングポーズを取る。

 ギョッとするドン兄弟。

 こんな奴らに剣を使ってあげる必要もない。

 新品の大剣が脂と血糊で汚れてしまう。

 素手でも何ら問題はない。わたしはひい爺ちゃんのお陰で格闘も得意なのだ。


 殴ったら手も汚れそうでちょっと嫌だけど。

 あ、今度手袋も買おっと。


「歯向かおうってのか? 面白れぇ」

「やれるもんならやっブッ!?」


 中腰でわたしを小突いていた弟(多分)の顎へ、振り向きざまに鋭いアッパーを見舞う。

 男の首が急激に跳ね上がり、血液が撒き散らされた。

 喋っている途中だったのが彼の不幸だ。

 舌でも噛み千切っていなければいいのだが。


 白目を剥いて無様に転がる弟へ、確認のために数度蹴りを入れるがピクリとも動かない。

 髪を掴んで頭を持ち上げてみたところ、最初の一撃で既に気を失っていたようだ。

 そんな光景を目の当たりにして、どよめく他の冒険者たち。


「う、嘘だろ!?」

「すげぇ!」

「あんなにちっちゃな子が!」

「ナイス追撃!」

「あのデンを簡単に……!」

「エグい! だがよくやった!」


 あ、弟さんはデンって言うんだ?

 ま、どうでもいいや。


「こ、このチビ! よくもデンを!」


 激昂して拳を振り上げる兄(多分こっちがドン)。

 こんなチンピラにも一応弟を思いやる気持ちはあるらしい。


 巨躯から繰り出された拳を右手で軽く逸らす。

 同時に踏み込み、脇腹へ一撃を加えた。

 いわゆる肝臓打ちリバーブローである。


「ぐはっ! 畜生……痛ぇだろうがこのガキャア!」


 あら?

 普通なら悶絶モノなのに、随分とタフじゃん。

 あ、そっか。わたしの身体が小さくなった分、踏み込みが浅かったんだね。

 まだ前世の感覚が抜けてなかったよ。

 修正修正っと。

 でも、なんか自分自身に違和感があるのよね……上手く能力を発揮できていないって言うか……なんだろこれ?

 おっと。


 振り回されるドンの両手をヒョイヒョイと躱しながら、野次馬に向かって笑顔で手を振る。

 どうせならわたしの実力をきっちりとアピールしておくほうが、今後の冒険者活動もやりやすくなるだろう。

 強い者ほど依頼もお金も舞い込むのが冒険者なのだから。


「いいぞお嬢ちゃん!」

「そんなクズ、やっちまえ!」

「可愛い!」

「お持ち帰りしたい!」

「ハァハァ!」


 次々にわたしへの応援が重なり、窓も震わせるほどの大歓声となる。

 なにやら変な声も混じっていたが、概ね試みは成功した。

 観衆を味方につけると言う試みが。


「このぉ! ちょこまかと!」


 焦りと怒りで業を煮やしたドンが、両手を広げて掴みかかってきた。

 まずは捕えてからゆっくりと料理するつもりなのだろう。


 わたしは敢えて立ち止まり、勝機と見て卑しく口角を上げるドンの手が触れそうになった瞬間────


「きっ、消えたァ!?」


 ドゴン!


「ぐっはああああああ!!」


 ────ドンのに現れたわたしは、その背に強烈な肘打ちを決めたのである。

 海老反りのまま数メートルほど吹き飛び、顔面から壁に激突するドン。

 すかさずわたしはドンの背中に飛び乗り、後頭部へ左右の拳で連打を放つ。

 ドンはビクンビクンと痙攣し、そのまま動かなくなった。


 これは前世のパパが最も得意とした技、『雲身(うんしん)』である。

 相手の攻撃をすり抜け、一瞬で背後に回り込む体捌たいさばきなのだが、人型相手には滅法効果的なのだ。


 この技は【DGO】でもシステム化されてて散々お世話になったよ。

 背後からの攻撃はクリティカルを取りやすいからね。

 まぁ、取り敢えずこれでわたしの評判はうなぎ登りに……ククク。


「おいおいマジかよ……」

「……ドンをあっさりと倒しちまったぞ……」

「全く動きが見えなかった……」

「なんなのあの子……笑ってるわ……」

「悪魔みたい……でも格好いい……!」

「すごいすごい!」

「やったな嬢ちゃん!」

「いやぁ、痛快だったぜ!」

「なぁ、今のうちにあのクズを一発殴っておこうぜ」

「いいねぇ!」

「乗った! 恨みもあるしな!」

「セコいわ……」

「クズはあんたたちじゃないの……」


 拍手喝采の中、受付カウンターに近付き、わたしはお姉さんへ愛嬌たっぷりにこう言った。


「あ、お姉さん。実はわたし、まだ9歳なんだけど、それも見逃してくださいね」


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