007 暗殺者
そのまさかであった。
薄闇から滲み出るように現れたのは、真っ黒な衣服を顔も見えぬほどに纏った者。
背丈からして男性だろうか。
先程わたしの肩を掠めたのは
躱さねば背中から心臓を串刺しにされていた。
つまりこの人物は敵方の放った暗殺者である可能性が高い。
っていうか、こんなあからさまに怪しげな人、漫画でもなかなか出てこないよ?
わたしのエネミーサーチに引っかからなかったのは、この暗殺者が何らかの方法で身を隠していたからかもしれない。
例えば……そう、ハイディングやクローキングなどの隠密系スキルでだ。
この世界にそう言ったスキルがあるのかはわからないが、魔法が存在する以上、スキルがあってもおかしくはない。
なんせ、わたしが両方使っているのだから。
まぁ、忍者だって似たような技術を持ってたんだし、一概にスキルのせいとは言えないんだろうけどね。
それはともかく、今この場をどう切り抜けるかだ。
まだ夜明け前で薄暗いし、闇に紛れて逃げようか?
いや、こいつは闇の中でも正確にわたしを追いかけてきた。
そもそも、わたしを暗殺しようとする姑息なヤツから逃げるなんて論外だ。
よしんば逃走するとしても、こいつにはその隙が無い。
かなりの手練れと見た。
ならば、後顧の憂いを断つためにも相対するのみ。
「ほう。恐れぬとは見上げたものよ。童女とは思えぬ豪胆さだ」
「!」
驚いたことに、暗殺者の声は女性のものであった。
かなり大柄だが、中身は女性なのだろうか。
声の高い男と言う線もある。
「あなた、わたしを……コホン、わたくしを追ってきた暗殺者なの……でございますかしら?」
『プスーッ!』
わたしのおかしな言葉使いに噴き出すネメシアーナ。
咄嗟に王女さまらしく振る舞おうとしたけどダメだった。
うん、わたしには無理だ。諦めよう。
しかし暗殺者は気にした風もなく、奇妙なことを言い出す。
「そうとも言えるし、違うとも言える」
「……意味がわからないんだけど」
「雇われているのは確かだが、お主に些か興味が湧いてな」
「へ? ……あなたもしかしてそう言う趣味……? 変態!」
「違うわっ! あ、いや、確かにお主はとても愛らしいが……いやいや! 決して妙な性癖を持っているわけでは……!」
しどろもどろに弁明する暗殺者(仮)。
わたしを殺そうとしている割には愉快な人だ。
本当にそっち系の人じゃなければいいのだが。
「しょ、勝負しろぉ!」
「は?」
この人、いきなり何言ってんの。
勝負?
「アニエスタの城下町で騎士を軽くあしらったお主の只者ではない技量、しかと見届けていたぞ」
「あー……」
街の外へ出るために何度か小競り合いになったのを見られちゃってたみたい。
つまり、この暗殺者はそこからずっとわたしをつけていたのだ。
やるわね。このわたしに気取られないないなんて。
『どのミフユよ』
すかさず突っ込みを入れてくるネメシアーナは無視無視。
「勝負って、あなたと戦えばいいの?」
「私に幼子をいたぶる趣味はない」
「え、じゃあどうすれば……」
「1000秒待ってやるから好きに逃げるといい。私がお主を捕まえられたら私の勝ち。逃げおおせたならお主の勝ち」
そう言ってクルリと背を向ける暗殺者(仮)。
随分と気前のいい数字だ。
余程自信があるのだろう。
あ! 背中に『殺』って書いてある!
間違いなく暗殺者だこの人!
「いーち、にーい、さーん……」
うわ。律儀に数を数えてるよ。
しかもちゃんと両手で目隠ししてるし。
あれ?
これってチャンスなんじゃない?
わたしは音もなく背中の剣を抜いた。
『ちょっとミフユ。あなた何をする気よ……まさか』
(察しがいいね、ネメシアーナ。こうするの、よっ!)
ベシーン!
「はぐぅっ!」
後頭部を剣の側面で思い切り殴打され、バッタリと顔面から倒れ込む暗殺者。
ツンツンしてみるが、全く動く様子は見られない。
どうやら気絶しているようだ。
完全に無防備だったもんね。
「正義は勝つ!」
『どこが正義よ! 悪魔の所業だわ!』
暗殺者に狙われたから撃退しただけなのにひどい言われようだ。
それでも女神なのだろうか。
「さて、今のうちに逃げちゃお」
『しかも放置していくのね……つくづく鬼だわ』
「おっとっと、その前に……」
『なにしてるのよミフユ? ……あー、なるほど、そういうこと、ね』
白み始めた空の下、軽快な足取りで走り出す。
明るくなってきたことでもあるし、馬鹿正直に街道を進むわけにはいかないだろう。
追っ手は今のところさっきの暗殺者だけのようだが、それだけで済むとも考えにくい。きっと、大規模な捜索隊が組織されているはずだ。
なので、なるべく障害物や繁み、林などを利用して進むことにした。
小さな女の子くらい、いくらでも隠れる場所はある。
西へ、西へ。
アニエスタの王都は元々国土の西寄りに位置する。
それはつまり、隣国のドミニオン国境ともそれほど離れていないと言うことだ。
ただし、それは地図上であって、当たり前だが実際にはかなりの距離がある。
……はずだったんだけど、わたしの足、思ったより速くない? ってか速すぎるよ。
確かにアジリティ重視のステータスだったけどさぁ……
でも、そのお陰でかなり早く着けそうだね。
日が傾いたころ、大きめの森に入った。
ここまで飲まず食わずだったもので、流石にお腹が空いてきた。
食べ物を探して少しウロウロすると、たわわに実った果樹を発見。
ネメシアーナに聞いてみたところ、食べられる果実だそうだ。
外見ははどう見てもリンゴ。
みずみずしくて、とっても美味しそう。
お行儀悪く、ドレスで果実を拭ってからガブリ。
「!?」
なにこれ!?
めっちゃリンゴっぽいのに、味は梨なんだけど!
でも美味しい!
さすが異世界。食べ物までわけわかんないね。
うーん、色々勉強しないとダメだなぁ。
取り敢えず、もっと食べよっと。
更に何個か
自分で思っていた以上に空腹だったようだ。
だって成長期だもん。だけど10個はさすがに食べすぎたかも……
膨れ上がったお腹をポンポン叩いて一休みしていた時、エネミーサーチに反応があった。
だが、これは追っ手ではなく、どうやら動物のようだ。
赤いマーカーが四足獣の形になっているので一目瞭然なのだ。ただし、ゴリラだろうが蛇だろうが四足獣のマークになるのは御愛嬌。
ちなみにモンスターだと種類を問わず悪魔っぽい形で、人間は亜人も含めて人の形のマーカーとなる。
この世界ではどのように表示されるのかわからないが、少なくとも【DGO】ではそうだった。
うーん。群れっぽいから野犬かな?
あ、異世界だし狼かも。
どっちにしても戦闘になるのは面倒だね。
焚火があれば寄ってこないのかもしれないけど、火なんて焚いたら追っ手にバレちゃうし……
でも一応、移動はするべきかな。
あぁ……せっかく食料調達できたのにもったいないなぁ……いくつか持っていきたいけど袋なんてないよ……
『は? そんなのアイテムボックスに入れて行きなさいな』
(えぇ!? アイテムボックスなんてあるの!?)
『無いと不便でしょーが』
(そう言う問題じゃないと思うんだけど……)
『あなたのボックスは【ディバイン・ゴッデス・オンライン】だと最大まで拡張されていたわよね』
(うん)
『なら、こちらではほぼ無限に物が入れられるわ』
(無限)
思わず真顔になるわたし。
この女神は自分で言ったとんでもないことが本当にわかっているのだろうか。
ともあれ、果実を手に乗せ念じると、虚空へ吸い込まれるように消えた。
もう一度念じれば手の上に戻ってくる。
……便利すぎるよこれ……
『倒した獣や魔物も素材とか食材として売れるから入れておきなさい』
(……ネメシアーナがだんだんチュートリアルNPCに思えてきたよ……)
『あんな個性のない連中と一緒にしないでくれるかしら!?』
そこに激昂するの……?
でも、これで食糧問題は解決だね!
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