006 分水嶺
わたしは樹木に隠れながら城壁代わりの林を抜け、市街地付近まで来ていた。
下草は綺麗に刈られてあるものの、ほぼ自然のままの林なので樹木もそこそこ太く、ましてや夜とくればそうそう人目にはつくまい。
後は足音に気を付けるだけの簡単なお仕事だった。
うちのお城に城壁がなくて助かったよ。
小国だし、周辺でも戦争とか無くて、ずっと長閑で平和な国だったから城壁なんかいらなかったんだよね。
もしも埋蔵資源が豊かであるとか、一大観光地であるとかだったらまた違ったのかも。
だいたいこの国の目ぼしい観光地なんて、南部にあるって言う深さもよくわかっていない大穴くらいじゃない?
ま、わたしは見たこともないけど。
ともあれ、問題はここからだ。
街にどの程度の敵が入り込んでいるのかもわからない。
深夜であるせいか家々の灯りも少なく、とても暗かった。
うーん。
無駄な街の破壊や住民の殺戮をされていないのは良かったけど、裏を返せばこれって相当に手回しが行き届いてるってことだよね。
クーデターの真っ最中なのに、静かすぎるもん。
もしかしたら敵は何らかの大規模な魔法とか使ってるのかも。
……魔法……そうか! わたしも魔法を使えばいいじゃん!
ネメシアーナは大抵のことが出来ると豪語した。
慣れれば【ディバイン・ゴッデス・オンライン】と遜色のない戦いかたが出来ると。
何故ゲームと同じことが現実で可能なのかは知らないが、【DGO】内が第二の故郷みたいなものなわたしにとってはありがたい話だ。
そう言えばネメシアーナは【DGO】を知ってるような感じだったよね……
異世界の女神なのに、なんでだろ?
あとで聞いてみよっと。
思考を中断したのは人の気配がしたからだ。
金属っぽい足音からして、敵兵と見るべきだろう。
だがその足音は次第に遠ざかっていった。
見回りかな?
それともわたしを探してる?
……両方かも。
グズグズしていられないね。
さて、意識を集中して……
「エネミーサーチ」
ポソリと呟くように魔法を発動させる。
視界の隅にミニマップが現れ、同時に赤い光がいくつも点灯した。
これは【DGO】における探索魔法のひとつ……の真似事である。
わっ! ホントに出た!
すごいじゃんわたし!
よーし、これがあれば……!
でも思ってたより敵が多いなぁ。
まぁ、小さくとも一国の王城とその首都を占拠しようとしてるんだから当たり前なんだけどさ。
基本的に赤いマーカーは人であれモンスターであれ、わたしへの敵意を持つ者を表している。
緑の場合は普通の人や無害な生き物だ。
今は赤いのがたくさん蠢き、緑のはほとんど動いていない。
一般の人々は屋内にいるのだろう。
もしくは閉じ込められているか、だ。
どちらにせよ、外で大立ち回りになったとしても国民を傷つける恐れはなくなったわけだ。
みんなごめんなさい。
今は謝ることしかできないけれど、いつか必ず……
わたしの中のキャルロッテがそう言った気がした。
それともわたしの想いだったのかもしれない。
わたしは一度だけ振り向いて闇夜に浮かび上がる白亜の王城を目に焼き付け、そして駆け出した。
取り敢えず赤い点の少ないほうへ向かう。
ミニマップには大まかな建物の形なども表示されているので便利だ。
特に土地勘がゼロなわたしにとっては。
お姫さまって、思ってたよりも箱入りだよね。自由に外も出歩けないんだもん。
普段からだらけ切った引き篭もりみたいな生活のわたしには窮屈そう。
……あれ? 家から出ないって点では同じ……?
むしろお転婆なキャルロッテのほうが、ゲームの中でしか暴れないわたしよりアクティブかも。
これだけ動き回ってもあんまり疲れてないし、結構体力もあるみたいだしね。
『なに言ってるのよミフユ。あなたいつまで普通の人間のつもりなのかしら?』
(ネメシアーナ! また思考に割り込んできて! ……は? 今なんて? わたし、人間じゃなくなったの!? まさか幽霊!? いやぁぁああ! お化けいやぁぁ!)
『アホなの!? お化けなんていないから落ち着きなさいな! いい? 今のあなたはね、身体能力を【ディバイン・ゴッデス・オンライン】のあなたと同期してあるの』
(いやぁぁぁ……は? え?)
『だから普通の人間より遥かに強くなってるわけ。おわかり?』
(えぇぇぇ!?)
でも確かに心当たりはある。
幼女の身体で軽々と剣を振り回したり、屈強な騎士をなんなくあしらったり……
とても9歳の子には無理な芸当だ。
『ま、これはサービスよ。存分に使いなさい』
(は、はぁ……ありがとうネメシアーナ)
んん? 勢いで頭下げちゃったけど、つまり今の身体はステータスが【DGO】の
うーん。よくわからないけど一応感謝しておこう。
微妙な気持ちのまま移動を開始する。
暗く人気(ひとけ)のない道を選びながら進んだ。
よく見ると赤いマーカーは一定のルートで動いていた。
これは敵が巡回を繰り返しているからだと思われる。
仕事熱心なことだ。
クーデターを起こすだけあって、しっかり統率の執れた軍隊なのだろう。
しかし一体、どこの国がこのような暴挙に加担したと言うのか。
あんなキモいヨアヒム宰相の口車に乗るなど、余程の見返りでもなければ有り得ないと思う。
だがこの小さな国に莫大な財宝があるはずもない。
ならば何か他にお金の代わりとなるものがあると言うことだ。
金銭よりも価値を見出せる何か、ねぇ……
え……まさか、あの『大穴』────?
南の大穴は太古の昔から存在し、この国アニエスタでは定番のおとぎ話にもなっているほどである。
なんでも、穴の底には別の世界があるとか、見たこともないお宝が山ほど眠っているとか、途轍もない力を持った古代の兵器が安置されているとか、世界を滅ぼそうとした魔王が封印されているとか、例を挙げれば枚挙にいとまがないのだ。
いやー……でも考えすぎだよね。
おとぎ話で動くような国なんて普通ないもん。
あ、おとぎ話の中では、大穴に攫われていった姫を勇者が助けに行くお話しが
いやいや、今はそれどころじゃないってば。
「いたぞ!」
「あそこだ!」
「兵を集めろ!」
ほら見なさい!
わたしはエネミーサーチを駆使し、それでも何度か敵に見つかって闘争と逃走を繰り返しながらも、街の周囲を覆う柵を乗り越えることが出来た。
この緊張感とスリル。
気分は完全に『スネーク』である。
ダンボール箱を被れないのが残念だ。
はぁはぁはぁ……これで撒いたかな。
うん。追ってくる人はいないみたい。
ふぅー、危なかったー。何回も捕まりそうになったしね。
いたたた……中にはすごい手練れもいたしさ。ちょっと怪我もしたけど……正直死ぬかと思ったけど……結果オーライだね。
『やったわねミフユ! 後は国境を越えれば脱出は完了よ!』
(ん、そうだね)
『うふふ……もうすぐあの子たちに吠え面をかかせられるのね……! ゾクゾクしてきたわ!』
またブツブツ言い始めるネメシアーナ。
なにやらキナ臭い感じもするが、わたしは今後どちらへ向かうかで頭が一杯だった。
きっとここがわたしにとって重要な分水嶺。
逃げ込む国を間違えれば、即座に捕獲され、待つのはギロチンか絞首台だろう。
慎重に考えなきゃ。
取り敢えず、南は選択肢に無い。
行ってもいいが、南には例の大穴と、それを越えれば海しかないからだ。
大海を渡って見知らぬ国へ行くと言う手もあるが、港も敵の手に落ちたと考えるべきであろう。
なのでパス。
次に北。
こちらも行くのは無理だと思う。
しかもその先は何の表記もなかった。
未踏地帯なのか、はたまた蛮族の国なのか。
面白そうではあるが、着の身着のままで山登りは厳しい。
なのでこっちもパス。
後は西か東か。
東は、いくつかの小国で成り立っている連邦がある。
そのさらに先には超大国の、なんとか帝国があったと思う。
うろ覚えだけど。
連邦なら逃げ込んでしまえば、わたし一人くらいどうにでもなりそうだが、内紛が多いのだとお父さまが言っていた。帝国の傀儡になりつつあるとも。
そう言えば、なんとか帝国は超軍事国家らしい。
実力主義でもあるようで、もしわたしが行けばいいところまで出世できるのではなかろうか。
でも、あまり良い噂は聞かない。
なので一旦保留。
最後に西。
西にも大きな国がある。
ドミニオン王国だ。
詳しくは知らないが、我が国アニエスタと遠戚関係にあるらしい。
確かにドミニオン王子のサミュエルも、わたしと同じ金髪碧眼だった。
サミュエルかぁ。幼い頃
何度かお会いしたドミニオン王も優しくてとってもいい人だった記憶があるよ。
うん。ドミニオンなら他の国より遥かに安全かもね。
一応、遠~い親戚みたいだし。
よし! 決めた!
まずは西に向かおう!
ほんの少し白んできた空を見上げながら颯爽と歩き出す。
『行き先は決まったようね』
(うん。西のドミニオンを目指すよ)
『そ。ミフユの自主性に任せるわ』
じしゅせい……?
ネメシアーナはどの口で言ってるの……
転生させてくれたのは感謝してるけどさぁ。
誰のせいでこんな目に遭ってると思ってるんだろ。
などとぼんやり考えていた時、背後から異様な気配を感じた。
咄嗟に身を捻ると、肩口を熱いものが掠める。
ギリギリで避けられたのは、ひとえに【DGO】で数多の場数を踏んできた賜物だろう。
なになに!? いきなりなんなのよ!?
まさか、もう追っ手が来たの!?
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