005 城外へ



「お、おい……! 王女が下に逃げたぞ!」

「あ……あぁ……しかし……」

「魔術にビビッている場合か! 逃れられては我々の首が飛ぶのだぞ! すぐに2番小隊を呼べ! 王女を追うぞ! 必ず捕らえ、確実に始末するのだ!」


 手摺を滑り降りるわたしの背後から、騎士の物騒なセリフが飛んでくる。

 どうしてもわたしには死んでほしいようだ。


 それはそうだろう。

 国を簒奪するようなクーデターを起こしながら、最たる障害の王族を生かしておく理由がない。

 わたしが生きていては、それこそ生き証人となってしまう。敵にとって不都合しかないのだ。


 まぁ、同じ王族……例えば王さまに弟なんかがいたとして、その王弟が起こしたクーデターなら、生きながらえる可能性もあったと思うけど。

 ヘタに兄王やその家族を殺害してしまうと弟は国民の反感を買うもんね。カリスマ性や善政とかで人気のある王さまだったりしたら尚更だよ。


 でも、今回このアニエスタで起きたクーデターは赤の他人が国ごと乗っ取る気のようだ。

 王族わたしたちを皆殺しにして。


 わたしはそれが許せない。


 アニエスタ王であるお父さまは、わたしの知る限り悪政をおこなったことはないはず。

 国民からの信頼や人望も篤く、若い頃は『麗しの王子』と呼ばれたほどの美男子だ。

 これで人気がないわけがあるまい。

 そして、『大公家の薔薇姫』と言われるほどの美貌だったお母さまを見初め、結婚した際には国中が歓喜し、大いに祝福したと近衛騎士長ランドルから聞かされた。

 それからは善政を布(し)き、国民たちも裕福とまではいかなくも、平和に暮らしているのだ。

 少なくとも、わたしはそう教わった。


 そんな優しくて尊敬できるお父さまとお母さまを殺害し、あまつさえ幼い王女であるわたしをも手に掛けた宰相のヨアヒムと、それに加担した他国だけは絶対に許さない。

 いつか必ず報いを受けさせる。


『ミフユ! 終点よ!』


 おっと。


 意外とお転婆だったキャルロッテと同じように、ぴょんと手摺から跳んで華麗に着地する。

 うん、満点。

 と、思ったのだが。


 ガチャーーーン


 うげ。

 勢い余って花瓶を割っちゃた。ドレスで引っ掛けたかな?

 ……やばい。そう言えばこれ、外国製のすっごくお高い花瓶だった。

 こんな場面をあのクズ宰相に見られたら、しつこいくらいネチネチと嫌味を言われるに決まってる。

 あ、そう言えばあいつがクーデターの首謀者なんだっけ……むー、なんかまたムカついてきた。


「なんだ今の物音は」

「大階段の方から聞こえたな」

「二人来い。調べるぞ」

「はっ!」


 うげぇ!

 もっとやばいじゃん!


 大階段の下には扉があり、一階の奥へと続いているのだが、そちらの方向から男たちの声がした。

 このままでは挟み撃ちにされてしまう。

 かと言って馬鹿正直に玄関から外へ出るわけにはいかない。

 脱出口として一番わかりやすい出入り口に兵を配置していないはずがないだろう。


 本当は全員ブチのめして堂々と玄関から出たいんだけどね。

 さすがに多勢に無勢ってやつだよ。

 わたしの授かった力がどの程度なのかもまだわかってないしね。

 自分自身が未知数って意味不明すぎるなぁ……

 でも、せっかく転生したのにむざむざと殺されたくないもん。頑張るよ。


 わたしは周囲を見回しながらキャルロッテの記憶と照らし合わせた。

 このホールは広く、上は吹き抜けとなっている。故に窓も多い。

 多いのだが、如何せん高すぎる位置にある。

 とてもわたしの身長では届かない。

 窓以外となると、一階の奥にはいくつか勝手口があったように思う。

 大きな厨房、使用人の居住区、出入り業者や平民用の3か所だ。

 もしかしたら他にもあるかもしれない。しかしキャルロッテわたしが知っているのはそれだけだった。


 まぁ、キャルロッテはお姫さまだもんねぇ……

 あんまり一般の人がいる場所には行けないよね。

 それに、どっちみち一階の奥に行くのは無理かな。

 きっと敵もたくさんいるだろうし。

 ……窓もダメ、あらゆる出入口もダメとなると……


「あそこに誰かいるぞ!」

「あれは……王女か!?」

「馬鹿が! しくじったのか!」


『ちょっとミフユ! 連中が来たわよ!』


 脳内に響く切羽詰まったネメシアーナの声。

 割と近くにいたのだろう、奥へと続く扉から数名の騎士が走り込んできた。

 隠れようにも大抵の調度品は粉砕され、薪と化して燃え盛っている。


 二階にいる騎士は仲間を集めているのか、まだ降りてくる様子はない。

 ならばここは強行突破だ。


 対人戦で一番の作戦は────相手の意表を突くこと。


 わたしは身を低くし、迫り来る騎士たちの足首めがけて飛び込み、回し蹴りを放った。


「ぬおっ!?」

「うわっ!」

「ぐっ!」


 完全に想定外の攻撃で軸足を薙ぎ払われた騎士は、もんどりうって倒れて行く。

 ゲームとは違い、重い鎧を着た彼らはすぐに起き上がれないようだ。

 その間に彼らを跳び越え、壁に向かって走る。

 もちろん、二階から下りて来る騎士とは遠ざかる方向にだ。


『ミフユ!? どうする気なの!?』


 叫ぶネメシアーナは無視して壁際へ向かう。

 彼女からすれば、壁に突進するわたしは頭がおかしくなったように見えたのだろう。


(言ったでしょ。相手の意表を突くのが肝要だって)

『聞いてないわよ!?』


 あれ?

 思っただけだったかな。

 まぁいいや。


 剣を背中の鞘に納めて壁の前に立ち、腰を落とす。

 利き手の左拳を引いて構え、下腹……いわゆる臍下三寸にあるとされる丹田たんでんに力を込めるイメージ。


 背後からガッシャガッシャと音がする。

 きっと騎士が体勢を立て直し、追い付いてきたのだろう。

 だが、わたしに焦りはなかった。

 この程度のピンチは【DGO】でもよくあったことだ。

 中ボス級のモンスター数十匹が一気に襲い来るMHモンスターハウスに比べたら軽い軽い。


 丹田に溜めた気を左手に移し────


「崩山拳!」


 思い切り壁に叩きつけた。

 【DGO】における格闘スキル……の真似事である。

 赤く輝いた拳は木材や煉瓦を貫き崩し、幼女(わたし)なら悠々通れるくらいの穴が開いた。


『か、壁を抜くなんて……その発想はなかったわ。やるじゃないのミフユ!』


 呆気にとられたような声を出すネメシアーナ。

 自分でも上手くいってビックリしたのだが、わたしは『予定通り』と己に言い聞かせるように不敵な笑みを浮かべながら穴を潜り抜けた。

 このサイズなら大人の鎧騎士はつかえて出られまい。


 外は闇が満ちていた。

 城の外までは火の手が上がっていないせいか野次馬などもおらず、やけに静かである。

 これは敵が国民にも秘密裏に今回のクーデターを進めているせいなのではなかろうか。

 もしくは、街が既に制圧されてしまったのか。

 どちらにせよ用意周到すぎる。


 さて、と。問題はここからだね。


 今いる場所は、城に向かって左側だ。

 この王城は正門前は道路などが整備されているものの、それ以外の周囲は自然そのままの林に囲まれていた。

 ましてや今は夜。移動は容易であろう。


 わたしが問題としたのはその先だ。

 城下町の地理がさっぱりわからないのである。

 なぜならわたしは王女。

 行幸ぎょうこうなど数えるほどしかおこなっていないからだ。

 とは言え、そこは長年平和だった小国アニエスタ。

 王都自体がそれほど大きくないし、街を覆う外壁も柵に毛が生えた程度だった。

 ならば小さなわたしくらい、闇に紛れればどうとでもなるだろう。


 よーし。

 ぶっつけ本番だけど、いってみよう!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る