004 初めての魔法



 ガシャガシャと金属音を立てながら迫り来る敵兵。

 全員が見たこともない真っ黒な鎧兜姿だった。

 所属国を示すような紋章も見当たらない。意図的に外しているのだろう。

 少なくとも我が国アニエスタの兵がする武装ではなかった。


 ネメシアーナはクーデターが起きたって言ってたけど、もしかして内乱じゃないってことなのかな……?

 なら少しホッとしたよ。内輪揉めなんて悲しすぎるもんね。

 でも、クーデターは国内で起きる……つまり何者かが他国と共謀して起こした……?


 四名ほどの鎧騎士は既に抜剣し、隠すことなく怒気と殺気、そして嘲りをわたしに向けている。

 何の罪もない、まだ9歳の幼子であるこの王女わたしに。

 鳴りを潜めそうになっていた怒りが、またしても沸々と煮えたぎってきた。


『ちょ、ちょっと、ミフユ。あなた、四人も相手にやる気?』

(舐められるのは嫌いなの。きっとパパの血だよ)


 地球での父は生前、その中性的な容姿のせいで若い頃はからかわれることが多かったと語っていた。

 そのからかいに対抗するため、父は祖父……わたしにすれば曽祖父から拳法を学んだと。

 わたしも気性は父に似ていたので曽祖父に拳法を教わり始めたのだが、基礎を全て習得した頃、曽祖父は急用ができたとか言い残して海外へと渡ってしまった。

 それから数年、一度も帰ってきていない。

 もっと教えて欲しかったのに。


 ひい爺ちゃんだって、まさか自分よりも先にパパ曾孫わたしが死んじゃうなんて思わなかっただろうなぁ。

 そのひい爺ちゃんも海外で何をしてるのか心配だけど、『生涯現役だわい!』とか豪快に笑っていたし、あの人は殺しても死ななそうだってパパも話してたっけ。

 そう言えば、パパって一時期本物の女の子になってたなんて言ってたけど本当かな……?

 きっと妄想だよね。わたしも妄想好きだし。


『って、ミフユ! 来てるわよ!』

「!」


 いけないいけない。

 それこそ妄想してる場合じゃなかった。

 だけど、こんな状況でも割と冷静にいられるのは、ひい爺ちゃんに教わった闘いへの心構えと、パパが作った【ディヴァイン・ゴッデス・オンライン】での華々しい戦績のお陰だと思う。パパ、ひい爺ちゃん、ありがとね。


 シュラリと背中の剣を抜き、正眼に構える。

 敵連中がギョッとして歩を弛めた。

 ゲーム内とは言え、幾千幾万のモンスターや人間プレイヤーを屠ってきたわたしに、彼らも何かを感じ取ったのだろう。

 嘲りも侮りも消え去り、訝しみと警戒の気配へ変わった。

 流石は戦闘を生業とする者たちである。


 だが、それこそ好機。


 身を低くし、地を蹴る。

 騎士の一人に防御態勢を取らせる間もなく迫り、肩口に一撃を見舞った。


 ガイィン


 我ながら幼女の肉体とは思えぬほどの力強い斬撃だったが、相手の鎧を断ち割るまではいかなかった。

 残念無念。

 しかし、衝撃自体は鎧に守られた肉体まで確実に浸透し、騎士はたたらを踏む。


 ふぅん。そう上手くはいかないか。

 やっぱりゲームと現実は違うね。

 ふん、面白いじゃない。

 ならやり方を変えればいいだけだよっ。


 わたしは左にいる騎士に目標を変え、軽く左右にステップしながら肉迫する。

 騎士は私の動きを捉えきれず、あさっての方向に剣を振り下ろした。


 奴らの鎧は全身をくまなく覆うスーツアーマーだ。

 故に刀剣には滅法強い。

 しかし弱点が無いわけではない。

 それは────


 ズシュッ


「うぐぁあ!」


 脇を深々と抉られ、派手に血液と絶叫を撒き散らす騎士。


 ────そう、狙ったのは関節。

 スーツアーマーの構造上、関節周辺の可動部はどうしても装甲を薄くせざるを得ないのだ。

 激しく動き回る戦闘の最中にピンポイントで狙うのは難しく、弱点とも言えぬ弱点であるが、少なくとも【ディヴァイン・ゴッデス・オンライン】では対人戦PvPにおける、ひとつのセオリーであった。


 腕や足を使えなくさせる『部位破壊』のバッドステータスを狙えるしね。

 上手くすれば同時に『防具破損』もいけちゃうんだ。

 ま、【DGO】だったらの話だけど。


『す、すごいじゃないのミフユ!』

(へへー、それほどでもないよ)

『さすがゲームしか取り柄がないだけあるわ!』

(しっ、失敬な!)


「このガキィ……子供だと思い手加減していれば調子に乗りおって!」

「王女はヨアヒム殿が直々に始末なされたはず……まさかあの青瓢箪め、しくじったのか?」


 ネメシアーナとアホなやりとりをしてる間に、残った二人の騎士が左右に立ちはだかる。

 手強しと見て、挟み撃ちでの同時攻撃をするつもりだろう。


 そして漏れ聞こえた彼らの言葉。

 その中に不穏なワードが含まれていた。


 ヨアヒム……?

 アニエスタ国宰相のヨアヒムがキャルロッテわたしを……?

 ……あいつが首謀者なの!? 昔から気持ち悪い目でお母さまやわたしを見てたあいつが!


「こうなれば我々で始末するしかあるまい!」

「悪く思うなよ、王女さま……!」


 ビュンビュンと剣を振り回す二人の騎士。

 色々と考えたいのに待ってくれないなんて、ひどい大人たちだ。 

 しかも相当鍛えられているらしく、その剣速は鋭い。

 わたしは小柄さを活かし、なんとか掻い潜る。

 そうこうしているうちに騎士がもう一人戦いに加わってきた。

 わたしが肩に与えた衝撃はもう抜けたらしい。

 脇を刺した騎士は止血に必死だが、あの様子だと戦線復帰も近い。


 うーん。

 多勢に無勢ってヤツだね。出来れば隙を見つけて逃げたいところだよ。

 【DGO】なら対多数の場合、魔法で牽制したりするんだけど……


(ねぇ、ネメシアーナ。魔法はどうやって使うの?)

『言ったでしょう? 妄想イメージが大事だって』

(そうじゃなくて、もっとこう、コツとか)

『あなた、ゲーム内ではどうしてたのかしら?』

(どうって……攻撃スキルのときは下腹に力を込めて、魔法の時は頭に力を込めるイメージ……かな)

『そうそう。わかってるじゃないの』

(でも【DGO】の魔法だと詠唱があるよ?)

『こちらにもあるけれど、詠唱が必須と言うわけでもないわ。ゲームの中にだって『早口』とか『簡略詠唱』とかあったでしょう?』

(そりゃ、あったけど……)

『ま、詠唱するほうがイメージしやすい分、確度や威力は上がるわね』

(でもわたし、こっちの世界の魔法なんて使い方も詠唱も知らないし……)

『それはここを脱出してから好きに勉強なさいな。取り敢えず集めた魔力をぶっ放しとけばいいのよ』


 なんていい加減な説明なのだろう。

 それとも意図的に詳しい説明を避けているのだろうか?


 だが試してみる価値はある。

 後のことは、やってみてから考えればいい。

 わたしも父と同じく、説明書は行き詰まってから読むタイプなのだ。


 身体に流れる未知の力を頭に集めるイメージ。

 あちこちで燃え盛る炎を参考に。

 ちなみにわたしは左利きだ。つまり剣は左手に持っている。なので空いている右手に魔法の力を集中し────

 放つ!


 ゴオォォッ


「なにぃっ!? ぐあっちぃっ!!」

「ま、魔術だと!?」

「バカ言え! 王女が魔術を使うなど聞いておらんぞ!」

「なんて威力の炎だ……! 中級以上じゃないか!」


 わたしの右手から迸った火炎に慄く騎士たち。

 魔法を撃った当の本人わたしでさえ、思った以上の勢いにビビったくらいだ。

 ただ、わたしがイメージした結果とは少々違っていた。

 火炎放射器のつもりがガスバーナーだったような違和感。

 なんでだろ?


 ……でも、これは面白い……!


 周囲の火炎に煽られ、わたしの長い金髪がふわりと逆立つ。

 突き出したままの右手には、まだ炎の残滓が纏わりついていた。


 逆光で騎士たちにわたしの顔は見えまい。

 結果はともかく、本物の魔法行使に思わずニヤリと笑ってしまったわたしの顔は。


「笑ってやがる……」

「な……なんて禍々しい……」

「……まるで金色の悪魔だ……」


 見えてたの!?

 やだ、恥ずかしい!


 だが、気圧されたように騎士たちは一歩退いた。

 わたしはそんなに怖い顔をしていたのだろうか。


 失礼しちゃう。

 だけど、これこそわたしが欲しかった隙!


 踵を返し、キャルロッテわたしが普段していたように、大階段の太い手摺に飛び乗ると、滑り台の如く一気に階下へ向けて滑り降りた。

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