第5章 記憶を無くした女

 自分の前で突然倒れた女性を

抱きかかえ、裏路地を歩く隼人。

 

 行き交う者たちの視線を一斉に浴びながら

歩く隼人は、人気のない倉庫の前に立つと 

片足で思いっきりドアをけ破った。

 

 トタンで出来たドアは、いとも簡単に

バリンという大きな音とともに破壊され、

その音に反応したように、意識を取り戻した

女性は自分の状況に驚き、隼人の腕の中で

声を上げた。


 「ここどこ? あなた誰? え? 降ろして~」

隼人の腕の中で暴れ出した女性……、

 「おい! 暴れるな! 危ないだろ!」

 隼人は慌てて女性を薄汚い

アスファルトの上に降ろした。


 アスファルトの上に立った女性は、

汚れたワンピースの裾を手で払った。

 

 「あんた、この街の者じゃないよな?

何処から来た? 何者なんだ? 名前は?」

 隼人が女性に矢継ぎ早に質問をした。

 

 「私? 私は……

多分、この街の者じゃ……ない。

 そして、何者かも、名前もわからない。

記憶が無いの……」


 女性の返事に驚いた隼人、

 「は? あんた、ふざけてんのかよ。

 自分のことがわからないなんて、それじゃ

まるで記憶喪失者じゃないか」


 黙り込み下を向く女性に隼人は、

 「え? マジで言ってんの? 記憶喪失って」


 「うん。気がついたら、この街の

路地裏に倒れてて、あちこち彷徨ってたら、

日が暮れて……動けなくなった。

 で、自分のことを思い出そうとするんだけど、

そうすると激しい頭痛が襲ってくる」


 「へぇ~、記憶喪失って本当にあるんだな。

ドラマや映画の中だけかと思ってたよ。

 それで、あんたはこれからどうするんだよ」


 「どうするって……わかんない」

 困り果てた顔をする女性の顔を見た隼人は、

 「じゃあ、仕方ないな。紹介してやるよ。

 三食付の部屋と、楽に稼げる仕事……

 俺についてきな」


 隼人の言葉に、満面の笑みを見せた女性は、

 「え? いいの? ありがとう。あなた、

いい人、 いや、命の恩人!

 助けてくれてありがとう……」

 そう言うと、隼人の両手をギュッと握った。


 「べ、別に、俺はいい人でも恩人でもないさ。

 喧嘩はするし、人は騙すしひどい人間だよ」


 「そう? 私にとって、あなたは命の恩人。

 恩人さん、あなたの名前は?」


 「俺? 俺の名前は、隼人、神谷隼人。

 あんたは? って、わかんないんだったな

名前……そうだな、ヒカル……

ヒカルでどうだ?」


 「ヒカル? 私の名前?」

 「ああ、あんたの名前は取り合えず

ヒカルだ。じゃあ、ついてきな、ヒカル」

  

 そう言うと、隼人はヒカルを連れて

ネオン街に向かって歩き出した。

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