第52話 戦闘
隼人を隠すように鬼神のもとに
ゆっくりと歩いて行くヒカル。
彼女が鬼神のもとに辿り着くと
同時に、隼人を含め5人の治験者たちを
一斉に狙撃しようとする鬼神……。
鬼神の命令を受けた傭兵たちが、
銃を構え、その引き金を引く準備を整える。
ヒカルが鬼神に近づくたびに笑みを
浮かべる鬼神……。
「ははは、神谷隼人……お前の人生も
これで終わりだな……」
鬼神が笑った。
ヒカルは、目を閉じると、
「神様……どうか、皆をお守りください……」
と呟いた。
ドカーン、バリン、バリン……
物凄い破壊音が轟くと、分厚いガラス窓が
粉砕した。
地上、58階のフロアには強風が一気に
吹き込むと、ラボの中の研究棚、
研究機材などがバタバタと音を立てて
倒れ落ち、その残骸が床に散乱した。
「うわぁ~、助けてくれ~……」
風圧で窓側にいた傭兵数名が
崩れた窓から落ちていった……。
ゴトン……。
ゴロゴロゴロ……。
床に何かが投げ込まれた。
その場にいた全員がしゃがみ込んだ……。
ピカッと鋭い閃光が辺り一面を覆った。
強烈な光に視界を奪われた面々……。
その数秒間の間に、隼人はヒカルのもとに
走り寄り彼女を抱き寄せ、
折り重なるように倒れた研究棚の影に
身を寄せた。
ラボの中は一瞬にして、
鬼神と傭兵たち……。
そして隼人たちの間に
境界線のような壁を作った……。
シーンと静まり返るラボの中……
「隼人さん、大丈夫?」
「ああ、幸か不幸か……
一難去ってまた一難ってとこかな」
隼人は腰に差した銃を取り出すと、
構えた。
視界がはっきりしてきた隼人……。
「まずいな……」
と呟いた。
鬼神と隼人の間に出来た折り重なり
倒れている研究棚の端に、
逃げ遅れた治験者5人の姿が見えた。
今の状況を冷静に考えても、
ヒカルをつれての脱出が精一杯だ……
ましてや、治験者5人を連れて逃げたとしても
誰かが犠牲になることは目に見えている……
隼人は、彼等に落ち着くように
目で合図を送った。
この状況を見ていた鬼神が、声を高らかに
「テロリストも時には役に立つものだな……
神谷隼人……そう思わないか? 鈴香を
こちらに渡せ……そうすれば治験者の命は
助けてやる」
と叫んだ。
鬼神の提案を聞いていたヒカルが
隼人の顔を見ると頷いた。
隼人が、
「ヒカル、行っちゃだめだ。これは罠だ」
と呟いたその時だった。
「オペレーション……スタート」
と声が鳴り響いた。
ピカッ……再度ラボの中に閃光が走った。
隼人を含め全員が目を覆った……。
ドドドド……ドドドド。
大きなプロペラ音と伴に空中でホバリングをした
ヘリコプターが目の前に現れた。
そして、隼人の目の前には、
彼等を守るように背を向けて立つ、
武装した人物が数名立っていた。
驚く隼人とヒカル……。
ドドドド……ドドドド。
ホバリングを続けるヘリコプターの
中から、店長と、レイ、そして
コトがフロアに降り立った。
「レイ……コト……店長……?」
呟いた隼人にレイが、
「説明は後で……俺等も兄貴と
ヒカルを助けにきたぜ……」
そう言うとニカっと微笑んだ。
ドドドド……
ホバリングをしていたヘリコプターが
タワーから離れて行った……。
「この野郎……テロリストって
貴様らだったのか……こいつ等全員始末しろ」
鬼神がそう叫んだ。
傭兵部隊は一斉に銃口を隼人たちに向けると
一気に発砲し始めた。
パーン、パパーン……
バキュン……バキュン……
隼人もヒカルを守るように物陰に
隠れると、銃で応戦する……。
コトが二人のもとに寄って来ると、
「5分後に再度ヘリが来る……
私達は、あの物陰にいる5人を
助け出してヘリに乗せて脱出する……
もちろん、ヒカルも……」
コトがヒカルに伝えた。
「待って……隼人さんは?」
「俺は、アイツ等にお礼をしないと
いけないから……あとで、必ず合流するよ。
だから、心配すんな……」
「でも……」
口をつぐむヒカルの唇に、
隼人がそっと自分の唇を重ねた。
「ひゅ~兄貴やる~」
「あ~、隼人、やっぱり……」
ヒカルの唇から自分の唇を離した隼人は、
「ヒカル……また後で会おう」
と言うと優しく微笑んだ。
ドドドドド……。
ヘリコプターの近づく音が聞こえて来た。
窓側に視線を送ると、ホバリングをした
ヘリコプタ―のドアが開かれていた。
店長が、勢いよくヘリコプターの中に
飛び込んだ……。
「ヒカル……いくよ」
コトとヒカルと隼人が5人の治験者の
もとに駆け寄った。
バキューン、パーン、パーン……。
三人を援護する射撃が続く……。
レイも加わり、順次、治験者を
ヘリコプターに乗せる。
空中でホバリングを続けるヘリコプター、
バキュン、バキュン……
ヘリコプターに向けて発砲される……。
治験者全員をヘリコプターに乗せ終ると、
店長が、コトとヒカルに向けて手を差し出した。
「さあ、コト、ヒカル、レイ、
早く乗り込め……」
パパーン、パーン……
ヘリコプターの入り口付近に
被弾した。
コトとヒカルがしゃがみ込んだ。
「今だ、あの女たちを捕まえろ……」
鬼神の命令する声に、ヘリコプターに向けて
一斉に攻撃が始まった。
その場にしゃがみ込んだまま
動くことが出来ないコトとヒカル……
「副長、これ以上は危険です。
一旦、退却しなければヘリコプターごとやられます」
機長が叫んだ。
店長のインカムに、
「副長、一旦、退却せよ……」
と武蔵の声が聞こえてきた。
店長は、拳を握りしめると、
「一旦、退却せよ……」
と機長に命令した。
ホバリングをしていたヘリコプターが
一気にタワーから離れていった。
取り残されたコトとレイとヒカルに
発砲を続ける傭兵たち……。
隠れるようにレイがコトとヒカルを
誘導する。
援護射撃を受けながら、レイとコトが
物陰に戻って来た。
「ひぇ~、死ぬかと思った」
レイが呟いた。
「レイ……」
「なんだよ、コト」
「ヒカルが……いない」
「え……?」
その時、鬼神たちが一斉に発砲をやめた。
「神谷隼人、これを見ろ……」
鬼神が叫んだ。
隼人が声のする方を見ると、
鬼神に捉えられたヒカルの姿……。
「ヒカル……」
隼人が叫んだ。
「鈴香は返してもらったよ。
後は、仲良しグループであの世に行きな。
やれ!」
パーン、パーンパパーン。
銃声が鳴り響き出した。
鬼神はニヤリと笑うと、嫌がるヒカルを
連れてその場を後にした。
「ヒカル!」
隼人が彼女の名前を叫んだ。
バキューン、バキューン……
パン、パンパン、パン……
鳴り響く銃弾の音が彼の声をかき消した。
動揺した隼人が、物陰から飛び出そうとすると、
レイが隼人の腕を引き寄せて、強引に座らせると、
「兄貴、しっかりしろよ! 冷静になれ!
今のところ鬼神がヒカルを殺すことはない……
兄貴、ヒカルを連れ戻すんだろ?」
レイが微笑んだ。
レイの言葉で我を取り戻した隼人。
「あぁ、その通りだよ」
と呟いた。
「じゃあ、兄貴、俺等が奴等を惹きつけるから、
そのすきに一番端の破壊されたあの場所から
一気に外に出て……」
と言うとレイが、廊下に面した破壊された
擦りガラス部分に視線を送った。
隼人も破壊された箇所を確認すると、
ゆっくりと頷いた。
「じゃあ、兄貴、いくよ!」
そう言うと、レイは数人の隊員とともに
機関銃を打ち始めた。
バババババ……。ドドドド……
バババババ……ドドドド。
「兄貴行け!」
レイの合図で隼人と援護の隊員が飛び出した。
バババババ……。
ドドドドド……。
「う……」
隼人をかばおうとした隊員が被弾し
その場に倒れ込んだ。
被弾した隊員を助けようと隼人が
戻ろうとすると、
「俺に構わず……行ってください。
ほんのかすり傷です。このチャンスを逃したら
この場所から抜け出すことはできない……
ですから……早く……」
血だらけの手で隼人の手を握りしめる隊員。
「兄貴! 早く……、もうもたないぞ」
レイの声に、隼人は隊員の手をそっと
床に置くと、目を伏せ、
「すまない……」
と呟くと、ラボの一番端の出口を目指して
走りだした。
バキューン、パン、パン、パン……
「一人、逃げたぞ……追え……」
傭兵の叫び声が聞こえた。
その声に隼人が、ラボから抜け出したことを
確認したレイが座り込んだ。
「はぁ~、しんど……コト、大丈夫か?」
と声をかけた。
「大丈夫だけど……このあと、どうするの?」
「う~ん。ノープラン……神頼みかな……」
ラボに残った武蔵部隊の隊員は、負傷した隊員を
含む3人……、そしてレイとコトを合わせて
5人……。
完全に動ける隊員が2名とレイの3人で
10人以上の敵の傭兵を相手することになる……。
現在、レイたちがいる位置は、
広いラボの中央付近……
自動ドア付近は敵が陣取っており、正面突破は
自殺行為である……。
何より、残りの実弾の数を考えると……
かなり厳しい状況であった。
一人の隊員がコトに言った。
「負傷した隊員の所まで、我々と一緒に
走ってください。なるべく隼人さんが脱出した
あの、破壊された場所付近まで
移動します……一か八かですが……」
コトは黙って頷いた。
「コト、今こそ女を見せろよな!」
レイが笑った。
「ちょっと、言葉の使い方間違ってるわよ」
コトが口を尖らせた。
その時だった……。
自動ドア付近から、傭兵の合間を縫って
一人の武装した女性が入って来た。
下ろした両手には、機関銃が握られており、
女性の両サイドには、屈強な傭兵がついていた。
女性は、ゆっくりとレイたちがいる
ラボの中央付近まで歩いて来くると、
被っていた黒いキャップを外し、
床に投げ捨てた。
「え……」
レイとコトが呟いた。
隊員が女性に向かって銃を構えた。
その瞬間だった……。
「交渉しましょう……」
と言ってレイたちのもとに歩み寄る女性。
彼女の歩く姿に、レイとコトの表情が
変わった。
ジャキ……更に隊員が女性に向かって銃を構えた。
その時……
女性が隊員にハンドサインを出すと同時に、
彼女の両サイドにいた傭兵2人が、
くるっと後ろを向き自動ドアに向けて
機関銃を発射させた。
ドドドド……ドドドド……
凄まじい音とともに、隊員が
負傷者のもとに走り出した。
女性はレイに両手に持った機関銃を
手渡すと、コトの腕を掴み走り出した……。
ラボから抜け出すことができた
レイとコト……そして隊員たちは
フロアの隠された空間の安全な場所に隠れた。
そこには、女性の仲間と思われる
武装した戦闘員が数名待機していた。
「ここまでくれば、なんとかなるわね」
女性が優しい口調で呟き振り返ると、
「レイ、コト……久しぶり……」
と微笑んだ。
「やっぱり……美雪……美雪なのか?」
驚くレイとコト。
彼等の前に突如現れた武装した女性は
隼人のかつての恋人……
そして、鬼神のもとから隼人を逃がした
宮野美雪だった……。
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