第51話 作戦開始

 タワーの正面玄関の自動ドアが開くと、

スリットの入ったタイトスカートに、

ピンヒールを履いたスーツ姿のコトが

タワーの偽造されたVIP入館許可証を

首から下げて入って来た。


 コツコツコツ……

コトが歩くたびにヒールの音が

ロビーに響き渡る……。


 彼女が、総合案内カウンターに歩み寄ると、

カウンターにいた女性が二名立ち上がる……。

 コトは、ニコッと優しく微笑むと、

 「先程、お伺いしました神谷社長から、

鈴香お嬢様に直接お渡しするようにと、

お預かりして来ました」

 と言ってショコラ会社のロゴが入った

紙袋を差し出した。


 コトの堂々とした振る舞いに

総合カウンターの女性は、首から下げられた

偽造されたVIP入館許可証を見るも、

何の疑いもせず……

 「かしこまりました。ではどうぞ……」

とコトをEVへ案内した。


 「ありがとうございます……」

 コトは微笑むと軽く会釈をし、

EVのドアを閉じた。


 EVが動き出したことを確認した女性社員は

総合カウンターへ戻って行った。

 チン……。

 EVが50階に停止すると、

コトがEVから降りて来た。

 彼女は、フロアのスタッフに紛れて、

平然と廊下を歩き、階段の踊り場がある

防火ドアの前に辿り着くと、前後を確認して

ドアを開けた。

 コトは、階段を上がり51階に辿り着いた。

 51階……、鬼神の会社があるフロア。

 コトはフロアの人影を確認すると、素早く

廊下の防犯カメラの死角になる場所に数個の

小型爆弾を仕掛けた。


 小型爆弾を仕掛け終わったコトが、

インカムを触ると……

 「こちらコト……、爆弾の設置完了」

 と報告をするとすぐに、

 「了解……、コト、すぐそのタワーから

離脱しろ……」

 と返答があった。

 

 コトは、すぐに近くのEVに乗ると、

EVは1階ロビーに到着した。

 

 コツコツコツ……。

 ヒールの音を響かせ、コトが総合カウンターの

前を通り過ぎる……。

 「あの……」

 女性がコトに声をかけた。

 

 女性の呼びかけに足を止めたコト……

ゆっくりと女性の方向へ身体を向けると、

 「なにか……?」

 と呟いた。


 「あの、鈴香様はお喜びになりましたか?」

 女性がコトに尋ねた。


 コトは、満面の微笑みを女性に送ると、

 「ええ、とっても喜んでいただけましたよ」

 と伝え正面玄関から出て行った。


 玄関前に停まっていた黒塗りの車に

乗り込んだコト……

開口一番……

 「ねぇ~、ねぇ~、私だって役に立ったでしょ?」

 隣に座るレイの肩をバンバンと叩いた。

 「はい、はい、よくできました」

 呆れ顔のレイ……。


 「さてと……下準備が完了したところで

いよいよ、これからが本番だ。

 二人とも、死ぬなよ……」

 店長が呟いた。

 

 ドリームタウンの至る所で待機している

武蔵部隊の隊員が耳元のインカムに全神経を

集中させた……。

 「全隊員に告ぐ。16:00(ヒトロクマルマル)

作戦を開始する……。

 カウント、5・4・3・2・1・GO!」


 武蔵の合図と共に、タワーの51階に仕掛けられた

小型爆弾が一斉に爆発した。


 凄い爆音とともに、51階のガラス窓が粉々に

粉砕され、地上に舞い散るのが確認され、

タワー内では一斉に非常ベルの音が鳴り響いた。


 それと同時に、タワーからは大勢の人が

逃げ出して来た。

 「行くぞ……」

 店長の掛け声とともに、逃げ出す人々の波に

紛れながら、武蔵部隊の隊員がタワーの中に

入って行った。


 一方、鬼神が隠れ家にしている倉庫街でも

黒塗りのジープが勢いよく倉庫の扉を破壊し

飛び込んで来た。


 ジープより数人の隊員が飛び出すと、

機関銃を天に向けて数発発射した……。


 「最近、珈琲や軽食ばっかり作ってたからさ、

ちゃんと、狙えるか心配だけど……」

 と言うと喫茶店の店主は鬼神の部下

に向けて機関銃を構えた。


 ドドドド……、

バキュン、バキュン……

 

 鬼神の部下も元傭兵の兵揃い……

ニヤリと笑うと拳銃を取り出し応戦を始めた。


 倉庫街に響き渡る銃声音……。

 そして、倉庫街の至る所から爆破音が

聞こえてきたのだった。

 美雪と別れ、階段を上がる隼人が、53階に

到着した時だった。

 ドカン……ドカン……。

 下から爆破音が聞こえ爆破の波動を感じた

隼人……。

 「爆発……? 一体どうしたんだ」

 何が起こったのか理解できないまま、

隼人は、鈴香がいる59階を目指す……。


 最上階では、鈴香の父、遠山が村山から

報告を受けていた。

 「何者かが、このタワーに侵入してきました。

恐らくテロリストではないでしょうか?」

 「テロリスト? テロリストがこのタワーに

何の用があるんだ?」

 遠山が村山に聞き返した。

 「それは……おそらく、ラボの薬剤かと……」

 村山が遠山に伝えたその時、自動ドアが開き

鬼神が息を切らして入ってきた。

 「会長……ご無事ですか?」

 息を切らしながら、遠山に声をかけた鬼神が

チラッと村山の顔を見た。

 「鬼神君……これはどういうことかね?」

 慌てた様子の遠山。

 「今、部下に詳細を調べさせたところ、

武装したテロ組織の人物が数名、このタワーに

潜入したようです。

 51階の私のオフィス付近に数か所に

爆発物が仕掛けされたようで、それが一度に

爆破されました……」


 「そうか……で、今後の対応は?」

 「今、私の部下のSP部隊が応戦していますので

時期制圧できるのではないかと……」


 ウィ~ン……。

 自動ドアが開き、黒服を来た男が

数名入って来くると、鬼神の耳元で

ささやいた。

 「なに……、逃げた?」

 鬼神の顔つきが変わった。


 「どうしたのかね?」

 遠山が尋ねると、鬼神が……

 「まったく、テロ組織とは別に、

捕まえていたネズミが逃げ出しました。

 まずは、ネズミを捉えて処分します。

 会長、私は鈴香さんをここにお連れします。

 この最上階は、強固な造りですので、

衝撃に耐えられると思いますのでご安心を……

村山を残していきますので……」

 そう言い残すと鬼神は黒服の男達を残して、

鈴香の部屋に向かった。

 爆破音の音とともに、ベッドに寝ていた

鈴香の目がパチッと開いた。

 彼女はベッドから起き上がると、

彼女の護衛の黒服の目を盗んで、直通EVに

飛び乗った。


 彼女と入れ替わりに、59階の彼女の部屋に

辿り着いた隼人……。 

 中では、姿を消した鈴香を探して黒服が

連絡をしているのが見え、彼女が自ら姿を

消したことを悟った隼人。

 すかさず、彼女の寝室に入ると、

そこには誰もいなかった……。

 隼人は、ベッドの上にめくれた

ブランケットの下のシーツに手を押し当てた。

 「温かい……まだ遠くにはいってない。

でも……どこに……考えろ! 考えるんだ!」

 彼女が向かった先を考える隼人……。


 ふと、彼の脳裏にある光景が浮かんだ。

 「あそこだ……」

 隼人はそう呟くと、59階から階段を

駆け下りた。


 「見つけたか?」

 鬼のような形相の鬼神が語気を荒げた。

 「今、各フロアに配置している者に

連絡をしているのですが……侵入者との攻防が

続いており……うがっ……」

 報告をしている黒服の腹に思いっきり

蹴りを入れた鬼神……。

 倒れ込んだ黒服に向かって……

 「色々言わね~で、早く探し出せ!」

 鬼神がとうとう本性を現した……。

 

 チン……ドアが開くとEVから鈴香が

飛び出して来ると、

 「はぁ、はぁ、はぁ……」

 と息を整えながら、急いで自動ドアの横の

モニターに暗証番号を打ち込み、

指紋認証画面に手のひらを押し当てる。

 ドアが開くと、一番奥の部屋のドアを

目指して走り出そうとした。

 ガバッ……

 鈴香の腕が掴まれ、彼女の足が止まった。 

 彼女が振り向くと、息を切らしながら、

彼女の腕を握りしめる隼人の姿……。


 「隼人……さん」

 そう呟くと、鈴香は隼人に抱きつき、

自分の顔を彼の胸に押しつけた。

 彼女の記憶が戻ったことを認識した隼人……

 「ヒカル……遅くなってごめんな」

 隼人も鈴香ことヒカルを腕に包み込むと

力強く抱きしめた。

 「隼人さん……私、鬼神からずっと、

ずっと記憶を操作されて……

 あなたのこと忘れていた。

 大切なあなたや、レイ、コトのことすべて」

 

 「大丈夫だよ、ヒカル。俺たちはおまえのこと

一日たりとも忘れていない。

 もう一度、おまえに会いたかった……。

 どんな手段を使ってもヒカルを助けたかった。

 ヒカル……俺、おまえのこといつの間にか

好きになってた……」


 「私も……隼人さんのことが好き。

助けに来てくれて……ありがとう。

隼人さん……あなた、怪我してるの?」 

 ヒカルが隼人の頬に手をあて心配そうに

見つめた。

 「ああ、さっきまで捕まってて

ボコボコにやられてたから……」

 「大丈夫……なの?」

 「大丈夫だよ。強力な鎮痛剤を

打ってもらったから……

 ヒカルのこと守りきるまでは

大丈夫。心配すんな」

 隼人が微笑んだ。

 

 そして、二人は互いに身体を離すと、

 「隼人さん、どうして私がここにいることが

わかったの?」

 ヒカルが隼人に聞いた。


 「一か八か賭けたんだよ。もしヒカルの記憶が

戻ってたら多分ここにいる人を助けに来ると

思ったんだ……治験と言う名目で拷問されてる

人たちを……

 でも、ヒカルはなぜ記憶を消されてないの?」

 「白衣を着た女性が助けてくれた。私の耳元で

これは、ただの栄養剤だから、心配するなって」

 ヒカルと隼人は、薬剤のプラント施設、

タワーの58階のラボの中にいた。

 ラボの中の一番奥のドアを開くと、

そこには、個室に入れられた『治験者』がいた。


 「5人か……3人は自力で歩けそうだな。

あとの2人は肩をかさないと無理だ……

ヒカル……やれるか?」


 「大丈夫……今、このタワーにテロリストが

潜入してきてるんだって。51階が爆破された

みたいなの……だから、この混乱に乗じて

なんとか逃げ出せないかな……と」


 「テロリスト……?」

 隼人が不思議そうに呟いた。


 二人は、治験者を個室から連れ出すと、

ラボの中を歩き出した。


 

 その時だった……。

 ラボの自動ドアが開き、鬼神と武装した

傭兵たちが中に入って来た。


 傭兵たちは一斉に銃を構えると、

銃口を隼人と治験者に向けた。


 「鈴香さん……こんなところにいたんですか。

 随分探しましたよ。可哀そうに……

その男に、拉致されて。さぁ、こちらに」

 優しい口調の鬼神が呟いた。


 「隼人さん、私に銃を突きつけて……」

 ヒカルが隼人に囁いた。

 隼人は言われるままにヒカルを

片手で羽交い絞めにすると、彼女の頭に

銃を突きつけた。


 「おや、おや、君は何をしようと

してるのか自分でわかってるのかね?

 そんなことをする奴は万死に値する」

 

 鬼神がゆっくりと、二人のもとに歩き始めた。


 ヒカルが、隼人の上着のポケットに

小さなリモコンを忍び込ませると、

 「私が時間を稼ぐ……。

 このリモコンがあれば、すべてのEVのドアを

解除できる。直通のEVの操作権限者は数名のみ

だから……それを上手に利用して逃げて」 

 彼女はそう囁くと、彼のもとから離れようとした。


 「ヒカル……行くな」

 隼人が囁いた。

 ヒカルが、隼人の身体に重なるように

ゆっくりと歩き出した。


 鬼神が傭兵に、

 「まだ撃つな……彼女に弾があたる。

完全にこちらに来てから、一気にヤツと

あの治験者に銃弾を撃ち込め」

 と囁いた。

 

 鬼神の言葉に傭兵は、銃を構え直した。

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