第49話 白衣姿の女

 鈴香を抱きかかえた鬼神が黒服の男女と共に、

彼女の部屋に戻って来た。

 彼女をベッドに寝かせ不敵に微笑むと、

「ドクターは?」

 と近くにいた黒服に聞いた。

 「ドクターは、鈴香様に投与する薬剤を

調整するためにラボに……」

 「そうか……今のうちに彼女に薬を……」

 と鬼神が呟いた。

 すると、部屋のドアをノックする音が

聞こえた。

 黒服の男女が拳銃を構え、ドアの左右に立つと

警戒するようにドアを開けた……。

 「失礼致します……薬剤の準備が出来ました」

 ドアの前に白衣を着た女性が銀色のトレーを

持って立っていた。

 女性の姿を見た鬼神は、彼女の前にゆっくりと

歩み寄ると、彼女の顔を覗き込み、

 「あまり見ない顔だな……」

と呟いた。

 女性は、冷静な口調で、

 「K様……初めまして、私、ドクターの第一秘書で

研究員の宮野と申します」

 「宮野……そう言えば、確か村山が

可愛がってるという噂の女だな……」

 「噂があるとは……でも、K様に知って

いただいてるとは、光栄です……」

 「村山も隅におけないな……こんないい女を……」

 鬼神が宮野の耳元で囁いた。

 「よろしいんですか? 婚約者の前で……」

 「あぁ、かまわないよ。彼女は俺の野望に

必要な大切な道具だからな……でも、今は丁寧に

扱わないとな……で、薬剤は準備が出来たのか?」

 「はい、薬剤はここに……。ドクターは侵入者に

備えて、薬剤と機密事項が入った研究記録等を

別の場所に移す準備をされていますので、

代わりに私が鈴香様に薬剤を投与致します」

 「わかった……頼むよ……」

 宮野にそう告げると鬼神はスマホを手に取り

耳元に当てると黒服の男と鈴香の部屋から出て行った。

 宮野は、鬼神が残していった黒服の女に、

薬剤を投与した際に大量の発汗があるため

着替えを準備するように伝えた。

 黒服の女が鈴香の着替えの準備を始めたと

同時に、宮野は彼女の上着の袖をまくった。

 荒い息を整えながら、宮野の顔を見上げ

鈴香が起き上がると、彼女の肩にしがみつき

 「やめて……打たないで……」

と呟いた。

 手に持っていた注射器をサイドボードに

置いた宮野が鈴香の耳元で何かを囁いた。


 宮野の顔をじっと見つめた鈴香……。


 ゆっくりと頷くと、そのまま静かに

ベッドに横になった。


 黒服の女が着替えを持って戻って来くると

宮野が手にした注射器の針が鈴香の腕に

刺され、薬剤が投入されているのが見えた。

 黒服の女がインカムを触ると、

 「鈴香様、薬剤投入確認しました」

 と報告をしていた。

 カチャカチャカチャ……

 鈴香への薬剤投入を終えた宮野は、

手際よくアンプル類を片付け、

鈴香の顔を見て優しく微笑むと

部屋から出て行った。

 宮野の後ろ姿を見つめ続けた鈴香は

薄れていく後ろ姿と薄れていく意識を

感じながら目を閉じた……。

 

「ぐはっ……はぁ、はぁ……」

 ボカっ……ドカっ……

 「おら、おらぁ、意識を失うにはまだ早いぞ~」

 髪の毛を掴まれた隼人に、黒服の容赦ない攻撃が続く。

 「う……、ぐはっ……はぁ、はぁ」

 殴られながらも、意識を保っている隼人。

 「どうだ……吐いたか?」

 隼人が監禁されている部屋に村山が入って来た。

 「こいつ、しぶとい野郎ですよ。これだけ

痛めつけてるのに何も吐かないんですよ」

 「ほぅ……なかなか根性があるんだな。

 で、他に仲間はいるのか? 

 まさか単独で乗り込んできたのか?」

 両腕を黒服に抱えられた隼人……

 「だ……から、言ってるだろ? 

 俺一人だって……

 あんたら、馬鹿か……」

 「この野郎、村山さんに……」

 ドカっ……ボス……

 隼人の腹部を殴る黒服……。

 肩を上下に動かし、息があがる隼人……。

 「まぁ、いい……」

 村山が微笑んだ。

 「村山さん、この野郎始末しますか?」

 「いや、この男は今から治験者になってもらう」

 「治験者? あぁ、新薬の実験台って

ことですね」

 「そうだ……。どうせ命を落とすなら、

世のために貢献してもらわないとな……」

 「ははは、それはそうですね」

 黒服たちが隼人の顔を見て笑った。


 ガチャ……、

 監禁部屋のドアが開いた。

 村山と黒服の男達が後ろを振り向くと、

宮野が立っていた。

 村山がゆっくりと宮野に近づくと、

彼女の肩に軽く自分の手を置き微笑みを

浮かべると、そのまま部屋を出て行った。

 「彼の身体を拘束してください。

 その後は、私一人で大丈夫なので、皆さんは

部屋の外で待機をお願いします」

 宮野が黒服にそう伝えた。

 黒服の男達は、隼人の手足を結束バンドで

結びあげると、椅子に座らせ、男達は

部屋から出て行った。

 

 手足を拘束され、首を垂れる隼人……

彼の前に立った宮野が呟いた。


 「隼人……久しぶり……」

 聞き覚えのある声に、隼人がゆっくりと

顔を上げた……。

 「美雪……」

 驚いた隼人がそう呟いた。


 宮野美雪……

彼女は、隼人のかつての恋人で

数年前、片陰の街から連れ去られ、

隼人の前から忽然姿を消してしまった

彼が愛した女性だった……。

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