第48話 奪還
陽の当たらない片陰の街の中、
古いアスファルトの上を全速力で走るレイ。
息を切らして辿り着いたのは、
隼人の養父、神谷武蔵が所有するビル。
レイは、階段を一気に駆け上がると、
事務所のドアを勢いよく開けた。
そこには、部屋の一番奥で大きな机に
向かう武蔵の姿……。
ドアの開く音を聞いた武蔵は、
ゆっくりと顔を上げると、
「レイ……久しぶりだな。どうした?」
と低い声でレイに声をかけた。
両肩を上下に動かし、吐く息も荒いレイが
武蔵の前に走り寄り、
「武蔵さん……助けてください……
兄貴が……兄貴が殺される……」
と涙目で訴えた。
レイの様子を見た武蔵……。
「隼人? 彼がどうした?」
鋭い目つきになった武蔵がレイに聞いた。
「兄貴、ドリーム・タウンにヒカルという
女性を助け出すために、会社を立ち上げて
そこの社長として、タワーの所有者、遠山財閥の
遠山会長とその娘の婚約者、鬼神透という男に
会ったんだけど……」
「遠山会長に会ってるのに、どうして隼人が
殺されるんだ? レイ、俺にわかるように
落ち着いて説明をしなさい」
武蔵の言葉を聞いたレイは、我に返ると
深呼吸をして今までの経緯をすべて武蔵に
話した。
「そういうことか……この街に出入りしていた
『K』という男が、鬼神透……」
「そうなんだよ。Kは、記憶を操作する薬を
開発して、実際に自分の婚約者にその薬を使用し続けてる。
そして、その薬の製造プラントをこの片陰の街に
造ろうと計画していたんだ。この街は隠れ蓑に
するのに丁度いい……って。
この街を裏取引の拠点にするつもりだよ」
「そうか……わかった」
静かに武蔵が呟いた。
ブブブ……ブブブ。
武蔵のスマホが鳴った。
「あぁ、私だ……。丁度、私も君に連絡しようと
思っていたところだ。で、どうだ?
わかった……なぁに、この部隊の力を
君は見物してるといいさ……」
誰かと会話を終えた武蔵は電話を切ると、
レイの前に立ち微笑んだ。
「武蔵……さん? 部隊って何?」
レイが武蔵に聞いた。
武蔵は無言で振り向き、机の裏側に取り付けて
あったボタンを押した……。
ピコン、ピコン、ピコン……。
彼が押したボタンに反応するように、
今までに聞いたこのない大きな音が
ビル内外に鳴り響いた。
ピコン、ピコン、ピコンピコン……
武蔵の所有するビルから鳴り響く音。
その音を聞いたラーメン屋の店主が
表に出て空を仰いだ。
コトの店の厨房では……
放送用のスピーカーから聞こえてくる音。
親分格の女性が手を止め、まな板の上に
静かに包丁を置くと、
「みんな、聞こえてるだろ? 行くよ」
彼女の声掛けに厨房にいたスタッフが
一斉に手を止めると、女性を先頭に
厨房から出て行った。
「武蔵さん……この音は何?」
レイの言葉に武蔵がゆっくりとした口調で、
「レイ、私についてきなさい……」
と言うと、武蔵はレイを連れて
ビルの前に待たせた車に乗り込み、
「出してくれ……」
と言った。
車中では一言も言葉を交わさない二人。
車がある場所に到着しレイと武蔵が車を降りると、そこはコトが勤める店だった。
店の前には、店長と見覚えのある
ホールスタッフが武蔵を出迎えた。
店長がレイの姿を見ると、
「店内にはコトがいるのですが……」
と武蔵の耳元で
「かまわんよ……」
と言うと武蔵は店内に入って行った。
武蔵の後をレイがついて行くと、
店内のホールに20名程の人物が集まり
武蔵を出迎えた。
驚くレイのもとにコトが走り寄って来ると、
「レイ……これはどういうことなの?」
コトが小声で聞いた。
「俺にもわかんないよ……
兄貴を助けてほしいって
武蔵さんに言ったら……ここに連れてこられた」
武蔵が、出迎えた人々の前に立つと、
落ち着いた口調で話し出した。
「いよいよ、奴等が動き出したようだ。
皆、手はず通り、これよりドリーム・タウンに
潜入し、奴等を制圧する。それと、もう一つ、
隼人とヒカルという女性の奪還もミッションに
追加する……一般人との接触は極力避けてくれ。
敵が発砲した場合は応戦を許可する……
止む追えない場合は射殺せよ」
ピコン……。
全員のスマホから受信音が聞こえた。
「今、みんなのスマホにドリーム・タウンの
彼等のアジトとして使用している倉庫街の地図、
タワーの見取図、監視カメラの位置等を送信した。
10分でマップを叩き込め!
各自準備を整えた班から、出発し待機せよ。
作戦決行時間は、16:00(ヒトロクマルマル)」
武蔵の隣に立った店長が叫んだ。
レイとコトは、目の前で起こっていることを
理解できず茫然とその場に立ち尽くしていた。
「驚いたかね……?」
武蔵がレイとコトに聞いた。
二人の驚いた顔を見た武蔵は、
「我々は、国家警察下で秘密裏に組織された
テロ制圧部隊だ。
この街、片陰の街に身を隠して
国内外のテロ組織と戦ってきた。
不思議なもので、この陽の当らない片陰の街は
その名の通り、陽が当たらない悪い奴等が集まって
来る街でな……我々はその悪い輩を内定し、
ギリギリのところでその組織を解体に追い込んできた」
「え……でも、この街では
女は何処かへ売られたり……
してるじゃないか……」
「それは……そうではない……
というのが真実だ」
武蔵がレイに言うと、隣にいた店長が、
「彼女たちは、全員無事だ。売られていく……と
言うのは、この街がそういう街だと
表向きにはしておかないとな……色々とな……
それで、武蔵隊長が表面上はこの街を仕切ってる
親玉ってことだ。我々も様々な形で潜伏してるってことだ」
「兄貴は、このことは知ってるのか?」
「隼人は、知らないよ。彼がこの組織の存在に
気づく前に、一通りのことは教え込んだ後、
彼をわが家から追い出して一人で
生きていくように仕向けた」
「そう……だったんだ」
レイとコトが呟いた。
「そうさ……驚いただろ?」
親分格の女性が二人に話しかけた。
「おばちゃん……も戦いに行くの?」
レイが聞くと、女性がフッと笑った。
彼女の後ろには、ヒカルのお尻を触った
男性と厨房のスタッフ……。
そして、レイの行きつけのラーメン店の店主、
喫茶店のマスターの顔もあった。
「彼等は私の有能な部下で、凄腕のスナイパーや
優秀なソルジャーたちだよ」
武蔵が呟いた。
武蔵の前で敬礼をした面々は各班に分かれると
一気に店の中から姿を消した。
「さて……と我々も行くか」
武蔵が店長の顔を見ると言った。
「武蔵さん、俺も連れて行ってください」
レイが叫んだ。
「レイ、気持ちはわかるがこれは、ゲームでは
ない、実戦なんだ。戦闘なんだよ。我々も生きて
帰れるかわからない……」
店長がレイに言った。
「俺は、あの街のこと全部頭に入ってる。
それに、タワーの構造や、研究プラントの
位置も全て……俺も兄貴を助けに行きたい」
「わ、私も隼人を助けに行きたい」
コトが叫んだ。
「コト、何言ってるの? おまえこそ足でまとい
になるだけだ」
「私だって、役に立つことがあるかもしれないじゃん」
「役に立つって……なにが?」
「えっとぉ~、例えば色仕掛けとか……」
「はぁ~? おまえ、これから戦いに行くのに
色仕掛けなんか必要ないだろ?」
「行く! 行きたいの~。
隼人を助けに行きたい」
レイとコトのやり取りを呆れて聞いていた
店長が困り果てた表情を見せると、
「かまわんよ。二人とも命を賭けて隼人を
助けたいんだろ?
その代わり、自分の身は自分たちで
守る……できるか?」
「あぁ、やるよ。迷惑はかけないよ」
レイが言った。
「隊長、本当にいいんですか?」
「あぁ、私が許可する。その代わり悪いが
彼等に銃の扱い方を……教えてやってくれ」
「はっ、了解しました」
店長が武蔵の前に立つと敬礼をした。
こうして、片陰の街から、
黒塗りのワンボックスカー、
オートバイ、四輪駆動のジープ。
そして、ビルの上のヘリポートからは、
黒塗りのヘリコプターが飛び立つと、
一路ドリーム・タウンを
目指して進んで行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます