第47話 侵入者は
「ん~、今日はいい天気だな」
眼下に広がる街並みと、青い空を見ながら
鈴香が囁いた。
「今朝は、珍しく寝坊しちゃったな。
目を覚ましたら、透さんがいたからびっくり
しちゃった。
どうしてここにいるの?って聞いたら、
私の寝顔を見てたら起こせなかったって
言ってたし……
今日は……なんか約束してかな?
最近、覚えてないことが多いような気がするな。
いけない、いけない。無理して思い出そうと
したり考え込んではだめと主治医の先生からも
言われているんだった」
鈴香は自分の頭を軽く小突いた。
コンコンコン……。
ドアをノックする音がした。
鈴香がドアを開けると、そこには隼人が
立っていた。
「え……?」
彼女が声を発した瞬間、隼人が勢いよく
部屋の中に入って来ると、ドアのカギを
ロックした。
その様子に両手で口元の抑える鈴香……。
ドアのカギをロックした隼人は、
静かに振り返り、驚く鈴香の前に立った。
「ヒカル……」
彼がそう呟いた。
彼の言葉を聞いた鈴香が、口元を抑えていた
両手を離すと……
「ヒカル……? あなた……誰?」
と呟いた。
「あなた……誰? 強盗とか?」
隼人に問いかける鈴香。
「えっと……それは……その」
口ごもる隼人。
「でも、このセキュリティを抜けて
この部屋まで辿り着くことができるなんて……
あなた、相当な腕前なのね。
強盗犯の神谷隼人さん……」
「ちょっと……強盗犯って。
それになんで俺の名前を……」
「だって、それ……VIP専用の社員証」
クスクスと笑いながら鈴香が指をさした。
「あ……」
社員証を手に取り、鈴香の顔を見る隼人。
「ふふふ、名札を下げた強盗犯って
珍しいし……おかしい……」
「珍しいって……笑うなよ」
口を尖らす隼人。
「で、神谷さんは何を盗みに来たのかしら?」
「う~ん。盗みに来たのは、遠山鈴香……
あんたを盗みにきた……」
「私を盗むの? それって泥棒じゃなくて、
誘拐じゃないの……」
「そうとも言うな……。簡単にあんたの所に
行き着いたからな。でも、あんたを誘拐する前に
確かめたいことがある……」
「確かめたいこと? 何かしら……」
「このタワーには、使用されてない
空室のフロアがいくつか存在する……
それを、確かめたい……」
「使用されてないフロアを確かめる?
あなた変わってるわね……。
う~ん。いいわ。案内してあげる」
「いいのか?」
「うん。で、そのフロアは何階に行けばいいの?」
「55階から58階までの4フロアだ」
「わかった。ついて来て……」
そう言うと部屋を出た鈴香は隼人を連れて
EVに乗り込んだ。
「これは?」
「専用EV……このEVだけはどのフロアにも
自由に行くことが出来る。他のEVより高速で
最短で行きたいフロアに行けるの。
このEVの存在を知ってるのは限られた者だけ。
ようするに、緊急脱出用かな……」
「なぁ、そんな機密事項を侵入者に言って
いいのかよ……」
「あ……今の忘れて……」
「……ったく、そういうとこ変わらないな」
隼人が呟いた。
「あの……その、私、以前にあなたに会ったこと
あるの……かな?」
口調が変わった彼女に隼人が尋ねる。
「どうして、そう思うんだ?」
「なん……か、あなたとの会話が、
懐かしい……と言うか……そんな気がして」
「どっかで、会ってたりして……
意外と恋人だったりしてね」
隼人が鈴香の顔を見てニヤっと笑った。
「ない、ない。それはないと思います」
鈴香が首を横に振った。
チン……。
EVが止まった……。
「ここは?」
「55階フロア……どうぞ」
鈴香に案内され隼人はEVを降りて
彼女と一緒に廊下を歩いて行った。
ヒカルこと、鈴香に55階のフロアに
案内された隼人は、小さく息を吐くと、
フロア全体を見渡した。
隼人の目の前に、ぶ厚いガラスに覆われた
まるで、研究所のような光景が広がっていた。
「これは……」
驚く隼人に鈴香が説明をした。
「ここ、55階から58階までのフロアは、
我が、遠山財閥が新たに創設した研究フロア。
通称ラボと呼ばれている……」
「具体的には何の研究を?」
「う~ん。主に薬剤研究。あとは企業秘密……
というか私もよく知らないの」
「ふ~ん……」
隼人が呟いた。
ラボの中には十数名ほどの白衣を着た
研究員らしき人物が、研究台に向かって
作業をしていた。
特に目立って隠すようなことはせずに
オープンに廊下からでも研究員の様子を
見ることが出来た。
「じゃあ、次は上に行きましょうか」
鈴香が声をかけた。
EVに乗り込むと二人は上の階の56階に
到着した。
56階のフロアも下の階とさほど変わらない
光景が広がる……。
「どのフロアも同じみたいだけど……
57階も見ますか?」
「ああ、よろしく頼む……」
二人は更にひとつ上の階の57階に到着した。
そこには……
明らかに下の2フロアとは異なり、
擦りガラスで覆われたフロア……。
見るからに、外部からは安易に
覗けないような構造になっていた。
「中……入れる?」
隼人が聞くと、
「多分……少しなら、大丈夫だと思う」
そう言うと、鈴香はラボの自動ドアの
前に立った。
センサー感知で、鈴香の容姿を確認すると
自動ドアがゆっくりと開いた。
「センサーでの人物特定と
あとは暗証番号式の自動ドアね……
いかにも……って感じ」
隼人が呟いた。
「何か?」
「いや……別に、なにも……」
自動ドアが開くと、下のフロアより
少ない人数……4名程の研究員が
無言で顕微鏡を覗いていた。
隼人が、ある一点に視線を送る……。
そこには、研究棚に置かれた
実験用マウスのガラスケース。
「ここは、限られた人だけが入れるみたいね」
隼人が微笑んだ。
「まぁ、研究施設はそんなものでしょ?
じゃあ、最後のフロア……58階にどうぞ」
「よろしく……」
チン……。
58階に到着した二人。
57階と同様に、擦りガラスに覆われた
フロア……。
鈴香が、自動ドア横に設置してある画面に
認証コードを打ち込むと、指紋認証画面が
映し出された。
彼女がそこに手のひらを押し当てると、
自動ドアが開いた。
自動ドアは、今までとはけた違いの
重厚なガラスで造られており、
まるで防弾ガラスのようであった。
二人がフロアの中に入ると……
そこには、人影をまったく確認することが
出来なかった。
「誰も……いないんだな」
隼人が鈴香に聞いた。
「ええ……ここは、選ばれた最高峰の
研究者しか入ることが許されない場所なの」
「ふ~ん……」
隼人は、天井に設置してある監視カメラの
位置を確認した。
「ん? あれは?」
隼人がフロアの一番奥にあるドアを指差した。
「さぁ……? 備品倉庫じゃないかしら」
鈴香がそう答えると、隼人は彼女の
言葉を聞き流し、そのドアを目指して歩き出した。
「ちょっと……そこには何もないと思うけど」
「そうか? 本当に備品倉庫……なのかなっ!」
彼がドアノブを握りしめると、勢いよく
ドアを開けた。
備品倉庫と思われたドアの先には、
すべて壁に覆われた空間が広がっていた。
暗室のような赤黒い光の下に見えたのは、
実験用のマウスが入るガラスケースではなく、
ガラスで一面を覆われたいくつかの個室……。
その中には、明らかに『治験者』らしき
人物が見えた。
「ビンゴ……」
隼人が呟いた。
「これは……いったい何?
ここで……何があっているの?」
「う~ん。お嬢様は知らない方が
いいかもね……俺は、この見取り図の
空きフロアの実態がわかったから、
それでいいよ。で、今からあなたを
誘拐……する」
隼人が鈴香の前に手を差し出した。
その時だった……
ウィン、ウィン……ウィン……。
赤黒色の空間に、突然鳴り響くサイレン。
「こっちだ」
隼人は鈴香の手を握ると、壁に覆われた空間から
走り出した。
誰もいないフロアの自動ドアの前に駆け寄ると
センサー感知で自動ドアが開いた。
「おや、神谷社長、
こんなにすぐに再会できるとは……」
そこには、鬼神と村山……
そして白衣姿の男性が立っていた。
「神谷社長、このフロアに何か御用ですか?」
鬼神が微笑んだ。
「いえ、ただの社内見学ですよ」
隼人も笑みを浮かべる。
「そうですか。でも、どうして私の婚約者と
一緒にいるんですか? いけ好かないですね……
私にわかるように説明していただけますか?」
「えっと……それはですね。彼女のことを
誘拐しようかなって思って……」
「ふ~ん。それはそれは……
まぁ、このタワーを無事に出れればの話ですがね」
「そうだね~。あんたの会社の中にいる
傭兵たちが相手だと……生きて出れないかもね」
「最適解だ……」
「どうも……お褒め頂いて光栄です」
「そろそろ、彼女の手を放してもらえますか?」
鬼神の言葉を聞いた隼人が、フッと息を吐き
鈴香の手を離した直後だった……
「はぁ、はぁ、はぁ……」
呼吸が乱れ始めたた鈴香が床にしゃがみ込んで、
両手で頭を抑えた。
「ヒカル……?」
うずくまる鈴香の両肩を握り、
声をかける隼人……。
苦しそうな表情で、隼人の顔を見上げた鈴香が
一言……
「隼……人……さん?」
と呟いた。
「ヒカル? 俺がわかるか?」
隼人の声かけに、苦しそうな彼女が頷いた。
二人の会話を聞いた鬼神が、
「まったく……どうしてよりにもよって
こんな時に記憶が戻るんだ。
いつもより薬液の量は増やしてあるんだろ?」
と語気を荒げると、白衣姿の男性に向かって
言葉を吐いた。
「でも、あまり過剰に投与すると……
いささか……」
白衣の男性が言った。
「いいんだよ。そのくらいやっても……
すべてを忘れるまで、やり続けろ」
鬼神の口調が変わった。
ビビビビビ……。
「ぐはっ……」
隙を見て村上が隼人の背後に回り込み
彼の首元にスタンガンを充てた。
一瞬にして隼人が床に倒れ込んだ。
彼が倒れたと同時に彼の襟元に
装着していた小型の盗聴器が転げ落ち、
盗聴器に気づいた鬼神は微笑みながら
それを拾うと、
「ふぅ~ん。こんなものをね~」
と言うと盗聴器を床に置くと思いっきり踏みつけた。
グチャ……パリン。
粉砕された盗聴器の残骸を眺めていた鬼神は、
「村山……あとは頼んだぞ」
と呟いた。
「ああ、任せておけ……」
村山が返事をした。
「鈴香さんは、私と一緒に部屋に
戻りましょう。薬が足りなかったようですね。
時期に楽になりますから……」
「透さん……あなたがしていることは……」
鈴香はそう呟くと意識を失った。
「これで、また彼女が目を覚ました時には
すべてがリセットされている。
残念だったね……せっかく彼女の記憶が
戻ったのに……では、私たちはこれで」
と言うと、倒れた鈴香を抱きかかえ
鬼神はフロアから出て行った。
村山の足元に倒れ込んでいる隼人。
「おい、この男を連れて行け」
村山が指示をすると、黒服の男達が
現れ隼人を連れてフロアを後にした。
一人残された村山……
「さて……と、どうしましょうかね」
と彼が呟いた。
グチャ……パリン。
レイの耳元で鈍い音がした……。
その音を聞いたレイの顔が一瞬で青ざめた。
「レイ……どうしたの?」
レイの表情を見たコトが彼に聞いた。
「やばいよ……。兄貴が鬼神達に捕まった」
「え……それって……」
「盗聴器も破壊された。非常にまずい状況だ」
「ちょっと、レイどうするの?」
「俺、武蔵さんの所に行って来る。
コトは店に戻ってて。
武蔵さんに兄貴のことを助けてもらえるように
頼んでみる。でないと、兄貴アイツ等に殺される」
と言うとレイは、隼人の養父の神谷武蔵のもとに
走り出した。
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